第5話 いつの間にか後衛の魔術使でいるのをやめた。
◆前回のあらすじ
便利で使える遺失魔術をどんどん覚える。
ベビースライムの”イム”をスキルの『調教』で従魔にしたよ。
イムと【魔術(工学)】、【魔術(建築)】のおかげで村の衛生問題は一段落。
クリスの魔術講義開始から1年が経過し、既にクリスから
教わる魔術の基礎的なことがなくなった俺はシアともう1人、
ケイロン小父さんの娘のソフィの3人はクリスから無闇に
魔術を使わないことを条件にケイロン小父さんの薦めで
魔術の習熟と研究に励んでいた。
「……むぅ、アルのよりも形がいびつ」
ケイロン小父さんのエルフの血を引くソフィは肩まで伸びた緑色の
髪をゆらして、水系攻撃魔術で作り上げた自身の『アクアボール』を
俺が作ったものと見比べて憮然とした。
ソフィの方が現状、魔力量が3人の中で1番多いのだが、
数と形においては俺の方に軍配が上がっている。
「ううう~ん、あたしもアルのみたいに綺麗な玉にしたいな」
シアも『アクアボール』で綺麗な球体を作ろうと『アクアボール』の
詠唱をきちんとしているのだが、水魔術の適性がないこともあって、
形はソフィのものよりも更に歪で、なぜかレモンの様な形状になっていた。
適性がなくても魔術は詠唱をすれば使えるのだが、多くの場合が
シアの様に上手くいかなかったり、余分に魔力を消費することになる
のである。
「2人とも水がどんな形をしているかわかるかな?」
「んん? アル、お水に形なんてないよ??」
「ああ、ごめん、言い方を変えるよ。水はとてつもなく小さな粒で
できているんだけど、2人はその水の粒1つがどんな形のものか分かるかな?」
首を傾げたシアに俺は自分の出した問いをより分かりやすいように
言い換えてみたが、言いたいことを分かってもらえないようで思案顔
から変わらなかった。
「ボクはアルが言う” 水の粒1つ”がどんな形をしているか
知らないから、知っているアルよりもアクアボールの形がいびつと
いうことなのかな?」
「そうだね。水の粒1つ、水の最小単位、水の分子という
ものなのだけれども、それは大体こんな形をしているんだよ」
ソフィの言葉に相槌をうつ形で俺は水の分子モデルを『アクアボール』の
魔術で再現してみた。
「うわぁ~」
「本当にこんな形をしているの?」
俺が作り出した分子モデルを見て感嘆するシアとは対照的にソフィは
懐疑的だ。
「まぁ、はい、そうですねと、そう簡単には信じられないよね。
そこで、【魔術(工学)】の『顕微鏡』!」
俺は苦笑いしつつ、最近ようやく使えるようになった【魔術(工学)】
の『顕微鏡』で空中に待機させているアクアボールの一部分を2人に
分子構造が視えるまで拡大してみせた。
この『顕微鏡』は今の俺のレベルなら調整次第で原子レベルまで視る
ことができる上、見たい対象を選別もできるというとんでもない性能を
もつのだ。
【魔術(工学)】の有用性は科学が進歩していないこの世界では
脅威的なので俺は優先順位高めで【世界検索】でも探しているし、
使えるものは訓練して経験値を溜めている。
「うわぁ~、本当だ。こんな形をしているんだねぇ」
「……本当だ」
無邪気に喜んでいるシアと興味深く水分子を見つめるソフィ。
「大雑把に言うと、世界はこの水の分子のように原子という小さな粒
がくっつき合っていろいろなものを形作っているんだよ」
「この粒、原子って1粒だけだと意味がない?」
「原子によるかな。鉄とかの金属原子だと1粒、単体でも金属として
の性質をもつみたいだけれども、水を作っている水素原子と酸素原子
のような原子は2つ1組や他の原子とくっつかないと区別できる
性質をもたないみたいだよ」
「ふむふむ……」
「やっぱり、アルって物知りなんだね」
俺の言葉に好奇心を刺激されたソフィと笑顔で俺を褒め称えるシア。
両親が元冒険者仲間で、現在は騎士とその従者ということもあって、
シアとソフィは両親の仕事の関係と都合もあり、広さに余裕のある
俺の家で一緒に過ごすことがこれまでに比べて多くなった。
2人の両親たちもこの村に家を構えているが、仕事の都合でうちに
泊まることもかなりの頻度であり、いつでも使えるように部屋も用意してある。
文字通りの家族ぐるみの付き合いもしているのだ。
そうして、俺たちの鍛錬は魔術だけではなく、次第に武器の扱い方
や体術も両親たちから、7歳になってから教わりはじめた。
まだ将来なにになるかを決めた訳ではないのだが、使える武器は
多いに越したことはないので、俺は長剣と体術を主にして、補助で
弓と槍を選んだ。
シアは体術と棍棒・斧が主体だが、武器は全てを覚えるといい、
ソフィは弓を主体で補助に小剣を選んでいた。
剣術はレオンが担当し、体術はシアの父親のガウ小父さん。槍術は
ソフィの母親のフィリアさん。棍棒術と斧術はクリスが、弓術はソフィの
父親のケイロン小父さん。小剣術はシアの母親のエリシアさんが担当し、
俺たちで被っているものはまとめて教えてもらう形になっていた。
「はぁっ!」
「おっと、なかなか筋がいいぞアル。まぁ、俺には効かないがな」
俺が気合と共に放った拳は余裕の笑みを崩さないガウ小父さんに
完全に見切られてかわされてしまう。
獣人であるガウ小父さんは顔立ちこそ人間に近いが、その頭にはシア
と同じく犬耳がある。シアの髪の色が金髪なのに対して、ガウ小父さん
は癖毛があるが鈍い色を放つ銀髪で、シアの髪はエリシアさん譲りの綺麗
な金髪なのである。
「さて、ちょっと強くいくぞ、アル。 『正拳突き』!」
ガウ小父さんが構えを見せてから【体術】の基本技『正拳突き』を
放ってきた。
獣人であるガウ小父さんの身体能力は既に人間では太刀打ちできな
いレベルでパラメータは筋力と体力がA、戦闘速度が脅威のSであり、
手加減されているとはいえ、この世界の普通の人間がその本気の動きを
捕らえるのは絶対に不可能である。
「ぐっ……」
畢竟、俺はなんとか受け流すそうとしたが、失敗して直撃を受けて
しまい、辛うじて、咄嗟に見取って覚えていた【闘気術】の『護装闘気』
を使って『正拳突き』を受けた腕に『護装闘気』を集中して防御する
が、勢いは殺しきれずに吹き飛ばされて壁を背に受け止まった。
「アル、大丈夫?」
同じ訓練を受けているシアが駆け寄って、心配そうに覗き込んでくる。
「ああ、いててて……咄嗟に【闘気術】で防御したから大きな怪我はないよ」
「よかったぁ」
俺が無事であることを伝えるとシアは安堵した。
とはいえ、背中を強く打ちつけて、『正拳突き』を受けた腕は打撲で
赤くなっている。
とりあえず、【魔術(水)】の『癒しの水』で回復だ。
<<ますた~、いむもかいふくてつだう>>
そうイムが【念話】で言って【魔術(水)】の『癒しの水』の上位版の
『快癒の水』を使って回復してくれた。
おかげで完全に打撲も回復し、寧ろ怪我をする前よりも調子がいい。
「ありがとう、イム」
俺はイムに礼を言って撫でてあげた。
シアはその様子をニコニコ顔で見ていた。
「レオンとクリスの息子だから流石と褒めるべきなのか、その歳で、
そこまで【闘気術】が使えるとは将来が楽しみでもあり、末恐ろしく
もあるな」
しみじみとガウ小父さんは腰に手を当てて、そう呟いていた。
シアも【闘気術】を覚えたが、まだ細かい闘気の制御が苦手で、
専ら、制御が比較的簡単な攻撃に闘気を用いる【武装闘気】を使って
いる。
ヒュンッ
風斬り音と共に飛来する矢を頭に受けて、目標にされた
ワイルドラビットは絶命した。
「うん、よく頑張ったね。ソフィ」
エルフのケイロン小父さんが褒めるようにソフィの弓の腕は本人の
努力で既に一人前とケイロン小父さんに認められていた。
同行している俺の方は……まだソフィの域には及ばないか。
「ごめんね。ウサギさん……」
「私たちが生きていくには他の命を貰うしかない。
貰った命に感謝することは大切だから、その気持ちを忘れないように
しよう」
「……うん」
「じゃあ、可愛そうだけれど、ウサギさんの命を無駄にしないために
処理を始めようか」
ケイロン小父さんの訓練は弓の訓練だけでなく、こうした狩りに必要
な獲物の解体作業も平行して身に付けていく形式だ。
村の狩人として働き始めるにはまだ年齢的な決まりであと2年は先の話では
あるが、実際、守護騎士とその従者の子供ということで同年代よりも
少しだけ先に教えてもらっている。
四苦八苦しながら、俺とソフィはケイロン小父さんに時々補助して
もらいながらなんとか初めての解体に成功した。かなりグロイ所も
あって、ソフィの顔色がかなり悪くなっている。
「アルは大丈夫かい?」
「女の子のソフィが我慢しているのに、男の僕が先に崩れる訳には
いきませんよ」
まぁ、クリス譲りの銀髪と顔立ちの見た目の所為で初対面の人には
今のところほぼ間違いなく、女子と間違えられているけれどね。
「そうか。では、私はあと2~3匹獲物を狩ってから戻るから、
ソフィとアルは先に村に戻っていなさい」
森の入り口付近で訓練しているので、魔物の奇襲を受けることがない
距離だ。ケイロン小父さんは自分の『空間収納』に俺たちが解体した
兎をしまって、俺たちを残し、森の奥へ姿を消した。
「ソフィ、大丈夫?」
「……うん」
「じゃあ、行こうか」
ソフィが頷いたのを確認した俺はその手を引いて村へ向けてソフィの
歩幅に合わせて歩きだした。
実力者であるレオンやガウ小父さんたちのおかげで俺たちの実力は魔術のみならず、
武器の扱いや技などを身に付けて、あがっていった。
そうして、俺はいつのまにか後衛の紙装甲の魔術使から剣と体術で前衛にもなれる
魔法戦士のようになっていたのだ。
シアは称号【英傑】の効果で本来両手で使う武器である大剣と槍、戦斧を
片手で優々と使いこなしている。
シア本人はクリスと同じバトルメイスが1番使い易いと言っているが、
シアのバトルメイスの通常攻撃の一撃は100%ホームランになって、
獲物が地平線の彼方に飛んでいってしまい、狩りにならないので、
基本武器を戦斧として、状況に合わせて『空間収納』から大剣や槍などを
取り出して使い分けている。
【闘気術】の制御も徐々にではあるが身に付け、対人戦はまだ未経験だが、
野生動物や魔物相手では問題なく立ち向かえるようになっていった。
ソフィの方も当初は野生動物を自分の弓で射ることに抵抗があったが、
ケイロン小父さんの教えとフィリアさんと俺、シアの励ましを受けて、
乗り越え、生きるために狩りができるようになった。
他に狩りができる人間がいるから必要なことには思えないのだが、
ケイロン小父さんたちの教育方針として、狩りを覚えさせて命の大切さを
教えるとしているらしいので必須だったようだ。
細剣の扱いも本人の努力でかなりの腕前になっており、ソフィの
細剣の刺突の鋭さはガウ小父さんも賞賛するレベルのものになった。
訓練ばかりしているように見えるけれども、俺たちは村の同年代の
友人たちと遊び、きちんと友好関係を保っている。
特にシアとソフィは一緒にいることが多い俺との話題で女子たちに
毎回問い詰められているとか。
しばらくしてから、ウェインたちも訓練に参加するようになり、
村の次世代戦力は順調かつ確実に大きく成長していった。
ご一読ありがとうございました。
以下、メインヒロインであるシアとソフィ、レオンの従者の男性2人、
ガウとケイロンのステータスです。
ステータス表記の大まかな目安
G:初期地点。鍛えてもここだと才能などがまったく無い。
他の才能を探して伸ばさないと生きていけないレベル。
F:一般人より劣る。努力して鍛えれば一般人並にはなるが、
鍛えてもここだと適性があるとは言い難いレベル。
E:一般人並。可もなく不可もない。凡人と佳人の境界。
最下級冒険者ランクはここから。
D:才能のある一般人。宝石の原石みたいなもの。
磨けば光るが放置していればただの石ころ。
人間の一般兵レベルがここ。貴族の子弟の一部はここから。
C:専門家としてやっていけるレベル。
兵士なら部隊長や指揮官レベル。デフォルトの人間には
そろそろきついレベル。
B:プロのトップクラス。
獣人であれば一般的な獣人の身体能力はこのくらい。
エルフや魔族も魔力・魔力量は一般レベルはここ。
A:天才として他の追従を許さないクラス。
獣人であれば部族長から獣王クラス。
魔族であれば上級魔族クラス。エルフであれば里長やハイエルフ。
ここまでが所謂、人間の限界。
S:人外の領域。魔族や天使でも一握りいるかどうか。
このランクの人間は文字通り人間辞めているといえるレベル。
冒険者では生きる伝説である。
SS:魔人などの伝説に残るクラス。
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※スキルレベルはMAXで7 スキレベル1=Eランク相当
ステータス限界
人間は通常各種ステータス限界最大Bまでスキルレベルは5まで
獣人は魔力と魔力抵抗は最大Bまで魔術系スキルのレベルはBまで
エルフは筋力と体力は最大Cまで
天使は各種ステータスは最小D最大Aまで
筋力は物理攻撃力 体力はHPやスタミナ
戦速は肉体の敏捷性 知力は機転や判断力、作戦立案力
魔力は魔術・魔法攻撃力 魔力抵抗は魔術攻撃に対する防御力
詠速は魔術・魔法の発動速度 精神力は魔術・魔法の制御力
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名前:シンシア・スコルピオ(真名:???)
シア
種族:半獣人半天使 性別:女
職業:エキュイユ
筋力:B 体力:B 戦速:A 知力:E
魔力:D 魔力抵抗:S 詠速:D 精神力:D
スキル:【剣技LV2】【棍棒技LV3】【斧技LV3】【弓技LV1】【体術LV3】
【飛行LV2】【敵性魔術無効】【気配察知LV3】【第六感】
【魔術(火)LV2】【魔術(土)LV2】【魔術(神聖)LV2】
【魔術(時空)LV1】【魔術(無)LV1】
【闘気術LV3】
【調合LV2】【調理LV2】【上級文章解読】
称号:【英傑】
備考:アルスの両親の元冒険者仲間を両親にもつ金髪茶眼の半天使半獣人の
少女。犬耳、尻尾あり。その容姿とあいまって腹ペコわんことアルスに
認識されている。命の恩人であるアルスに生涯の忠誠と愛を誓い、
心身全てささげるつもりでいる。普段は使わないが、有事には1対の
天使の翼を展開して短時間なら空中戦もできる。
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====================================
名前:ソフィア・レグルス(真名:???)
ソフィ
種族:エンジェリックエルフ(半天使半妖精) 性別:女
職業:エレメンタルメイジ
筋力:D 体力:D 戦速:C 知力:D
魔力:B 魔力抵抗:B 詠速:B 精神力:B
スキル:【妖精の眼】【剣技LV3】【弓技LV4】【魔術(水)LV3】
【魔術(風)LV3】【魔術(神聖)LV2】【魔術(時空)LV1】
【魔術(無)LV1】【魔法陣展開】
【調合LV2】【調理LV2】【飛行LV2】【上級文章解読】【風精霊の加護】
称号:なし
備考:シアと同じくアルスの両親のもう1組の元冒険者仲間を両親にもつ
エルフの父譲りの緑髪緑眼の少女。シアと対照的に物静かな性格の
ボクっ娘。同年代にエルフの子供がいないため、孤立しがちだったが、
アルスの尽力と人懐っこいシアのおかげで解決している。
【妖精の眼】と種族特性で魔術の腕は高い。
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名前:ガウ・スコルピオ(真名:???)
種族:獣人 性別:男
職業:格闘家
筋力:A 体力:A 戦速:S 知力:C
魔力:C 魔力抵抗:C 詠速:C 精神力:D
スキル:【気配察知LV6】【第六感】【体術LV7】【闘気術LV6】
【契約の絆】【天使の加護】
称号:【獣人の勇者】【レオンの従者】
備考:シアの父親で犬族の獣人。とある理由で天使のエリシアと契約し、
勇者となった。実は獣人の犬族の中でも身分が高いのだが、がちがちの
掟に縛られて生きるのに嫌気が差し、冒険者としてエリシアと生きること
を早々に決め、道中出会った同じ目的をもつエルフのケイロンと意気投合
して、パーティを組む。思考が力で解決しようとする脳筋よりではあるが
これでもレオンたちと出会った当初よりも進歩したほうである。ちなみに
レオンとクリスに【闘気術】を教えたのはガウである。
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名前:ケイロン・レグルス(真名:???)
種族:エルフ 性別:男
職業:エレメンタルメイジ
筋力:C+ 体力:C 戦速:A 知力:S
魔力:S 魔力抵抗:A 詠速:S 精神力:S
スキル:【妖精の眼】【剣技LV5】【弓技LV7】【魔術(水)LV6】
【魔術(風)LV7】【魔術(神聖)LV5】【魔術(時空)LV3】
【魔術(無)LV3】【隷属魔術LV3】
【魔法陣展開】【並列思考Ⅳ】
【調合LV5】【調理LV5】【上級文章解読】【風精霊の加護】
【天使の加護】【契約の絆】
称号:【エルフの勇者】【二重適性者】【森の大賢者】【レオンの従者】
備考:ソフィの父親でエルフの勇者。穏やかな性格だが、怒るべき所ではきちん
と怒る。閉鎖的なエルフの中で秘匿されがちな魔術の探求に熱心な変り種
で、こと魔術に関することには目の色と性格が変わる。
神託で森に降臨したフィリスには出会って森の中での限界を痛感し、
長の許可を得て、外の世界に旅立つ。秘匿されたり遺失した魔術
の書物を買いあさっていた。弓の腕はカンストのLV7なのでプタハ村の狩人
で1番の実力者である。彼が当番の日は獲物が多いので村人たちには
大変感謝されている。
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次回更新は5月2日24時予定です。