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②.【 マイルーム 】


 一説によると、MSWにおいて最も凄まじい技術とはプレイヤー達の意識を仮想世界へと跳躍させる事ではなく、そのアカウント管理システムの在り方にあるらしい。


 まずはユーザーが持つそれぞれの脳波を寸分の狂いも無くMSWデータベースに登録する。全世界のMSWユーザーの総数を考慮すると、それはきっと数億通りもの膨大なパターンに昇ることだろう。

 登録以降はユーザーがMSWを起動する度、データベース上に登録済みの脳波と該当ユーザーの脳波を照合し、別個のアカウントへ自動的にログインさせるという仕組みだ。


 この非現実的としか思えない高度な方法を現実にしてしまったが故に、MSWにおいてアカウントハッキングは絶対に不可能だとされていた。

 確かに脳波なんて自らの意識で変調させられるものでもないし、文句無しに絶対無敵のセキュリティシステムだろう。腕利きのハッカー達もこれには泣き寝入りをするしかない。


 『これは歴史を塗り替えるような大変な偉業であり、ともすれば現存する科学技術の中では最も神の成すべき業に近いのかもしれない。しかし私は一人の科学者として、人間として――尊敬以上に畏怖の念が沸いて止まない』


 ある日、何処かの誰かが神妙な顔でそんなことを言っていた。


 その言葉の真意を知ることが出来ていれば――そう思って止まない日は無い。



 「――――よっと……」


 眩い光を感じると共に、俺は《 マイルーム 》 と呼ばれる見慣れた仮想空間へと降り立った。


 《 マイルーム 》はその名が示す通り、MSWにおけるプレイヤーの自室という位置付けであり、全てのプレイヤーはゲーム開始の前に必ずこの空間へと転送される。そしてMSWからログアウトする際も、まずゲーム内で終了を選択してから《 マイルーム 》の寝具アイテムで目を閉じるという形式を取らなければならない。


 第二の現実を謳うだけあって妙な徹底っぷりというか、面倒臭いというか……。

 それだけで一つのゲームに出来てしまうようなとんでもなく細かい内装の設定が可能なのだが、俺はゲーム本体そのものにしか興味がないので、高級ホテルの一室のような初期状態のまま放っておいている。


 『お帰りなさい、HARU。本日の学校の調子はいかがでしたか?』


 「いつも通りだよ。何か変わりは無いか?」


 『HARUへの新しいフレンド申請が102件届いています。新しいゲームが1件インストールされています』


 「……フレンド申請の方は丁重にお断りしておいてくれ。いつも手間掛けるな、オペ子」


 『お任せ下さい、私はHARUのお世話役ですから』


 MSWの案内人という設定のAI(人口知能)ナレーションシステムと会話を交わしつつ、俺はやれやれと溜め息を漏らす。

 このフレンド申請爆撃も毎日の事だ。何が目的なのかは分からないけれど、俺と知り合いになったってきっと何も面白くないぞ……。


 (あいつら、流石にまだ来てないよな?)


 眼前に表示されるホログラムインターフェイスの項目からフレンドをタッチし、少ないフレンドユーザー覧の中で《 KYOU(京葉) 》と《 Saki(早紀) 》が灰色(オフライン)状態になっているのを確認する。


 現在はリアルタイムで17時30分。

 約束の時間まではまだ30分以上残されている。


 ――――よしよし、100%だな。

 同じようにオプションを開き、自らの《 シンクロ率 》を確認しつつ頷く。


 《 シンクロ率 》とはMSWにおけるプレイヤー脳波神経との同期率のことであり、これが基準値を下回るとゲーム内の動作ラグを生む原因になる。自分の意思通りに手足が動かせなかったり、視界が妙にぼやけてしまったりとかだ。


 100%という数値は即ち、「あなたはMSWにおいて思うがままに動くことができますよ」という証拠だ。

 平常時に《 シンクロ率 》が100%を下回るという事態はまずないのだが、MSW本体に何らかの衝撃を与えられたり、充電コードを接続していないせいで内臓バッテリーの電池残量が下がった時など――主に外的要因によって低下が発生する。


 俺の場合は夕飯を知らせにきた妹に叩き起こされる事が殆どである。

 通称・妹フラだ。

 そうなると安全装置が作動し、MSWの世界からは強制的にログアウトさせられる。勿論、人体の安全を考慮して強制終了は推奨されていない。


 「よし、そんじゃいきますか」


 ゲーム開始前のルーチンを終え、マイルーム中心の巨大電子パネルに多数表示されているインストール済ゲーム一覧の内からUBOを選んでタッチする。最初こそはあまりに感覚的な操作方法に戸惑ったが、今ではすっかり慣れたものだ。


 『ENJOY YOUR SECOND WORLD! 行ってらっしゃい、HARU!』


 「ああ、また後でな」


 ピロリン! と軽快なサウンドが響き渡ると、カラフルな発光色を周囲に散らして、俺はUBOの世界へと取り込まれた。



 『――――Ubiquitous(ユビキタス・) Blades(ブレイズ・) World(ワールド)の世界へようこそ。まずはあなたのお名前を教えて下さい。一度お名前を決定いたしますと、キャラクター再作成以外による再入力は出来ませんのでご注意下さい』


 ここまではテンプレと。

 白一色に塗り潰された視界の中、女性のナレーションボイスに従って目前のホログラムパネルを操作してゆく。


 『HARU(ハル)さんですね。以下の種族より希望するものを選択してください』


 「……希望するもの、ねえ?」


 俺は切り替えられた後の画面を見ながら不可解な顔で呟く。


 【 人間 】


 ナレーションの内容とは裏腹に、一つだけポツンと種族が表示されている。


 数の件は置いておくにしても、随分な種族名だなあ……。

 こういうファンタジーに重きを置くゲームだったら、人間じゃなくてヒューマンなりエミルなり多少の雰囲気付けをして表記するもんじゃないのか? いくらなんでも直球ド真ん中すぎるだろ。


 『人間でよろしいですか?』


 「いやいや俺だってエルフとかにしたいけど、これしか表示されてないし……」


 ナレーションは俺のツッコミに全く反応することなく、容姿設定画面へと表示を切り替える。


 ここであんまり張り切りすぎると、あの二人に会ったときにゲラゲラ笑われそうだな……。そんな事を考えながら、極力リアルの自分の姿に似せるようにしてキャラクターの容姿を設定しておく。

 美麗なグラフィック故に図らずしも盛られてしまった部分が多々あるけれど、まあ概ね良い出来だろう。


 『容姿の設定を終了します。以下の5種類の初期一次職業の内から、希望するものを1つ選択してください』


 【 戦士(ウォーリア)

 【 魔術師(ウィザード)

 【 僧侶(クレリック)

 【 格闘家(モンク)

 【 盗賊(シーフ)


 オススメ! という売り文句が横に表示された戦士(ウォーリア)僧侶(クレリック)を無視して、俺は少しの迷いもなく盗賊(シーフ)を選択した。

 

 『《 上級者向け 》高いAGI(敏捷力)によって五職中で最も高い移動速度と回避力を誇り、麻痺毒を刃に塗り込んだり、敵のアイテムを奪い自らのインベントリへと移動させるなど、トリッキーかつ一風変わったスキルに富んでいます。

 

  しかし近接職の中での瞬間火力は最低、尚且つとても打たれ弱くパーティー戦には向かないため、その真価はソロプレイ及び|PvP《プレイヤーvsプレイ  ヤー》において発揮されるでしょう。


  UBO初プレイの場合は他の職業を強くオススメします!!』


 長い職説明の最後の一文がご丁寧に赤文字で表示されているが、常にそのゲームの最高難易度を望む俺には何の効力も持たなかった。勿論このままだ。


 『これで初期設定を終了します。

  プレイヤーネーム、《 HARU 》。

  種族、《 人間 》。

  職業、《 盗賊( シーフ ) 》。

  問題が無ければ《 YES 》、再作成する場合は《 NO 》を選択して下さい』


 「はいよっと」


 自らのキャラクターが宙にくるくると回っている不思議状態を見せ付けられつつ、俺は最終確認ボタンを押す。


 『それでは行ってらっしゃいませ――UBOにおけるあなたの旅路が名誉と栄光に満ち溢れたものとなりますように』


 無機質な送る言葉を頂戴すると、俺の意思は目前のキャラクターへと吸い込まれてゆく。こういうところも凝ってるなあと妙な感動をしながら、俺はUBOの世界へと取り込まれていった。


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