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くるい  作者: 天城恭助
8/9

真実は別れへと

 KIVは未知のウイルスだ。分かっていることもあるにはあるが、治らなければ意味がない。

 感染経路も謎のままだ。しかし、人から人へ移るというのは間違いない事実だ。

 なのに、あの人はKIVに感染することを全く恐れていない。第一人者である彼がKIVの恐ろしさを知らないはずがない。

 ――畢竟、荒賀優一はKIVに感染しない方法もしくは治す方法を知っている。

 隠す理由は分からないが、ほぼ間違いないと考えている。

 それに、荒賀優一に限らず篝さんが持っていた感染を抑える薬が効いたということは、治す術は発見されつつあるのではないだろうか。

 希望はある。これ以上KIVに苦しむ人は見たくないし、死なせたくない。くるみさんも含めて。

 僕の考えや思いをくるみさんに伝え、荒賀先生の下へと向かうことにした。

 彼はDRE研究会の部室に居た。

 椅子に座ったまま扉の方を向いており、まるで来るのを待っていたかのようだった。

「こんにちは。京本さん、須賀さん」

「荒賀先生……」

「先日は残念だったね。篝さんと遠藤さんが。……彼らは家族内で密葬されたそうだよ。KIV感染者って知られたくなかったんだろうね」

「先生」

「何かな?」

「いくつか質問があります」

「私に答えられることならご自由にどうぞ」

「単刀直入に言います。先生は、KIVを治す方法を知っているんですか?」

「知っているよ」

 臆面もなく、何事でもないようにそう言った。

「どうして公表しないんですか!?」

「公表しても仕方ないんだよ。科学的根拠も、大量生産する方法もないからね」

「それでも発表するべきことではないんですか? 解決の糸口が見えるんですよ! 隠しておく理由がわかりません!」

「誰も信じやしないさ。信じられたら信じられたで困る。検証できる人間は私しかいないし、私以外にされたら困る」

 荒賀先生の表情は、今までになく真剣なものだった。

「困るって何が困るんですか?」

「下手をすると私が死ぬことになりかねない。私は死にたくないのさ」

「い、一体どういうことですか!?」

「これ以上教える義理はない。その代わりに、教える条件とヒントをあげよう」

「その条件とヒントとはなんですか?」

「私が君たちにKIVについて教えてあげてもいい条件というのは、私の弟である荒賀雷二を捕まえて私のもとに連れてくること。もちろん生きたままだ」

 荒賀雷二はシリアルキラーだ。彼が今まで殺してきた人数は20人を超える。彼が襲う人間に法則性はない。ただ、毎回人間業とは思えない殺し方をする。明らかに切れ味の悪い刃物で、無理やりばらばらにしたようなそんな死体が多い。 それに彼が身バレしたのは、わざと監視カメラの前でパフォーマンス、予告などをしたからだ。そうしなかったら、未だに誰の仕業かわかっていなかったとされている。

「そんなことできるわけがない!」

「別にできなくていいんだよ。教えたくないんだから。それでヒントだけど私にはどうしても死んでほしくない人が居る」

「それは誰でも居るものじゃないですか?」

「そういう気持ち的なものじゃない。KIVについて重要な人物だからだよ。ちなみにその人物は、雷二と京本さん、ついでに君かな」

「どうして僕たちが……」

「それは自分で考えてくれ。さらに言うと、篝さんと遠藤さんにも死んでほしくなかった。貴重だったからなぁ」

「何が……貴重だって言うんですか」

「おっと、口が滑ってしまった。口が滑ってしまったついでに言っておくよ。あの不良達をけしかけたのは私だよ。まさか、みんな死んでしまうとは思ってもみなかったけど」

「あ、あんたのせいだったのか……!」

「軽い実験のつもりだったんだが、あんな大惨事になるなんて……実に遺憾だよ」

 その台詞からは全く反省を感じられなかった。

「先生……あなたがこんな人だとは思いませんでした」

「どう思われても結構。もう少し君たちにとって良い先生であるのも悪くなかったけど、隠しておくのも難しくなってしまった。人のことは何も考えずに実験していたい。それが私の本性さ」

「僕はあなたを絶対に許しません」

「許してくれなくていい。私にはKIVの研究が全てだからね」

「わかりました。これから私たちでなんとかします」

 僕とくるみさんは部屋を出た。扉を開けた時先生は

「私の弟を連れてくることを期待しないで待っているよ。頑張ってくれたまえ」

 と、言った。


 部室を出た後、人が居ない屋上へ向かった。人が居ないといってもその辺の教室でもいいくらいに人は来ていない。去年の事件そして、先日の事件がダメ押しになりほとんどの生徒が転校、他は自主退学か自主休校だ。確かめてはいないが、学校に来ている生徒は僕とくるみさんぐらいだろう。

「これからどうしましょうか?」

「誠君から言ったことなのに何も考えてないの?」

 軽く苦笑いを含んでいて、少々呆れたと言った物言いだ。こう言われてしまうのは当然と言えば当然だ。ノープランで行動しているのだから、それを責められたら何も言えない。

「僕が動いたのは考えがあるからではなくて、遠藤さんと篝さんに恩を返せないのでせめて仇を討とうと思ったからです……仇というより元凶でしょうか。僕の父も、くるみさんも、遠藤さんや篝さんもKIVが無ければ傷つくことはありませんでした。それをなんとかしたくなるのは至極当然ですよね」

「確かにそうかもしれないけど……10年経っても治療する方法が欠片も見つかっていないものをただの学生がどうにかできるとは思わないよ」

「その通りです。僕には特別なものは何もありません。けど、荒賀先生は治療法を知っているようでした」

「教えてもらえそうにもなかったわ」

「それでも条件は出してもらいました。ヒントも貰いました。何より、くるみさんという天才が僕には付いています」

「……誠君」

「彼女に頼るというのは実に情けない話ですが、僕に取って最も頼りなる人なのは間違いないことです。ですよね? くるみさん」

「そうね、任せなさい。私も仇は討ちたいからね」

 僕たちの間に入った歪なひびは今この時だけは、なかったことになっていた。それが例え見せかけであっても、改めて彼女との関係を大事にしたいと思った。



 僕たちは、荒賀優一の研究室に向かうことにした。

 本人が話してくれないのなら、彼の研究室にあるだろうレポートを見ればいい。

 ただの高校生が入るには難しいだろうが、荒賀優一と共に研究をしたことがあるくるみさんが忘れ物を取りに来たとでも言えば、問題ないだろう。

 予想通り、大学関係者や周りの研究員に許可を求めたら容易に入ることができた。

 良い意味でも悪い意味でもくるみさんは有名人だとよくわかった。彼女に向く視線は、尊敬、羨み、嫉妬、軽蔑、嫌悪などなど。実際にはどう思われているかはわからないが、良い顔をしている人はあまりいなかった。

 荒賀優一の研究室に入ると空っぽとまではいかないが、かなり物が少なかった。机の上には、数枚の紙とパソコンが一台置いてある程度だ。

「私はパソコンを調べるから、誠君はそこに置いてあるのを見ておいて」

 返事をして、言われた通りに目を通すが読めそうにない。英語ならば、読めずとも大体の概要は把握できる。見た感じはローマ字だが、見たこともないスペルが多い。

「すみません。読めないです」

「固有名詞だけなら探せるでしょ。気になる単語があったら教えて」

 くるみさんはパソコンを起動させながら応えた。

 僕は読めない文をじっくり見て、知っている単語を探した。

 くるみさんは、パスワードを目の前にしていた。

「パスワード、知っているんですか?」

「以前と変わっていないなら知っている。横目で見ていたことがあったから」

 あまりいいことではないが、この場では助かる。

 作業を続けるが、特に何も見つけることはできなかった。

 KIVの文字は何度か出ていたが、それ以外は何もわからない。

 くるみさんは一つ一つファイルを開けては閉じることを繰り返している。

 僕は一通り見てしまったので、机の引き出しを探した。

 一番上の部分から開けた。そこには写真がいくつか入っていた。

「誠君、どうしたの?」

「いえ、写真が入っていただけです」

「見せて」

 くるみさんは手を止めて、写真を一枚一枚眺めた。

「意外だわ。当時は優しい人だとは思っていたけど、家族の写真を持っているとは思わなかった」

「でも、一部は色がぼやけている、というか汚れていますね」

 一枚を手に取って見ると、荒賀優一の親と思われる人の顔は誰か認識できないぐらいには汚れていた。

「ちょっと待って、汚れているの全部両親の顔の部分じゃない?」

 確かめてみると、その通りだった。

「意図的にやったということでしょうか?」

「その可能性が高いわ。小さい頃の写真はなんともないのに比較的最近撮った写真が汚れている」

「どうしてそんなことをしたんでしょう?」

「隠したいからだと思う」

 仮にそうだとして、なぜ顔を隠さなければならなかったのだろう。

 少し逡巡してみれば、思いつく答えは一つだ。もしかしたら違うかもしれないが、一旦そうだと考えついてしまえば、それ以外には考えられない。

「荒賀優一の両親はKIVに感染している?」

「恐らくね」

 そこから何かがわかったわけではない。けれど、何かを掴んだ。そんな気がした。

 その後も部屋を探索した結果、見つけたのは血痕と思われるもの、ナイフ、しるしの付いた地図のデータだ。明らかに怪しいのはこれぐらいだった。ちなみに僕が見ていた紙の中身は、KIVの基本的な概要だけだった。

 地図が見つかったので、次の目的地は決まった。しるしの付いた場所に向かおう。



 翌日、早速地図に書かれた場所に向かうことにした。休日に向かうことも考えたが、まともに運営できていない学校に行く必要もないと考えたので、すぐに行くことにした。

 電車を使って1時間ほど、歩きでもう1時間半ほど掛かって、地図に書かれた場所についた。

 目的地は隣県の山奥にあった。木々に囲まれた場所にログハウスが建っていた。

 僕は、玄関扉をノックした。……反応はない。留守だろうか?

「誰だ!?」

 振り向くと、老年の男性が立っていた。見た目は老年といった感じではあるが、つなぎを着ていて、その上からでも丈夫そうな体であることが伺えた。そして、目の色が――赤い。

 慌てないよう、少し深呼吸して考えてから発言しよう。

「えと、僕は須賀誠と言います」

「私は京本くるみです」

 名前を告げ、お辞儀した。

 老年の男性は近づいて来た。手には斧を持っており、明らかに警戒している。

「何をしに来た?」

 何と答えるべきだろうか。答えを間違えたら今にも斧で切りかかれそうだ。

「私たちは荒賀先生の生徒です」

 くるみさんは何故か僕たちのことをそう言った。

「……? もしかして、優一のことか?」

「そうです。荒賀優一先生です」

「そうかそうか。優一の生徒さんか」

 今までの緊迫した雰囲気がその男性がにこやかになって収まった。

「家に上がるといい。何もないが、茶ぐらいだすよ」

「あ、どうも」

 再びお辞儀して、ログハウスに上がらせてもらった。

「帰ったぞ。ばぁさん」

 奥から老年の男性と同じ歳ぐらいの女性が出てきた。その女性も目の色は赤かった。

「お帰りなさい。あら? そちらの方たちは?」

 この人も見た目の割に、背筋が随分と真っ直ぐだ。

「優一の生徒さんだ」

 それを聞いて、老年の女性は先ほどの老年の男性のように笑った。

「あら、そうですか。今、お茶を用意しますね」

 リビングに案内され、ソファに掛けるように言われた。

「不便は多いが、ここは空気が綺麗でいいところだよ。ゆっくりしていくといい」

「あ、ありがとうございます」

 老年の女性が緑茶を持ってきた。

 再びお礼を言っておく。

 くるみさんはその中意を決したように息を吐く。

「おじいさんとおばあさんは荒賀先生のご両親で間違いないですよね?」

「知っていて来たんじゃないのか?」

「知っていた、というより推測していた……ですね。荒賀先生についてどうしても聞きたいことがあるんです」

「一体、何について聞きたいんだ」

 一気に最初出会った時のように、いや、それ以上に険悪な雰囲気だ。

「聞く前に私も一つお伝えして置きたいことがあります」

 くるみさんは右目に手を当て、コンタクトレンズを取り外した。

 その右目は赤い色をしていた。

 そのことを知ってはいたが、実際に見るのは初めてだった。知ってはいたが、少なからずショックだった。

「その目……! 君もか。でも、ここに居るということは、症状はもうないのだろう?」

「いえ、そうでもありません。他の感染者に比べたらずっとマシではありますが、ないわけではないです」

「そうか……君は?」

「僕も感染しています。知り合いからもらった薬のおかげか症状は一度も出てきたことはありませんが」

「何!? 既に特効薬ができたのか!?」

「違うと思います。感染を抑えることができるとは聞きましたけど」

「そうか。あの子はまだ苦労しているんだな」

 落ち込み、がっかりした様子だった。

 荒賀優一は既に治療法を知っているのではなかったのだろうか。それとも両親に言っていないだけか。しかし、この二人は相当感染が進行しているように伺えるが殺人欲求に襲われているようには全く見えない。あの丈夫そうな体は末期症状に現れる筋力の発達によるものだと思ったが……

「私たちはその特効薬の手がかりを探しているんです。見たところおじいさん達に症状が出ているようには見えません。その理由を詳しく教えてもらえませんか?」

「優一の生徒さんだろう? 優一から聞いていないのか?」

「私たちは一介の生徒でしかありませんから……それでもなんとかしたいんです! 私たちは皆の仇を討ちたいんです!」

「……そうか。しかし、儂らも詳しいことは説明できん。その時の状況なら説明できるがそれでもいいなら」

「是非、聞かせてください」

「わかった」

 老年の男性は語り始めた。


「10年前、儂らはKIVに感染した。当時は感染者がほとんど居なかったから知っている人は少なかった。けど、優一がこの病の原因の発見者であることを知っていたから相談したんだ。そしたら優一にはできるだけ安静にして寝ているようにと言われた。言われた通り、風邪の時のように横になっていた。そして、次目が覚めたら四肢を手錠で拘束されていた」

「え!?」

「驚いたよ。自慢の息子が儂らを拘束するんだから。どうしてこんなことをするのかと聞いたら、優一はこう答えたよ。『父さん、母さんには悪いけど研究材料になってもらう』その言葉に儂らは傷ついたよ。親不孝者になってしまったって。けど、優一はこうも言った。『絶対に治して見せるから』と」

 やはり、荒賀優一は両親に対しては優しかったのだろう。研究が全てだと言ったが、それだけじゃない。許せないことに変わりはないが、人らしさを持っていたんだ。

「ただ、研究とは言っていたが何もしていなかったな。それこそただの介護だった」

「何もしていなかった?」

「一週間もすると意識が朦朧とするようになった。手錠も構いなしに暴れまわっていたのは覚えているよ。……人を殺したいという強い思いに駆られて」

 人という言葉を少し濁したように言ったように感じた。隣にいた人を殺したいと思ってしまったことを言いたくなかったのだろう。

「優一はそうなった儂らを懸命に介護していたよ。それから一週間したら治っていた」

「そ、それだけですか?」

 もっと何かしていると思っていたのに拍子抜けだ。

「何か特別な食事や薬とかなかったんですか?」

「薬はなかったし、食事も特別に何かはなかったと思う」

 荒賀優一は一体何をしたんだ。

「あぁ、そういえば……」

「何か!?」

「時々、料理から生臭さというか鉄臭さというか独特のにおいを感じたことがあるな」

「それって料理下手ってだけでは?」

「多分な。後、気になったことならもう一つある」

「なんですか!?」

 半ば期待が籠った、そんな言葉だ。

「気づいたら優一は怪我をしていたことがあった」

「包丁で指を切ったとかではなく?」

「それだけにしては怪我が多かった。隠してはいたが、指だけじゃなく腹辺りから血を流していたからな」

 くるみさんは深く考え込んでいた。額を触り、何か探偵のようにも見えた。

「話せるのはこれぐらいだな」

「ありがとうございます。おばあさんは当時何か気付いたことありませんか?」

「特には。ただ、一つ聞いておくれ」

「なんでしょうか?」

「私たちの息子達は変わった子ではあったけど、悪い子じゃないの。何か粗相があっても許してあげて」

「わかり、ました」

 この返事はおそらく、いや絶対に嘘だ。優一の方は意図して治療法を隠したのを許せるはずがない。雷二の方は会ったことはないが、既に社会的に許されざる存在と言っていい。

 でも、この嘘は仕方ないことだ。事を荒立てないように言うにはそうするしかない。

「私たちはこれで失礼します。お話を聞かせてもらってありがとうございます」

「何、気にすることはない。こんな辺鄙なところで良ければまた来るといい」

「ありがとうございます。それでは」

 立ち上がり、礼をしてこの家から出た。


 帰り道、今日の話を整理することになった。

「今日の話を聞いて何かわかりました?」

「……確証はないけど、一つだけ」

 あの話から一体何が……

「荒賀さんは、両親の食事に自分の体の肉か血あるいは両方を混ぜていたかもしれない」

 確かに、今まで見てきたことを鑑みればそういう推論も立つかもしれないがなかなか受け入れがたい推測だ。

「ど、どうしてそんなことを……!?」

「治療のため。それ以外に考えられないでしょう」

「自分の血肉を喰わせることが治療!?」

 ……気持ち悪い。それしか思い浮かばない。

「私にもそれがどうして治療になるかはわからない。でも、荒賀さんの肉体自体が抗体なのかもしれない。そうだとしても経口摂取で抗体が得られるのかって言う疑問が湧くけど、KIVは何もかもが変わっているからあり得る話だと思う」

「それで、問い詰めに行くんですか?」

「一応ね。はぐらかされたら証拠を探すか、いよいよ捕まえる方法を考えないといけなくなるかな」

 ノープランか……そう思っても僕に考えなんてないし、文句を言える立場にない。だけど、何故か引っかかりを感じる。それが何なのかはわからないけど、この人を心から信用しているけど、不安のような、心配のようなそんな気持ちがもやもやと渦巻いていた。

「……そうですね。いきましょうか」


 荒賀優一の下へ向かい、くるみさんは自分の推理を話した。

「そうだよ。よくわかったねぇ。正解だよ」

 そうあっさり答えた。

「荒賀さん……わざとヒントを研究室に置いたんですか?」

 くるみさんが疑問を呈した。

「そうしなきゃ、わからないでしょ?」

「そこまでするなら、聞いた時点で教えてくれてもよかったはずです!」

「わってないなぁ。そうしないと面白く……冗談だよ。そう怖い顔をしないで」

 くるみさんの表情は今までに見たことがないほど怒っていた。怒髪天を衝くと言った感じだ。

「教えなかったのは二つ理由がある。一つは、そのまま言っても信じてくれない可能性があるから、多少なりとも信じやすくする土台を作りたかった」

 確かに、自分の血肉を喰わせることで治すと言うのは信じ難い話だ。

「もう一つは、君と私の両親が本当に治ったのか確かめたかった」

 荒賀はくるみさんを指さして「君」と言った。

「……私が治ったってどういうことですか?」

「既に知っているんだろう? というより信じたくないだけだ」

「な、何を言っているんですか?」

 この人は、この人たちは一体何の話をしているんだ。

「さて、須賀誠君。君はKIVに感染しているね」

「どうしてそれを……!」

 あの両親が伝えた可能性を考えたが、しばらく会っていないようだったし、あそこは電波も届いていないから連絡手段はなかった。

「あの状況に居て感染してないなんてことはありえないと思っていたからね。篝さんから薬をもらったんだろう? それで検査を逃れたわけだ」

「だから保健所にでもつきだすんですか?」

 これはただの強がりだ。それでも嘗められたくはない。

「そんな野暮なことはしないよ。君に質問があるだけだ」

 一体何を……?

「君はKIVに感染しているから当然感染が進行しているわけだ。それで君は今まで誰かを殺したいと思うようなことは会ったかな?」

「ないですよ。それがなんだって言うんですか?」

「二人とも知っていると思うけど、KIVの感染者同士が近くに居ると感染の進行度は爆発的に早まる。須賀誠君、君はこの数日京本さんの近くに居ることが多かったはずだ。だのに誠君も京本さんも感染が進行している様子は見られない。これがどういうことかわかるかな?」

 それって……

「ちなみに抗体を持つ感染者の近くに感染者が居ても感染の進行は早まらない。理由は実証済みだから」

 荒賀は、左目に手を当てた。

 そして、その目は赤くなっていた。

「私は今までたくさんのKIV患者と共に過ごしてきたが、ただの1人も感染が早まることはなかった。君たちや両親を含めてね」

「つまり、くるみさんは抗体を持っているということじゃないですか。悪いことなんて一つもない。それがどうしたんですか!」

「そう悪いことは一つもない。京本さんにとってはそうでもないと思えてしまうかもしれませんがね」

 くるみさんの方を見ると、顔は蒼白になっていた。

「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

「私……私は今でも人を殺したいって思っている。殺したくないけど……殺したいって……!」

 くるみさんの手足は震えていた。

「一体どういうことだ!?」

「どうもこうもないよ。殺意がKIVによるものじゃなくて、自分の意思になっただけだ」

「違う! 私はそんなことは思ってない! 全部KIVのせいだ!」

「確かにその通りだ。どちらかと言えば依存症と言った方が正しいな」

「依存症?」

「KIVの進行を抑えるために人を殺すという方法がある。ただしKIVは人を殺すたびに快感物質を分泌する。本人がいくら殺しに嫌悪感を抱いたとしても、そういう快楽があると依存症になりやすい」

「くるみさんはその依存症になっているということか?」

「京本さんはそれを信じたくない。そうだろう?」

「……そうですね。そんなこと信じたくないです」

「例えそれが真実だったとしても僕がくるみさんを嫌いになることなんてないですから!」

「ありがとう。でも、やっぱり私はあなたの傍にいる資格はないと思う。今こそ決心したわ。私は誠君と別れる」

「そ、そんな……!」

「悲しまないで。私があなたに相応しくないだけだから」

「僕はくるみさんだから、付き合いたいと思ったんだ! それ以外の誰かなんて……!」

 これはもう駄々でしかない。彼女に振られても彼女にすがることしかできないだけだ。

「きっと良い人が見つかるから、元気出して」

「そろそろラブコメやめてくれないか? まだ続きがあるんだ」

 こいつは……!!

「あんたが、さっさと抗体をくるみさんに渡していればこんなことにはならなかったはずだ!」

「なら、逆に聞くけど、君は自分の血肉が薬になるから大人しく削られてくれと言われて素直に削れるか?」

 ……できない。

「つまりはそういうこと。落ち込んでないでさっさと話を聞いてくれ。京本さんもだ」

「まだ、一体何の用があるんだよ」

「大アリだよ。くるみさんには研究を手伝って貰いたいし、二人にはサンプル回収を手伝って貰わないと」

 荒賀優一は今までの繕ったような笑顔ではなく、下卑た笑い方をしていた。


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