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雪美条高校探偵部員たちの事件簿  作者: 香富士
File5 江藤とミスコンの消えた凶器
15/56

File5-3 ~鉢の中の凶器~

事件関係者

・新舘 麗良(28)  小説家 灰川降子  〔被害者〕

・国母 彩寧(26)  劇団「プリズム」メンバー

・沓見 梢子(20)  海夕原大学医学部3年

・安戸 玲奈(24)  雪美条美術館学芸員

・白崎 優姫(16)  海夕原高校1年 (江藤と日野田の同級生)

・踏分 舞子(30)  編集者

・仲保 道也(42)  警備員

・熱田 国光(47)  ルミナスランド スタッフ

・鐘井 登二(21)  ルミナスランド スタッフ


~ルミナスランドミスコン控室~

挿絵(By みてみん)

ぞろぞろと事件関係者が休憩室に集まってくる。容疑者3人や白崎さん、編集者の踏分さん、仲保警備員。それから熱田さんと鐘井さんと思われる人。あとは熱田さんの話に出てきたイベント責任者の栗村さんと思われる人。

「ほれ、全員集めてやったぞ。さっさと話さんか」

真井田警部は不機嫌そうな声で言う。ほとんどの人が理絵花のことを訝しげに見ていたが、理絵花はそんなことも気にせず話し出した。

「小説家の灰川降子、本名、新舘麗良さんがこのルミナスランドのミスコン控室で殺害されました。そして1番の問題は新舘さんの命を奪ったもの、つまり凶器が見当たらないことです。警察が必死になって探したそれは、新舘さんの部屋にありました」

江木畑刑事は例の鉢をテーブルの上に乗せる。熱田さんの顔が微妙にひきつった。

「もちろん、これを運んだ熱田さんが怪しいというわけではありません。なぜなら熱田さんが運ぶことになったのは単なる偶然、なんでしょう?」

熱田さんはひきつった顔のまま答える。

「え、ええ。それを受け取っていた栗村さんのすぐ傍にいたというだけで頼まれたので……」

「ありがとうございます、熱田さん。そう、この熱田さんが運んだ鉢植えこそ犯人が用意した新舘さんを殺すための小道具だったのです」

皆、理絵花のことをじっと見つめている。これからこの少女はどんなことを話すのだろうか、と思うように。もちろんそれは僕も例外ではない。

「犯人はあらかじめルミナスランドのミスコン参加者、新舘麗良宛にこれを送ったのです。なぜそんなことをしたのかというと、これを犯行後に隠すため」

理絵花は葉っぱを引っこ抜く。そしてその葉っぱを勢いよく用意してあった紙に振りかざす。


ハラッ


紙は2つに切り落された。ここにいる皆が言葉を失った。だって凶器はわかりやすく被害者の部屋にあったのだから。

「ナイフに塗料を塗って、まるでこの葉っぱのように偽装したんです。こんなものを作るには相当の労力がいるでしょうけどね」

僕は容疑者の3人の様子を窺った。誰もが動揺しているように思えるけど……犯人は誰なんだ? なんか安戸さんが1番冷や汗を掻いているようだけど……。

「犯人の行動をまとめるとこうです。まずあらかじめこの鉢植えを送る。そして今日、自分の控室で誰かスタッフがこれを新舘さんの部屋に運ぶのを待ちます。そしてそれを確認したら自分は休憩室やお手洗いを理由に部屋を離れる。そして新舘さんの部屋に入り殺害。その後血を拭きとり、新舘さんの部屋の鉢植えに差したんです」

ここで理絵花は間を取った。そして沓見さん、国母さん、安戸さんの3人をじっと見る。

「……この犯行が可能なのは1人しかいません。1つ目の条件は熱田さんより後に部屋を出ること。2つ目の条件はこの『ナイフ』を取り扱える人物であること。それを兼ね備えているのはあなたです!」

全員の視線が指差された彼女に集まる。

「わ、私?」

彼女は非常に動揺している。理絵花はさらに続ける。

「そう。あなたですよ。まず熱田さんより前に部屋を出ている沓見さんは除かれます。そして安戸さんはこの『ナイフ』を取り扱えない。ですよね?」

安戸さんは驚いた表情のまま頷く。

「はい。実は最近、先端恐怖症になってしまって……。恥ずかしくて友人にも話せなくて……でもなんでそれを?」

「簡単ですよ。あなたのペンケース、鉛筆ばっかりだったそうじゃないですか。もしかしたらペンみたいな尖ったものが怖いんじゃないかって。だから先を丸っこくした鉛筆くらいしか入ってなかったんですよ。それからもう1つ。最初、真井田警部があなたたちを指さした時に、あなただけ妙に視線をずらしていましたよね? もしかしたら人の指先も怖いんじゃないかなって。その時やさっきこの凶器で紙を切ったときも随分汗かいてましたし、演技の可能性は低そう。ということは犯人はあなたしかいませんよね、国母さん」

国母さんの顔は真っ青だ。でも負けずに言い返してきた。

「で、でも、もしかしたらこの安戸さんが無理をしてナイフを使ったのかもよ? それにそう、証拠よ。証拠を見せてよ」

理絵花はゆっくり歩き、鉢植えを持ち上げて国母さんに見せる。

「……あなたは復讐をするにふさわしい花を使いました。この花の花言葉がそれを物語っています。そしてあなたはこれについてよく調べたはずです。この花…」

「イヌサフランでしょ。見ればわかるわ。私、花には詳しいのよ。でも花言葉は知らないけど。確か毒を持ってるんじゃなかったかしら?」

「……ええ。確かにイヌサフランの球根や葉などには毒があります。でもこの花の名前がよく『イヌサフラン』とご存知でしたね」

「ええ。コルチカムとも呼ばれる花でしょ。でもそれ、ちょっとおかしいわよ。普通それは花が咲いてから葉が出てくると思うんだけど」

「それはおそらくこの凶器をカモフラージュさせるために葉が必要だからでしょう。でも葉だけってのもおかしい。そこで別々に育てた花と葉を合わせたんでしょうね。ところでこの花が『イヌサフラン』、つまり『コルチカム』であると気が付いたのは今ですか? 廊下で見かけたときではなくて」

「そうよ。あの時は気にも留めなかったからね」

理絵花はニヤリと笑った。すると貝崎刑事が鉢植えを持ってやってきた。それには同じような花が植えてある。貝崎刑事の持つ鉢をコンコンと叩いてから理絵花は言う。

「あなたもご存じなはずです。イヌサフランは『サフラン』と似た花であると。そしてあなたは今、私の持っている鉢植えの花は『イヌサフラン』と言いました。ですがこれは『サフラン』。私の家、花屋なので急いで持ってきてもらったんです。そしてこの海保刑事が持ってきてくれたのが正真正銘現場にあった『イヌサフラン』です」

国母さんの表情が凍り付いた。理絵花は国母さんに詰め寄ってさらに言った。

「私は一言も『イヌサフラン』とも『サフラン』とも言っていません。なのに見ただけで『イヌサフラン』であるとおっしゃいました。これは『サフラン』なのに、花に詳しいと言っているあなたがですよ。それはこの花イヌサフランを送ったと思い込んでいたから、つまり犯人であることの証拠ですよ」

国母さんは大きく目を見開いて、膝からがっくりと座り込んだ。

「……それからもう1つ、あなたには不自然な点がありました」

理絵花がそう言っても国母さんは全くこちらを見ない。

「真井田警部があなたに事情を聞いたとき、最後にこう言ったそうですね。『ナイフで刺殺されて人生に幕を下ろすなんて』と。真井田警部は『凶器』と言っただけでまだ凶器が『ナイフ』であると言っていませんでした。現場に入って新舘さんを詳しく見た安戸さんならともかく、部屋の入り口から見ただけのあなたが凶器がナイフであるなんて知るはずもないんですから」

……やがて、国母さんは座り込んだまま、力の抜けた声で語り出した。

「そう、これは復讐だったのよ。美しくて危険なあの女への。私の最高の日々を奪い去ったあの女へのね!」

皆が彼女に視線を向けている。

「私の恋人は2年前、自宅で青酸ガスを吸い込んで死んだの。現場は密室だったから自殺として処理されたけど。でも私はそれを信じられなかった……潤志じゅんじさんが自殺なんて。だから私は独自の調査をしたの。私の親友の金住かねずみ美鳥みどりと一緒にね。そしてある日、潤志さんの会社の同僚の高柳たかやなぎという女が殺したんじゃないかって美鳥が言ってきたの。そのことを確かめるために美鳥は1人で直接会いに行った。そこで2人、口論になったそうでね。かっとなった美鳥は高柳を殺しちゃったの――」

はっとここにいる人たちが息をのむ音さえ聞こえる。それほどここはシンと静まりかえっていた。

「でもなんとかその死体も私と始末したの。高柳は身寄りがほとんどなくてすぐには気が付かれなかったわ。これで私の復讐は終わった。そう思った矢先よ。灰川降子の新作『木とともに伸びる怨念』が発売された。それを読んだときに愕然としたわ。だって私や美鳥や高柳の名前をちょっといじっただけの登場人物で高柳を葬ったときのことが書かれてたのよ!」

国母さんははぁと大きなため息をつく。何かを思い出したのか、涙をうっすら浮かべている。

「信じられなかった。完璧に人目につかないように高柳は葬ったはずだったのに、あの女には見透かされていた――。でももっとひどかったのは、あの女のあの本が美鳥までも殺したってことよ!」

今までにないほどの大声で国母さんは言った。目からは涙が溢れている。

「元々趣味で灰川降子に注目していた美鳥は発売当日にあの本を読んだの。そしてきっと動揺したんでしょうね。稽古場に来る途中、フラフラと道に飛び出してしまって車に……。

美鳥の鞄に入っていたあの女の本を初めて読んだとき気が付いたの。美鳥は事故で死んだんじゃない。灰川降子に殺されたんだってね」

国母さんはスッと立ち上がり、真井田警部とともに歩き出した。

「……偶然って怖いわね。こんなところで灰川降子と出会うなんて」

そう言い残し部屋を出て行った。



 ◇



ようやく僕らは帰路に就けた。

「……まさか灰川降子が本当にあった事件を元に小説を書いていたとはね。でも目的は何だったんだろうね」

僕は隣を歩く理絵花に聞いた。すると意外にもすぐに答えが返って来た。

「きっと無念の被害者の気持ちを訴えたかったのよ。高柳って人が本当に国母さんの恋人を殺したかは置いといて、高柳さんはひっそりと誰にも気が付かれぬまま殺されたのよ、金住って人に。国母さんたちの事情を知らない人から見れば、高柳さんは哀れな人に見えるでしょう? 犯人も裁かれなかったしね。きっとそういうことを伝えたくて書いたのよ。もしかしたらそういう灰川降子の作品は他にもあるのかもね」

「ふ~ん」

僕らは満月の下を黙ったまま並んで歩く。

「ねぇ慎ちゃん、もし私が殺されたら復讐しちゃう?」

理絵花は歩きながらとんでもないことを聞いてきた。僕が答えに詰まっていると理絵花はこう言った。

「私はしてほしくないかなぁ」

「なんでだ?」

「だって新しい未来が狭くなるじゃない。恨んで恨んで恨みまくるのは自由だけど、行動に移しちゃダメ。もっと違うことをしてよ!」

理絵花は微笑んだ。


 ◆


「あ~もしもし。俺だ、俺」

事件の後、警察から解放されたその男はとある人へ電話をかけていた。

『なんだ、澄人すみとか』

「お前、今どこにいるんだ? 一応ルミナスランドには来てたんだろ?」

『あぁ。でももう先に帰っちまったよ。面倒臭そうだったからな。じゃ、さっさと帰って来いよ。でもまさか別のやつがやってくれるなんて本当にラッキーだったな』

そう言って電話は切れた。電話が切れたのと同時に後ろから声がした。

「おぉ鐘井君。今日は大変だったな。まさかバイトに来てこんなことになるとは思ってもなかったろう?」

「あ、はい、そうっすね熱田さん」

その男はそう答えた。



  ◆



「真井田君。ちょっと良いかしら」

「なんですか、課長?」

真井田警部と凪沢なぎさわ恵理えり刑事一課長が何やら話している。私がトイレから戻るには彼らの前を横切る必要がある。なんとなく通りずらい雰囲気だ。真井田警部と凪沢課長は結構話し込んでいることが多い。凪沢課長はいつも話しにくい空気を醸し出しているというのに、真井田警部だけは別だ。どうすることもできないので、とりあえず2人の話に耳を傾けることにした。

「この昨日のルミナスランドで起きた事件だけど、この女子高生何なの?」

「日野田理絵花さんですか。それに書いてある通りですよ。彼女が解決してくれたんです。事件をね」

しばらく凪沢課長は何も言わなかった。ゆっくり何かを考えているようだ。

「……良いわ、ありがとう。真井田君」

「あ、はい。では失礼します」

そう言い真井田警部はコツコツと足音をたてながら歩いて行った。よし、私も行こう。

その場に立ち止ったままの凪沢課長の横をすり抜けようとした時だ。

「……日野田……まさかね」

その課長の呟きに私は何か変な感覚を覚えた。

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