File5-2 ~木を隠すために?~
事件関係者
・新舘 麗良(28) 小説家 灰川降子 〔被害者〕
・国母 彩寧(26) 劇団「プリズム」メンバー
・沓見 梢子(20) 海夕原大学医学部3年
・安戸 玲奈(24) 雪美条美術館学芸員
・白崎 優姫(16) 海夕原高校1年 (江藤と日野田の同級生)
・踏分 舞子(30) 編集者
・仲保 道也(42) 警備員
・熱田 国光(47) ルミナスランド スタッフ
・鐘井 登二(21) ルミナスランド スタッフ
~ルミナスランドミスコン控室~
私と真井田警部は警備員室で防犯カメラの映像を見ていた。新舘さんは亡くなってから発見されるまで1時間以内ってところ。そこで発見された11時から1時間前、つまり10時からの映像を見ている。
それをまとめるとこんなところだ。10時02分に沓見さんが通り、09分に再び通った。そこで国母さんとすれ違っている。その後すぐにスタッフが2人が通り、2分くらいで戻っている。そして10時20分に国母さんが控室に戻る。10時32分に安戸さんが通り、42分に戻る。そして58分に白崎さん、踏分さんの2人がこの建物に戻ってきて、踏分さんが遺体を発見。その直後に江藤さん、リエちゃん、仲保警備員の3人が入って来たという流れだ。
映像を見終えた真井田警部は後ろに控えていた警備員に言った。
「まずこの途中で通ったスタッフ2人を連れてきてください」
◇
その警備員が連れてきたのは中年の男性と大学生っぽいバイトの人。
「熱田国光と申します」「俺は鐘井登二っていいます」とそれぞれ名乗らせてから真井田警部は聞いた。
「お2人に聞きますが、あの時、何をしにこちら側に来たんですか?」
するとまずは熱田さんが言った。
「私はあの殺された新舘さん宛ての花束を届けに行ったんです。このイベントの責任者の栗村さんから彼女に届けるよう言われまして。メッセージカードもついていましたし」
「部屋に入ったんですか?」
真井田警部が問うと熱田さんは首を振る。
「いえ。ノックをして持ってきた旨を伝えたのですが、何も返事が無くて。トイレにでも行ってるんだろうと思いまして、とりあえずドアの傍に置いて戻りました。贈り物だということを書いたメモも置いてね」
「なるほど。ありがとうございます。では鐘井さん、あなたは何をしに行ったんですか?」
貧乏ゆすりをしながら熱田さんと警部のやりとりを聞いていた鐘井さんはニヤリと笑った。やっと聞かれてうれしいのかな?
「俺か? 俺は休憩室のゴミを回収しに行ったんすよ。あ、熱田さんと一緒になったのは偶然っす。んでゴミを持って戻ろうとした時に確かに花の鉢が置いてありましたね、新舘さんの部屋の前に。全然時間もかかってねぇーし、スタッフが集まっているところに行った時には熱田さんいたし、俺や熱田さんに犯行は不可能なんじゃないっすか?」
……言ってることは普通なんだけどなんか口調がむかつくな、この男。
◇
時間的な面から考えると、編集者の踏分さん、参加者の白崎さんの2人には犯行は不可能だろう。ということで容疑者は参加者の3人。劇団『プリズム』の劇団員、国母彩寧さん、海夕原大学医学部3年、沓見梢子さん、雪美条美術館の学芸員、安戸玲奈さん。この3人というわけだ。
まずは最初にカメラに映った沓見さんから話を聞く。ということで私と真井田警部は沓見さんの控室にいた。
「え~っと刑事さん。私は何からお話しすれば良いんですか?」
「そうですね……。まずは何をするために部屋を出たかを」
「そんなのトイレに行っただけですよ。ついでに休憩室でそのお茶を買いましたけど」
『そのお茶』と言いながら沓見さんはテーブルの上のペットボトルを指さす。もうすでに半分くらい飲んだようだ。そういえばこのお茶、最近新発売された健康に良いやつだっけ。
「ではその時、何か見たりしませんでしたか?」
「そうですねぇ……私の隣の部屋の人なら部屋に戻るときにみかけましたけど」
「他には何か?」
沓見さんは天井を見上げ、必死に思い出そうとした。でも特になかったようで首を振った。
「では荷物をチェックさせてもらいますがよろしいですか?」
「ええ。さっさと済ませて頂戴」
沓見さんの持っていた凶器になりそうなものは、ソーイングセットのハサミとペンケースのハサミくらい。ソーイングセットのでは小さすぎてちょっとした傷が精一杯だし、ペンケースのは調べたもののルミノール反応が出なかった。他に気になることは、ペンケースにペンや鉛筆以外にも糊とかホッチキスとか小さな鉛筆削りとか文房具が結構入ってたこと。何が必要になるかわからないから……ということらしい。
「ところで殺された新舘さんとは知り合いですか?」
「いや、名前を知ってる程度ですよ。灰川降子って最近名前が売れ出したん小説家だったんでしょう? 残念ですよね……まさかこんな時に誰かに殺されるなんて。死んでも死にきれないですよ……」
*
続いて国母さん。
「ではまず何をするために部屋を出たのか教えてもらえますか?」
真井田警部が聞くと国母さんはハキハキと答える。
「お手洗いに行ったのと、休憩室でお茶とお菓子を買おうと思いまして。まあ休憩室でスマホをいじりながらお菓子は食べちゃって、袋は休憩室のゴミ箱に入れちゃいましたが。でもお茶はそれです。あ、あとついでに買ったオレンジジュースもありますが」
テーブルの上にはさっき沓見さんが持っていたのと同じお茶と、オレンジジュースのペットボトルが置いてある。お茶はほとんど減っていないが、オレンジジュースは4分の1くらいになっている。
「そのお茶、あんまりおいしくなかったんですよ。健康に良いとか言っててもおいしくなきゃ飲みたくならないですよ。ねぇ?」
「まあそうですね。ところで国母さん、そのジュースを買いに行ったときに何か見たりしませんでしたか?」
腕を組んで少し考えてから国母さんは答えた。
「……灰川さんの部屋の前に花があった気がします。鉢植えのが。あとはお手洗いに行くときに隣の部屋の人とすれ違ったくらいですかね」
「なるほど、わかりました。では荷物をチェックさせてもらいますがよろしいですか?」
「もちろん。どうぞ」
国母さんの持っていた凶器になりそうなものは割れた手鏡の破片。今日、うっかり落として割ってしまったそうだ。でもこんなので腹部に傷を作って失血死させるなんてできないだろう。
他に気になるものは5枚くらい持っていたマスク。役者という職業柄、喉が大切だから常に持ち歩いているそうだ。
「ところで国母さん、殺された新舘さんとは知り合いですか?」
「いや名前と作品を知っているくらいですよ。私の劇団の仲間が勧めてくれて、読んでみたんですけど結構面白かったでしたね。だから残念ですよね……ナイフで刺殺されて人生に幕を下ろすなんて」
その声はなんとなく劇中のセリフのように聞こえた。
*
最後に安戸さん。
「ではまず何のために部屋を出たのかを教えてもらえますか?」
「休憩室の自動販売機で飲み物を買おうと思って、部屋を出たんです。あ、買ったのはそのお茶です」
テーブルに置いてあったのは沓見さんや国母さんのとは違うものだった。全然苦くない、麦茶みたいなやつだったかな?
「では、その部屋を出たときに何か気が付いたこととかありませんでしたか?」
「そうですね……」
と言いつつ天井の方を見つめる。
「特にないですね。別に廊下とかで誰かと会ったとか、何か置いてあったとかもないですしね」
「なるほど。では荷物の方を検査させてもらいますが、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
安戸さんは凶器になりそうなものを持っていなかった。というか、尖っているものをほとんど持っていなかった。ペンケースに入っていたのも黒ペンと赤ペンが入っているくらいであとは鉛筆や色鉛筆。しかもあんまり尖ってない。他に気になるのは趣味でやっているというバルーンアートの風船。色とりどりの風船をたくさん持っていた。
「ところで安戸さん、殺された新舘さんとはお知り合いですか?」
真井田警部が聞くと安戸さんは大きく首を振った。
「いえ全く。殺された方、推理作家なんでしょう? だったら知りませんよ。名前くらいならどこかで聞いたかもしれませんが私、あんまり推理小説は好きじゃなくて、興味もほとんどないんですよ。もしかしたらどこかトイレとかですれ違ってたかもしれませんけど。だから『私とここで争うはずだった人』が隣の部屋で殺されただけですよ」
◇
「……とまぁ、こんなものかしらね。何かもっと知りたいことがあったら教えるけど」
江木畑刑事は手帳をテーブルにポンと置きながら言う。理絵花は少し考えているようなので、僕はとりあえず江木畑刑事と話をして時間を潰すことにする。
「江木畑刑事は何か思いつかないんですか、凶器の隠し場所」
僕が唐突に話を振ったせいか、ちょっと意外そうな顔をしてから答えた。
「特に無いわね。だってあの3人とも持ってなかったから……。『木を隠すなら森の中』って感じに何かに紛れさせてるのかもしれないけど……」
ガタッ
その言葉を聞いた理絵花が急に立ち上がった。
「新舘さんの部屋、見せてくれない?」
◇
新舘さんの部屋には江木畑刑事と同じくらいな年齢の男性の刑事さんがいた。
「あ、貝崎君。ちょっと中をこの子たちに見せるからそこどいてくれない?」
その話しかけられた刑事さんはポカンと江木畑刑事のことを見つめる。
「え~っと、真井田警部の許可とかもらったんですか?」
「いや、特にないけど……」
貝崎刑事は慌ててブンブンと首を振った。
「ダメに決まってんじゃないですか! そんな勝手に事件関係者を現場に入れるなんて!」
「そこをなんとか、ね? ちゃちゃっと済ませるからさ~」
その後2分程度のやり取りをし、渋々貝崎刑事は中に入れてくれた。「真井田警部が戻ってくるまでですよ!」という忠告付きで。
理絵花は江木畑刑事から受け取った手袋をして、あちこち見回っている。
「でもリエちゃん、あらかた警察が調べたから何も出てこないと思うんだけど……」
すると理絵花は隅っこに置いてある熱田さんが持ってきたものと思われる、花の鉢を手に取る。でも『普通な花』って感じ。紫っぽい花と緑色の葉っぱで、特別な感じはしない。そんな花を理絵花は凝視している。
「この花は…………イヌサフラン? でもなんでこんな……」
理絵花が呟いた。そして江木畑刑事の方を振り返る。
「ねぇ! この花、ちゃんと調べたの?」
「ええもちろんよ。でもどうせそんなのに凶器なんて隠せないでしょ? 土だってほら、しっかり固まってて掘り起こした感じもない。だから軽く周りを調べただけだけど」
すると理絵花は葉っぱを1枚1枚触っていく。そして何か引っかかる点があったようで、慎重にある1枚の葉を触る。
「……凶器はこれね。『木を隠すために森を作った』ってことか」
理絵花がフフッと微笑んだ。――この顔だ、この顔の時が理絵花が最も魅力的に僕は感じ…
「おい、江木畑! 何をやっている!」
ドアが勢いよく開き、真井田警部が怒鳴り込んできた。後ろから慌て顔の貝崎刑事が見ている。僕と理絵花を一瞥してから江木畑刑事に詰め寄った。
「全く、勝手にこんな…」
「待ってください!」
真井田警部が小言を言い始める前に理絵花が声を張り上げて言った。
「私は犯人がわかりました」
「え?」
その声は真井田警部からだけでなく、外から覗いている貝崎刑事からも聞こえた。




