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くるい  作者: 天城恭助
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過去編2 紅く揺らぐ瞳

くるみ視点の過去~現在。本編とダブるところが多いから総集編っぽいです。

 自分で言うのも難だが、私は天才だ。小学生になる頃には、高校数学の問題は大体解けた。特に理科は好きだったから、とにかく色んなことを発見しようと張り切った。

 ここまで私が学問を好きになったのは、兄がきっかけだった。

 兄と私は十、歳が離れていた。そして兄はものを教えるということが好きだった。それ故か、まだ言葉も理解できていないような赤ん坊に算数を教えようとしていたりしていたそうだ。それは、兄が中学生になった後も続いていた。そんな兄は私に学校で教わった勉強を毎日のように教えてくれた。私はおもちゃやゲームがある中、兄が教えてくれる勉強が楽しかった。やがて私は兄が教えてくれる勉強の難度では満足できなくなり、親に教科書をねだるようになった。

 両親は、そんな私に感心したくさんの教材を買ってくれた。

 その時は気づいていなかったが、兄は私に嫉妬していたかもしれない。私は勉強が好きで兄のやっている勉強の遥か上のことをやっていた。妹が兄より優れている。兄は私より劣っているという劣等感を抱いてしまったのかもしれない。

 しかし、兄が私に冷たくすることはなかった。おそらくは私がまだ幼かったからだろう。それ故に更に辛い思いをさせてしまったかもしれないが、私はそんな兄が好きだった。

 兄は勉強と言うより、教えるという行為が好きだったようで私が知らない知識を手に入れようと躍起になっていたのを見かけたことがあった。幼い私には理解できなかったが、兄としての尊厳を取り戻したかったのだろう。今思い返すと本当に素敵な兄だった。


 あるとき、両親が結婚記念日に二人だけで海外旅行に出かけたいということで兄と一緒に留守を頼まれた。私のしたいことといえば勉強だったので幼い私でも寂しく思わなかった。それに兄と二人きりで居られるのがとても嬉しかった。法律とかを知る前は本当に兄と結婚したいと思っていたことがあったぐらいだったから。

 昼頃、買い置きや作り置きはなかったので、両親が置いていってくれたお金で兄と一緒に外食することになった。出かける直前、料理が来るのを待っている間に何か暇を潰すものはないかと物を探している間に兄は玄関に向かっていた。

 ――そして、兄は「逃げろ!」と叫んだ。

 何事かと思い、玄関の方へ向かうとそこには血を流して倒れ伏す兄の姿があった。そして、その横には血がついた包丁を持った男がいた。その男の目は赤くなっており、息が荒かった。見た目からしても正気があるとは思えなかった。

 その光景を見た私は、台所に走った。男は私を追いかけてきた。私は包丁を取り出し、男に襲いかかった。男も私を殺そうと包丁を刺しに来たが、私はそれを避けて逆に首に包丁を突き立てた。頚動脈を狙い、確実に命を奪うためだ。結果、大量の返り血が私に降り注いだ。そのまま倒れて男は一切動かなくなった。それを見て、復讐できたのだと僅かに喜びを感じた。そのあとすぐに私は兄の元に近寄り脈拍を取り、死んでいたことを理解した。私は再びこみ上げる激情を倒れた男にぶつけた。何度も何度も何度も何度も何度も何度も包丁を突き刺した。幼い私の全身が血で染まり、腕が疲れて全然動けなくなった頃、警察が来た。どうやら異変に気づいた近所の人が連絡していたらしい。

 なんとなく玄関に置いてあった鏡を覗くと全身血に濡れていた私の目は血の色と同じ色に染まっていた。この時にKIVに感染した。歳は5才だった。


 私は未成年故、刑法は適用されなかった。ただ、近年発見されたウイルスに感染し隔離施設に入れられることになった。清潔にされたベッドの上に寝かされていたが、ただひとりでそこに過ごすことになりまるで牢獄のようだと思った。

 隔離こそされているものの娯楽もとい勉強道具は支給された。私はすることもないのでひたすらに打ち込んだ。打ち込んでいるうちに感染の進行が止まっていた。何かに夢中になったり、熱中することで進行が止まることは既に知られていたが、私ほどの低年齢で止まったのは私が初めてだった。

 小学三年生になる頃には医療が進み、法が整備され、条件を満たすことで外に出られるようになった。

 私は条件を満たしている人の中でも異例中の異例だった。気まぐれに書いた論文が科学者の目に留まり、私が優れていることを知った政府は私に研究費を出してくれるそうだった。大学の研究室まで貸してもらいKIVを研究することになった。自分に感染したウイルスを研究するのはひどく妙な感じだった。

 KIVの感染経路がはっきりしないものの人から人に感染することは間違いないことがわかっており、私に近寄ってくる研究者はいなかった。そんな中私に近づく人も居た。その人は、荒賀優一という名前だった。KIV研究のなかでも第一人者にふさわしい知識量を誇る人物であり、初めてKIVを発見したひとでもある。私の方が若いというか幼いがその人は若かった。一般的にこういうものはそれなりに年を召した方のイメージがあったから意外だった。

 しばらくは一緒に研究をしていたが、あるとき荒賀さんの勧めもあり、ごく普通の公立の中学校に通うことになった。

 彼が言うに、学校は学ぶためだけの場所じゃないから経験しておいた方が良いということだった。

 最初は断っていたが、少しだけ学校や友達という存在に憧れていたこともあり、何度も言われているうちに渋々提案を受け入れた。

 学校に行くのに備えて、感染者とバレないように黒のカラコンを付けた。研究所もいるあいだもつけていたが、隠すというよりも相手に不快な思いをさせないようにという配慮もあったので今回とは意味合いが少し違った。制服に腕を通し、少しばかり浮かれた気持ちになっていた。

 自分の同年代の人に会うのは、8年ぶりだった。研究ばかりしていたので流行に遅れているという思いもあり、気合を入れてテレビや雑誌を見たりした。

 学校へ行く当日、一応転校生という肩書きで登校することになった。

 人前で自己紹介するのも、久しぶりなのでとても緊張した。

 皆、私に優しく気遣ってくれた。

 普通の一人の女子中学生として、平凡に日々を過ごした。

 そんな中、親しい友人もできた。

 けれど、そんな幸せも長くは続かなかった。

 あるとき、友人は同じ部活の先輩に告白された。友人はそれを断った。

 それから友人は陰湿ないじめを受けるようになった。

 靴や筆記用具などが盗まれ、どこかに隠されたり、下駄箱や机の中にゴミが入れられたり、落書きしたり彫って傷をつけたり、とにかく様々な嫌がらせを受けた。

 私はそんな相手が許せなかった。私に親しく、優しくしてくれる友人を傷つけることが。

 私は犯人を特定し、説教するために朝早くと夜遅くに待ち伏せをした。その成果もあり、友人に告白した先輩が犯人であったことを確認した。

 私は今まで感じたことのないほどの怒りを先輩にぶつけた。なぜこんなことをしたのか、どうしてこんなひどいことができるのか。怒りはあったが、その時はまだ比較的冷静でいられたのだと思う。その先輩が断られたからという理由しかなかったことを言うまでは。私は全力で先輩の顔を殴りつけた。それで顔は腫れ上がり、気絶した。

 その後、友人に話すと感謝してくれた。けれど、その言葉はどこかよそよそしかった。更に日が経つと、先輩がKIVに感染したという知らせを聞いた。そうなれば、私が感染者であるという噂が立つのも当然だった。実際、事実だ。その噂が立ったと同時に今度は私がいじめの対象になった。それも相手は一人ではない、学校全体が私を嫌なもの、穢れたものとして見るのだ。親しかった友人さえも私を見放した。

 噂が立ってから二週間程で転校することを決意した。

 兄を失って以来の辛さだった。友人たちは素っ気なくなり、冷たくなり、誹謗中傷をし、迫害する。それに、先輩に対し怒りはあったものの感染症を移す気など全くなかった。自分の不甲斐なさ、情けなさから逃げる思いで転校を決意したのだった。

 転校した後、裏切られるのが怖くなり人に冷たく当たるようになった。ただ、いじめの現場だけは見て見ぬふりができず手を出してしまっていた。そのせいか、私のファンを公言する人が男女問わず少なからず居たようだった。しかし、無視した。

 これでは学校に来ている意味がほとんどないなと思いながら専門書を読みながら日々を過ごすようになった。


 中学卒業後、研究室に戻ろうと考えたが荒賀さんは高校卒業までは頑張ってみようよと言われた。その言葉に私は迷ってしまった。少なからず私は後悔していた。学校に通うようになったこと自体はとても楽しかった。けれど、友人も自分自身も不幸になる結果となった。私がいなくなることで和らいだかもしれないが、現代医学では先輩の感染症を治すことはできない。取り返しのつかないことだ。

 それでも、期待してしまった。

 学校は素晴らしいものなのだと。

 私は、また誰かと仲良く過ごすことができるのだと。

 今度は何事もなく、楽しく過ごすことができるのだと。


 高校入試は至って楽だった。進学校ではあったが、特別難しいと感じることはなく、楽に合格することができた。

 入学してからというものの、前の学校のころ癖は治らなかった。無表情で相手に冷たく接していた。それが良いというような変な人が多くいたようで、私について話しているグループがいた。それはしばらく続き、いい加減、不愉快に感じ初めていた。しかし、理由は知らないが仲違いを起こしたらしく一人が集団に囲まれていた。さすがにそれは許せないので助けた。手を差し伸べ立たせてあげようとすると今にも付き合ってくれと言われそうだったので言う前に拒否した。誰かと関わることは嫌なのだとはっきり告げた。この言葉に自分の中で矛盾を感じながら、それでも私に関わろうとする人がいたことに驚いた。

 私はほぼ毎日放課後も教室で専門書を読んで過ごしていた。ただ単に集中しすぎて終わったことに気づかなかっただけだが。そうしていたら、あるとき二人の生徒が教室に入ってきた。一人は私にしつこいくらい話しかけてきたクラスメイトの人。名前は確か篝美穂さん。そして、もうひとりは少し不良っぽい見た目をした知らない人だった。どうも何の部活に入るかを相談しているようだった。最近の言葉でリア充? とでも言うのだろうか。少し妬ましい気持ちにならないでもなかった。篝さんは不意にくるいちゃんと呼び始めた。多分、不良っぽい人のことだろうと思ったが確かマサ君と呼んでいた気がする。もう一度私に向かって言ったようなので確かめたらその通りのようだ。……この人は私を馬鹿にしているのかしら。と、思ったが世間で言う天然というやつなのか、同い年とは見えないほど幼い顔は悪意の欠片もなさそうな笑顔だった。

 あなたのような人には初めて会うと皮肉っぽく言ったら、何故か照れた。調子を狂わされるが、いつもどおり冷たく接した。しかし、彼女が引き下がることはなかった。更には、私の目の前で夫婦漫才というか、痴話喧嘩というか仲睦まじく話しているところを見せ付けられると少々腹立たしくも思えた。

 言葉でどうにかできないと判断した私は帰ろうとしたが、再び彼女に腕を掴まれ阻まれてしまった。

 話を聞いたら腕を放すと言うので渋々了承した。

 その話とは部活を創るということだったが、何をしたいのか決まっていないらしい。それなら作る必要はないだろうと思ったが、篝さんは必要らしい。彼女に関わりたくないと再び告げても私を褒め、私と友達になりたいという。

 私は過去の経験から、私と友達になってもいいことなんてないと言ったが、そんなことないと彼女は言った。そんな言葉に押されてとりあえずこの場だけは、一緒に考えることにした。

 改めて考えることになったわけだが、彼女らは部活を創りたいというだけでノープランだった。その上、既存の部活もダメ。八方塞がりだ。そんな中、不良っぽい人――遠藤君は、篝さんは部活を創りたいというよりも皆で楽しく遊びたいだけなのだと解説した。私は必要ないのではと思ったが、ここにいる三人がいいということだった。

 私はどうやってこの友達勧誘を避けるか考えた。そして、思いついたのは私が手元に持っていた医学書(ドイツ語で書かれた)が何について書かれているかわかったら友達になってもいいという条件をだすことだった。

 まず高校生でドイツ語を読めるのはそうはいない上、ドイツ語が読めたとしても難解な内容であるため絶対に答えられるわけがないと高を括っていた。しかし、彼女は呆気なく答えを言った。どうも彼女の叔父が医者らしく読んだことがあるらしい。正直、頭が弱そうな子だと思っていたため驚かされた。

 さらに、部活の内容も決めたらしくそれは私が問題に出した内容であるKIVの研究ということだった。研究施設がないため特に新しく情報を得ることは難しいため、することが限られるが、彼女にとっては、その目的なんて二の次とのことだった。

 私はそんな彼女を見て面白そうだと思ってしまった。楽しそうだと口にしてしまった・笑みをこぼしてしまった。それが悲劇を生む原因だっただろうに。


 活動に関しては、私と篝さんは先行研究の内容に関してほとんど知っていたため、遠藤君にKIVについて教えるというだけだった。粗方覚えてしまうと後はどこかへ遊びに行く毎日だった。それは夏休みになっても続いた。私の態度こそ大きく変わらなかったものの中学時代に感じた楽しさ以上の楽しさを感じた。けれど、悲劇は起こってしまった。


 文化祭が近づく頃、篝さんはKIVを知ってもらうために出し物をやろうと提案した。

 方法に関してはKIV検査がどんな風に行われているのか見せればいいだろうということになり、遠藤君に買い出しに行ってもらった。その間、篝さんと遠藤君の馴れ初めを聞くことになった。恋バナなんてしたことがなかったから内心ちょっとドキドキしながら話を聞いた。


 文化祭当日。二日間行われるが一日目は校内だけで行われる。

 ずっと部室に居たが、人はほとんど来なかった。一応KIVに感染しているため不特定多数の人に会うのは少し嫌だったので都合は良かった。

 この出し物では、KIVの状態を説明するために赤のカラコンを用意していた。私は既にKIVに感染しているため、黒のカラコンを付けていたため参加するのは不可能だった。遠藤君にどうしてカラコンをつけないのかと聞かれ、若干無理のある言い訳で通した。納得してもらえたのか深く追求してこなかったので助かった。


 文化祭二日目。今日は一般の人も校内に入ってくる。それは少し困ることだと思いながら、自分の役割を果たすことにした。

 三人で部室に居たが正午になると、じゃんけんで負けた人が昼食を買ってくるという話になった。負けたのは遠藤君だった。

 結果的にこれが悪かったのか、それともどうなっても結果は同じだったのか、多分後者なのだろうと思いつつ、どうにか出来なったのだろうかと考えずにはいられなかった。

 遠藤君が部室を出て行った後、廊下からは悲鳴が上がった。

 何事かと思い外を見ればここから逃げ出していく人々が見えた。

 そして、ここに来ていた生徒の一人がドアを開けると目を赤くした男が立っていた。唸り声をあげ最早理性は感じられなかった。その男は持っていたナイフで生徒を切りつけた。生徒は致命傷は避けたが、腕を少し深めに斬られていた。生徒は横に倒れた。

 そして、男は私に飛びかかってきた。それに対し私は冷静に避け、腹に打撃を与え顔が下りたところを足蹴にした。それで、男は気絶した。

 幼い頃の経験から武術を嗜んでおり、それが役に立った。

 倒した後篝さんは大丈夫か心配になり、駆け寄った。

 彼女は私に感謝した。けれどその瞳は赤く染まっていた。

 その事実を私ははっきり伝えた。その後、遠藤君がやってきた。

 その表情は信じられないものを見たといった表情だった。


 後日、彼は私に話を聞きにきた。どうして私は感染していないのかと。それに対する私の答えは私のせいだ。全て私が悪いのだと言った。実際そうだと思った。私と関わったからこうなってしまったのだと思った。だから、彼が私を憎むと言った時はそうしてくれと答えた。彼はそれから私のことを「くるい」と呼ぶようになった。私の方は以前のように誰とも関わらないようにした。それを更に促すかのように彼は私を憎む人達でグループを作った。彼は優しい人なのだと思った。篝さんが惚れるのもわかった気がした。


 二年生になり、私は驚くことになった。新しく入ったのであろう一年生がどこの学校かは知らないが不良に絡まれていたのだが、その一年生の容姿が兄に酷似していた。そのためかすぐに頭に血が上った。そして私の性格もあり、不良を足蹴にした。不良が起き上がると目が赤くなっていることからKIVに感染していることがわかった。恐らく、たった今私が移してしまったのだろう。兄に似た人が絡まれていたせいかそこまで罪悪感がなかった。さっさと保健所に連絡してしまうことにした。少年は私に感謝した。私は本心が欠片も悟られぬよう素っ気なく対応した。それに、この一年生にも移してしまった可能性はあるので一緒に来てもらうことにした。

 少年の視線は私に向いている時間が多かった。興味を持たれてしまったのだろうか。私は検査の後、少年に話を聞かれる前にさっさと学校に戻ることにした。


 少年はあっさり私の元に来てしまった。私の悪い噂は広がっているはずなのに。彼は名乗りお礼を言った。須賀誠という名を聞き、少年の名前を知ることができたのが少し嬉しいと感じてしまった自分がひどく情けなく思った。

 彼は私にお礼をしたがっていた。お昼を一緒に食べたいとのことだったが断った。けれど、彼は私に食い下がった。そんな行動に少しだけ篝さんを思い出した。

 噂が立つのは嫌だろうと言ったが彼は気にしないむしろ嬉しいとまで言った。

 それに彼は私の噂を知った上で行動していた。正直、嬉しさでどうにかなりそうだった。

 彼に迷惑をかけるのはいけないと思って連絡先だけ渡し、済ませた。彼が兄に似ている上に篝さんを思い出させる人だったせいかかなり甘い行動をしてしまったことに後悔した。

 彼が帰りに早速、一緒に帰りませんかと連絡が来た。すぐに構わないと返事をしてしまった。表情や態度には出していないはずだが、内心嬉しくてたまらなかったからだろう。好意を持った相手二人を思い出させる人、まだよく知りもしない人のはずなのに。

 彼を待ち、会ったあとファストフード店に向かうとのことだった。

 私は彼が何を思って私に接しているのか気になって、聞いてみることにした。

 どうして私に関わるのかと。それを聞いて逆に彼はどうして自分をそんなに卑下するのかと聞いてきた。

 理由は過去のことがあるからだが、それは濁して話した。言い過ぎなのではないかと言われ、否定した。その時、感情的になってしまいいらないことを口走ってしまいそうになった。私はいたたまれなくなり何も言わずに帰った。

 その後、一応勝手に帰ってしまったことにメールをした。その返信内容は私を嫌う感情など一切なかった。嬉しいのに腹立たしいそんな思いを同時に抱えることになった。


 翌日、彼は再び私の元を訪れた。いつも通り断っても彼は食い下がったが、遠藤君が須賀君の襟首を掴んで引っ張った。そして、遠藤君は私に注意した。「振る舞いを考えろ」と。

 わかっている。そう答えたが、私は須賀誠という少年の姿と態度に心を揺さぶられていた。

 遠藤君は須賀君に注意するためか呼び出しをしたようだ。彼は私に誰かが関わらないようにしているのだと改めて実感した。


 翌日、篝さんが学校に戻ってきた。信じられなかった。そして、それは喜ばしいことだ。私のせいで辛い目に合わせてしまったが、やっと日常に戻って来られた。けれど、感染症自体が治ったわけではないだろう。

 感染者は感染者を引き寄せる。それだけでなく、感染の進行を促す。私と同じ学校にいるのは、百害あって一利なしだろう。もちろん、隔離病棟に居るよりはマシだろうが。

 そう思っていたのに、翌日の放課後に遠藤君が篝さんと須賀君を連れてきたのには驚いた。彼らは私をDRE研究会に再び入らないかと勧誘してきた。できるはずがない。私の気持ち以前にリスクが高すぎる。同じ施設内にいるだけでも心配なのに同じ部屋にいたら感染の進行がどれだけ進むことだろうか。間接的にそう言った。

 しかし、そのリスクがないことを証明するために篝さんはとんでもない行動にでた。私にキスをしてきた。それもねっとりとじっくりと舌を絡めてきた。離れたあと、何の問題もなかったでしょとそう言った。私はそれでも入ることを拒絶した。

 怖かった。今も怖い。誰かを傷つけてしまうことが。友人を苦しめてしまうことが。だから私は拒否し続けた。

 それでも彼女は、私を抱きしめた。皆、心配しているのだと。昔と変わらない無理を押し通そうとする彼女のやり方。心がまた揺らいでしまった。自分の決心とはこんなにも脆いものなのか。了承してしまった。

 けれど、やはりそれは許されざる行為だった。

 彼女の腕には力が込められた。それも尋常ではない力だ。感染が進行し、意識を失っていた。

 不幸中の幸いか、私が常に携帯している感染の進行を僅かにだが遅らせる薬があったために事なきを得た。

 やはり、私はこの人達と共に居てはいけないのだと改めて思い知らされた。


 後日、さらに驚くべきことが起こった。

 身体測定と健康診断が行われることになった。こんな時期に行っていただろうかと疑問に思った。だが、驚いたのはそこではなく、内科検診を行っていた医者が荒賀さんだったことだ。しかも、KIV検査まで行っていた。さすがにここで問い質す訳にもいかなかった。荒賀さんは、後で呼ぶとのことだったので待つことにした。

 放課後、放送で呼び出され職員室に向かった。

 向かった先には須賀君がいた。

 この少年はどうも私に興味があるらしい。それがどういう思いがあるのかはわからないが、あまり放って置くのは良くないかもしれないと感じた。


 荒賀さんが人に聞かれたくない話をしたいと言った。けれど、須賀君にも一緒に来るように言った。この人は昔からよくわからないところがあるが本当に謎だった。しかも、廊下の角に隠れていた遠藤君と篝さんにも気づいて呼んだ。

 普通の人にできることなのだろうか。そう思ったが、恩人に対してこんな思いを抱いてしまうのは失礼だろうと考えることをしなかった。

 荒賀さんの目的は私と篝さんの研究だった。

 確かに、感染者を被験者として扱うのは中々難しい。私自身が被験者として研究されたことはあるがその時の私は研究者でもあった。だからこそ、私は他の感染者と違い快く被験者になった。彼女はそうはならないはずだ。それでも、荒賀さんの異常なまでの行動力のためか、それとも私が了承してしまったためか、研究を許可した。

 荒賀さんは昔からデリカシーに欠ける人で私が隠しておきたい秘密を軽々しく言ってしまう。この人は情を持ち合わせているが、人の気持ちをあまり考えない。研究対象は面白いもの程度にしか考えない癖のようなものあるのだと思う。

 研究が全てで自分自身にさえ無関心なのではないかと時々思わされる時がある。

 弟が凶悪犯罪者であることを疑われてあっさり事実だと認めたのは本当に驚きだった。

 それで、兄弟の話を振って来て私は兄の話をした。間接的に死んだということは言ったが、死んだ原因などについては言わなかった。……言いたくなかったが正しいか。

 悲しい思い出もつきまとうが、兄のことを思い返すだけで少しだけいい気分になれた。

 

 中間テストまで時が流れ篝さんが部室に来なくなった。

 そして、荒賀さんはお見舞いに行こうと提案した。

 彼女は病気になってしまったのだろうか。それとも感染が進行してしまったのだろうか。

 彼女の家まで行き、チャイムを鳴らしても出る気配がない。

 遠藤君は篝さんに電話をかけて確かめた。

 私の予想通り感染が進行したのか、研究を中止するように求めた。

 荒賀さんは忠告するようにいいのかと聞いた。

 それでも、遠藤君はやめるように言った。

 荒賀さんは残念そうに俯いた。けれど、口元はつり上がっていた。

 ……この人を本当に信用していいのか疑問に思わざるをえなかった。


 後日、荒賀さんから呼び出された。

「なんですか?」

「君に頼みがあるんだ」

「まだ何かあるんですか?」

「篝さんがいなくなってしまったせいで、そっち方面のデータが得られらなくなってしまったから京本さんに頼もうと思ってね」

 私に恋愛をしろということか。

「……私に好きな人なんていませんよ」

「そうかい? 君、この前兄が好きだったって言っていたよね?」

「兄と恋愛なんてふざけてるんですか? それに兄はもういないと言ったはずですが?」

「君のお兄さんに似ている人ならいいんじゃない? 例えば須賀君とか」

「何を言っているんですか?」

「気になって調べたんだよ、君のお兄さんのこと。そしたら、君のお兄さんと須賀君ってすごくよく似ているんだよね。驚いたよ」

「確かに、彼と兄は似ていますがそういう風に見たことはありませんし、彼が私を好きとは限りません」

「前者については君のことだからなんとも言えないけど、後者については問題ないと考えているよ」

「どうしてですか?」

「彼、どう見たって君のことずっと気にしてるよ。君に悪い噂が回っているのを知っていて尚、京本さんと一緒にいようとしていたんだろう? それは好意でなくてなんなのかな?」

 なんとなくわかってはいた。けれど、それを認めたら関わらずにはいられないと思ったから思考から外していた。

 兄は今でも好きだ。彼は兄の姿に似ている。それで、彼のことを好きだとしたら彼に対して失礼でしかない。

「本心で付き合う必要はないさ。擬似恋愛でも効果があるのか見てみたいしね」

「けど、それは須賀君に対してあまりにも失礼じゃ……」

「想い人に嘘でも付き合ってもらえたら嬉しいでしょ」

 ……それは、あまりにも彼の心を蔑ろにしている。

「それでは、お引き受けできません」

「そんなこと言わずにさぁ。引き受けてくれたら僕にできることなら何でもしてあげるから」

 ……恩人にここまで言われると弱い。

「……わかりました。その代わり、先生はもっと人の気持ちを考えてください」

「善処するよ」

 恩人ではあるが、どうも信用ならない気がしてしまう。あんなに優しかった荒賀さんはどこへ行ってしまったのだろう。

 ただ、この話を本心では嬉しく思ってしまっている自分がいた。

 彼の存在というのはそれぐらい私の中で大きなものになっていた。


 雰囲気を良くしようとしてか、先生は私と須賀君を二人きりの状況をよく作っていた。

 夏休み期間も研究の対象に入るらしく夏休みまでには、付き合っておけとのことだった。

 正直、何を話したらいいのかわからずただ二人で居る時間が過ぎていった。

 夏休みももう間近という時、来る必要はないと言ったが、彼は私が居るからここに来ているのだと言った。

 それは、私に申し訳ないと思っているのからなのか、それとも私に好意があるからなのか。私には分かりかねる。けれど、先生の言う通りなら後者なのだろう。

 日数もあまりないから、直接尋ねることにした。

「……君は私のことが好きなのか?」

「え!? あぁ、えっと、その……好きというか自分の中でどういう気持ちか測りかねている感じですかね」

 ……結局どっちなのだろう? けれど、それに近い何かはあると捉えても良いのだろう。ならば、もう言ってしまえばいいのかもしれない。

「それなら、確かめてみる?」

「……どうやってですか?」

「私と付き合って」

 少し間を置いて

「……是非、よろしくお願いします」

 そう返事をくれた。

 嬉しさ半分、申し訳なさ半分といった心地だった。


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