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④.【 違和感 】


 実妹のミノリとの予想外の出会いから既に十数分が経過していたが――俺達二人は未だに《 カルマラ大森林 》の中を当て所も無く彷徨っていた。


 「――――ハル兄っ! 今だよっ!」


 火球によってぐらりと仰け反った《 ジャイアント・マンティス 》の姿を確認し、ミノリが燃えるように赤い髪を揺らして叫ぶ。


 初めは俺の背後で戦闘の様子を窺っていたのだが、折角なのでちょっとしたコツらしきものを教えてみたら――あっという間にマジックスキルの《 ファイアーボール 》を敵に向かってポンポンと当てるようになっていた。

 教えておいてアレだけど、お前は一体どんな適応能力をしてるんだ。我が妹よ……。


 「らあっ――――!」


 ミノリの合図に呼応して俺は力強く大地を蹴り、《 ジャイアント・マンティス 》へ向かって空高く跳躍する。

 空躍の勢いを利用してダガーを鋭く振り抜き、すれ違いざまにその細い喉笛を真っ二つに切り裂いた。破裂音がすぱぁんと周囲に小気味良く響く。


 「ギィイッ!!」


 断末魔と共に紫色の粒子をきらきらと散らし、カマキリの巨大な身体は跡形も無く消滅した。



 「一丁あがりっと――慣れれば簡単ね、このゲームっ」


 得意気にふんすと鼻を鳴らすミノリとハイタッチを交わし、俺は頬を掻きつつ小さく苦笑する。


 俺がヘイト値を稼いでエネミーモンスターのターゲットを取り、ミノリが《 ファイアーボール 》をその脚部にぶつけて隙を作った瞬間、俺が弱点部位を狙い澄まして一撃必殺で仕留める。


 ついさっき初めてMSWを触りました! ってプレイヤーと阿吽の呼吸で実行できるような作戦じゃないよなあ……。この兄あっての妹と言ったところなのだろうか。


 「はあ、流石にちょっと疲れたわ……。さっきの場所と違って何もしなくても襲ってくるし」


 やれやれと地面に腰を降ろすミノリの言葉通り、俺達二人はいつの間にかアクティブモンスターの徘徊するエリアへと深く入り込んでしまっていたらしい。出現する敵がこの低レベルでも対処できる強さだったのは不幸中の幸いだった。


 「――――やっぱり、おかしい」


 敵討伐による経験地獲得のナレーションを耳にしながら、俺はぽつりと呟いた。

 

 「人っ子一人も見当たらないってこと?」


 水晶の杖をいそいそと腰に収めながら、ミノリが赤色の瞳を向けてくる。


 「まあ、それもおかしいっちゃおかしいんだけど――俺が気になっているのはエネミーモンスターの事だ。敵だよ、敵」


 「敵ぃ?」


 不思議そうに首を傾げるミノリに、俺はインターフェイスに常時表示されているパーティー欄を見詰めながら頷く。そこにはパーティーメンバー(俺・ミノリ)のプレイヤーネーム、レベル、ヒットポイント、マジックポイントといった基本的な情報が簡略に示されていた。


 「戦闘続きのお陰で俺達のレベルは3になって、パラメータも上昇すれば使えるスキルも幾つか増えた。ミノリも戦闘に慣れて、多少の連携も出来るようになった――で、遭遇する敵はと言えば、ずっとアレと同じヤツだろ?」


 「あのでっかいカマキリね……」


 かれこれ十数分は同じ敵を狩り続けているワケだ。ミノリも幾分かうんざりしたように言う。

 先程の《 ジャイアント・マンティス 》との一戦を思い出しながら、俺は説明を続けた。


 「変な話だけど――レベルアップしている筈なのに、逆に手こずるようになってきてるんだ。最初は勘違いかと思っていたけれど、さっきの戦闘で確信した」


 「ふうん、手こずってるの? ハル兄がズバズバ倒しちゃうから私は気にならなかったけど……」


 ミノリはどうやら天性の勘を持っているようで、火炎球を無意識にエネミーモンスターへ直撃させる事が出来ている。

 しかし間近で火炎球の軌道を確認している俺は気付く事が出来た。先程まではしてこなかった動作フェイントを奴らが見せるようになってきている事に。


 ダガーでトドメを刺そうとする際も同様だ。身体を微妙に逸らす事によって、刃の切っ先が弱点部位を外れるように動こうとしてくる。


 「行動習性が着実に鋭くなってきてる。エネミーのAI(人工知能)に自動補正プログラムでも組み込まれているのかもしれないな、このゲーム」


 俺達兄妹は苔だらけの巨木に凭れかかり、ゆっくりとその腰を降ろした。


 エネミーモンスターから攻撃を食らってしまうことは一度も無かったのだが、ミノリのマジックポイント(魔力)切れだけはどうやっても逃れられない。

 こんな序盤で即時回復ポーション等の高等なアイテムは持っている筈もなく、こうして《 腰を降ろして休息する 》という原始的な自動回復に頼るしかない。


 「ふうん。よく分からないけど、つまり戦えば戦うだけ敵が強くなっちゃうってこと?」


 「俺の推測が正しければね。ステータスを変更してるわけじゃないから処理速度は確かに早くなってる――でも一匹一匹の歯応えは間違いなく増している」


 MMOでプレイヤーが戦闘をする理由の一つとして、自分の強さがどこまで通用するのかを試したいという目的意思がある筈だ。

 だからプレイヤー達は強大なモンスターに挑戦しては敗北し、度重なるレベリングや装備調整の上でようやく対象を撃破――目標を達成するのである。


 ――――しかし、その指標となる筈のエネミーモンスターのAI(人工知能)が書き換えられてしまったらどうなるだろう?  

 見た事もないような攻撃を繰り出してきたとしたら?

 ついさっきまで直撃していたような攻撃を難なく回避してきたとしたら?

 

 「試すのはプレイヤー側じゃなくなる……」


 「ん、なんか言った?」


 きょとんとした表情を浮かべるミノリになんでもないと首を振り、身体を巨木から起こす。服についた苔や泥を軽く叩き落とし、俺はんーっと大きく伸びをする。


 まだUBOをプレイしてから一時間も経っていない筈だが、こうも戦闘が続くといささかうんざりするというか……。

 俺は大のゲーム好きではあっても戦闘狂というわけではないのだ。


 「ミノリ――今日はもうログアウトしておけよ」


 「はぁ!? 何よ、急に!?」


 唐突な言葉にミノリは断固抗議! という姿勢を取る。まあ妹の性格的にハイハイ従ってくれるとは思っていなかったけどさ……。


 「いいから兄ちゃんの言う事を聞いてくれよ。別に今日が最後ってワケじゃないんだから」


 MSWを初めて触るような人間がここまで戦えるという事がどれだけ異常なのかミノリは理解していない。本来ならば慣れない仮想空間を歩き回るだけでもひどく難儀する筈だし、疲労する筈なのだ。


 だから終わりの見えない戦闘の連続というのは何とか避けてもらいたいところだった。十分にMSWの魅力は掴めたっぽいし、良い思い出のまま今日は終わっておいて欲しい。


 「むう、ハル兄がそこまで言うなら……」


 ブツブツと不満を漏らしつつも、ミノリは俺の根気強い説得に応じてインターフェイスを操作し始める。


 俺は安堵で胸をほっと撫で下ろす。

 もしもこのままエネミーモンスターのAI(人工知能)強化が進んでゆけば――いつか敵の刃がミノリへと届く瞬間が来てしまうかもしれない。例え仮想空間上の出来事であるとは言え、兄としては妹が敵に攻撃されるシーンなど目にしたくない。


 「晩飯の時間になったら教えてくれよ。その時までにはこの森から脱出するための経路を見つけておくからさ」


 「……もうちょっとだけハル兄と遊びたかったのに」


 未だに納得の行かないような顔でインターフェイスを操作していたミノリの指がふと止まる。

 不思議に思ってその様子を眺めていると、ミノリは俺の方を見て小さく首を傾げた。 


 「ねえ、終了ボタンなんて見当たらないんだけど?」


 「何言ってんだよ、そんなハズ―――――」


 単純な操作ミスだろうと考え、俺も同じようにインターフェイスを操作する。

 ほら、こうやってオプションを開いて《 END(終了) 》を押せば――――


 「――――ウソだろ? 本当に無い……」


 《 END(終了) 》の部分のみが、ぽっかりと空白になっていた。「元から何もありませんでしたよ」と言うかのように。

 別の項目に設置されているのかもしれないと全てのアイコンをタッチして確認してみたが、終了ボタンは一切見当たらなかった。

 

 「そんなに慌ててどうしたのよ、ハル兄。コレってそんなに大変な事なの?」


 事態を呑み込めていない様子のミノリが俺の顔を覗き込んで尋ねてくる。


 「出られない」


 「え?」


 いまいちピンと来ていない様子のミノリに今置かれている状況の説明を試みる。


 「この仮想空間から離脱するには、インターフェイスを通じて終了信号をハード側へ送信するしかないんだ。つまり俺達は自分の意思とは関係無しに、この世界から出られなくなった」


 「でも一時的なバグなんでしょ? 直るまで待ってればいいってだけのことじゃないの?」


 「まあ、そういうことになるんだけど――運営からのアナウンスもないし、こんな致命的なバグに誰一人として気付かないって事が有り得るか……?」

 

 数十分かけて歩き回ってもNPC一人見当たらなかったり、エネミーモンスターの動作が少しずつ研ぎ澄まされてきたり――この仮想世界に来てから何かと引っ掛かる点が多い。


 「うーん……。止めたいのに止めれませんって確かにとんでもない事態よね。あっち(現実)で予定がある人も、このバグのせいで出られませんって事でしょ?」


 今まで様々なゲームを触ってきたけれど、プレイヤーを仮想空間へ強制的に閉じ込めてしまうような不具合などお目に掛かった事が無い。これからの運営にすら関わってくるような大問題だ。


 「とりあえず《 疲労度 》がマックスになる前に修正されないと困るな……。俺達は二人暮らしだから、ミノリがこっちにいたんじゃ強制的にMSWが終了するって事もないし」


 「あっ! そういえば、こっちの世界でお腹が空いたらどうなるの? 説明書を読んだ限りじゃ料理とかも出来るんでしょう?」


 「仮想世界で食事を取っても現実の胃に収まるわけじゃないからな。風味と味で《 疲労度 》を誤魔化すぐらいにしか――――」


 『ピーーーーーーーーーーーーッ!!!!』


 ミノリの純粋な疑問に俺が答えようとしていた時のことだった。


 何の前触れも無く、深夜のテレビで流れる試験電波放送のような高音波音声が猛烈な音量で鳴り響く。


 「きゃあっ!?」


 「何だ、この音ッ……!」


 どうやらミノリにも同じ音が聞こえているらしく、二人揃って反射的に耳を塞ぐような姿勢を取ってしまう。しかし音は鳴り止まない――聴覚によるものではなく、脳内へ直接流れ込んできているようだ。


 しゃがみ込んだまま数秒ほど耐えていると、高音波はぱったりと止んだ。


 『――――UBOにログイン中の全プレイヤーへと通達します。現在は3月7日の18時30分』


 これまた唐突に、微かなノイズ音を交えた男性の声が鳴り響く。


 『AI(人工知能)の初期調整が終了いたしましたので、全プレイヤーを《 始まりの都市・エデン 》へと強制テレポートします』


 無機質な声は淡々と告げる。


 強制転送だと? 不具合のアナウンスじゃないのか……?

 なんなんだ――やっぱり、何かがおかしいぞ。


 怯えた様子のミノリの頭を撫でつつ、俺は周囲の様子を用心深く観察する。


 『プレイヤーの皆様はそのままお待ち下さい。転送までのカウントダウンを開始します――5、4、3、2、1……』


 ゆっくりとしたカウントダウンを終えると共に、光の粒子を散らして俺の身体が少しずつ融解してゆく。足元から消失は始まり、少しずつ上半身へと侵食してゆく。


 「ハル兄っ……」


 「……大丈夫だよ、心配するなって」


 全てが形を失ってゆく中、同じように光の粒子へと変貌してゆく妹の手をしっかりと掴む。


 それから数秒が経過した後、俺達二人は《 カルマラ大森林 》から完全に消滅した。


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