過去編 切れた絆
更新が遅すぎて申し訳ないです。見てくれる方がいたら本当にごめんなさい。これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。
須賀誠と京本くるみが出会う一年前の入学式。
「マサくーん!」
俺を呼ぶ彼女の声。
「なんだよ、美穂」
「楽しい高校生活の始まりですね」
幼馴染で恋人でもある彼女の名前は篝美穂。俺は面倒に思いながらも彼女が好きだ。だから、文句を言いつつも美穂の言うことは大体聞いてやっている。
「そうだな。俺は美穂が居れば大体楽しいけどな」
俺の言葉に頬を真っ赤に染める彼女を見て愉快に思う。
「急にそんな恥ずかしいこと言うんだから……もう」
幸せを感じながら、入学式に望む。
「クラス、別になっちゃったね」
美穂は沈んだ表情をしていた。
掲示板に書いてあるクラスを見ると俺はB組で美穂はA組だった。
「クラスが一つ違うだけだろ。校内で会う機会ならいくらでもある」
美穂の表情の通り、俺も少し残念だったがそこまで気にすることでもない。
「そうだね。部活も一緒だからね」
「あぁ、そうだ……っておい。勝手に決めるんじゃねぇよ」
「別にいいじゃない。ここは変な部活作っちゃおうよ」
「しかも作るのかよ、それに変って……別にいいけどよ」
本当はどこか運動部に入りたかったのだが、彼女がそういうのならば仕方がない。運動部と言っても実際にどこかに入りたいと決めていたわけではなかったからな。
後日、美穂と昼飯を食べている時。
「ねぇ、マサ君」
「なんだ?」
「うちのクラスに京本くるみって人がいるんだけどさー。めっちゃ冷たいんだよね」
少し怒り気味に話していた。
「まぁ、中にはそういうのもいるだろ」
宥めるように言っておく。
「そうかもしれないけどさ、一人でずっと分厚い本読んでいるんだよ。人が話しかけても何の反応もしないし、反応したと思ったら『邪魔』とか『話しかけないで』とか言うんだよ」
何故か、その京本さんが言ったと思われるところだけ、真似して言っていた。実際に京本さんを見たわけではないが、絶対に似ていない。理由は長年の付き合いがあるからだ。
「それなら、関わらなくてもいいんじゃないか?」
「それはなんか嫌だ。なんていうかシンパシー? 感じたからくるいちゃんとは絶対仲良くなりたい」
どのあたりにシンパシーを感じたかは知らないが、とりあえず仲良くなりたいという意味でとっておけばいいのだろう。しかし
「……くるいちゃんって、あだ名にしてももっとましなものがあるだろ。それにいきなり馴れ馴れしいぞ」
「あれ? くるいちゃん? くるみちゃんだったっけ? まぁ、どっちでもいいよね。くるいちゃんってなんか語感可愛いし」
「いや、全然可愛くねぇよ。むしろ、思いっきり貶しているようにしか聞こえねぇから」
「そうかな~」
美穂との付き合いは長いが、未だに理解できない考え方、感じ方が結構ある。そんなところも好きではあるんだが、どこか危なっかしい感じがする。
「ま、美穂が仲良くなりたいって言うなら俺も協力するよ」
「ホント? マサ君、大好き!」
美穂はそう言って、俺に抱きついてくる。こういうスキンシップは多いから慣れてはいる。ただ……
「人が多いところで抱きつくなよ。恥ずかしいだろ」
場所は一年B組の教室。ただでさえ、女子と面と向かって食事をとるだけでも目立つのにそんなことをすれば、男子から批難の目は必至だ。案の定、嫉妬の目線がこちらに向いてきた。
「私は私のしたいことをしたいときにするの。それが私の流儀だよ」
「そうだったな。でも、やめろ。周りの視線が痛い」
「仕方ないな~」
美穂は渋々俺の言うことを聞いてくれた。
時計を見ると昼休みがそろそろ終わる時間だった。
「時間もないし、教室に戻るよ」
「あぁ、そうだな」
俺は美穂について行く。
「クラス、隣なんだから送らなくてもいいよ」
「そうかもしれないけど……察しろ」
美穂は少し考える素振りを見せるとすぐに顔を真っ赤にしてくれた。本当に可愛いやつだ。
廊下に出ると、人が少ない。そろそろ教室に戻る生徒で溢れかえっていてもおかしくはない時間なのに。
その理由は目の前にあった。一人の生徒が他の生徒に囲まれていた。
「あ、あの子」
「知っているのか?」
「うちのクラスの……何君だったかな?」
「まだ日が浅いとは言え、そこは覚えておけよ」
「うん。とにかく、何があったかは知らないけど、助けに行かなくちゃ!」
「任せろ。美穂の手を煩わせるまでもない」
と、意気込みその集団に近づこうとしたとき、人影が集団をなぎ倒していった。
その人影の正体は美少女だった。俺に美穂という彼女がいなければ惚れていたかもしれない。そう思わせる程に綺麗だった。
「あ、くるいちゃんだ」
「あの子が?」
確かに美穂が言っていた通り、表情から冷たさを感じる気がする。しかし、いじめの現場に居合わせそれを助けると言うのは実に情の深い人間なんだという印象を受けた。
京本くるみはいじめられていた生徒に手を差し伸べる。
「ありがとう」
「別に」
「京本さん! あ、あのもしよければ……」
「嫌よ。絶対に」
そいつはまだ何も言っていないのに、断られていた。しかも、かなり拒絶されていた。
「まだ何も言ってないんですけど」
「私は目障りだったから行動したまでよ。それに関してあなたがすることも私がすることも何もない。仮に関係なくても誰かと関わることが嫌。わかった?」
「は、はい……」
なかなか酷いことをいうやつだ。確かに美少女ではあるが彼氏とかできなさそうなタイプだな。できないというよりは作らないなのだろうが。
「か、カッコイイ……!」
しかし、俺の彼女は憧れているようだった。
果たして、あれはカッコイイのだろうか。美少女ではあるが、態度がかなり悪い。
「参考までに、京本さんのどの辺がカッコイイか教えてくれないか?」
「全部! くるいちゃんが男だったら惚れてた!」
……京本さんが男でなくて本当に良かったと思う。
後で話を聞くと、あのいじめのきっかけは京本さんが好きなグループで口論をした末に起こったことらしい。あの見た目だからそのことについて話したがるのはしょうがないとは思うがなんとも馬鹿な理由だった。
部活動紹介などの行事が終わり、入部届けなどが届けられた頃。放課後は仮入部していた人達が入部を決め、また一部の人は何もせず、また他の一部の人は入ろうとしていた部活を変えると言った様相を見せていた。
俺は美穂の活動内容も名称も未決定の部活ができるのを待っていた。
そもそも、人が足りない上に顧問はいないし、場所も無いという無計画さである。
京本さんを除いて誰もいなくなったA組の教室にて、部活について考える美穂を待っていた。
「美穂。いつまでここで考えてんだよ?」
「だって、何も思いつかないんだもん」
「何も思いつかないなら適当に入ればいいだろ。なんなら帰宅部でもいいんじゃないか?」
「それは嫌だよ。私、青春がしたいんだもん」
「俺には何が青春かはわからん」
「えぇー。今この瞬間も私たち青春してるよー」
こいつ自分の言っていることのおかしさに気づいていないのか。
「青春しているなら青春しなくてもいいだろ」
「青春のジャンルが違うんだよー。青春にも色々あるんだよ」
なんかドヤ顔で言っている。ムカつくな。しかし、自分の彼女補正で可愛い(補正しなくても可愛いが)。だから、許す。
「それで、どうするんだ?」
「それが決められないから困っているのだよ。うーん……」
のだよ、の後にワトソン君とでも言いたそうな口調だった。シャーロック・ホームズを読んだことはないから知らないが……というより、美穂も読んでいない……はず。
「くるいちゃんはどう思う?」
いきなりだった。俺は美穂と京本さんが関わっているのを見たことがないから、何とも言えないが、それでもここでの振りは答えづらいことこの上ないだろう。
「……」
無視だった。いや、俺でもあんなふうに言われたら無視してしまいそうだ。
「ねぇ、くるいちゃん!」
再び呼ぶ。……本を読んでいるんだからあんまり邪魔しない方がいいんじゃないのかと思うが、これが美穂だ。いつもの事過ぎて、何もいう気はしない。
「……もしかして、そのくるいちゃんというのは私のこと?」
まさかの本人に対して一度も呼んだことがないようだった。
「くるいちゃん以外に誰がいるのよ。私は美穂だし、こっちはマサ君!」
すごくアホっぽい言い方だなぁ。だが、それも好きなところだ。でも、馬鹿をさらす相手が悪い気しかしない。
「そう。あなたみたいな人には初めて会う」
俺もこんなアホっぽい子滅多にいないと思う。
「えへへー、そう?」
褒められてうれしいといった顔だが
「……それ、褒められてないと思うぞ」
「そうなの?」
「どうでもいいけど、本を読むのを邪魔しないでくれる。これ以上ここにいるなら、私が出ていくけど。……し」
京本さんが最後に小声で何か言っていたが聞き取ることはできなかった。
「確かに楽しいよ。 そう思うなら、くるいちゃんも一緒に遊ぼうよ!」
「……聞こえたの? というより、遊ぶって……」
美穂はどうやら蚊がなくような小さな声を聞き取ることができていたようだ。
「え? 楽しそうだしっていうのは、お誘いの言葉じゃないの?」
だが、俺たちが楽しそうにしているから出ていくと言っているのをどうしてお誘いの言葉と受け取れるのか、美穂の脳内は複雑怪奇を通り越してお花畑だ。
「何を言っているの?」
「悪いけど、美穂は見ての通りアホなんだ」
「アホじゃないよ!」
肩を拳でとんとん叩いてくる。地味に痛い。痛い痛いイタイ……かわいいな。
まぁ、美穂のことだから京本さんと遊びたくてしょうがないのだろう。
「気分を害したなら謝る。でも、よければこいつの遊びに付き合ってくれないか?」
「……そ、それは」
「あ、マサ君! 付き合うってそれは浮気か? 浮気なのかぁ!?」
「付き合うって言葉だけに反応するなよ! むしろ、お前のための発言だったろうが」
「……あ! やっぱり、マサ君は私の彼氏だね!」
お早い変わり身だこと。馬鹿なのかアホなのか、とにかく許してくれるなら構わないが。
「私の目の前でいちゃつくのはやめてもらえる」
「それは美穂に言ってくれ。こいつは恥ずかしいという感覚が疎いみたいでな」
「私だって、恥ずかしいと思うことぐらいあるよ。マサ君に裸見られたときとか」
「はだっ……!」
京本さんはちょっと顔を赤くして慌てた。意外と純情なようだ。
「さらっと嘘を吐くんじゃない。まぁ、見たことがないと言えば嘘になるが」
「……あなたたち、不潔ね」
軽蔑の視線を感じる。
「それは誤解だ。俺たち、幼馴染で小さいころに一緒に風呂に入ったことがあるぐらいだよ。それ以外はない。付き合ってはいるけどな」
誤解は解いておかなければならん。美穂は馬鹿だが、真剣に付き合っている。もちろん、性欲がある以上そういうことを考えたことがないわけではないが、そういった行為に及ぼうとしたことは一度もない。
「そう。とりあえず、私は帰る」
これ以上、話すことはない。そう言わんばかりに踵を返し、教室を出ようとするがそれを美穂が阻んだ。
「ちょっと待ってよ、くるいちゃん」
美穂は京本さんの腕を掴んで、引き留めたのだ。
「離して」
「嫌。くるいちゃんが私の話に乗ってくれるまで離さない」
美穂は空気を読まない。底抜けの明るさで自分の興味を示した相手にとことん詰め寄るのだ。相手がどんなに拒絶しようと自分の方へと引っ張りこもうとする。これが美穂の好ましい部分であり危ないとも思える部分だ。今まで、この方法で一度も失敗したことはないが、いつか取り返しのつかないことが起こるのではないかと少し冷や冷やしている。
「……話だけは聞く」
「わーい!」
美穂をうざいと思ったのか、あまりにしつこいので諦めたのか、もしくはどちらもか。とにかく、美穂の話を聞く気になったようだ。言い方からして、提案を受ける気は全くなさそうだが美穂は多分気づいていない。
「私たちね、新しい部活を作ろうと思っているの。それで何をしようかなって」
「決めてないのであれば、何もしなくてもいいでしょ」
ごもっともな発言だ。実際、俺もそれでいいと思っている。しかし、美穂はそうならない。美穂は自分のしたいことを何が何でも押し通そうとするところがある。つまり、自己中心的でありわがままなのだ。頭は悪いし計画性はないくせに行動力は俺の知る限りもっともある人物だ。
「何もしないなんて面白くないじゃない。だから、くるいちゃんも一緒に考えよう」
悪意のひとかけらもない笑顔。無邪気にはしゃぐ子供のようだ。
「私はあなたたちと一切関係はないし、これからも関わりたくはない」
当然、京本さんは拒否する。ここまで言われたら大抵の人は諦める。もしくは彼女を嫌って終わるだろう。しかし、美穂は悪意に疎くそして誰よりも何よりもわがままな駄々っ子だ。いくら嫌われようが本人は気づかない。そのうえで、自分の思い通りに人を動かそうとする。
「えー! でも私はくるいちゃんが気になってしょうがないよ。いじめっ子たちを懲らしめるところはすごくカッコ良かったし、普段読んでいる本も気になる。私はそんなくるいちゃんと友達になりたい」
気になった相手は何としてでも友達になろうとする。それが、美穂だ。その相手からすれば迷惑極まりないこともある。けれど、救われることも多々ある。俺はその救われた一人だから、よくわかるのだ。
「……気持ちは嬉しいけど、私と友達になっても良いことなんてない」
「そんなことないよ! 絶対、楽しくなる! もちろん、くるいちゃんも!」
「……わかった。とりあえず一緒に考えるだけはする」
「やったー!」
美穂は両手を上にあげ、喜ぶ。京本さんはその反応を見て少し落ち込んだように見えた。
ほぼ間違いないことだが、美穂は彼女の言葉をほとんど都合の良い意味で捉えている。
おそらく京本さんは「一緒に考えることはするけど、今後は関わらないでくれ」といった意味だっただろう。しかし、美穂は「一緒に考えるから友達だね。これからもよろしく」という意味で受け取っているだろう。確認をするつもりはないが、当たらずとも遠からずだと、二人の反応が物語っている気がする。
「新しく作る部活は何をするかという話でいいのよね?」
「そうだよ。楽しいのがいいな」
「既存の部活じゃ、駄目なの?」
「駄目だよ。ダメダメだよ。少数精鋭でなおかつ楽しくできなきゃ」
「……あなたの基準がよくわからないのだけれど少人数で楽しいことがしたいということでいいの?」
「そうそう」
「詳しくは知らないけど、探せばあるんじゃない?」
「ないよ」
清々しいほどの即答だった。だが、俺も美穂も面倒事が嫌いだ。調べていない可能性が高い。多分、フィーリングで無いと言ったな。
「そう……」
少し残念そうに京本さんは答える。
そんな表情を見ると京本さんの味方をしたくなるが、俺は美穂の彼氏なのでやめておく。
「でも、人が少なければ創部なんてできないし、顧問も必要よね。宛はあるの?」
ないな。
「ないよ」
だと思ったよ。
「それでどうして部活を作ろうと思ったのよ?」
「楽しそうだから」
「……言い方が悪かった。どうして、部活を作れると思ったのよ?」
「マサ君が居るから。マサ君が居ればできないことなんてないの!」
ドヤ顔でそう言うが、実際のところ俺にそんな凄い能力はない。何を持ってして俺に期待しているのかは知らない。だが、彼女の期待に応えてこそ男だろう。
「それでそのま、マサ君はどうなの?」
俺の名前がわからないのか、美穂の呼び方で俺のことを指す。
「言いづらいなら、遠藤でいいぞ。遠藤雅彦な」
ついでに名前を言っておいた。
「わかったわ。それで、どうなの?」
「部活についてだが、俺も作れる気は全くしない」
「ほら、彼氏さんもこう言っているのだから諦めなさい」
「ちょっと待て。俺の話は終わってないぞ」
その言葉に京本さんは少し嫌そうな顔を美穂は期待の視線を俺に向けた。
「美穂は口では部活を作りたいと言っているが別に部活を作りたいとか考えてない。それっぽい形で特に仲のいい友達と何かをしたいということだと思うんだ」
「さすがマサ君、私のことわかってるー」
「……それ、私は必要無いよね?」
「ところが、美穂は全くそう思ってない。京本さんと一緒に遊びたいと思っている。そうだよな? 美穂」
「そうだよー」
「何が何でも私をグループの仲間に入れたいのね……」
「そういうことになるかな」
「いいわ。友達になりましょう。ただし……この本が何について書かれているかわかれば、ね」
彼女が手に持っていた本は分厚い洋書だった。しかし、英語ではなさそうだ。高校生になったばかりとはいえ、英語は少しぐらいなら読めるが表紙で既に知らない単語がある。ただ単に俺が知らないという可能性があるかもしれないが……
「なぁ、それの中身を……」
「私、それ知っているよ」
俺が中身を見してくれないかと聞こうと思った矢先に美穂はそう言った。
というか、今なんて言った?
「ほ、本当に知っているの?」
「確かね、叔父さんの家にあったよ。で、面白そうだったから内容を教えてもらった」
あの本のどのへんが面白そうだったのかは俺には皆目見当がつかないのだが、美穂は嘘をつくということをしないので嘘は言っていないだろう。
「そ、それで、答えは?」
「医学書だよね。その中にKIVについて書かれているんだよねー」
友人と本の中身の話題を共有するように親しげにそう言った。中身は普通の女子高生が読むものではないが。
「……その通りよ。まさか答えられるとは思わなかったわ」
「ふふん」
美穂はまさに勝ち誇った顔をしていた。
それにしても、俺も美穂がそんなことを知っているとは全く思わなかった。
「本当は嫌だけど、私から言ったことだから仕方ない。それで、部活は何をするか決めたの?」
「ふふふ……よくぞ、聞いてくれました。たった今、面白そうなのが浮かんだよ、と言うよりくるいちゃんからヒントを貰っちゃった」
貰ったって……
「一体何をだよ?」
「私たち、KIVについて研究しよう!」
「「は?」」
俺と京本さんの言葉が初めてかぶった瞬間だった。
「名前はKIV研究会じゃ、味気がないしここは赤目の病ってことでDisease of Red Eyes 略してDRE研究会ね!」
「待て。俺の思考が追い付いていない」
「そうね。言っていることは分かっているけど、突拍子もないことにちょっと驚いてしまっているわ」
「そんなにわからないことかな~?」
美穂はこめかみに手を当てて唸っていた。
「KIVについて研究するのはいいにしても、調べるぐらいしかできないんじゃないか?」
「それでもいいと思うよ」
「随分適当ね」
それはいつもどおりのことだな。
「まぁ、みんなで遊べれば私の考えた目的なんて二の次でいいんだよ。重要なのは楽しいかどうかそれだけ」
美穂の思考は複雑怪奇のお花畑ではあるが、趣向に関しては単純なのだ。楽しいことがしたい、それだけだ。
「俺は美穂がそれでいいなら、それでいいさ。……理解はできないけどな。それで、京本さんは納得できたのか?」
「納得なんてできるわけがないでしょう。でも……楽しそうね」
そう言って、京本さんは笑った。初めてこの人の笑顔を見たが、可愛かった。思わず見とれてしまう程だったのだが、それを不満に思ったのか美穂に肘鉄を食らわされた。俺はその攻撃で「うっ!」と声をあげてしまう。
「ふふふ、無様ね」
京本さんのその様子を見て、俺も思わず微笑んでしまった。
「あー! マサ君、またくるいちゃんに見蕩れたでしょ! 私が彼女なんだからね!」
首に腕を回され締められる。いわゆる、ヘッドロックだ。
「く、苦しい……ギブキブ」
美穂の腕をタップする。実は苦しいのだが胸が当たって……ということはある。嬉しくないといえば嘘になるが苦しいのは事実だし、何より俺の精神衛生上よろしくない。いや、むしろいいのかもしれないがとにかくよくないことだしな。
「仕方ない。許してあげよう」
なんとか解放された。
「付き合っているだけあって、本当に仲がいいのね」
「当然よ! マサ君は私の彼氏で王子様なんだから!」
腰に手を当て、エッヘンとでも言いたげな表情だ。
何を偉そうにしているのかとは思うが、美穂の思いは素直に嬉しい。
「くるいちゃんには渡さないよ」
美穂の気持ちはとても嬉しいのだが、少しばかり恥ずかしい。
「奪う気なんてないから、安心しなさい」
それは美穂がいるからなのか、それとも俺に男としての魅力がないのか。どっちかはわからないが後者でないことを祈って、聞かないでおこう。
チャイムが鳴り響く。下校時間まであと五分のようだ。
「そろそろ帰らないとお小言をもらうことになるな」
「そうね」
「それじゃあ、みんなで帰ろう!」
俺と美穂は家が近いので、同じ方向だったが京本さんは逆の方角らしく、一緒に帰ることはできなかった。美穂は少し残念そうだったが、新しい友達ができたことに喜んでいた。俺はその姿を見て微笑ましく思った。……なんか俺、保護者みたいだな。
その後の俺たち――DRE研究会は美穂が持ち前の行動力で主に文化系の部活が利用している別棟の空き教室を(正式に許可をもらっていないが)確保。そこを部室とした。
放課後は勉強会と称して、KIVに関する講義が行われた。主に俺だけがその知識がほとんどなかった。俺がKIVについて知っていたのは、人殺しを作るウイルスであるということぐらいだったからな。
美穂と京本さんは、到底高校生とは思えない程の知識を有していた。現在、KIVについて判明していること、現在考えられる予防策、仮説などを教えられた。価値があるのかはわからないが新たな教養が身に付いた。……と思う。
――その中の知識を一部披露しよう。
第一に、ウイルスという名称ではあるがその本質は、細菌に近い。大きさこそナノメートル単位のウイルスに類似した大きさだ。しかし、人体の中では自己増殖をする。実際、KIVが人体にどのように作用されるかは不明であり、諸説ある。
第二に、このウイルスには進行度がある。StageⅠ,stageⅡと言ったふうに順繰りに上がっていく。進行度が進むに連れて目は赤く、より強く殺人欲が湧き上がる。末期はstageⅥとされている。そこまで行くと自我は破壊され、人間の三大欲求を遥かに上回る強い殺人欲求だけを満たすように行動するらしい。
他にも色々教えられたのだが、長くなりすぎてしまいそうなので割愛しよう。
……決して、忘れたわけではないと念を押しておこう――
そして、俺もとい俺たちはKIVについて知識を深めていった。しかし、発見されてから日の浅いウイルスな上に未だ不明な点が多いため資料はすぐに尽きた。一ヶ月も経てば大体のことは覚えてしまいKIVについて知ることがなくなった。そうなると、ゲーセン、カラオケ、ボーリング、エトセトラと、とにかくおおよそ普遍的な高校生ならしていそうな遊びをするようになった。部室に集まって個人で読書やら勉強などをするということもあった。でも、月並みな感想だが楽しかった。
学生であるという以上ずっとは無理でも、三年間ぐらいはこうやって楽しく過ごしていたいと願っていた。けれど、三人で過ごす時間は思った以上に早く終わりを迎えてしまった。
九月某日、文化祭の準備が進められていた。
クラスでの出し物は、展示というだけで統一性がないものだった。中身に関しても、適当にアンケートしただけの上に、かさましなども行われていた。そして、やることはすぐに終わってしまったので、特にやることがなく放課後はDRE研究会のほうに顔を出していた。別棟の二階の部室まで足を運び、扉を開ける。
「よっ」
手を挙げて、挨拶する。
「こんにちは。クラスの方はいいの?」
くるいこと京本くるみは読んでいた文庫本を閉じて挨拶を返してくれる。
前と比べて、だいぶ態度が柔らかくなったな。あの近寄りがたい雰囲気も薄れてきているように感じる。
「俺のところはかなり適当にやっているからな。人はほとんど必要ないし、特に手伝うこともないだろ」
「そう」
「そっちはどうなんだ?」
「クラスの出し物に関して私はあまり関与したくないの。それと篝さんは後で来るって」
「そうか。で、何する?」
「篝さんを待っていればいいんじゃない」
「だから、それまでの暇つぶしを……」
「お待たせー!」
引き戸が勢い良く開けられたためにものすごい衝撃音が鳴った。耳が少しキーンという耳鳴りが起きる。
「もうちょい静かに開けろよ」
京本さんも同意とばかりに美穂を恨めしそうに見る。
「ごめんごめん。 まぁ、とにかく聞いてよ」
美穂が机に一枚の紙を置く。それは文化祭の出し物の申請書だった。
「なにこれ?」
「申請書だよ」
「見りゃわかる。何をしようとしているんだって話だ」
「そういうことね。ほら、私たちって研究会っていう体でここ使っているでしょ?」
「別に許可とってないけどな」
「それは言わないでよ。それで、みんなにもっとKIVについて知ってもらおうと思って講習会を開こうと思うの」
「……文化祭でそれ人が来るのか?」
「検査でも実施すればいいんじゃない? それとどんなふうになるかを見せてあげればいいと思う」
京本さんが意見を出す。
「それいいね! それなら興味を持ってくれる人がいるかも」
「それじゃあ、とりあえずその方向で準備を進めていくか?」
「そうだね! そうと決まったら、マサ君。買い出し行ってきて!」
「俺だけか?」
「私はくるいちゃんと案をまとめる必要があるからね」
一応、筋は通っていやがる。
「美穂は付いて来てくれないのか?」
「くるいちゃんを一人ここに置いておく気なの!? そんなのだめだよ!」
「京本さんも一緒に来るようにすればいいじゃないか。なぁ、京本さん」
「嫌」
「どうしてだ」
「外、暑い」
まだ残暑が厳しいからな。俺も外に出たくないくらいだ。
「確かにそうだが、ここも暑いだろ」
「外よりはマシ」
ごもっとも。
「ほら、言い訳がましいよ。早く行ってきなさい」
外はこんなにも暑いのにこの二人は冷たいな。片方は俺の彼女なのに……
「わかったよ」
若干落ち込みつつ、とりあえずホームセンターにでも向かうことにした。
文化祭、当日。
教室ですることもないので、始まってすぐに部室に向かった。
すぐに準備をして、いつ人が来てもいいように構える。
一日目は生徒だけが楽しむわけだが、人が来る頻度は三十分に一人ぐらい。お世辞にも人が来ているとは言い難い状況だ。
「退屈だね」
「まぁ、こんなもんだろ」
「私は人が来なくてもいいと思っているから、別に……」
京本さんは、どうも人を嫌っているようで人が来ない方が都合が良いみたいだ。
「けど、どうしてカラコン嫌なんだ?」
KIVの症状を表現するために赤のカラコンを使っており、美穂と交代でやっていたのだが京本さんは頑なにカラコンを付けることを嫌がっていた。
「私、普段からコンタクトだから。私これを外すと全く見えないし」
「眼鏡にしないの?」
コンタクトの方がめんどくさいだろうし、京本さんはファッションなどにも気を使っているようには思えないため少し不思議だった。
「コンタクトの方が性にあっているから」
「へぇ」
友達になってから半年近くが経つが、ふと考えてみると京本さんのことをあまり知らないことに気づいた。
友達とは言え事情とか聞くのは失礼だと思うし、気にしすぎるのは京本さんに悪いから気にすることはなかった。
翌日。
今回は地域の人も自由に参加可能なため、昨日とは比べ物にならない人数が学校に入ってきた。母体数が増えれば自ずとこちらに来る人数も増えた。増えたと言っても十五分に一人ぐらいだが。それでも、倍増えたと考えれば十分だろう。
正午になり、お腹も減ってきた頃。
「マサ君、ちょっとお昼ご飯買ってきて」
「またかよ。昨日も買いに行っただろ」
「別にいいじゃん。彼女の頼みだよ」
「お前、最近ちょっとつけあがってない?」
「そ、そんなことないよ! マサ君が私の言うこと聞いてくれないのが悪いんだよ!」
「な、なんだと!」
「落ち着きなさい」
京本さんが割って入ってくる。
「あなたたち、一応人が居る上に今日は祭り楽しむべき時なのだから空気を悪くしちゃだめよ」
……教室にいるときは自分の周りの空気冷たくしている人が何を言っているんだ。
「ここは公平にじゃんけんでもして、昼食を買いに行く人を決めたら?」
「わ、わかったよ」
じゃんけんの結果は俺の一人負け。結局、買いに行く羽目になった。
しかし、ここ最近の扱いの悪さと暑さで傷つけるようなことを言ってしまった。戻ったら謝ろう。
焼きそばやらホットドッグやらを買って戻ろうとした後、やけに騒がしいのに気づいた。
悲鳴や警察を呼べの声が聞こえた。それに人は、特別棟の方から逃げて行っている。
美穂と京本さんが心配だ。電話してもつながらない。直接向かうしかないか。
俺は人の流れに逆らいながら特別棟に向かった。
建物にはもうほとんど人はいなかったが、部室へと向かった。
部室に向かうと血を流して倒れている生徒が居た。
「おい! 大丈夫か!?」
血がドクドクと流れ出ている。気づけば、あたりは血の海になっていた。脈拍を見ると動きは止まっていた。
俺は急いで部室に向かった。そして、扉を開けそこにいたのは刃物を持った男が倒れている姿だった。どうやら、気絶しているようだ。
「だ、大丈夫……なのか」
「私は大丈夫……だけど」
京本さんが俯く。
「マサ君……私……」
怪我をしている人は居るけれど、倒れている人は犯人と思わしきやつしかいない。けれど、異様な光景に気づいた。京本さんを除き、全員の目は返り血を浴びてしまったかのように紅く染まっていた。
その後、警察が来た。救急車も来た。そして、学校に来ていた人全てが、検査を受けることになった。その中で部室にいた俺と京本さんを除いた全員がKIVに感染していた。死傷者二名。軽傷者及び感染者が五名。その中には、美穂も居た。
学校は休校になり、自宅謹慎が言い渡された。休校が終わり、自宅謹慎が解かれた後も隔離病棟には、入れず美穂と会話を交わすことすらできない。絶望した。ここに入れて出てこられるのは僅かだ。それでも俺は彼女を信じるしかない。その間に俺にできることはないものか。そういえば、京本さんだけ何故か感染していなかったな。犯人も京本さんが倒したらしい。とにかく、話を聞いてみよう。
放課後の教室。いつぞやのように京本さんの教室を訪れる。でも、美穂はいない。
「……遠藤君」
「京本さん、聞きたいことがあるんだ」
「わかってる。どうして感染していないか聞きたいんでしょ」
「わかっているなら教えてくれないか?」
「それはできない。けど、今回の事件は私の責任よ」
「責任って、一体何をしたって言うんだよ」
「言えない。けど、私の責任なの」
「わからないよ」
「わからなくていいの。私がいけないだけなんだから」
「そんなに君のせいだと言うなら、俺は君を憎むよ」
「それで構わない。私は憎まれるだけの罪を犯したから」
「おかしいだろ。どうして何も教えてくれないんだ」
「教えても何も変わらないし救えない」
「君がそこまで言うなら俺は君を軽蔑する」
「軽蔑してくれて構わない」
「じゃあな、くるい」
京本さん改めくるいは驚いた表情を浮かべる。
「勘違いするなよ。これはあだ名じゃない、蔑称だ。俺がお前を軽蔑する証だ」
「そうか。なら、存分にそうしてくれ」
くるいは俺たちに出会う前のように人を寄せ付けなくなった。俺はそれを後押しする意味でもくるいを憎む人を集めた。彼女に対する悪意は正直逆恨みのようなものだと思う。それでも、そんな感情すら自分のせいだと言うなら俺はくるいを憎む。被害者を増やさないためにも。
感想ください。お願いします。