第10話 単独潜入なので使用スキルも魔術もある程度自重するのをやめた
◆前回のあらすじ
廃棄都市は攻め落とされた被制圧都市だった。
妾腹の娘を囮にして、奮戦する執事達の退路を断った伯爵一家は外道の極み。
神殿では飢えと絶望が記された手記、施設では魔導爆弾と高純度の魔石を入手。
鉱石加工施設を後にした所で日が落ち、
俺たちはケイロン小父さんの認識阻害結界の中で俺が【魔術(建築)】で
建てたセーフハウスで休んだ。
明けて、翌日。携行していた保存食も残りわずかになったところで
遂に潜入することになった。
「本当に大丈夫か? アル?」
ガウ小父さんが普段とは違い心配そうに尋ねてくる。
「ええ、大丈夫です。それにこの中で一番小柄なのは僕ですから
潜入するのに適しています」
「そうは言ってもなぁ。お前になにかあって、シアたちに恨まれるのは
御免だぞ」
「……諦めろ、ガウ。
アルはクリスに似て一度決めたことに頑な所がある。
その様子では梃子でも動かんぞ」
俺の返答を聞いても渋るガウ小父さんをレオンが宥めてくれた。
正直、「大丈夫だ、問題ない」と返答したい所だが、余計なフラグを建てて、
シアとソフィを未亡人(違)にする訳にはいかないから。
「ケイロン、お前もなにか言ってやれよ」
「私ですか?
ふむ、私は逆にこの中でアルほどの適任者はいないと思っていますよ?」
「それはなんでだ?」
「アルならばエルトンを送り出した『転移門』で簡単に脱出できるからですね。
緊急脱出手段としてあの魔術ほど優れたものは今の所思い当たるものはありません。
あと、大人である私たちでは通れない鉱山の狭いところも子供のアルならば
通れるところが鉱山の中ではたくさんあるはずですから」
「……しかたねぇか」
援護を要請したはずのケイロン小父さんの言葉に遂にガウ小父さんは
折れた。
こうして俺の単独潜入作戦が開始されることになったのだった。
「今回の目的はわかっているなアル?」
「はい。連れ攫われた女性たちの安否の確認と敵の規模の確認、
可能であれば奥にいるゴブリンロードを確認してくることですね」
「そうだ。魔物とはいえ、繁殖行為を子供であるお前に見せるのはまだ早いから、
抵抗があるが……」
「それには心配に及びません。既にナニをするのか知っています」
「なに!? どこでそれを知った?」
「父様と母様が僕が寝静まった後にベッドで一緒にやっていること
のことですよね?」
俺の言葉にレオンは絶句していた。
「おいおい、レオン……」
ガウ小父さんがニヤニヤと笑みを浮かべて、レオンの肩を叩く。
「ガウ小父さんもウチに泊まったときはもう少し場所を考えた方が
いいと思いますよ。シアが僕の部屋に行くようになったからといって、
ハメを外し過ぎです。シアが部屋から聞こえる物音を不思議がって
いましたよ。あのときはごまかすのが大変でした」
ガウ小父さんは俺の言葉に今まで見たことのない間の抜けた表情をした。
「あ、別に批難するつもりはありませんよ?
僕もその行為の結果として、生まれてきたわけですから。
それに今後弟か妹ができるかもしれないならば、尚更です。
未来の家族のためにもゴブリンどもに容赦するつもりはありません」
「そ、そうか……。では予定通り、俺たちはここでお前の帰還を
待っている。なにかあればこのイムの分身に伝えればいいのだな?」
なんとか再起動したレオンが告げる。
ガウ小父さんはまだ放心している。
「はい。僕ともイムは繋がっていますので、
ここを急いで引き払わなければならなくなったら教えてください」
「分かった」
「では、行ってきます!」
俺はそう告げて出発した。
十分な距離をとったところで俺が創り出した【魔術(水)】の固有魔術、
『霧隠れ』を無詠唱で使用して、姿を消す。
『霧隠れ』は所謂、光学迷彩で、光を屈折させて完全に身を隠す
ことができ、気配遮断と認識阻害、遮音、消臭など、こちらの存在を
周囲に感知させる要因の一切を遮断する効果がある。某忍術を魔術で
再現・効果追加したものだ。
欠点はこちらが物理・魔術を問わず攻撃をして、相手に存在を完全
に認識されてしまったら、解けてしまう。また、消費する魔力量も少なくない
のも欠点である。
鉱山の入り口を先日見たゴブリンの集団が守っているが、俺は足音
を殺しつつ、物陰を移動して、ゴブリンジェネラルとゴブリンキング
を遠目で見ながらひっそりと正面から入った。
既に起動して視界の隅にMAPを開いている【世界検索】は
レベル4まであがった。
これまで見たことがないゴブリンナイトに始まり、
ゴブリンジェネラルとゴブリンキングを鑑定して溜まった経験値の
おかげである。
この調子でロードを発見できれば更に1レベル上がりそうだ。
潜入に志願したのはこれも理由である。
ゴブリンだけでここまでレベルがあがってしまったのは少々複雑な
気分だが、これも今後の充実したまったり異世界ライフのためと
割り切って考える。
レベル4になって追加された機能は、
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N:左前方より、歩哨のゴブリンナイトが接近しています。
注意してください。
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サポート機能に人工知能、補助人格が付いたことである。
俺の意識が他に逸れてもサポートAIが補助してくれるので、
俺は遠慮なく、目の前のことに専念できる。
余談だが、俺はこのサポートAIにNaviという名前を付けて
対話している。Naviへのアクセス権は今のところ、イムも持って
いて、Naviにはイムの分身体の安全も監視もしてもらっている。
アヌケト鉱山は地上と地下に広がっていて、階段のないところで俺は
【魔術(風)】の『風の足場』で不可視の足場を作りつつ先に進む。
アヌケト鉱山は地上5層、地下5層の計10層あり、細部はかなり
入り組んでいる。
伯爵の屋敷で入手した全体図が手元にあっても、追加された坑道が多い所為で
迷ってしまうほど複雑に入り組んでいたが、
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N:次の角を右に曲がってください。その先の階段を降り、……。
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【世界検索LV4】のサポート機能のおかげで、最速かつ、最短距離で
最下層へ向かって進んでいる。
あと少しで最下層だが、俺は視界の端に奴隷の証である”奴隷紋”
を背中に刻まれた男の奴隷を発見した。
「はぁ、はぁ、畜生!
なんだって、俺たちは犯罪を犯していないのに
鉱山奴隷として働いているんだよ!!」
「しょうがねぇだろ!
カプリコヌス領に着く前に捕まっちまったんだからうよ!!」
「ったく!
あの自分の娘を囮にする糞野郎の所為で俺たちの人生台無しだぜ!!」
男たちは慣れた手つきでツルハシを振り下ろしていく。
どうやら、援軍を呼びに神殿から出発して行った男達のようだ。
でも、なんで殺されずにここで働かされているんだ?
「なんとか女共を逃がしてやりてぇなぁ……」
「馬鹿な考えはやめとけ。他人の心配するよりも手前の心配しろ!」
「だがよう」
「……女たちにとっちゃ、こうなった以上、死んだほうがマシかも
しれないんだぜ?」
「そういや、テーベ共和国の方は軍隊が派遣されて守りが堅くなった
から、エレファンティネ王国の方に略奪しにいくって知能が高いのが
言っていたな」
「マジかよ。となると、最寄のたしかプタハとかいった村が
次の餌食になるのか。」
「ああ、あそこには美人の守護騎士と天使の従者がいるって
有名だから、奴等には格好の獲物だろうな」
それっきり男たちは会話をやめ、黙々と作業を続けていた。
やはり、奴等の次の狙いはプタハ村か。
しかも、こちらからゴブリンがテーベ共和国に略奪に行っていたのは不味い。
下手すると、ゴブリンを使った間接的侵攻ととられる恐れがある。
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N:イムの分身体を通じて、今の情報をレオンたちに伝達しますか?
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ああ、頼む。
イムの『空間収納』の共有スペースに紙をいれてあるから、
今の会話内容を要約して報告書を作るように指示してくれ。
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N:かしこまりました。
マスター、先に進むならば左手奥の階段をお使いください。
但し、十分警戒してお進みください。
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ああ、ありがとう。
Naviの警告に軽い違和感を感じつつ、俺は警戒しながら、階段を
下りた。
階段を下りた先ではそこかしこから、人間、獣人を問わず、
女性の嬌声があがっていた。
声を上げさせているのはいづれもゴブリンだが、その全てがキング種だ。
しかも、異様なことに女性は誰1人として嫌悪感を出さずに寧ろ、
媚びるかのような目線でゴブリンどもを誘っている。
いかん、目がおかしくなったか? と思い、目を擦るが、目の前の
光景は変わらなかった。
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N:マスターの視力に異常はありません。
女性達は魔術外の手段による魅了状態のようです。
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魔術外の手段か。気になるのだが、
今回の目的は別なので、俺はこの階の奥に進むことにした。
奥の部屋では異様な巨体をもつゴブリン2体が並んで、
片方はゴブリンキングになぜか組み伏せられている。
もう一方は汚液を浴び続けたため変色してしまった髪をもつ人間の
少女を抱えて腰を動かしていた。
気づかれないように【世界検索】の鑑定機能で2体と人間を調べる。
人間の女子は予想通り、デズモンド伯爵の娘、エリザであったが、
全裸で体中に魔族の言葉らしき刺青が施され、既に見た目は意識が
壊れているように瞳が虚ろな状態だ。
鑑定結果の状態の欄に”封印”が記されていた。
組み伏せられているのはゴブリンキングの亜種である、
ゴブリンクィーンであった。
ゴブリンクィーンはゴブリンメイジ同様に魔術を使用できるが、
目の前にいるそれはメイジの遥か上の存在だ。
そして、もう1体を鑑定した瞬間、【世界検索】のレベルが上がった。
鑑定して出たゴブリンの個体名称はゴブリンロード……ではなく、
ゴブリンエンペラーだった。なんだ、エンペラーって?
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N:マスター! 今すぐお下がりください!!
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切羽詰ったNaviの警告の次の瞬間、瞬時に背筋に冷たいものが走り、
本能的に俺は即座にバックステップで素早く後退した。
轟音と共に俺が数秒前にいた場所には先ほどゴブリンエンペラーの
近くに置いてあった大剣が俺の目の前に突き刺さって、禍々しい気配を放っていた。
『霧隠れ』の効果は切れていなかったが、何故?
疑問が湧き上がるが、俺はそれよりもエンペラーの追撃を警戒して、
細心の注意を払いつつ、階段へ急ぎ、階段室の暗闇の中に
レオン達との合流ポイントに繋げた『転移門』を開いて、即座に撤退した。
「ドウシタノ? アナタサマ??」
「フンッ、ネズミガマギレコンデイタヨウダ」
「ソレナラバオイシクイタダカナキャデスネ」
「イヤ、モウニゲサッタアトダカラソレハムリダナ」
「アラ、ザンネンネ」
ご一読ありがとうございます。
次回更新は5月20日24時(21日0時)を予定しています。




