第8話 初の偵察任務で手を抜くのをやめた
◆前回のあらずじ
アルス、シアとソフィアたちのスキルと魔力は順調に成長中。
おや? 森の魔物の生態系に異変が??
少数精鋭の偵察隊派遣。アルスもちゃっかり同行。
「気をつけてね。アル」
「うん。しばらく会えないからシアにはこれを渡しておくね」
偵察に出発する俺とレオン達を見送りにきた心配そうにしている
シアに俺は【魔術(時空)】の『空間収納』から作り貯めておいた
99個の『エナジーシード』が入った袋を1つ渡した。
『エナジーシード』1個で成人男性が7日何も食べずに過ごせる
熱量と栄養素を摂れて空腹も抑えられるが、称号【英傑】のデメリットの
所為で、燃費が極端に悪い身体のシアには最低1日にエナジーシードが
1つは必要なのだ。
「ありがとう。でも、アルが無事に帰ってこなきゃ、やだよ」
茶色の両目に涙を浮かべて言われてしまう。
シアの隣にいるソフィも緑の髪を上下に揺らしてコクコク頷いている。
「父様とガウ小父さんたちもいるから大丈夫だよ。それにあくまで
偵察に行くだけで、ゴブリンの巣にすぐ攻め込む訳じゃないから」
「そうだぞ、シア。俺たちがいるから安心しろ」
口の端を吊り上げて笑うガウ小父さんの言葉に安心したシアは頷いて
出発した俺たちが見えなくなるまで見送っていった。
余談だが、プタハ村に残る戦力はクリスとセリシアさん、
フィリスさんの大天使コンビ。それと村の狩人たちと発展途上ながら、
次世代のプタハ村狩人勢のウェインたちもいるので戦力としては十分だろう。
鉱山都市アヌケトまでの道はそれなりに整備されていたはずなの
だが、廃鉱の連絡後放置され続けたためか、その街道は利用されなくなり、
整備されなくなったので草木に飲まれて荒れ放題だった。
デズモンド伯爵という貴族がどういう施政をしているか知らない
けれども、鉱山近辺はその土質から作物が採れないから王国よりも
共和国に近いからそちらから食料を輸入して鉱山都市の人々は生活
しているのだろうか。
ちなみに、王国から共和国へ向かうルートは鉱山都市のアヌケトを
通るルートではなく、平野できちんと街道が整備されているプタハ村の
南側にある街道を通るルートを王国と共和国の商人の商隊は使用するのが
今は通例となっている。
実は俺は【世界検索】でまだ鉱山都市アヌケトのことを検索はしていない。
【世界検索】もまだレベルが低いのもあって情報の絞込みが甘いものあり、
過信しすぎるのも問題だからだ。
また、レオン達の前で【世界検索】を使うのは気が引けているのもある。
今のところ、俺は鑑定スキルの同レベル以下の【隠蔽】の効果を打ち消す
【看破】と事物を解析する【分析】が使えるということにしているのだが、
実際はそれらのスキルよりも高性能な【世界検索】の鑑定機能を使っているのを
どう説明すればいいか考えあぐねている。
そのため、レオンたちに【世界検索】のことはまだ秘密にする方針だ。
子供の戯言と取られて信じてもらえない可能性がまだ高いのも気が引けている
理由の1つである。
将来的に話すことになるかもしれないが、そのときはまだ先だと思っている。
丁度いい野営地が決まり、木に背を預けて休んでいる俺は目を閉じて
【世界検索】の地図機能を使用して、現在地から目的地の鉱山までの
大まかな距離を確認した所、今日のペースでいけば、あと2日で到着する
距離まで移動していた。
「へへ、丁度いい具合の育ったワイルドボアを狩ってきたぜ」
夕食の狩りに行っていたガウ小父さんとレオンが帰ってきた。
「あ、血抜きは僕に任せてください」
ワイルドボアの皮を剥いで血抜きしようとしたケイロン小父さんに
許可を得て俺は
「イム、肉に残っている血を集めてくれないか」
連れて来ていたスライムの従魔のイムに血抜きをさせた。
「おお、これは便利ですね」
ケイロン小父さんが綺麗に血抜きされた肉を見て賞賛した。
イムに血抜きされた肉は鮮やかな桃色になったのだ。
今夜の料理はケイロン小父さんと俺が担当……といってもこの面子
でまともに料理ができるのは俺とケイロン小父さんだけなのである。
ガウ小父さんは基本的に肉を焼いて塩をふりかけるだけの豪快な
料理とは言えないものだし、レオンはそれが本当に気持ちちょっと
マシになったレベルで、伝令役のエルトン氏も同様だ。
食事が士気に関わることを熟知しているこの面々でこの配役は必然
であった。
肉の調理はケイロン小父さんに任せて俺は『空間収納』から香辛料
と食用肉のスープを煮詰めてブロック状にして作ったスープの素を
土魔術で作り上げたかまどに火にかけて湯が沸騰している鍋に溶かし、
スープを作った。
あたりに食欲をそそるにおいが広がるが、結界に阻まれてある一定
の範囲以上には拡散しない。煙も同じで立ち上る前に魔術で分解して
いる。
食事を堪能したあとはすぐに就寝することになり、俺は連れてきた
イムに念のため不寝番をお願いし、ケイロン小父さんが魔物避けと
認識阻害の結界を張り、眠りに就いた。
そして、順調に森にのまれた街道をさらに2日かけて進んだ先に
プタハ村にあった地図に描かれた鉱山の入り口となる洞穴を見つけた……
のだが、そこに大きな問題があった。
「おい、あそこにいるのはゴブリンキングじゃねえか?」
ガウ小父さんが小声だが、大きな驚きを含んだ声で言った。
時刻は夜中で、ようやく目的地に辿り着いた俺たちの視線の先には
洞窟を守るようにゴブリンよりも堅牢な鎧を身に付けて、長剣を
装備しているゴブリンジェネラルを左右に従えたゴブリンキングに
率いられたゴブリンの集団が松明の灯りを使って周囲を警戒していた。
「不味いな。洞窟の入り口の段階でジェネラルとキングがいるとなる
と、中にいるのは更にその上位個体、ロードがいることになる」
レオンが苦い顔をして唸る。
この世界の通説でゴブリンとオークは類似した形式で集団を形成
していて、末端のゴブリンはゴブリンリーダーに率いられ、リーダー
の上にナイト、ナイトの上にジェネラル、ジェネラルの上にキング、
キングの上にロードといった具合に強くなる度に階級が上がる。
ゴブリンナイトの亜種にゴブリンメイジが存在し、同様に、
ゴブリンキングの亜種に女性体のクィーンの存在が確認されており、
このクィーンはLV1の魔術が使えるゴブリンメイジ以上に強力な魔術
が使えるといわれている。
レオンが持っている魔物大辞典によるとロード種が率いるレベルの
ゴブリンやオークの集団は1軍にも匹敵する災害規模の危険性があり、
下手をすると国が滅亡する危険があるため、ロード種を発生させない
目的でゴブリンとオークの討伐依頼は優先度が高い。
「よし、エルトンは村に戻ってこのことを村長に伝えて、そのまま
王国へ報告に行って、第二騎士団の派遣を要請しろ。この手紙を出し
て、ゴブリンのロード種が存在する可能性を報告すれば大丈夫だろう」
そう言って、レオンは荷物から蝋印を押した封書をエルトンさんに
渡した。
「はっ! 必ず!!」
「ちょっと待ってください」
レオンに返事を返して、来た道を走って戻ろうとしたエルトンさんを
呼び止める。
「なんだ?」
「村へ急ぐならこちらの方が速いです。彼方へ紡ぐ道よ。我が前に
出でよ!『転移門』!!」
慌てているエルトンさんを村に送るため、俺は奥の手の1つである
【魔術(時空)】の『転移門』を偽装の詠唱をして使った。
目の前に直径4mほどの光の輪ができ、その中の風景は見慣れた
プタハ村の入り口を映していた。
レオン達にも使えることは黙っていたので、当然驚かれている。
「これを通ればすぐにプタハ村に行けますので、母様たちによろしく
お願いします」
「……ああ、分かった」
呆気に捕らわれていたエルトンさんを促して、彼の姿が向こうに渡っ
たあとに『転移門』は閉じた。
「詳しいことはこの事態が片付いたら話しますから、今は打開のため
の今後の方針を固めましょう」
「……そうだな。さて、この後はどうするべきか」
「できれば中の様子を調べたいところだな。ケイロン、行けるか?」
「う~~む、あの布陣に何箇所か隙があるので、そこをついて、
あそこに見える穴から中に潜入できるでしょう。ですが、
肝心の中の構造が分からなければ危険ですね。
調べながら進むのも敵の規模から考えると、まずまちがいなく
巡回の歩哨がいるでしょうから、自殺行為ですのでやめるべきです」
実はさっきゴブリンキングたちを【世界検索】で視たときレベルが
上がり、追加されたマップ機能で丸分かりであるが、ここでは
黙っている。
さっき『転移門』使ったから、レオンたちに俺の力を当てにされて
も困る。なにより俺1人が分かっても情報の共有ができなければ
意味はなく、このゴブリンたちを根絶やしにすることはできない。
「ここがこういう有様ならば鉱山都市の方も気になるな」
「そうだな。俺とケイロンが先行して様子を見てくるぜ」
「ああ、頼む」
レオンとのやりとりのあとにガウ小父さんとケイロン小父さんが
闇夜の森の中を駆けて行き、すぐに背中が深い森の中に消えて行った。
「……言いたいことはたくさんあるのだが、1つだけ確認したい」
「なんです?」
「お前はその力で何を成すつもりだ?」
強張った表情のレオンが訊いてくる。なんか変な誤解をしているのが
見て取れる。
それにしても、この力で何を成すか……大方、レオンのことだから、
俺が上級貴族を目指すとか勘違いしていそうなので、これを機会に
俺の考えを伝えて修正しておこう。
「そうですね……さし当たって、今の生活を脅かす存在を根絶やしに
し、美味しいものを食べれるようにして、快適にらくな生活できるよ
うに環境を整えるつもりです」
「……上級貴族になるつもりはないのか?」
やっぱりか。
「なったら、なったで面倒な中央の貴族たちとの付き合いが
あるでしょうから、できればなりたくはありませんが、
生活をよりよくするためにならざるを得ない状況になればなりますよ。
とてつもなく不快で嫌ですが。少なくとも、
自分からなりたいとは毛ほども思いません。
今の身分の方がやりようで貴族よりもいろいろできますし」
「そうか」
レオンは短くそう答えると納得したようだった。
それからしばらく俺はレオンにイムから得た
俺と同年代の村の住人たち、村の状況やレオンが知っている村のことを
水筒の水を飲みながら話し合った。
「なるほど、一部の仕事をしない若者が徒党を組んでいるのか」
「はい。今のところ、彼らに動きはないようですが、犯罪を犯すよう
なことしかねない素行の悪い人物が集まっているようです。
引き金があれば、なにか事件を起こす可能性は極めて高いかと」
「そうだな。だが、ひとまずは目の前のこの件を解決しなければ
それどころではないな」
レオンがそういうと同時に先行していたガウ小父さんとケイロン小父さんが
気配を殺して戻ってきた。
ご一読ありがとうございました。
次回更新は5月5日24時(5月6日0時)予定。
GW連続更新は次回で終了です。5月6日24時(5月7日0時)更新も
予定はしていますが、現時点では未定ですのであしからず。




