第24話 理不尽な勅命に宮仕えに希望を持つのをやめた。
◆前回のあらすじ
結界の特殊効果で死んだはずのカプリコヌス侯爵バルガスは復活。だが、両腕は復元されなかったのでアルスが治した。
アルスを罵ったベルガーをバルガスが一喝。アルスの意図を解説し、その目的を推し量るが……。
誓約成立! アルスの予想外の要望に一同は呆然としたが、これにて一件落着!?
レオンが明け方までカプリコヌス侯爵とアリエス公爵、更には
ケルヴィン陛下を交えて酒盛りをした翌日、再び王城に俺とレオン、
クリス、シア、ソフィの6人は再び召喚された。
「アルスには我々をプタハ村へ『転移門』で連れて行ってほしい」
人払いをして、先日の面子、カプリコヌス侯爵バルガス様と侯爵の副官ベルガーさん、
アリエス公爵ジェラルド御祖父様とケルヴィン陛下に俺達6人以外いない
謁見の間ではなく、先日俺達が休んでいた部屋に集まってケルヴィン陛下がそう告げた。
「理由を聞かせていただけないでしょうか?」
王命だから拒否はほぼできないので、まず俺は単刀直入に理由を訊くことにした。
「うむ、昨夜の酒宴でレオンがアルスが遺失魔術である『転移門』の
使い手であると教えてくれたのでな。今後拡張する現在のプタハ村の規模を
把握するために忍びで御幸をしようと思ったのだ」
ケルヴィン国王陛下は満面の笑顔で告げた。
せっかくハロルドさんたちと口裏合わせてゴブリン達への強襲には
”使い捨て”の転移魔導具を使ったことにしたのになにやってんだよと
俺は内心でレオンに悪態をついた。
「ワシ等は陛下の護衛の役目を仰せつかって同行させてもらうことに
なったのだ。加えて、”友”の生活している場所がどのような場所かと
いう興味もあってな。是非ともワシ等も連れて行ってもらいたい」
「申し訳ありませんが、隣接領ですが、街路整備が未だ不十分で
おいそれと訪問できないので、同行させてください。
こちらからはお返しに今度カプリコヌス領に費用をこちら持ちで
ご招待させていただきますので、是非……」
カプリコヌス侯爵のバルガス様は楽しげに。
バルガス様とは対照的に副官のベルガーさんは気まずそうに言われた。
「私もクリスたちの生活の場がどのような場所であるか興味が尽きないのでな」
アリエス公爵ジェラルド御祖父様は娘のクリスの生活環境に興味津々といった
様子でそう仰った。
一方、クリスは酔った勢いで俺が遺失魔術の『転移門』を使えることを
暴露してしまったレオンの方を睨んでいて、その視線を受けて、レオンの
いつもは大きいその身体が今はとても小さくなったように見えた。
「わかりました。ただ、僕が『転移門』を使えるのをご存知なのは…」
「安心せよ。ここに居る者だけだ。公爵たちにも他言無用を命じている。
軍事利用は……そのときになったら相談させてもらおう」
ゴネても無駄。寧ろ、有害なので無詠唱で使えるのだが、詠唱を
でっちあげてプタハ村へ繋がる『転移門』の魔法陣を俺は展開した。
黄道12星座宮を示すものと同じ12の彫刻が施された円形の巨大な門が
回転しながら出現した。
その内部に映し出されたプタハ村の光景を見て、初めて『転移門』を見る
ケルヴィン陛下たちから、
「おお、これが……」「おお……」「すごいですね……」「これは……」
驚嘆の声があがった。
「この門をくぐりぬけることで転移できますが、転移できるのは
今の僕の魔力量では10人が限界です。
習得には【魔術(時空)】の適性と習熟が必要になります」
「ふむ、利用上の注意事項はあるのか?」
「術者が転移させることを了承していない人や名前を知らない人、
術者に偽名を教えている人は転移することができません。
また、術者が行ったことのない場所へは門を開くこと自体ができません。
そして、術者が門をくぐると門は自動で閉じ、事前に転移を許可している人でも
転移ができなくなります」
「つまり、アルスは私のアリエス領を訪れたことがないから……」
「『転移門』を開くことができないので転移できません。
カプリコヌス領も訪れたことがないので行けません」
「なるほどのう」
ジェラルド御祖父様の問いにバルガス様の懸念されているだろう回答を
加えて答えた。
「レオンと先行して先触れにいきますね」
クリスは笑顔を俺達に向けて、レオンを伴ってというよりも引きずるように
転移門をくぐった。
「次はわたしたちが続きが続きますね」
「バルガス様たちはその後でお願いします……」
そのあとに警戒のため、シアとソフィが続き、
「では陛下、お先に行かせていただきますぞ。
いくぞ、ベルガー!」
「はい! バルガス様!!」
意気揚々とカプリコヌス侯爵バルガス様と副官のベルガーさんが
転移門をくぐり、
「陛下、そのお姿では……」
「うむ。たしかに、忍びでいくにはこの格好では不都合。
しばし待て……よし、では行くぞ!」
その後にアリエス公爵ジェラルドお祖父様と王冠と貴族服を『空間収納』
にしまって冒険者風の軽装鎧を身に纏ったケルヴィン陛下が意気揚々と続いた。
その冒険者装備のお姿に違和感が全くない。
この場に居た全員が転移門をくぐった後、最後に残った俺はこの部屋への
立ち入りを禁止するため、扉に認識阻害魔術をかけた。
さらに、扉の前にイムの分体に留守番をお願いして、有事に対応できる
ようにしてから、俺も転移門をくぐったのだった。
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「こっ、これが……辺境の、村ですと……?」
そう信じられないものを目にしているように呟いたのは『転移門』の
仕様の関係で俺より先に到着していたベルガーさん。
バルガス様やジェラルド御祖父様、冒険者風の装備ではあるが、
違和感を感じさせないケルヴィン陛下も目を見開いて、瞬かせていた。
はて? どこかおかしいところがあっただろうか?
「アルスよ、あの建物はなんだ?」
ケルヴィン陛下が壁で仕切られた2つの入り口をもつ建物を指差して、
問いかけてきた。
「あれは公衆トイレですね。村の井戸から離れた数箇所に点在する
スライムの習性を利用して作った共用の排泄所です。」
「スライム? 魔物を使っているのか?」
「はい。僕が従魔にして、自衛目的以外に攻撃しないなどの命令をしています」
「では、あそこにある2つの建物はなにかね?」
今度はアリエス公爵ジェラルド御祖父様が【魔術(建築)】の練習で
俺が作った建物を示して訊いてくる。
「あちらの手前にある建物はプタハ村村長様が管理されている建物で、
集会や勉強会などに利用する目的でアルス様が建てられた議事堂です。
その奥にある建物はアルス様がお持ちの蔵書の一部とレオン様の従士を
されているエルフのケイロンさんの書籍の一部を自由に閲覧することが
できるようにアルス様が建てられた許可制の私設図書館です」
シアが淀みなく説明する。
図書館に置いている本は俺とケイロン小父さんが所有している魔術
の教書と技術書、教養書の基礎レベルのものの複製で、原本やレベル
が高いもの、悪用される恐れがあるものは『空間収納』のなかに保存
している。ジェラルドお爺様から贈られた子供用絵本の複製本も
図書館に置いている。
この施設を利用できるのは俺もしくはケイロン小父さんが許可した
人間のみで司書ゴーレムが常駐しているが、日没後は閉館している。
勝手に持ち出されて売り払われるのを防止するため、蔵書の持ち出しは
要相談にしている。
「他にもアルス様が考案したショウユという調味料をあちらの建物で
生産しています。今後、領外への売り物にするかは未定です」
「ほほう、そんなものまで作っておるのか」
バルガス様がソフィの指差した建物を見て、感心している。
「ううむ、ハロルドの報告にあった一風変わった田舎村とは思って
おったが……まさかここまで違うものになっていたとはな。
ふむ、ここにこの建物がくるのか……」
ケルヴィン陛下が俺が描いてレオンが提出した村の拡張予定図を
見ながら唸っている。
このあと、レオンが合流して、家に4人の賓客を招待し、醤油を隠し味に
使ってエヴァが作った和風ビスケットとお茶でもてなした。
そして……
「「「「こ……これは!?」」」」
4人がそれぞれ使用して戦慄が走った一品があった。
俺謹製のスライム浄化層式魔導ウォシュレットである。
「アルスよ、頼む。これを我が城にもいくつかつけてくれないか?」
はい、陛下から勅命依頼いただきました。拒否権はありませんね。
後日、話し合いの結果、陛下の私室を基点とした陛下の生活導線上の
空き部屋にスライム式魔導ウォシュレットを計3つ設置する強制依頼が
確定した。
「おい、ベルガーこれを我が領にも各戸に普及させたい。予算を捻りだせ!」
「ちょ、バルガス様、いきなり普及させるのは無理ですって!
まずは王都の屋敷で試用を始めてから考えないと。ただでさえ、
鉱山の運営準備でカツカツなんですから、たしかに普及させるのは
衛生面でも魅力的ですが、領内に普及させるには鉱山運営が軌道に
のらないと運営費が全然足りなくて現状では逆立ちしても無理です!!」
「ええい! そこを何とかしろ!!」
おお、なんということだ。カプリコヌス侯爵バルガス様は
魔導ウォシュレットの魅力に捕らわれてしまったようだ。
この世界の衛生環境は快適の寧ろ対極の位置にあるから、
陛下同様、かなりの衝撃で魂を捕らわれてしまったみたいだ。
でも、アヌケト鉱山の運営資金が必要なため現在の財政事情では無理と
ベルガーさんがカプリコヌス侯爵バルガス様の要望をなんとか弾こうとするが、
現カプリコヌス侯爵は諦めない。
責められるベルガーさんがあまりに気の毒だったので、プタハ村と同じく、
公衆トイレの設置を一先ず提案し、建物改築込みの依頼として、従魔スライムの
確保だけはカプリコヌス侯爵側ですることで費用を大幅に抑えるプランを提示した。
ベルガーさんとバルガス様は大喜びで、設置に関しては準備が出来次第連絡する
といわれた。
「アルよ。これはどういった構造なのかね?……ふむふむ、
見本を1つ相応の金額で買おう。王都の私の屋敷に案内させるから、
設置をお願いしたい」
アリエス公爵ジェラルド御祖父様はウォシュレットの構造にも興味を
もたれたようだ。国内貴族第3位の財力を持っているとはいえ、
実生活で、もう少し使ってみてから自領用の正式購入を検討するらしい。
こうして、ケルヴィン陛下たちのお忍び訪問は少しの波乱があったが、
無事終わり、王城に戻るころには日が落ちて、王都での1日がまた勅命とはいえ、
潰れてしまった。
まさか、王都に常駐する法衣貴族は突然の呼び出しが日常茶飯事なのだろうか。
そうでないと信じたいが、宮中政治には関わりたくないな。
そして、明日こそは王都でシアとソフィと買い物に行きたい! デートしたい!!
ご一読ありがとうございました。
次回更新は7月1日金曜日朝6時を予定しています。




