幕間その1 舞台裏1 水の女神の神域
本編はアルス視点を基本軸に進め、幕間で他の人物の視点でアルスからでは
分からない情報や思惑、伏線を補足していく予定です。
女神ウンディーナ視点~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
不慮の事故で命を落とした地球の人間の魂をこの世界に引き取って、
望む力を与え、転生させてもうすぐ8年。手元の水晶球で今日も私は転生させた
彼の様子とエルドランド各地の状態を確認しています。
私がいるこの神域では下界の時の流れは早く、彼を送り出したのが
まるで昨日のように感じられます。
ここに呼び出したときと現在の彼の容姿は大きくかけ離れたものになって
いますが、彼から負の気配がない所を見る限り問題ないようですね。
「おb……コホンッ、ウンディーナお姉様、ただいま戻りました」
「あら、アティ。いらっしゃい」
私を姉と呼ぶ姪の法と秩序の女神アティーナが長く伸ばした金の髪を
なびかせて、戦神の象徴たる鎧、本人は動きが阻害されるのを嫌って、
全身鎧ではなく、両肩と腰に鎧、籠手、脚甲以外は
布鎧に女として成熟した身を包み、愛槍を携えて久しぶりに私の前に姿をみせました。
彼女、アティーナは親しいものにはアティと呼ばれ、
私をトップとしたエルドランドを管理する仕事を任されている神々の1人で、
私とは協力関係にあります。
私と彼女は血縁的には伯母と姪なのですが、私は姉と呼ばせています。
他意はありません。
先ほど言い直したことは遠路遥々、下界から戻ってきたところなので、
不問にしてあげましょう。
「それで、貴女が降りてみて、下界の様子はどうでした?」
アティーナは神域からエルドランドを見守るのをよしとせず、
人間たちと同じ視点で見るのも必要であると主張して、力をある程度封印し、
下界に仮の肉体、人間の器を用意して魂の一部を込めて、10年前に地上に
降臨したのでした。今、地上は深夜の時間で人間の肉体は睡眠しているため、
神域に一時帰還している状態です。
時間の流れの違いから頻繁に行き来ができないのが難点ですが、
彼女の報告は有益なものもあるので欠かせません。
「わたしが降りた国は比較的まともな所でしたが、やはり、北西の国
は特に治安の悪化が酷く、北東の帝国と小規模ですが戦闘行動を繰り返して
いました。東は30年前の動乱が信じられない位落ち着いていますが、
南方は手を尽くしましたが、動向が全くつかめませんでした。
今日までの全体の魔力と瘴気の変動はどうでしたでしょうか?」
魔力と瘴気。
魔力は魔術の発動に必要なもので、基本は無属性でエルドランドの
大気に存在していますが、存在する環境が正と負どちらかに大きく
傾いている場合、正に傾いていれば理力になり、負に傾いていれば
瘴気に変貌する性質をもっています。
理力は環境を清浄に保つ傍ら、神聖属性の魔術の効果を高め、
闇属性の魔術を減衰させます。理力に触れた人間・亜人間達は気性が
穏やかになり、狂暴だったものも沈静化する作用があります。
また、理力の濃度が既定以上に上がれば天使が受肉することが
できるようになり、聖域となった高濃度理力も環境では条件を揃えれば
神を降ろすことも可能なのです。
他方、瘴気はその逆で闇属性の魔術の効果を高め、神聖属性の魔術
の効果を減衰させますが、魔物を産み出したり、瘴気内にいる人間や
亜人間たちの精神を侵食して暴力的にし、瘴気の濃度が上がれば
強力な魔物が産み出されたり、こちらも高濃度で条件を整えれば
魔族や悪魔といった存在が現界できるようになります。
「魔力も瘴気も今のところ、僅かな誤差範囲内よ。
魔力の総量の変動は若干減少しているけれども、
想定範囲内だから問題ないわ。瘴気は一部偏在はあるけれども、
特定存在を呼び出すには規定値に達していない……想定値の誤差範囲よ。
ここまでは運命の女神達が示した予知通りね」
「……そうですか」
報告を始めてからアティの表情が晴れないわね。
「やはり、貴女が赤子で動けないときに襲われたことと、
予見された災厄が気になるかしら?」
「はい。わたしが下界のどこに降臨することは口外していませんでしたが、
彼等は明らかに法と秩序の女神の器と知って誘拐し、
何らかの儀式の触媒にしようとしていました。
一体、彼女達が予見した災厄とはなんでしょう?」
女神の下界での人間の器は女神の魂を一部とはいえ、納める性質上、
人間を遥かに凌ぐ量の魔力を内包しているため、あらゆる干渉に抵抗できない
赤子のときは悪魔や魔神、邪神といった反対属性の存在を呼ぶ生贄には
最適ということに気づいた堕ちた人間たちがいて、
下界に下りるのは敵対勢力を強化し、私達の力が削がれる恐れがあるので、
実際はかなり危険な行為なのです。
また、器内の魂の属性を瘴気で変化させ、器を通して本体に影響を
与え、邪神化させようという悪辣なことを考える者もいて、その考えが
間違っていないものだから困ったものね。
「あのときはその年に使える私の権限の【因果律操作】を全て使った
冒険者達の救援が間に合ってよかったわ」
「その節は本当にお世話になりました」
「いいのよ。貴女に大事なくてよかったわ。
災厄に関しては彼女達でもはっきりと確認できなかった位だから、
どんなことが起きても対処できるよう人間や亜人たちに準備をさせる必要が
ありそうね」
畏まって相変わらず晴れない表情で礼をいう姪に
私はそう応えたのだけれども、
「はい。戻り次第、国王に騎士団の手配をさせます」
私の言葉に生真面目なアティはすぐにそう応えてくれました。
状況を深刻に考えすぎて、肩に力が必要以上に入っているようね。
「そう言えば、貴女が下界に降りてから10年が経過しているのだけれど、
いい出会いは会ったかしら?」
「はい。友人を作り、伯爵令嬢とは親友になりました。
彼女はどこかヴューナ姉様に似ていて……」
私は「下界でアティにボーイフレンドはできたの?」という意味で
言ったのよと、この処女神である姪に大きく内心で苦笑いしたのだけれども、
友人の話を始めたアティはそれまでの表情を一転させて、
明るくなり、先ほどまでの翳りはなくなった。
変化の乏しい神域と違って下界での生活はやっぱり悲喜交々、
いろいろな刺激があって楽しいようね。
けれど、もうすぐしたら、彼のいる村に避けられない災厄が襲い掛かる。
既に彼の知らない所で大きな被害が出ているのだけれども、
彼に力を多く与えた関係で私は【水の女神の加護】の機能の1つ
『神託』で伝えることがまだできない。
”彼が存在しない”世界を視た運命の女神達の予知では
プタハ村は災厄に飲まれ、アティが派遣した天使が認めた勇者たちは
奮戦するけれども、多くの犠牲を出して全滅し、王国は滅亡の危機に
さらされ、アティにも器を通して、心に大きな傷が残ることが予見された。
アティに災厄の影響があることは彼女本人には伝えないよう
運命の女神たちには伝え、守らせている。
その事態を避ける目論見もあって、私は異世界人である彼に力を与えて
この世界に転生させたのだけれど、果たして、運命の女神たちの予知の結果を
”特異”な彼はどこまで覆してくれるかしら?
ご一読ありがとうございました。
少し、補足です。
ウンディーナとアティーナたちは「平和」による世界の発展を
共通目的として世界を運営していますが、それを良しとしない派閥ができ、
ウンディーナより上位の最高神はその派閥の行動を容認したため、
その反対派の妨害でエルドランドには「戦乱」と「災厄」が所々で
発生しています。
中立派閥である運命の女神たちがウンディーナにアティーナが傷つく未来を
予見したため、ウンディーナは運命の女神たちに原因となる「災厄」を種から
取り除けないか相談してあらゆる手段を仮想環境で試行したが、反対派の行為の
ため干渉できない結論に至り、最終手段の特異点を生み出すことにしました。
登場人物のまとめをはさみ、次章に進みます。