File4-2 密室の店長室
事件関係者
城野留奈(16) 雪美条高校1-C (江藤・森浦の同級生)
昼田初穂(37) 「ヒルタ」店員 留奈の叔母
酒井和照(28) 「ヒルタ」店員
薄木温香(26) 「ヒルタ」店員
昼田昭友(37) 「ヒルタ」店主 初穂の夫 〔被害者〕
現場周辺図
「雪美条警察署、強行犯捜査係の吉峰紅美子です」
「同じく、網倉賢三郎です」
やってきた刑事のふたりはそう名乗った。吉峰警部はかなり若い感じの長い黒髪が美しい女性。役者をやった方が良いのではと思うほどに。網倉刑事は40代くらいの髪が薄い、高身長の男性。銀縁の眼鏡が特徴的だ。網倉刑事が、吉峰警部に説明するように言う。
「殺害されたのはこの店『ヒルタ』の店長、昼田昭友さん37歳。死亡推定時刻は20時過ぎから21時過ぎまでの1時間。傍らに転がっていた花瓶で後頭部を殴られた痕跡があったそうなので、それが死因だと。第一発見者は、昭友さんに会うために店長室に訪れたあちらの3人。被害者の妻の初穂さん、ここの店員の酒井和照さんと薄木温香さん。それに続いて客の高校生、江藤慎一郎さんがやってきて、その後に城野留奈さん、凪沢ほのかさん、森浦凛花さんの3人がやってきた。そして警察に通報した、そのような事件の経過です」
吉峰警部はウンウンと頷くと、よく通る声で切り出した。
「まずお聞きしたいのは、なぜ3人そろって店長を訪ねたのかということ。事情を教えていただけますか?」
「忘れ物をしたと言って、高校生たちが戻って来たんです」
酒井さんが真っ先に言った。
「でも、その忘れ物は拾ったはずなのにどこに置いたのか分からず、僕と薄木さんと奥さんの3人で店の中を探してたんです。誰かが変なところに置いて、忘れているだけかもしれなかったので」
「昭友さんには頼まなかったんですか?」
「3人もいれば十分ですし、店長室で仕事中なら邪魔するのは悪いって奥さんが言ったので」
「そうね。でも別に変じゃないでしょ、刑事さん」
「ええ、まぁ。でも結局は皆さん3人で店長室を訪れていますよね? どういった経緯でそうなったんですか?」
しばしの沈黙の後に、初穂さんが答える。
「それは、まず3人で手分けして忘れ物を探すことになったんです。店長室を除けば部屋は3つしかありませんから。だからまず酒井君が――」
「僕が、厨房の鍵を置いてるところから倉庫と更衣室の鍵を取って、倉庫の鍵の方を薄木さんに渡したんです。僕が更衣室の方を探そうと思ったので」
酒井さんが言葉を止めると、薄木さんが引き継ぐように続ける。
「2つある倉庫は同じ鍵を使っているので、私が更衣室の隣の倉庫の鍵を開けて奥さんに探してもらっている間に、私が奥の倉庫へ向かったんです。でも結局見当たらず、奥さんと酒井君の様子を見に行こうとしたら、角の所で酒井君が店長室の方からやって来たんです」
「僕と奥さんは先に調べ終わったので店長にも事情をきこうと思い、ふたりで店長室へ向かっていたんです。でもノックの返事がなく、鍵もかかっていたので僕が合鍵を取りに行こうと。その時は転寝でもしているんだと思っていたのでね」
「そこで薄木さんと会ったという訳ですね?」
酒井さんは頷く。すると薄木さんがさらに話す。
「それで私が厨房まで鍵を取りに戻ったという訳なんです。そして店長室の前で待っていた奥さんに鍵を渡して、ドアを開けると――」
彼女はそこで口ごもる。無理もない話だ。僕だって、あの光景はもう二度と思い出したくはない。
「……なるほど、了解しました。では個別にお話を伺いますのでお待ちください」
◇
僕と凪沢先輩、森浦さん、城野さんは大人たち3人とは別のところ、お店側で待たされる。
「まさかこんなことになるとはね……」
凪沢先輩が沈黙に耐えられず、ポロリと言った。でも森浦さんの顔を見て付け加えるように、
「で、でもあなたのせいってわけじゃないからね、凛花ちゃん」
「ええ、まあ……。わたしなんかよりも、城野さんのことも慰めてあげてくださいよ」
さすがに城野さんはまだゲンナリしていた。まあ、あんなことになればね……。
城野さんは「ちょっとトイレへ」と言い残すとユラユラと椅子から立ち上がる。彼女を見送ると、森浦さんが話し出した。
「先輩、江藤君。今回の事件、少し考えてみたんです」
僕と凪沢先輩はギョッとして思わず顔を見合わせた。でも彼女の作る妙な雰囲気には逆らえず、黙って彼女の言葉を待っていた。
「誰があんなことをしたのか。もしお金が目当ての外部犯なら、わざわざ店長室じゃなくてレジのを盗るはず。丁度あの時、こちら側にはわたしたち高校生しかいなかったんだから脅したりすれば楽勝。そして最初から昭友さんを殺すつもりで忍び込んだとしても、かなりリスクがある。まだ閉店してないからどこに昭友さんがいるかは分からないし、店員だってまだいる可能性が高い。だから詳しいことはまだわからなくても……」
森浦さんは慎重な口調でこう告げた。
「内部犯の可能性が高くて、明確な殺意で昭友さんを殺害した。そう考えるのが妥当ね」
「いや、そうとも限らんぞ」
気が付くと、意地悪そうな笑みを浮かべた網倉刑事が僕らの後ろにいた。
「なんでですか?」
森浦さんがムッとして聞き返す。
「まぁ一応教えといてやろう。昭友さんは携帯でメールを受け取っていたんだ。『話ししたいことがある。今日の20時半、裏口の鍵を開けて待っていろ。あなたの罪を知る者より』という内容のがな」
「20時半といえば、丁度僕らが帰った頃じゃないですか!」
「あぁ。この差出人も、雪美条高校の生徒の打ち上げの予約は18時半から20時半と知っていたんだろう。その直後なら他の店員も片付けに忙しく、昭友さんとコッソリ会えることも分かっていた。犯人は昭友さんに裏口から招き入れられ、店長室で彼を殺害。そして裏口からまんまと逃げたという寸法だ!」
「疑問点があります」
すかさず森浦さんが手を挙げて言った。
「凶器は花瓶でしたよね? 犯人は凶器を持ち込まなかったんでしょうか?」
「何かのアクシデントで持ち込んだ凶器を使えず、咄嗟に部屋にあった花瓶で殺害したんだろう」
「では2つ目。犯人はなぜ、証拠の残る昭友さんの携帯を持ち帰らなかったんですか?」
「……アクシデントがあって、犯人も動転して忘れたんだろう」
「では最後。現場は密室だったんですよ。犯人はどうやって店長室に鍵をかけたんですか?」
「それもどうにかしたんだよ、きっと。万が一正体がばれても、密室なら警察も逮捕できないと踏んでな」
「なるほど、なるほど……」
森浦さんはどうにも納得できないといったような顔で、再び尋ねる。
「ちなみに合鍵はあるんですか?」
「遺体のポケットにあったマスターキーと、初穂さんが使った鍵の2つだけだ。案外精巧なもので、簡単に合鍵は作れないようになってるらしい――って、なんでんなこと話さなくちゃならないんだ!」
「わたしは外部犯だとは思っていないんです。きっとそのメールも含め、自分の犯行を隠すために犯人が行ったことなんですよ」
「だ、だが……」
「ねぇ!」
突然、凪沢先輩が叫んだ。今までに見たことがないくらいに得意げな表情で。
「なんだ」
「気づかないの? わたしの名前は、凪沢ほのか」
「……まさか」
網倉刑事は目を丸くして凪沢先輩を見つめている。
「えぇ。母は雪美条警察署強行犯捜査係、係長の凪沢恵理よ」
「か、係長の!」
状況から察するに、凪沢先輩の母親は警察署の偉い人のようだ。網倉刑事は慌てふためいている。
「だから、ね。情報を教えてくれない? この子、かなり頭いいからきっと事件解決に繋がるわ」
「あ、あぁ……。分かったよ。確かに彼女の熱意は十分伝わってきてるからな」
網倉刑事は懐から手帳を取り出し、パラパラとめくる。
「3人ともアリバイのない時間はあるんだよ。昭友さんが最後に確認されたのは、君ら高校生が帰る少し前の20時25分くらいと思われる。フラッと厨房から店長室の方へ向かったらしい。そこんトコはどうなんだ?」
「そうですね。僕らが帰るちょっと前には、店長さんを見かけた気がします」
「うん、それなら良い。そして高校生たちが帰宅した後、3人は片付けをしていたそうなんだ。そして20時30分頃、酒井さんが更衣室の隣の倉庫に調味料の補充のために行っている。探すのに手間取ったとかで40分頃に厨房に戻っている。そして彼と入れ違うように、薄木さんが持病の薬を呑むために更衣室に向かった。ついでにスマホをチェックしたとかで、戻ったのは50分頃。初穂さんは20時50分過ぎ、ゴミを捨てるために裏口から外へ。戻ってきたのは君らが戻ってくる21時少し前」
森浦さんはサラサラとペンを走らせている。とっても真剣な表情で。網倉刑事はそんな彼女に少し困惑した様子だが、再び自分の手帳に目を落とす。
「んじゃ次に鍵の話。さっきも言った通り、店長室を開けられるのはマスターキーと厨房の壁に引っ掛けてあるヤツの2つのみ。マスターキーは密室の中で、厨房にある鍵の方は目の届きやすいところにあるからコッソリ持ち出して店長室を施錠なんてことは不可能。店長室の鍵なんてほとんど使わないらしいから、なおさら無かったら目につきそうだし……」
「じゃとりあえず、その鍵の置いてあるところってのを見せてくださいよ」
森浦さんがさも普通であるかのように言う。僕が何かをフォローする間もなく、網倉刑事は怒鳴った。
「な、何を言ってるんだ!」
しかし、それは凪沢先輩の鋭い視線1つであっさり解決したのだった。
◇
「全く、誰もいないから良いものの……」
ぶつくさと文句を垂れながらも、網倉刑事は僕らを厨房へと連れて行く。4つの鍵が、扉の傍の壁に掛かっている。それぞれのキーホルダーには左のものから順に、「倉庫」、「更衣室」、「家」、「店長室」と黒い文字で書いてある。キーホルダーの色が違うのは、パッと見ただけでも分かるようにという工夫なのだろう。
「この『家』というのは?」
「店長室の奥の、昼田邸に繋がるドアの鍵だとよ。ちなみにどれも合鍵はない。昭友さんが持つマスターキーを除けば、この店のドアを開けられるのはここにあるものだけだ。店長の意向で常にどの部屋も施錠されているから、どこかに用事があるときはここから取っていくんだな」
すると凪沢先輩がぼんやりと言った。
「そういえば、裏口の鍵はここにはないの?」
「あぁ。外から施錠することは滅多にないから、マスターキーしかないそうだ」
「ふぅん。じゃあ、このお店の表のドアの鍵は?」
「初穂さんを含めた全店員が持っている。さすがにバイトには渡していないそうだが、今日ここにいた3人は全員店長からもらっているようだ。実際に今日持っているのは薄木さんだけだったがな」
網倉刑事と凪沢先輩が話している間、森浦さんは店長室の鍵を手に取ってキーホルダーをいじっていた。鍵から何度も外して付けてを繰り返している。すると何か気が付いたような表情で、
「網倉刑事! 遺体発見時の3人の持ち物は何ですか?」
「え~っと……初穂さんは筆記用具、メモ帳、目薬、ポケットティッシュ、店長室の鍵。酒井さんは筆記用具、手帳、小さなハサミ、絆創膏、タオル、更衣室の鍵。薄木さんは筆記用具、メモ帳、ハンカチ、自宅の鍵、店の鍵、倉庫の鍵。まあ店長室、更衣室、倉庫の鍵は警察が回収してそこに戻しておいたがな」
その説明を聞き終わると、森浦さんは僕が今まで見たことがないような笑みを浮かべた。




