第7話 想定される敵が弱いからと侮るのをやめた
◆前回のあらすじ
シアが必要以上に積極的なのはいつものこと
ソフィの持病を即席魔導具でひとまず解決(え
シアに続いてソフィも両親たちがアルスの許婚にする
エルドランドに転生してから8年目になった。
体のほうもかなり激しい運動に耐えられる様になりだしたのと、
ガウ小父さんたちの訓練のおかげもあって、順調に武器スキルを
伸ばしていっている。
また、戦いに重要なスタミナを鍛えるために、毎朝のジョギングを
5歳から始めていた。地味ながらこれが結構効果的だったりする。
シアは称号【英傑】の効果で既に十分すぎるスタミナを持っていて、
瞬発力ではもうガウ小父さんに近づいているらしい。
称号【英傑】と獣人の特性に加え、シア自身の頑張りがすごいのだ。
ソフィの方も種族特性で人間よりも基本的に身体能力は高いので、
ジョギングなどで鍛える必要がないとのことだが、シアと一緒に
俺のジョギングに時々付き合ってくれている。
2人とも早起きは得意ではないから時々ではあるけれども。
一緒にジョギングをはじめたころに最初にバテるのはやはり
俺であった。2人とも少しだけ疲労している程度で済んでいたのが
一目で分かる位余裕があったのを覚えている。あのときは悔しかった。
今では俺のスタミナはシアには及ばないが、ソフィとほぼ同じレベルに
はなっている。
最近はウェインも友人達と共に俺を真似てジョギングをしていると
村長が言っていた。家の位置が離れているのとお互いのジョギングコースが
被らないのでジョギング中に会う事はない。残念だ。
こうして考えると人間がいかに他の種族よりも能力的に不利かを
考えさせられる。転生前にウンディーナ様に【種族限界突破】を
つけてもらった判断はやはり正解だった。
「おはようございます」
「おお、おはよう、アル。今日も頑張っているな」
「はい。おじさんも頑張ってください」
「ああ、そうだ。これをやろう。頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
ジョギングのコースに村の農地を組み込み、見回りがてら、
畑仕事をしていた顔見知りのおじさんたちに軽く声をかけていたら、
十分な大きさのリンゴをもらった。
ゆくゆくは田んぼを作って稲作をしたいところだが、
現状では小麦と大豆、とうもろこしの3つを主要作物として作っている。
肝心の稲がプタハ村周囲に自生していなかったからだ。
近々、レオンが王都に年末の報告に行く用事があるので、
なんとか付いていって、稲を購入したい。
最悪、レオンにジャガイモとサツマイモの種芋を買ってきたいところだ。
うちの畑の水回りなどを確認して家に戻りクールダウンしてから、
エヴァとクリスが作ってくれたパンと、とうもろこしと大豆のスープ
を食べる。朝食は2人にお願いしていて、昼食には偶に俺も調理に
混ぜさせてもらっている。目的は勿論、スキル【調理】の強化と
おいしい料理のためだ。
準備運動や柔軟体操という概念がこの世界にはないので、最初は
準備体操をしていて怪訝がられたが、試したクリスが高い効果を
得られたため、激しい訓練の前にレオンとクリスたちも準備運動と
柔軟をきちんとするようになった。
朝食後、家にやってくるシア・ソフィと昼まで魔術の練習をして
から、レオンたちの訓練を受けて昼食、そしてまた魔術の練習という
のが、最近の日々のスケジュールであったが、
「ワイルドウルフの集団3つと遭遇した?」
「はい。通常であれば集団と遭遇するのも珍しいのにそれが3つも
重なりました。いててて……」
今日の狩りの当番だった村の狩人5人がレオンに報告にきて、
クリスの【魔術(水)】の治癒魔術『癒しの水』で怪我の治療を受けて
いた。
「なにか森に異変が起きているのかもしれない。
村長に緊急会議を開くよう伝えよう。アル、念のためお前も来てくれ」
「分かりました父様」
村の話し合いに使われる議事堂は俺が発案し、ケイロン小父さんの
本で覚えた【魔術(建築)】で建てた壁と石で作った椅子と机だけの
簡素な中規模の建物だ。本当はもっと凝りたかったのだが、予算と
俺の【魔術(建築)】のレベルの関係で残念ながらできないことが
多かった。
一応、屋内の音が外に漏れない術式を建物の見えない所に刻んで
あるので、普通の方法では話合いの内容を盗み聞きはできない。
建物を不法占拠できないようにイムの分身体の常駐場所もある。
「ワイルドウルフだが、縄張り意識が強く、集団で移動することは
稀な魔物であるということは皆も知っているとおりだが、今日、狩り
の当番だったエリックたちがその集団、群れと3度も遭遇したとの
報告が入った」
村長の言葉に集まった村の狩りを担当する人々と警備を担当する男性
たちからどよめきが起こった。それほど珍しいことなのだ。
「ワイルドウルフの習性から考えるとなにが考えられるだろうか?
レオン?」
村長が自身の近くに座っているこの村の守護騎士のレオンに尋ねた。
「おそらく、縄張りを追われて離れざるをえなくなったと考えるべき
だ。森でワイルドウルフの集団を追い払える魔物は同じく集団で
襲い掛かる習性があるゴブリン位だから、ゴブリンに追われたと考え
るのが妥当だろう」
「だとしたらそのゴブリンどもはどこから来たんだ?
奴等のねぐらは洞窟だから、この辺にそれらしいものはないはず
だぞ?」
「ゴブリンならばワイルドウルフの群れを追い払える数いるとして、
単体では負けるから、相当な数がいることになるな……」
「その話でいくと奴等の巣はどこだ?
当てもなく偵察隊を出す訳にはいかないぞ」
ガウ小父さんとケイロン小父さんがレオンの言葉に反応して、
集まった全員がゴブリンたちが何処から来たのか頭を捻る。
「エリックさんたちがワイルドウルフの群れと遭遇したのは森の
どの辺ですか?」
俺は森の地図を中央の机に広げて、報告者のエリックさんに尋ねた。
「ああ、たしか……ここだ」
エリックさんはプタハ村の北西の森を指し示した。
「父様、たしか北西には廃鉱になったという鉱山がありましたよね?」
「! そうか、アヌケトの鉱山か!?」
「だとしたら、一大事じゃ。あの鉱山の規模はかなりのものだから、
ゴブリンたちが住み着いていたとしたら、かなりの数になっておる
ぞ!」
「あの鉱山の産出物ってなんだった、ケイロン?」
「たしか、銅と鉄、わずかに銀が採れていたかと。
しかし、3年前に鉱山を管理していたデズモンド伯爵が採れなくなっ
たと廃鉱宣言をしていますよ」
ガウ小父さんの問いにケイロン小父さんは記録書を出して答える。
「僕は少数精鋭で早急にアヌケトの鉱山に偵察を出すべきだと思い
ます」
俺の予想が正しければ、事態はプタハ村にとってかなり危険な状態に
突き進んでいる。疑わしいなら白黒はっきりさせないとこのままでは
確実に手遅れになるので相手の規模と状態を調べる偵察は必要だ。
この世界のゴブリンは同じ頭にGが名前に付く地球での人類の宿敵
である黒い害虫並にしぶとく、それと同じくらいの驚異的な繁殖力がある
魔物で、その”G”並に性質が悪い。
奴等の繁殖は他種族の雌であればなんでも交配可能で、その繁殖力
は最悪の女の敵、オークに次ぐレベルで、女性連れの冒険者や旅人達、
行商人には最大限の注意喚起が国によって行われている。
単体では弱い部類だが、圧倒的な大多数で襲い掛かってくるのだ。
オーク同様、攫われた女性はまず間違いなく、繁殖目的に扱われる。
ゴブリンが生まれる際は基本的に生まれてすぐに成体に成長、
その強さは母体の魔力が良質であればあるほど強力な個体が
生まれてくるのが判明している。
「では、俺とガウ、ケイロン、緊急時の連絡要員にエルトン……」
「僕も行きます。探知魔法でゴブリンの規模を調べられますし、
発案者も行くべきでしょう?」
「……分かった」
レオンは渋々同意した。戦闘経験はない(と思われているが)が、
魔術使いとしてはエルフのケイロン小父さんが認めるレベルで、
プタハ村の中で既に上位クラスにいるからだ。
「うむ、では他の者たちは村の周囲の警戒に周り、女子供たちには
安全のため、村の外に出ないよう告知しよう」
村長のその言葉でその場は締め、解散となった。
さて、偵察のために必要ないろいろ必要な準備をしますか。
ご一読ありがとうございました。
次回更新は5月5日24時(6日0時)を予定しています。