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雪美条高校探偵部員たちの事件簿  作者: 香富士
File1 江藤と初恋の謎
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File1-1 初恋の想い出

 雪美条ゆきみじょう市には、私立雪美条高校という高校がある。僕、江藤えとう慎一郎しんいちろうは今年の春から約6ヶ月、そこに通っている。

 高校といえば部活だろう。僕は雪美条高校、探偵部に所属している。何をする部活なのか。簡単に説明するならば、「なんでもする部活」。もっと分かりやすく言うなら、便利屋みたいな部活だ。

 これは、そんな僕の部活中の出来事。


 ◇


「……で、そこがイマイチだと思うんだけど、ふたりはどう思う?」

 凪沢なぎさわほのか副部長が、ハーフアップの髪を揺らしながら僕らにきいた。

「そうですね。ちょっと無理があると思いましたよ。運が良すぎかと」

 僕は手を動かしながら答えた。すると隣で作業する十田じゅうだ兼一かねかず部長が、大きく頷いた。

「あぁ、俺も思った。現実的に、ちょっと難しいよな」

 こんな感じに昨日のミステリードラマの批評をしながら、僕らは明後日に迫った文化祭の準備中。展示室となる教室に、美術部の絵や写真部の写真を飾る。雪国の一軒家を描いた絵や、トリックアートみたいな絵、大地に咲く1輪の花の写真。全体的にクオリティが高い気がした。「良い感じにお願いねぇ」と、ざっくりした依頼ではあったが、頼まれたからには断らないのが探偵部のモットーなのだ。

「わたしたちってこんな話してばっかりだけど、実際にはそんなミステリーなことって起こらないわよねぇ」

 凪沢先輩が残念そうに呟く。

「ま、そんなもんだろ。そんなに頻繁に起こっても大変だろ?」

 十田部長は、壁に掛けた写真の角度を見ながら言った。そして小さく「よし、完璧」と口にしたのが聞こえた。

 僕はその瞬間、脳裏にある出来事が浮かんだ。心の底に鍵をかけてしまっていたはずの、あの出来事が。なんで、なんで今……

「ねぇ!」

 ハッと気が付くと、凪沢先輩が僕の顔を心配そうに覗き込んでいた。

「どーしちゃったのよ。急に固まっちゃって。もしかして、ミステリーなことでも思い出しちゃった?」

「え、あ、いやまぁ……そうですね」

「ほぉ、そいつは気になるな」

 十田部長も、期待の眼差しで僕を見る。

「分かりましたよ。話します、話せば良いんですよね。確かにミステリーなことだったんですけど――」

 諦めて話そうとしたら、ガラッとドアが開いてひとりの男が姿を現した。銀縁の眼鏡をかけた、痩せ型の男。キッチリとスーツを着こなし赤いネクタイを締めたその人こそ、探偵部顧問の福森ふくもり章雅あきまさ先生である。

「作業ははかどっているかい、君たち」

「あ、先生! 江藤君が何か面白い、謎に満ちた話をしてくれるみたいですよ」

 なんだか僕が話さないといけない話の内容、ハードル上がってません? そこまでは言ってないと思うんですが。

「ほぉ、それは私も気になりますね。ぜひ話してくださいよ、その話を」

 部活の先輩ふたりと顧問に、好奇心に満ちた目で見られながら僕は話し始めた。

「……絶対に笑わないでくださいね」

「もちろんよ」「あぁ」「分かりましたよ」という3人の返事をきいてから。

「盗まれたんですよ、中学の卒業間際に。あの、あれが……」

「何? 何なのよ? 気になるじゃない」

「い、言いにくいのであえて昔っぽく言えば……こ、恋文」

1秒の沈黙の後、僕は全員に10秒前の約束を無視された。


 ◇


 理由は割愛するとして、僕がこの雪美条高校に来る前、つまり音呂部ねろべ中学校の生徒だった頃、同じクラスの日野田ひのだ理絵花りえかさんのことが好きだった。というより今も好きだ。

 このことは僕の親友、会原あいはら英道ひでみちにしか話していない。とにかく、僕はこの想いを卒業式の前までに伝えるべく、ラブレターを渡すことにした。その日は卒業式の3月19日の2週間前。この日は3年生にとって最後の部活となる日なので、後輩たちとゲームをしたり何か贈り物をしたり色々なことをする。ちなみに僕は美術部。ま、3年生は全員で5人だけなんだけどね。

 3月5日の朝、僕はいつものように英道と待ち合わせて学校へ行った。そこで初めて今日の計画について話したのだ。

「へぇ、頑張るなぁお前は。んで具体的にどうするんだ? 日野田さんは陸上部じゃなかったか?」

「もちろん分かってるよ。理絵花はいつも国岡くにおかさんと一緒に帰るために美術室まで来るんだよ。だから着替えて美術室に上がってくる間に渡せば良いと思うんだ。多分陸上部は、美術部より終わるのが遅いだろうしね。それに美術室のある4階は、その時間はあんまり人がいないだろ?」

「確かにそれは良さそうだな。どうせ4階に放課後にいるのは吹奏楽部と美術部くらいで、吹奏楽部もいつもの調子ならギリギリまで片づけを始めないから、吹奏楽部の誰かに見られることもないだろうしな。ま、頑張れよ慎ちゃん」

「ありがとな応援してくれて。そういえばお前の方はどうなんだ? 国岡さんのこと」

「ま、関係は良好だよ。彩音あやねには卒業式の後に告白しようと思ってんだ。なんかそれが定番って感じだろ?」

「それもそうだな。でもやっぱ僕は、そんな定番には乗らないことにするよ」

「良いんじゃないか? なんかその方が目立つかもしれないし」

 そこまで話したところで、なんとなくこのまま続けたくなくなったので僕は話題を変える。

「……そーいえばさ。お前から借りてた漫画、今返しちゃうな」

 そして鞄をあけた時だった。うっかり鞄の中身を全て落としてしまったのだ。もちろんラブレターも。

「おいおい、慎ちゃん大丈夫か?」

「ああ、大丈……」

 そう言って拾おうとした時だ。

「あら、江藤君大丈夫?」

「り、理絵花……!」

 理絵花、国岡彩音さん、古家ふるいえ紗楽さらさんの3人がそこにはいた。彼女たちは3年間同じクラスでいつも一緒にいるイメージ。僕も英道も彼女達とは3年間同じ。僕は彼女達を密かに『三天女』と呼んでいる。

 理絵花は男子の中では背の低い僕と、同じくらいの身長で性格もよくて――簡単に言えば僕のタイプだ。学級委員長として同じく学級委員の僕と3年間共に仕事をしてきた。

 国岡さんは前生徒会長。すらっとした眼鏡美人といったところだ。前副会長の英道と一緒に1年生の頃からずっと生徒会に属していた。そして、美術部の前部長でもある。

 古家さんは女子の中で一番背が高く、バレー部の前部長だ。今までそこまで強くなかったバレー部が都大会準優勝までいけたのは、彼女のおかげと言っても過言ではない程の才能があるらしい。そして3人ともテストではトップテンには入る恐ろしい人達だ。

 僕はサッと落としたものを鞄にしまった。しかし彼女にはおそらくラブレターが見えていた。ファイルに入れることもせずに鞄に入れたことを悔やんだ。普通な封筒で何も書かれていないから大丈夫だろう……多分。そう信じて平静を保とうとしたが僕の心拍数は、受験の時ぐらいに上昇していた。こんなに上がる時がまたすぐに訪れるとは考えもしなかった。理絵花の表情も窺ったが別にいつも通りな表情だった。

 学校では普段通りにすごした。友達とくだらない会話をしたり笑いあったり。でも僕はそんな中でも僕の鞄に入れたラブレターが気になって仕方がなかった。


 ◇


「ちょっと休憩しないか?トイレ行きたくなったから」

 十田部長が立ち上がりながら言った。

「わかりました。んじゃ待ってますね」

 部長を見送るとすぐに、凪沢先輩は僕に質問した。

「ねぇ江藤君。先にきいておきたいんだけど盗めるチャンス、つまりあなたが鞄から目を離して人目もあまりない時間はどのくらいだったの?」

「さっき言った渡そうとした放課後の時間の直前だけですね。後で話しますけど、ちょっと目を離したんで」

「ふーん。じゃ、教室移動とかで誰もいない教室に誰かが戻ったってことはないの?」

「それはないですよ。あの日は午前中は教室で授業で、午後は3年生全員で体育館で卒業式の練習だったんですから。それに休み時間はほとんど教室にいて、教室から出たのは3時間目のすぐ後と給食のすぐ後にトイレに行ったくらい。もちろんその間は人がたくさんいましたから誰かが他人の鞄をあさってたら気づかれると思いますし」

「なるほどね、ありがと」

 すぐに福森先生もきく。

「君が最後に“恋文”を見たのはいつです? その鞄の中身を落とした時ですか?」

「いえ、だいたい同じ時間ですけど、その後学校についてから確認したのが最後ですね。それより後は渡そうとした直前まで探してませんから」

 そこで十田部長が戻ってきたので、僕は話を再開した。


 ◇


 放課後になり僕は美術室へ向かった。そこには顧問の世川せがわ文代ふみよ先生、そして現部長の保科ほしな育美いくみさんをはじめとした、後輩たちが待っていた。最後の部活動として僕は楽しんだ。もちろんこの後のあのイベントのことを忘れるなんてことは無かったが。部活がお開きになると、世川先生から美術準備室から僕らが部活で作った作品を持って帰るように言われ、美術準備室へ行く。そこは直接美術室からも入れ、廊下からも入れる。

「先生、もうちょっと美術準備室にいても良いですか?」

 全員が美術準備室を出て行ったのを見てから、美術室の椅子に腰掛けて国岡さんと保科さんのふたりと話している世川先生にきいた。

「良いけど。何をしてるつもり?」

「ち、ちょっと……」

「ま、良いわよ。私はここにいるわね」

 僕は先生の許可も得て理絵花をとりあえずここで待つことにする。すると予定とは違い、理絵花がくるより先に吹奏楽部は終わってしまったようで、外が騒がしくなってきた。これだったら完全に人がいなくなってから理絵花が来てくれないかなぁ。

 そんなことをぼんやり考えていると、美術室側のドアがガラッと開いた。

「あら、江藤君まだいたの?」

 国岡さんだ。

「うんまぁね……。国岡さんはどうしたの?」

「まだここに置いてある作品があるのを思い出してね。えーっとこれね。先生、ありましたよ。これですよね」

 そう言い残し、国岡さんは出て行った。さすがの彼女でも、僕が何を思っていたかまでは分からないはずだ。何か様子がいつもと違うことは感づかれたと思うけど。


 しばらくすると、英道が来た。鞄を肩に掛け、キッチリ制服に身を包んでいた。

「よぉ、慎ちゃん。もう吹奏楽部は終わっちまったみたいだな。これなら4階にはほとんど人がいなくなるんじゃないか?」

「あぁ、その後に来てくれれば良いんだけどさ」

「それに、さっき書道部が終わった時に窓から校庭を見たら、陸上部が丁度終わったところだったよ。そのうち日野田さんも来るんじゃないか?」

「そうか、ありがとな」

 そろそろだと思い鞄に手をかける。

 突然、激痛が走った。いや、別に英道に何かされたわけでは無い。これは多分……というよりほぼ100%緊張による腹痛だ。僕はここぞという時に腹痛が起こる自分の体を恨んだ。しかし恨んでいても何も始まらない。とりあえず今はトイレへ急いでいくことが先決だ。

「……わ、悪ぃ英道、トイレ行ってくる。鞄、見ておいてくれないか?」

「あ、あぁわかった。早く戻って来いよ」

 急いで美術準備室から出ると、生徒会の顧問の物井ものい先生とぶつかった。英道を呼びに来たのかな? そんなことが一瞬頭をよぎったが気にせずトイレへ走った。そして角を曲がったところでまた背の高い人とぶつかった。

「おっと、すまねぇな慎ちゃん」

 吹奏楽部の前部長、数本かずもと典生のりおだ。彼もトイレに行っていたのだろうか、その方向から曲がってきた。僕は適当に返事をして急いでトイレへ向かった。自動節電モードで冷えきった便座に耐えながら僕は急いだ。


 5,6分してトイレから美術室へ戻ろうとするとすでに音楽室には誰もいなかった。音楽室の鍵を持った典生と、典生とつき合っている古家さんの2人が話しながら階段の方へ歩いているのが見える。彼らのわきをすり抜けて美術準備室に入ると、英道はいなかったがすぐに下の階から世川先生と国岡さんと共に上がってきた。

「いやぁ、ごめんごめん。生徒会で呼ばれちゃってさ」

「良いよ別に。しょうがないからさ」

「1階の生徒会室で作業してきたんだ。ところでもう日野田さん、来るんじゃないか? そろそろ準備しとけよ。俺は下の様子を見てくるから」

「そ、そうだな……」

「そういえばさっき物井先生のすぐ後に古家さんが来てたぞ。多分典生に会いに来たんじゃないか? ま、どうでもいいか」

 そう言って英道は下の様子を見に行った。僕はラブレターを取り出そうと、鞄のジッパーを開ける。

 

 あれ、無いぞ。


 ちょ、ちょっと……なんで無いんだよ……。


 鞄を隅々まで探した。筆箱や教科書、ノートの下まで。しかし無かったのだ。

「おい慎ちゃんすぐそこに日野田さん来てるぞ。ってどうしたんだ? おーい……」

 結局その日はそのまま過ぎて行った。



 ◇



「……江藤君、あなた小説化できそうなほどの経験をしてきたのね」

 話を聞き終えた凪沢先輩がポソッと言った。

「それで、その後はどうしたの?」

「そのままですよ……じゃなきゃ今こんな話はしないでしょう? 結局渡すこともせずに卒業してきちゃいましたよ……」

 今度は何かを考えていたような福森先生が、僕に質問をする。

「ちょっと質問させてもらうが君はなぜ“手紙”という方法を選んだんだい? 別に普通に言葉を述べるだけでも良かったんじゃないかい?」

「いや、別にそうでも良かったんですけど……あんまり言葉で思いを伝えるのは得意じゃなくて……」

「なるほど。それは君のクラスの人達もそれを感じているのかな?」

「まぁ多分そうでしょうね。国語とか英語のスピーチは得意じゃないですし……」

「じゃあ、あともう1つ。君の中学校の4階の間取りを教えてくれないかい?」

「それなら今間取りを書きますね」

 僕は部屋の隅に置いた鞄から、紙と鉛筆を出してサラッと間取りを書く。

挿絵(By みてみん)

「つまり日野田さんや古家さんがあがってきたと思われる階段は上側の階段、生徒会の人が使ったのは真ん中の階段というわけかい?」

「はい、そうです。あ、あとそういえば音楽室のこの下側のドアは壊れてて開かなかったんです。だから多分そっちのドアは使われてないですよ」

 僕がそう言うと、福森先生はにたりと笑う。

「ほぉ。それじゃあやっぱり、私の考えた通りのようですねぇ」

「先生はもうわかったんですか?」

 十田部長は、驚いた表情で福森先生にきいた。

「もちろん。少し考えればわかりますよ。あと江藤君、その後に今話に出てきた人から何かいつもとは違うようなことを言われなかったかい? もしくは何かもらったとか」

「それなら卒業式の後の打ち上げでもらいましたよ。今、写真見せますよ」

 僕は成り行きで、先輩2人と先生に打ち上げの写真をスマホで見せる。一瞬、なんでこんなことになったのか分からなくなった。

「これが理絵花からもらった花束です。白とか紫の花ですね。あとこっちが国岡さんがみんなに配ったリストバンド。あとこれが英道がくれたキーホルダーかな。ペアになってるやつの片割れをおたがいに交換したんですよ。ほら、僕の鞄についてるあの青い宝石の。理絵花は三天女にも花束渡してましたね。彼女の家は花屋ですし。ほら、こっちの写真。」

 三天女の写った写真を見た凪沢先輩が言った。

「この背の高い人……古家さんよね。彼女の持ってるバラの書かれたペンダントは? なんだか高そうだけど」

「これは多分典生があげた物だとおもいますよ」

 するとすぐに十田部長が言った。

「このリストバンドは全員入ってる柄が違うみたいだな。江藤のは空みたいなデザインのだし……古家のはヒマワリが刺繍されてて、日野田のは蝶、会原のは鷹、数本のはテニスボールになってるな」

「それは国岡さんが全員分手作りしてくれたみたいで、全部にその人のイニシャルが入ってるんですよ」

「ちょっと私にじっくり見せてもらえるかい?」

 福森先生にそう言われ、僕はスマホを渡す。そして何かの写真をじっと見ていた先生の眼鏡の奥が急に光った。

「なるほどねぇ。全て私はわかりましたよ。この恋文紛失事件の真相が。犯人はこの中……いえ、話の中に出てきた人の中にいますよ」

 僕らは顔を見合わせた。

【初投稿 1月24日】

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