File1-2 初恋の真実
事件関係者
江藤慎一郎 音呂部中学校3-3 3年3組学級委員 美術部員
日野田理絵花 音呂部中学校3-3 3年3組学級委員長 陸上部員
会原英道 音呂部中学校3-3 生徒会副会長 前書道部部長
国岡彩音 音呂部中学校3-3 生徒会長 前美術部部長
古家沙楽 音呂部中学校3-3 前バレー部部長
数本典生 音呂部中学校3-2 前吹奏楽部部長
保科育美 音呂部中学校2-2 美術部部長
世川文代 音呂部中学校 美術教師 美術部顧問
「ほ、本当ですか先生? 誰が僕のラブレターを盗んだのかがわかったんですか?」
「えぇ。ではまずききますが、恋文を盗める機会があったのはいつだと思いますか?」
その問いは十田部長がすぐに答えた。
「そんなのは江藤がトイレに行って美術準備室に人が誰もいなくなった時に決まってますよ」
「そう、その通りだよ十田君。しかもそれはあくまで偶然。まさか給食に下剤でも含ませるわけにいかないでしょう?」
「それじゃあ犯行は計画性がなかったってことね」
凪沢先輩がすかさずそう言った。
「ええ、まさしく私が言いたかったのはそれなんだよ、凪沢さん。あくまで偶然誰もいなかったから盗んだだけなんですよ。盗むチャンスがなければ犯人は盗まなかった。ですから何か深いトリックがあるわけでは無いと思われます」
「じゃあ単純にアリバイの無い人が犯人ってことですよね」
僕がそう言ったら先輩2人は考え始めたようだった。
――でも実際にその場にいた僕はもうわかってしまった気がする。しばらくして先輩2人もわかったようだ。それを察した先生が話し始めた。
「では答え合わせといきましょう。まずアリバイのある人からつぶしていきましょう。簡単なのは会原君、国岡さん、世川教諭の3人。彼らはすぐに下の階に行ってしまって江藤君が戻るまで4階にはいませんでしたから犯人ではありません。
次に数本君と古家さん。会原君の古家さんとすれ違ったという証言や、トイレへ行く直前に数本君と会った江藤君の話から2人のアリバイは確定。つまり、もし数本君に会いに来た古家さんが美術準備室にでも入ったら数本君に不審に思われるでしょうから。間取りから考えてそれは見えますし。
残りは美術部の現部長、保科さん。彼女は美術室で1人したが、ラブレターがあることを知る由も無かったのですからそもそも容疑者のカウントには入っていません。となると残るは1人しかいませんよね。ラブレターの存在を知る可能性を持ち、4階にいたアリバイのない人物」
福森先生はそこで話を区切ってこちらの方を向いた。
僕は先生の心中を察した。
「理絵花、ですよね。彼女なら古家さんの後に4階まで来て美術準備室に行けば盗めるでしょうし。もし僕のラブレターを何かの理由で盗みたかったなら美術室や美術準備室くらい覗くでしょうし。でもなんで……」
「君はそんなに嘆くことはありませんよ。意外とこの話はハッピーエンドへ向いているようですから」
「え?」と全員から驚きの声があがる。
「どういうことですか、先生」
「ヒントはなぜ君が今、この話を思い出したのかですかね。ちょっと難しいかもしれませんが」
今日それを思い出したのは……そう、凪沢先輩の話した『ミステリーなこと』だったのかな? いや、それだけじゃなかったのかな? そんなことを考えていると凪沢先輩が言った。
「それは多分私が『ミステリーなこと』について話したからだと思いますよ。でもその時先生はいなかったんじゃ……」
「あぁ、そうなんですか。ならそれもあったと思いますが、多分ここで見た感じあれが記憶を引き出したんだと思いますよ」
そう言って先生は壁に飾ってある、あるものを指差した。そう、それは僕がこの部屋へ来た理由ともいうべき……
「……写真ですか、福森先生」
福森先生は大きく頷く。
「えぇそうです。この写真部の人が撮った写真の花、どこかで見ませんでしたか?」
僕はそれをどこで見たのかすぐに分かった。なるほど、これはあの時の花だな。
「あ、そうか。さっき江藤が見せてくれた写真の、日野田からもらった花だな」
十田部長もすぐに僕と同じことを思い出したようだ。福森先生は話を続ける。
「そう、多分その打ち上げの後のことが心に残っていたんでしょうね。それが写真を飾ったときにふと浮かんでいたんでしょう。そして凪沢さんが例の話を出した時に鮮明に見えるようになったということです」
「でも先生、それが僕のハッピーエンドにどうつながるんですか?」
「では質問しますが、この花、名前知っていますか?」
僕と凪沢先生は首をかしげたが、十田部長が声をあげた。
「俺は知ってるぞ。これはリナリアだな。うちの姉さんがね、そっち方面に詳しいんだよ」
「ほぉ、君からそれを聞けるとは意外ですね。じゃあ、ちょっと江藤君さっきの写真を見せてもらえますか。……そう、それです。十田君、この写真の中で江藤君がもっている花が何かわかりますか?」
福森先生は部長に写真を見せた。正直な話、僕は全くわからない。そんなに詳しくないし。というより全然花とは縁がなさそうな部長が答えられたのが意外だ。
「リナリアと、この花びらが白いのはマーガレット、この紫のはアネモネだと思いますよ」
「おぉ、正解ですよ。君のお姉さんは君によく仕込んだみたいですね。こんなにすぐに答えられるなんてね。じゃ最後に。この花の花言葉知ってますか?」
「さぁ……俺はよく知らないな。二人はどうだ?」
僕と凪沢先輩は顔を見合わせ首を横に振った。それを見た福森先生は解説を続けた。
「江藤君、よく聞いてくださいね。まず、リナリアは――」
◇
2日後、いよいよ文化祭の日になった。僕は彼女を高校に呼んだ。そしてあまり人が立ち入らないであろうB館裏手にそれとなく来てもらった。
彼女は半年前とは違う、大人びた雰囲気であった。制服がいつも見ていたのと違うから――そう一瞬思ったが、それだけではない。表情も“いつもの”理絵花ではあるかもしれないが、”いつもの理絵花”ではない気がする。
彼女の後ろから風が吹き、髪を揺らす。
「久しぶりね、江藤君。呼んでくれてありがとう。でもどうしたの? こんなところに呼んで」
僕は彼女の方を向かずに一呼吸おいてから話し始めた。
「日野田さん、なんだよね。あの日、僕のラブレターを盗んだのは」
彼女は何も答えなかった。表情を見ることはできないがおそらくそこまで動揺はしていないだろう。僕は一昨日に部活で考え合ったことを話した。そしてこのことも話した。
「そもそもなぜ盗んだのかという話だ。これが一番難しかったけど君はもしかして僕に『手紙』ではなくて『口』で想いを告げてほしかったんじゃないかい? ラブレター無しでも僕が告白できるか試したかったんだろう。おそらく打ち上げの後にチャンスをくれていたのに、僕はそれを活かせなかった。そこで僕に気づくかはわからないけどメッセージを残した。それがあの花束だ。あの花束はリナリア、マーガレット、紫のアネモネだった。これらの花の花言葉にメッセージを込めた。君が花言葉を意識しているとわかった理由は他にもある。国岡さんや古家さんにあげていた花束、あれはフリージアやゼラニウムなど友情に関係する花ばかりだった。では本題。僕にくれた花の花言葉、あれは……」
「ありがとう。もういいわ。そう、あなたに知ってほしかったのよ、私の気持ちを。この心に秘めた気持ち――ずっとあなたを信じて待ってたのよ。でも意外だったのは最初にラブレターを盗ったのが私だってことに気づいたってこと。そこから考えたとはね。私はあの花束のメッセージに気づいただけだと思ったんだけど違ったのね。ほら、これを見て」
僕は彼女の方を向いた。彼女の顔は目に涙を溜めながらも幸せそうな表情だった。そして彼女の手にはあの恋ぶ……ラブレターが握られていた。
「あの日私があなたの鞄から盗ったものよ。ごめんなさいね、勝手に持ち出しちゃって。あなたが朝に鞄の中身を落とした時に見えちゃったのよ、これが」
そう言ってラブレターを僕にわかるように見せた。
「私は直感的に感じたわ。これで私へ想いを告げようとしてくれているってね。でもこんなものに想いを書くのではなく、あなたの口から直接聞きたかったのよ。それが私の願い。もちろんあなたが話すのが得意じゃないからこういう形にしたのは分かってるけど……。だから誰もいない美術準備室にあなたの鞄があったのを見てこれはチャンスだと思ったのよ。今盗ればあなたの勇気を試せるって。でもあなたのことだから私に想いを告げぬまま別れてしまうかもしれない。そうなったときのためにあの花束を用意したのよ。きっと慎一郎ならいつか私のメッセージに気づくだろうと思ってね」
「り、理絵花――」
バサッと風が木々の葉を揺らすと同時に僕の枯れてしまった花は再びきれいな花を咲かせた。
◆
「江藤君、やったわね」
「そうだな。これって俺たちのおかげでもあるよな」
わたし、十田部長、福森先生の3人はこっそり江藤君の後をつけて彼のことをこっそり見守っていた。まぁここまでこられたのはわたしたちのおかげでもあるんだから当然といえば当然よね? そんなことを思いつつ彼の行く末を見守ることにした。いや、見守るだけじゃなくて私も……。
「2人とも、そろそろ行きましょう。あの2人に見つかってしまいますから」
「はーい」と返事をしながら私の心の中にはとある決意があった。
◆
僕はその後に凪沢先輩、十田部長、福森先生にお礼を言いに行った。なんてったってその3人がいなければこんなハッピーエンドにはならなかったんだからね。先生、部長の2人のところに行き、最後に凪沢先輩に会いに行った。
「凪沢先輩、どうも本当にありがとうございました。まさかこんなことになるとは思いもしませんでしたから。先輩があんな話をしてくれたおかげでこんな展開になったんですから」
「そんなぁ、別に良いのよそんなお礼なんて……」
そう言う凪沢先輩の表情はなんだかいつもと少し違うような気がした。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ちょっとでも楽しんでいただけたなら幸いです。
日野田は実際に私が中学生の時に好きだった子がモデルです。当時好きだった人から文字を借りております。ありがとう。
【初投稿 1月24日】