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①.【 プロローグ 】


 ――――《 Ubiquitous(ユビキタス・) Blades(ブレイズ・) Online(オンライン) 》。


 UBOと呼称されるそのVRMMORPGが発売されたのは、

 現在から約一週間前の事になる。


 この俺、日和 春(ひわ はじめ)なりにゲームタイトルの持つ意味を訳してみせるのなら《 偏在する千剣の世界 》とする。ハリセンボンのように、どことなくチクチクッとした剣呑なイメージをこのゲームに対しては持って頂けると幸いだ。


 さて、世界初のVRMMORPGという触れ込みで登場したはよいものの、凄まじく危険な構想と目的をその実に秘めていたこのゲーム。


 UBOについて語り始める前に、まずは俺達がこの事件に巻き込まれてゆく経緯から順を追ってゆきたいと思う。




 ――――時は2035年。


 フルダイブ型ゲームハード《 My(私の) Second(第二) World(世界) 》、通称・MSWの登場により、従来のゲームスタイルというものは完全に撤廃されてしまった。 


 時代の変遷に取り残されて敢えなく倒産してゆく会社。

 ハード開発元と密接にくっついて巨万の富を得る会社。

 一部のニッチな成人男性層を取り込んで細々と営業を続けるゴニョゴニョなエロ会社などなど――とにかくゲーム業界やゲーマーにとってはとんでもない激動の年を迎えたのである。


 俺のようなコアなゲーマーからすると「そんなに息せき切って過去の遺物を捨てる事はないじゃないか」と非常に遺憾に思ったりもするのだが、いかんせんMSWがあまりにもスゴすぎたというのは事実である。


 従来のゲームと言えば、ゲーム機本体を電線で繋ぎ、映像ケーブルを狭いテレビの裏へ潜り込んで必死に繋ぎ、時にはコードが理解不能なぐらいに絡まって「チッ!」と舌打ちしてしまいたくなるようなコントローラをその手に持って、必死にボタンとスティックを押したり回したりして操作するものだった。


 と、この従来のゲームの概念を完全に覆したのがMSWである。


 《 ゲームの世界をプレイヤー自身の五感をもって体験する 》という夢のような構想が公に発表されたのは発売からおよそ10年前。当時小学生の俺はと言えば「へー、すごいなあ。帰ってゲームしよ」と話半分程度にしか聞いていなかった。


 その後延期に次ぐ延期を繰り返し、多数の激しい批判を浴びながらも――そのゴーグル型のゲーム機は血の滲むような努力の元で完成されたのである。


 最終的な発売日がようやく決定されると、仲の良いゲーム仲間に「ハル、一緒にテストプレイしに行こうよ!!」とエロ本を買いにいく中学生のようなウキウキ顔で何度も誘われたりもしたのだが、「お前らは従来のゲーム達への裏切り者だ! こんなところに居られるか! 俺は帰らしてもらうぞ!」なんて言い放ってしまったものだから、意地でも販売前に触ることはしなかった。


 なので俺が実際にMSWをプレイし始めたのは、とうとう誘惑に負け、少ないお小遣いとバイト代を叩いて購入した発売一週間後の話だ。


 ゲーム機本体に合わせて購入したゲームは今ではなんてことはないソロ(一人)プレイ用のファンタジーアクションゲームだったのだが――今でもその興奮と感動は絶対に忘れられない。


 ――――おいおい、ここまでやるか……? 


 そう思ってしまうぐらいに、圧倒的なまでの現実感。


 当然、それは凄まじく高精度なバーチャルグラフィックスと、人体における脳波や神経の誤認作用を最大限に利用した神懸り的体感システムの上での事なのだが――俺は初プレイ時に敵の雑魚敵(スライム)を目前にした時、普通に怖くなって背を向けて逃げ出してしまった。


「ふざけんな! サイズとか生き物感とかリアルすぎんだろ!」

 と嬉しおかしく声を出し、ゴーグルを布団に投げ出してしまうぐらいにビビッてしまったのである。その際には「テメーがふざけんな! このバカ兄!」と口汚くも愛おしい妹から壁ドンを食らった。


 それでも人間の適応力というのは全くもってスゴいもので、元々コアゲーマーだった俺はMSWの創り出す仮想世界にどんどんハマってゆく事になった。


 敵前逃亡を晒す破目になってしまったスライムをリベンジとばかりに容赦なく叩き潰して最初のゲームを一日で全クリすると、それに飽き足らず次々に発売されるあらゆるジャンルのVRゲームを徹底的に遊び尽くすようになった。


 これでも俺はゲームの腕前には確かな自信があり、MSWのように完全に意思通りにキャラクターを操作可能という環境ならば尚更の事だ。

 少し慣れてしまえば、最高難易度を初見でクリアしてしまうようになる。


 すると、『《 HARU() 》という名前の日本人ユーザーが、あらゆるゲームにおいて世界スコアランキングの上位にいる』と不思議がった他ユーザーによって、HARUは運営が用意したMSW上のAI(人工知能)プレイヤーだ! とする説が流されるようになった。


 いやいや、普通に人間だ。光栄なようで中々困った話である。


 そんな事もありながら、MSWの発売から約三ヶ月程が経過したある日のこと。


 俺がUBOを知る時がやってきた。

 想像を絶するような過酷で長いこの物語は――ここから始まる。



 「ねえねえハル、UBOって知ってる?」


 数少ない女友達である志都美京葉(しずみきょうは)が唐突にそんなことを言い出す。


 俺の通学する三滝ヶ原高校の同じ二年生で、成績優秀なら容姿端麗。

 なおかつ運動まで大得意という恐ろしく欠点の無いヤツだが、それが鼻につかないぐらい人当たりの良い性格である。しかし男子には何故か全くモテない。そして女子には本人が辟易するぐらいにモテる。

 そう言った点から、何やら彼女の人格や外面が見えてくるような気はしないだろうか。


 京葉は今時の活発な女子にしては珍しく熱狂的なゲームマニアであり、こうして学校での昼食の時間を共にしながらVRゲームの話題について語り合うこともしばしばだった。


 「急にどうしたんだよ。なんで俺に野球の話?」


 「ハル、それはS(ストライク・)B(ボール・)O(アウト)……。京葉が言いたいのは《 Ubiquitous(ユビキタス・) Blades(ブレイズ・)Online(オンライン) 》だよ。それを略してUBOって言うんだ。今日発売の世界初のVRMMORPGだよね。僕も気になってたんだ」


 俺が弁当を突きながら不可解な顔で尋ねると、隣に座っていた乃之木早紀(ののぎさき)が苦笑しながら補足説明をしてくれた。


 早紀は同じ三滝ヶ原高校の二年生で、互いに認め合う一番の親友でもある。

 まるで女子生徒と見紛わんばかりの可愛らしい顔が特徴のれっきとした男子であり、特に年上の女性からは信じられないぐらいにモテるんだとか。


 そんな早紀を定期的に家に招き入れているお陰で俺には身も蓋もないホモ疑惑が持ち上がっているらしいのだが――これだけ可愛ければ男でもいいかなという気すらしてくる。

 「兄貴、彼女いたの?」と妹にショックを受けたような口調で尋ねられた事すらあるのだが、残念ながら違うぞ。男だからね。


 「聞いた事があるような、無いような……。そもそも俺はMMORPGは全くの専門外だからな。MSW以外のハードですらほぼプレイした事ないし」


 「ね。私達ってしょっちゅうゲームの話してるけど――実際に協力プレイをしたことがないって事実に最近気付いたの。ハルは例外で何でも出来ちゃうけれど、私はスポーツゲーだし、早紀くんはパズルゲーや育成ゲーって得意分野が分かれてるしさ。MSWには協力プレイシステムの搭載されたゲームがまだ殆ど発売されていないし、良い機会だから皆で買って一緒にやってみないかなって思ってね」


 俺は暇さえあれば新しいVRゲーを購入して最速攻略に励み、ゲーム終盤で「歯応えないなあ」と頭を悩ませるような人間である。


 そんな俺にとって、度重なるアップデートによりゲームの最終コンテンツが更新されてゆくというMMORPGというジャンルはかなり魅力的なモノに聞こえていた。やり込み面でも金銭面でも二度美味しいじゃないか。


 「僕は全面的に賛成だよ。MSWが出てからと言うものの、皆と顔を合わせた状態でゲームをするっていう機会がメッキリ減っちゃったからねえ。またこの三人で遊びたいなあ……」


 「でも仮にも世界初を謳うVRMMORPGなんだろ。予約もしないで当日駆け込みで買えるものなのか?」


 「ふふん、心配御無用!」


 俺が懸念を口にすると、京葉はにっと不敵に笑い胸元のポケットから三枚の予約券を取り出した。わあと目を輝かせてパチパチ拍手をする早紀。


「こんな事もあろうかと予め集めておいたの! サーバーの負荷調整期間だからって初日の販売数は5万人分しか用意されていなくてね、集めるの、すっっっごい苦労したっ!!」


 「抜かりないよなあ、お前……」


 「えへへ、もっと褒めてよねっ!」


 手際の良さに苦笑しつつ、ありがたくその中から一枚を受け取る。


 京葉の提案を二つ返事で了承した俺達は、学校の帰り道の電化製品店で三人仲良くUBOのゲームパッケージを受け取る。

 そしてプレイヤーネームと約束のイン時間だけを取り決め、それぞれの帰路へと着いたのだった。



 「おかえり、ハル兄――何でそんなに嬉しそうなワケ?」


 帰宅直後の俺の顔を見て、制服姿でテレビを見ていた妹が不思議そうに尋ねてくる。普段は非常にキツい印象のある我が妹だが、日常の挨拶はキチンと欠かさない辺りが律儀で可愛らしい。


 「学校の友達に誘われて新しいゲームを買ったんだよ。なんでもUBOって言うんだってさ」


 未開封のパッケージを鞄から取り出して自慢気に見せびらかすと妹は押し黙り、「あっそ……」とまるで無関心を装うかのように言い残してリビングを去って行った。どうしたんだ、アイツ? 


 「さて、と……」


 自室に戻ってUBOのパッケージを開封すると、内容されていた5cm四方のゲームチップだけを取り外して様々なゲームの陳列された棚へと戻す。


 VRゲームにおいて、俺は基本的に攻略サイトや説明書には目を通さないようにしている。現実と変わりないリアルな夢物語の世界を体験出来るというのに、前情報を仕入れて初プレイの感動を薄れさせてしまうのは勿体ないじゃないかというのが持論だからだ。

 しかも今回はMSWにおいて初挑戦のゲームジャンルということで尚の事ワクワク感がある。


 (ちょこっとだけプレイしておくか。MMORPGはほとんど素人だし…)


 マイMSWにUBOのゲームチップを挿入し、ゴーグル型の機体を頭へと装着する。たったこれだけの手順で人間一人が仮想世界へと旅立つ準備が完了するというのだから、技術の進歩とは全くもって凄まじい。科学の力バンザイだ。


 ベッドに仰向けになり機体の電源スイッチをオンにすると、急激に意識が遠退いてゆくのを感じた。

 このまま数秒もすればMSWとプレイヤーの脳波神経の同調は終了し、完全なる仮想上の世界へと取り込まれてゆく事になる。


 (――――楽しみだな、UBO)



 と、前口上をご覧になって下さった皆様は既にお察しの事だとは思うのだが、このVRMMORPGの世界で俺を待ち受けていたのは、決して楽しい仮想空間というわけではなかった。


 過酷なデスゲームへと暢気にも迷い込んでしまったという事実に気付くことになるのはもう少しばかり先の話になるのだが、辛抱強くお付き合い頂けると幸いである。


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