第3話 無念だが、犬耳の幼馴染のために魔術が使えることを隠すのをやめた
俺がこの世界、エルドランドに地球から転生してから4年が経過した。
だいぶ歩けるようになったが、まだ幼児なので行動範囲はそれほど広くないので、
固有スキルの【世界検索】を使った情報収集と密かな自己鍛錬の
日々である。
俺が住んでいるプタハ村はエレファンティネ王国という、
この世界で国力第3位、人口は4番目の国の西北端の国境に位置している。
北西に行くと近年廃鉱となったアヌケト鉱山の傍に作られた鉱山と
同じ名前の鉱山都市、アヌケトを挟んでエレファンティネ王国と国力
僅差で世界第2位のテーベ共和国がある。
テーベ共和国は腐敗政治と深刻化している飢饉の所為で社会不安が
増大していて、軍隊の力で辛うじて治安を保っているみたいだ。
国内に数箇所ある古代遺跡のダンジョンからとれる魔石やら魔物の素材が
経済の主力で、食料の大半は王国からの輸入で成り立っているのだが、
国の中央から離れると輸入食料はあまり行き届いていないため、
食料を自分たちで調達している国民が小さな村を作って散在している。
その状況はプタハ村より数段劣悪な環境であり、治安もかなり悪いため、
間違っても近づきたくはない。国境を侵す盗賊は大半が共和国の民で、
その”お前のものは俺のもの”的な国民思想の所為で尚更性質が悪い。
村から北、もしくは東の森に進むと国境を挟んでこの世界第1位の国力と
人口をもつエネアド帝国がある。
王国は現在、帝国、共和国とは友好関係にあるのだが、帝国と共和国は
思想面の対立で仲が悪く、小規模な戦闘が村の北側にある大きな湖の対岸の
共和国と帝国の国境地帯で長年続いている。
共和国の中央国民の先祖は権力争いに敗れたり、悪事を働いて、
帝国から追放された人々なので仲が悪いのは納得できるのだがが、
取り込まれた共和国の現地住民にとってはいい迷惑である。
帝国は共和国と対照的に治安もよく、農業も衛生もきちんと整って
いる。現皇帝が信賞必罰で善政を敷いていることが他国に広まるほど
有名だ。それと同じく現皇帝は人材マニアであるのも広く知れ渡っていて、
某三国志の人物を彷彿とさせる人物のようだ。
そして、プタハ村より東南に進むと馬車で5日位の距離に関所があって、
他所の貴族が治める領地が始まり、そこから馬車で1日南下した場所に
エレファンティネ王国の首都、クヌムがある。
プタハ村は安定している王国全体でみた場合でも貧しい部類の寒村
であり、残念ながら村民の暮らしは裕福とは言い難く、貧しい。
未だに狩猟採集が全世帯の専らの生活基盤であるのだ。
俺の両親が守護騎士になって赴任してからようやく農業を始め、
3年目でようやく少ないながらも小麦の収穫が見込めるようになったのだ。
とはいえ、
「とうさま、むぎ、げんきない」
「そうだなアル。これでもマシになったほうではあるんだがな……」
そういって、レオンは苦笑を浮かべていた。
レオンに巡察に連れられてきた麦畑の穂は十分に育ちきらずに
収穫時期を向かえ、元気なく穂先が垂れているものばかりだった。
当然、収穫量は少ない。
そこで俺は大豆を使った輪作を実演して、
レオンたちに収穫量を増やせる方法があるを提案することにした。
……その成果はこの後、俺が魔術をクリスたちに教わり始めて、
しばらくしてから、プタハ村に大きな恵みを与えるようになる。
プタハ村は人口が100人程度の村でその内訳は5割が人間、
3割が獣人、残り2割がエルフなどその他の種族になっている。
これは王国内でも極めて珍しく、表沙汰にはされていないが、
王国の気風としては人口の割合が多い人間中心と考える傾向が強い為、
村の多くは7割から8割が人間であることがほとんどだ。
中央貴族では人間至上主義で国内にいる獣人やエルフは全て奴隷に
すべきだと考えている頭がおかしいのもいて、いろいろと問題を起こ
している。まぁ、その筆頭がレオンの実家なんだが。
話が逸れてしまったが、俺にもこの村で友人、知人といったものが
でき、人間の村長の孫ともそれなりに交友を深めているが、レオンと
クリスの冒険者仲間の娘たちとは特に親しい関係になっている。
村長の孫の名はウェイン。俺よりも2つ年上でまだ子供ではあるが、
体格に恵まれて同世代より体の成長が頭1つ進んでいる。
村長の奥さんが獣人なので獣人のクォーターである。
だが、獣人の特徴である獣耳と尻尾はない。
俺がレオンに連れられて村長に挨拶にいって、レオンと村長たちが
話しこんでいるときに強引に連れ出され、
「お前、あの守護騎士の子供なんだから、大きくなったら村長に
なるおれに従え。でないと痛い目にあうぞ」
腕力にものを言わせて俺を服従させようとしたので、
「……フンッ!」
「うッ、うわあ!」
当て身いれて、足から着地させる大幅に手加減した一本背負いを
きめて返り討ちにした。
それから、ウェインは俺を一目置く様になり、時折、俺に意見や
助力を求めてくるようになって、回りから俺はそのつもりはないのに
ウェインの意見番的な立場に見られる様になっている。
どうしてこうなった?
レオンの冒険者仲間で獣人と天使、エルフと天使の珍しい
2組の夫婦だ。4人とも今の立場としてはレオンとクリスの従者という
ことになっている。
獣人と天使の娘の名前はシンシア・スコルピオ。
みんなからはシアと呼ばれている。金髪の犬族の半獣人半天使で
その姿は人懐っこいゴールデンレトリバーを思わせる。
【英傑】の称号をもって生まれた天真爛漫な女の子だ。
【英傑】の称号はレオンの持っている【辺境の守護騎士】とは
異なり、神によって与えられたもので、その効果は常人よりも遥かに
高い筋肉密度の肉体をもち、頑健な肉体と高い魔術抵抗が付与される。
シアには年上のウェインだけでなく、単純な力で勝てる同年代の者
はプタハ村にはいない。
だが、その一方でこの称号を与えられた者たちで成人できるのは
ほとんどいないといういわくがある。
なぜなら、肉体の高い筋肉密度によって、驚くほど体の燃費が悪く、
【英傑】の称号をもつ者は例外なく、大食いになり、その多くの者の
死因が栄養失調や餓死であるのだ。俺には皮肉な称号と思えてなら
ない
飽食ともいわれて食べ物が溢れている地球の現代日本に対して、
こっちの世界、エルドランドは科学の代わりに魔術・魔法が発展して
はいるが、魔術師・魔術使いたちが秘密主義なせいで、魔法は食料生産
にほとんど活かされず、食料の生産力は比べるまでもないほどこっち
の世界の方が低いので、【英傑】の称号持ちたちの多くが短命かつ薄命
であるのは魔術師たちの権欲の犠牲だと言えるだろう。
プタハ村も小麦と大豆の栽培がようやくできるようになった貧しい
寒村なので、シアも【英傑】の称号もちの悲劇から逃れられない……
はずだった。チート転生した俺がいなければ。
ある日、シアの両親がレオンと当番で狩りに行くことになり、
シアが朝食を終えて俺の家に預けられたときだった。
エヴァたちに気づかれる前に突然、シアが俺の前で倒れてしまった。
「……」
驚いて、【世界検索】でステータスを視てみたシアの状態は
周りの同年代の子供より体が痩せ細り、餓死一歩手前という、
非常に危険な状態だった。
シアは貴族の従者の両親の稼ぎ、一般の農民よりも多いものでも、
やはり、食事が足りず。十分な食事を摂れなかったのを周りに
心配させまいと我慢していたようだ。
しかし、その日、遂に限界がきてしまったのだった。
俺は以前からプタハ村の食料難の現状を鑑みて、魔力をカロリーや
栄養に変換して、非常食にできないか魔力を扱えるようになってから、
繰り返し試行錯誤していた。
【世界検索】で魔術・魔法の基礎を調べまくって分かったことだが、
この世界ではどの魔術もスキルの【魔術】をもつことで、
イメージをスキルが自動で術式に変換し、魔術を使えるようになっている。
但し、使える魔術には個人の適性に左右されるのと、使用するのに
必要な魔力量、更にその魔術を使うとどのような効果があるのかを
知っている必要がある。
【魔術(火)】の『ファイアーボール』のように火の玉を出す魔術が
容易なのは名称による切り分けによってイメージの補填といった
仕組みがあるからだ。
呪文もあるにはあるが、あくまで自己暗示によるイメージ補強の
意味しかなく、魔術を使って発生させる現象を理解してイメージできれば
いらない。
逆にイメージから魔術を作れないか、という発想を転生して柔軟になった
俺の脳みそは思いつき、いろいろ自己鍛錬の傍ら思いついたことを
試行錯誤している。
結果、失敗も多かったが目論見に成功したものもある。
そうして、俺がなんとか形にできたのは、カ○リーメイトの様な
携帯できる食品をイメージしてひたすら空腹を満たすイメージの結果、
かきの○ねの様な細長い種状に魔力を高圧縮してカロリーと栄養に
転化させた『エナジーシード』だった。
「シア、これ食べられる?」
「……ん……」
不味い。『エナジーシード』ではなく、シアの状態がだ。
反応はあるが、薄い。目を閉じていてほとんど動かない。
仕方がないので俺はシアの口を開けて、口のなかに
『エナジーシード』を少し強引に入れ、ぬるいお茶を使って
流し込んだ。
「シア? シア?」
頬に何度か軽く触れて、呼びかける。
「ん……ん、ん? あれ? お腹が空いてない……」
シアは目を見開いて、キョロキョロと周囲を見回して、
最後に視線を俺に向けた。
「どうやら成功したみたいだね」
【世界検索】で飢餓状態が解除されているシアの様子を
確認して、俺は安堵のため息を吐いた。
「アルス…様?」
「アルでいい。偉い人がいない所では様をつけて呼ばないでいいよ。」
不安げにシアが尋ねてきたのに対し、とりあえず笑顔で返す。
「うっ……ううええええええええええん」
いきなりシアが大泣きを始めて、俺は驚かされた。
さて、どう説明したものか……。
俺は泣き続けて涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったシアをなだめつつ、
額に人差し指を当てて、思案した。
結局、俺はシアに俺が魔力で作り出した『エナジーシード』を食べさせたことを
そのまま告げた。嘘をついてこの場をやり過ごしても後で更に嘘を重ねねばならず、
遅かれ早かれ、俺が魔術を使えることはバレるので、嘘をついて周囲の心証を悪くしても
デメリットしかないからだ。
それから数日が経過した。今では、改良を加えた『エナジーシード』
1個で成人が1日に必要とするカロリーと栄養素を7日分得られる
まで完成させ、固形に転化させる前の魔力の属性で味に変化をつける
ことにも成功した。
ちなみに、この世界の1日は24時間で1週間は7日、1月は30日、
1年は12ヶ月と地球とおなじだ。
シアの命を助けた日に俺はシアの両親からは涙ながらに感謝された。
長い命ではないと諦めていた可愛い娘の命が助かったのだから、
当然といえば当然か。
「あ! アル~!!」
俺を見つけたシアは満面の笑みを浮かべ、手と尻尾を勢いよく振って、
俺に抱きつく……という名の鋭いタックルをしてきた。
「ぐっ……おはよう。シア」
「うん! おはよう、アル♪」
命を助けた日以来、俺はシアからは異常に懐かれるようになった。
加えて、シアの両親はシアを俺へ嫁に出すのは既に確定事項のようで、
レオンとクリスもそれに乗る気だ。シア本人も既に将来の相手は俺と
決めているようだ。気が早いことで……。
俺自身は真っ直ぐに好意を向けられて全く悪い気はしないが、
前世で体験していないことなので、嬉しくはあるが、同時に戸惑っている。
【英傑】のデメリットがあるから、俺の『エナジーシード』の様な食料
を作り出せる魔術と魔力量か、国家元首並みの財力と大量の食料を
確保できる国力がない相手ならばシアは飢え死にしてしまうから、
俺の所にシアを嫁に出すのは親としては当然の選択なのかもしれない。
【英傑】の戦闘能力で狩猟で生活することは可能ではあるのだろうが、
シア1人の食事のために村一帯の魔物が絶滅してしまうことになりかねないので、
今度はプタハ村が存亡の危機に晒されてしまうため、シアを狩猟で食べさせていく
訳にはいかないのだ。
「あのね、アル……尻尾のお手入れをお願いしていいかな?」
「……いいよ」
「ありがとう」
はにかみながら、シアが俺にお願いしてきて、俺が了承すると
シアは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに礼を言ってくる。
シアは獣人が特に親しい者にしか絶対に許さない、耳を触ることと、
尻尾の手入れを俺に許すどころか積極的に触らせようとしてくる程になった。
特に断る理由がないので俺はシアのふかふかの犬耳の感触を存分に堪能し、
念入りに尻尾の手入れをしてあげている。前世でも動物好きであったのだ。
そして、シアを助けてすぐに、特に口止めしていなかったため、
シアが自分の両親へ俺によって命を救われたことを報告したことで、
俺が魔術を使えることをレオンとクリス、エヴァに黙っていたことが
発覚した。
「今のところ悪用しているいないなら、特に何も言うことはないか」
「でも、きちんと教えないと危険ね。わたしがケイロンに相談して
アルに魔術を教えるわ」
怒られることこそなかったが、きちんとした教育をしないと危険だからと
その後、クリスから絵本の読み聞かせの傍らシアともう1人を交えて、
魔術を教わることになった。
ご一読ありがとうございました。
マイペースに更新していきます。。
まとまった時間取れたので、次回は明日24時予定です