File7-1 ~珍しいサイン本~
俺の名前は十田兼一。雪美条高校の3年生で、探偵部の部長。11月の頭だが、引退はまだしていない。なぜかと聞かれても特に理由はない。俺が1年生の時の部長も、2年生の時の部長も卒業するまで『部長』の肩書は誰にも譲らなかったので、なんとなくそれを引き継いでるわけだ。
そんな俺は今日、図書室にいた。ただし勉強しに来たわけではない。漫画を読みに来たのだ。というのも、雪美条高校の図書室の漫画は結構有名どころが揃っている割には借りる人が少ない。いつ行っても大抵1巻から揃っている。最新巻が入ったときにそれが読めないことはあるものの、そういう時以外は棚の端から端までぴっしり揃う。俺が最近はまっているのは『神の渦』。昨日は10巻まで読んだので今日は11巻から読もうと、棚に取りに行こうとした時だ。司書の塀島友邦さんが何か1冊の本を凝視している。塀島さんはいつも無表情な感じだが、話してみると結構いろんなことを知っていて楽しい。俺は1年生の頃から図書室には通っているので彼とはかなり打ち解けあえている。
「どうしたんですか、塀島さん? またあの本を見てるんですか?」
するとその本から目を離し、俺の方に視線を向けた。
「ああ、十田君か……。そうだよ、いや~やっぱり嬉しいからね」
塀島さんはその本の表紙を見せた。東倉昌史の『消えない絆の謎解き』、しかもサイン入りだ。
東倉昌史といえばこの雪美条市に住んでいた小説家。多分『雪美条市出身の有名人といえば?』という問いに、大半の雪美条市民が真っ先に挙げるのは彼だというくらい有名な人だ。かなり面白い作品を書いて、15年前に第1回『これはすごいミステリー』大賞の大賞を『信じなかった2人』で受賞した人なのだ。その後にも様々なミステリーを書いていたが、彼は3年前に44歳という年齢で事故で亡くなってしまった。彼について語りたいことは山ほどあるが、それは控えておこう。
ちなみに『消えない絆と謎解き』は初めて東倉昌史がこの世に送り出した、つまり賞をとるより前に書いていた作品なのだ。
そしてこのサイン本は、去年までうちの高校の図書室で働いていた余村さんが寄贈してくださったものだそうだ。
「にしてもよかったですね、塀島さん。そんな貴重なものをもらえて」
「ああ。でも今は飾るための台とか用意してないからこんな無造作に置いてあるけどさ」
そう言いながら塀島さんは丁寧に元の場所、今月入った本が並んでいる隣のスペースに戻す。
「でもそれ、誰かに盗まれそうじゃないですか?」
俺が漫画タイムに戻ろうとすると自習スペースの方から声が聞こえた。
その声の主は名瀬美陽。俺と同じく探偵部員だ。彼女は美人だし、かなり頭も良いし、よくできた人だと思う。大抵の雪美条高校に通う生徒はそのまま推薦で雪美条大学へ進学するが、彼女のような人は別だ。もっと上を目指したいなどの理由で他大学への受験を希望して、世の高校3年生と同じように勉強をする。まあ雪美条高校の3年生が全然勉強しないという事はないが、やはり普通の3年生と比べると若干少ない。例えば俺のように図書室で漫画を読んだりする余裕ができるなど。
「……名瀬さん、そいつはどういうことだ?」
「そのまんまよ。だってそれは世にも貴重な東倉昌史のサイン本なのよ! そんなに無造作に置いてたら誰かに盗まれるかもしれないじゃない!」
名瀬さんは声を荒げながら言う。後ろから塀島さんが答える。
「名瀬さん、君のいう事ももっともだよ。だが明日にはそれなりの対策ができるはずだから、それまでは、な」
はぁと短くため息をついてから名瀬さんは自習に戻った。
◇
そのしばらく後、俺が『神の渦』を読んでいると塀島さんが俺のもとへやってきた。
「ちょっと十田君良いかな?」
「ん、なんすか?」
「ちょっとお腹を壊しちゃってて……。今日はもう1人の司書の本所さんもいないんで、私がいない間のこと任せて良いかい?」
カウンターの方に視線を向けると確かに誰もいない。そうか、なんか変だと思ったのは本所さんがいないのか。
「別に構いませんよ」
「そうか、悪いね」
そう言い残し塀島さんは図書室を急ぎ足で出て行った。大丈夫かな?
◇
塀島さんが戻ってきたのはだいたい15分後。さっきよりかなり顔色は良くなっていた。
「大丈夫でしたか?」
「ああ。すまんな、十田君。誰か来たかい?」
「いや、誰も来てなかったと思いますよ。ずっとあそこで『神の渦』読んでましたけど、誰も俺の方に話しかけてこなかったし……」
そう言いながらふと、あの本のことが気になりさっき塀島さんがあれを置いた場所に目を向ける。
俺は違和感、というよりさっきとの決定的な違いを見つけた。
「あれ、塀島さん。あのサイン本は……」
「え?」
そう、そこにあったはずの『消えない絆と謎解き』は消えてしまっていた。




