まだ平和な世界
久しぶりの新作です。よければ見てください。
十年ほど前、日本である新種のウイルスが見つかった。
付けられた名はkiller induction Virus――通称〈KIV〉もしくは〈殺人誘導ウイルス〉
感染者の特徴は感染してもウイルスが直接の原因で死ぬことはないこと。その名の通り殺人衝動に駆られその際、瞳の色が赤くなることである。
そして、現在感染者によって殺された人の数は既に五十万は超えている。
このウイルスの恐ろしい点は二つある。
一つは、感染経路が全く不明であること。 現在でもどのように感染するかは解明されておらず、防ぎようがないことである。
もう一つは、治療法がまだ確立されていないことである。 ワクチンはまだ開発されず、世界中で多くの人が殺人衝動に駆られ、警察によって捕まることが多い。
現在確認されている感染者は世界で五万人程であり、実際のところはもっと多いとされている。
しかし、皮肉なことにこのウイルスによって、思わぬ副次効果がもたらされていた。
この感染症によってもたらされる殺人衝動はある程度なら抑えることができるのである。その方法は、夢中になれることをすることである。 そして感染者がそれを行った結果、世紀の大発見や新たなスポーツスター選手の誕生などにこのウイルスは一役買ったのである。ただ、このような例は0.01%の割合にも満たない程度であるため、大半の人は隔離されることになった。
そして、ネット上の噂に過ぎないが、成功を収めることができた感染者は人殺しが許可されている……らしい。
ある晴れた春の日のこと
僕は今朝に見たニュースで見たことを考えていた。
ニュースでは毎日のようにKIVについて放送される。十年も前から存在が確認されているにも拘らず、未だ脅威となり続けているのだ。
KIVという全世界を恐怖に陥れるウイルス。死をもたらすのが、ウイルスではなく人によるものだから余計に性質が悪い。まさに、僕の父親がその典型だった。
僕の父親は、警察官だった。
去年、感染者が立て籠もり事件を起こし、父さんはそこでKIVに感染した。そして、感染した影響で後に感染者を射殺。その後、父さんは自殺した。
父さんは正義感の強い人だった。そして、KIVは、殺人欲求を強く促すウイルスだそうだ。自分の意思反して己が欲求を満たすための行動に出てしまった。きっとそれを許せなかったのだろう。
僕はただ、事実だけを受け入れた。考える余裕も悲しむ余裕もない。そうしていたら、事実だけは記憶に心に刻み付けられ、悲しみだけは何事もなかったかのように感じることはなかった。
ただ、KIVとそれに関することだけがぐるぐると頭の中を巡っていた。
そうして、いつも下向きにとぼとぼと歩き続けた。
そうして学校に向かうさなか、何かにぶつかった。
「おい! お前、どこに目ぇ付けてんだ!」
僕は見るからに不良な人にぶつかってしまったようだ。
「すいません。 これからは気を付けますので、勘弁してください」
とにかく、すぐに謝っておく。
「謝って済むと思ってんのか? 慰謝料払えよ。 それとも、ぶちのめされたいか?」
僕が何もできずただ怯えていると、不良は横に倒れた。
「邪魔」
横を見ると、うちの学校の制服を着た美少女が居た。どうやら、この美少女が蹴飛ばしたらしい。それにしても、見れば見るほど綺麗だ。黒髪でさらさらしていそうな長髪。表情は無表情だがどちらかといえば不機嫌そうな顔だ。整った顔立ちをしているのでよりそういうふうに見えているのではないかと思う。仮にこの人が笑った表情を見せるのならまさにアイドル級の美人だろう。そうでなくても人目は集まりそうな容姿ではあるが、そう思わされた。しかし、彼女は誰なのだろう。
「何すんだ! このアマッ!」
彼女は不良を見るなり、急に携帯を取り出した。
「何してんだよ」
「通報」
不良は急に怖気づいたようだった。
「け、警察か?」
「いえ、保健所」
意外な答えに、不良はきょとんとしていた。
「何故?」
「あなたKIVに感染しているから」
「は?」
不良は何を言っているんだと言わんばかりの表情をする。
彼女は鞄から手鏡を取出し、不良を鏡に映す。
「あなたの瞳の縁が赤くなっている。 それ、KIV感染の初期症状よ」
「そ、それってつまり……うわぁぁああ!」
不良は去って行った。おそらく、感染者の末路を知っているが故の現実逃避だろう。しかし、あの不良の瞳をよく見ていなかったが赤くなっていただろうか。彼女は人をよく観察しているのだろうかとそんなことを思った。
彼女はそのまま電話を続け「KIV感染者がいる」という旨を言い電話を切った。
「あ、あの、ありがとう。 君は?」
「お礼とか名乗るのは別にかまわないけど、君も一緒に付いてきなさい」
「え?」
しばらくすると一台の車が到着し、車から出てきた帽子にサングラス、マスクで顔を隠した男が車に乗るように促す。この男、まるで変装をしている有名人かただの不審者だ。
しかし、理由は知られていないが、今の世の中では普通だった。
僕はその男に言われた通りにし、彼女と共に連れて行かれた。
男に連れられてたどり着いた場所は、小さな診療所だった。
検査を受けるように言われ、診療所の中に入った。
車はどこかに行ってしまい、帰りに乗ることはできないのか、と僕は保健所の人にひどい苛立ちを覚えた。
そして、見知らぬ女子高生と奇病の検査を受けるという奇妙なシチュエーションの中、順番に個別に検査を受けることになり、彼女が先に検査を受けることになった。
「京本くるみさん」
看護師の声が聞こえ、奥に向かう。
あの人は京本くるみさんっていうのか。ただ、僕は奥に入って行くのを見送った。
どれくらい待つのだろう? そんなことを少し思っていたら、彼女はすぐに戻ってきた。
「どうだった?」
「ただ、見るだけよ」
「どういうこと?」
「須賀誠さん」
「は、はい!」
僕は結局、話を聞くことができずに診療所の奥へと進んだ。
「はい、こんにちは。 君も運がなかったね」
話しかけてきた医者は白衣というのはおかしくなかったが、三角巾、マスクやサングラスで完全に顔を隠していた。
「あの、なんで顔を隠しているんですか?」
僕は今の世の中、感染者もしくは感染の疑いがある人に対して顔を隠すことが普通であるものの疑問に思っていたので聞いた。
「まぁ、気にしないで。検査はすぐに終わっちゃうから」
話題をずらされ、ちょっとムッとしたがすぐに終わるなら、と医者に言われた通りに座った。
医者は机に置いてある、数多の試験管からKIVのラベルが貼ってある試験管を手に取り、誠に見せるように前に出す。
「はい。これを見てね。……はい。陰性だね」
およそ五秒で検査が終わった。
「こんなことで感染しているかどうかわかるんですか?」
「詳しい理由は僕にもわからないんだけど、KIV感染者がKIV見ると瞳が赤くなるんだよね」
「そうなんですか」
KIVはいまだに実体の掴めないウイルスで、科学的根拠はなくとも実際にある現象で対処するしかないと医者は言う。
医者が顔を隠すのも感染しないためだそうだ。
「ちなみに、どうやって感染するんですか?」
僕は防ぐ方法を言うだけの医者に気になったので聞いてみた。
「意向感染……なんて呼ばれているよ。科学的根拠もデータも少なくて信じている人は少ない」
僕にとって、いやほとんどの人が聞いたこともないだろう単語である。
「意向感染というのはどのようなものなんですか?」
「感染者が敵意や害をなそうとする特定の相手に対して感染する。だから、顔を隠すことで特徴を隠すことで特定の人になりづらくするんだ。ほかの人も似たような格好していたろ? こんな風に人を馬鹿にしているような話さ。かと言って、これを頭ごなしに否定するのも頭の固い奴だと思うけどね。しかし、ホントに学者ってやつは…………」
医者は不満を爆発させたように愚痴を言い始め、小一時間程愚痴を聞かされた。
その後、診療所から出ると既に京本さんの姿はなかった。
当たり前かと呟き、少し残念に思った。
学校についた後、休み時間に京本さんを探すことにした。キチンと不良から助けてもらったお礼をしておきたいと思ったからだ。
戻ってきてすぐにクラスメイトで中学時代からの友達である雲井達也に何があったのかと聞かれ、話すと彼女は二年生であり、僕より先輩であることを知った。
そして、達也はこうも言った。
「周りからくるいって呼ばれていて、やばい人らしいから関わらない方がいい」と。
僕は達也の忠告を特に気にしなかった。それよりも、京本先輩のことがきになってしょうがなかった。
昼休みに早速、京本先輩がいるというクラスに向かった。
そこには、分厚い本を読んでいる京本先輩がいた。
昼休みということもあり、他クラスから人がたくさん出入りしているようだ。おかげで、雰囲気的に入りやすい状況だったので僕は躊躇わず京本先輩のもとへと向かった。
「京本先輩」
京本先輩が声に反応して、本から顔を上げる。
「あぁ、君は今朝の」
京本先輩は僕の姿を確認するとすぐに本に目を戻す。
「須賀誠です。今朝はありがとうございました」
「別にいいよ。ただ、私は道の真ん中にいられて邪魔だったから、ああしたまでだよ」
京本先輩は本から目を離さずに応える。
「そうなんですか? でも、助けてもらったことには変わりないですし、せめてお昼を一緒に食べませんか?」
僕の言葉に周りの視線が集まったような感じがした。
「断る」
即答だった。
「何故ですか?」
「君とお昼を一緒に食べに行ったところでデメリットはあっても、メリットはない」
「デメリットってどんなことですか?」
「君と私との関係があるのではないかと噂が立つだろう。迷惑がかかる」
「別に僕は気にしませんよ」
「私が気にするんだ」
「別に気にする必要はないと思いますけど?」
「何故だ? 君も嫌だろう」
「僕は京本先輩のような美人と噂が立つのならむしろ嬉しいですよ」
「……君は私が何と呼ばれているのか知らないのか?」
「知っていますよ。くるい、ですよね?」
さっきより視線が集まるのを感じた。
「そうだ。私は気にしていないがな」
「僕も気にしません。京本先輩が何と呼ばれていようと助けられたことには変わりありませんから」
京本先輩はメモ帳を取り出すと切り離し、そこに何かを書き始めた。
そして、ペンの動きが止まるとそれを僕に差し出した。
「これを僕に?」
「私のメールアドレスだ。昼休みはもう終わってしまうからな。また後で連絡してくれ」
「い、いいんですか?」
「君から誘ってきたんだ。遠慮しなくていい。ただ……」
そこで、言葉に詰まっていたようだった。そして、その言葉を口にする。
「後悔……しないでくれ」
僕は浮かれた。僕にとって気になる女性ができるというのは初めての経験であり、メアドをもらうことができた。ただ、彼女が見せる悲しそうな表情が頭に焼き付いて離れなかった。
達也にメアドを交換できたことを自慢すると何をしているんだとか気をつけた方がいいと忠告された。僕はその言葉に一切耳を傾けることはなかった。
放課後に一緒に帰りませんかとメールをした。
一分とかからずに構わないと返信が来た。
待ち合わせを校門の前にして、待ち合わせ場所に向かった。
向かった先には既に京本先輩が立っていた。
「すいません。お待たせしました」
「大丈夫。待つというほど時間は経っていない」
「それでは、行きましょうか」
「どこに行くんだ?」
「近くのファストフード店でも行こうかと思ったんですが、嫌でしたか?」
「……構わない。用事も何もないからな」
行く場所はあのMマークの看板で有名なハンバーガーショップだ。
あの看板のMはもちろんMをもじってはいるのだが、あのMマークは実際Mではなく、ゴールデンアーチと呼ばれる橋を二つ重ね合わせたものなんだよな。と、そんな雑学を話そうかどうか考えていたら、着いてしまった。
「何、食べますか?」
奢りたいので、注文を聞いた。
「なんでもいい」
返答に困る答えが帰ってきた。
「え、えぇっと……」
「君と同じのでいい」
僕の困った表情を見たからか、そう言ってくれた。
「わかりました」
注文を決めていたわけではないので何を買おうか迷った挙句、ポテトのMサイズを二つ買った。
京本先輩には先に椅子を確保してもらい、その椅子に座った。
「ポテト買ってきました」
「そうか。値段は?」
京本先輩が財布を取り出しながら聞く。
「いえ、僕の奢りですから払わなくていいですよ」
「しかし……」
「安いですけど、これはお礼なんですから」
「わかったよ」
先に食べたらまずいかなと全く食べていなかったのだが、京本先輩も全く食べる様子がない。しかも、会話が全くない。またお礼から入ろうかと思ったが、何度も言うのもくどいような気がして、なかなか言い出せなかった。
「君は……」
京本先輩が口を開いた。
「君は一体どうして私にお礼をしたがるんだ? 確かに結果的には君を助けたかもしれないが、お礼をする必要なんかなかったはずだ。ましてや、私は嫌われ者だ。なのにどうして……」
答えは気になるから。そう言ってしまえば容易いが、それは好きだと言っているようなものだ。僕は京本先輩が好きなのかはまだ分かっていない。この感情を好きだと言ってしまってもいいのかもしれないが、僕はまだ京本先輩のことを何も知らない。彼女を知りたい。友達という形でいいから、近づきたい。それだけのはずだ。ただ、それを言葉にするのは難しかった。
「そ、それは……」
「そうしなければならないという思いだけなら、今後一切関わらないで欲しい。それが君のためだ。私に関わっているとろくな目には合わない」
「どうしてあなたはそんなに自分を卑下しているのですか?」
「卑下しているつもりはない。事実を言っているだけ」
「事実って京本先輩に関わると何があるって言うんですか?」
「……とにかく不幸になる。私のことを知る者はみな私を嫌う。そんな私に懇意にしている様を見せていたら、きっと嫌がらせを受けることになる」
「それは流石に言い過ぎじゃないですか?」
「言い過ぎじゃない! 私と仲良くしょうとしてくれた子は居たけど……!」
そこで、言い淀み強く拳を握っているようだった。
表情は悲しそうだった。怒っているようにも見えるが、涙を流しそうなそんな風に見えた。
「帰る」
京本先輩はバックを持って、さっさと出て行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
僕の言葉に反応せず、京本先輩は去っていった。
僕は取り残され、呆然としたあと、冷めてしまったポテトを一つかじった。
家に帰ったあと、メールを確認すると京本先輩から謝罪文が送られていた。
急に帰ってしまって申し訳ない。できれば、自分に関わって欲しくないという旨のメールだった。
急に帰られてショックだったのは間違いないが、彼女を知りたいという思いは変わることはない。
気にしていません。これからもよろしくお願いします。と、返信した。
返信したあと、メールがもう一件来ていることに気づいた。送り主は達也だった。
『お前、俺の話聞いてなかっただろ。せっかくの人の忠告を無視しやがって。まぁ、いい。お前が聞いてなかった内容だがとにかく、京本先輩に関わるのはやめたほうがいい。何をそこまで心酔しているのかは知らないが、あの人に関わるならハブられるか、いじめられるか、あるいはどっちもあるということを覚悟しておいたほうがいい。お前が危ない目にあっても俺は助けないからな』
という中々の長文で僕のことを心配していた。
気遣いはありがたいけど、僕は周りの評価なんて一切気にしない。僕は僕自身で彼女がどんな人かを知りたい。京本先輩が一体何があったのか。京本先輩が何を思って僕を遠ざけようとするのか。他にも知りたいことはある。
心配してくれて、ありがとう。でも、僕はあの人のことを知りたいからと返信した。
その後、返って来た二件のメールはどちらにも『馬鹿』と、あった。
翌日
僕は普段通りに登校すると、昇降口の前で何人かが屯していた。何事かと思いながら自分の下駄箱に向かった。
「おい、ちょっと待て」
その内の一人が僕の肩に手を置き、引き止めた。
「なんですか?」
「俺らはさ、くるいにちょっと因縁があるんだけどな、お前とくるいってどんな関係だ? お前とくるいが一緒に居たところを見たって奴が結構居たんだけどさ」
彼らと京本先輩にどんな事があったのかは、知らないけど何か怖いものを感じた。相手の表情に怒りとかは見えないけど、圧迫感がある。
「た、たまたま不良に絡まれていたところを助けてもらったんです。それで、そのお礼に奢っただけですよ」
「まぁ、信じておいておこう。不幸な目にあいたくなかったら二度とくるいには関わらないことだな」
踵を返し、その集団は一人の男に連れられて去っていった。
彼女には一体どんな過去があるというのだろう? 僕はただ、その疑問だけが膨らみ、彼女の周りに渦巻く、恨み辛みを知るのは少しだけ先になる。
教室に入ると、賑やかだった教室が一瞬沈黙し、囁くような声に変わる。確信はないが、十中八九僕のことを話しているのだろう。おそらくは、京本先輩との関係についてだ。
僕は京本先輩と全く仲良くなれてなどいないため、何を話してもそれは事実無根なのだろうが、話している本人たちにとってはそうでもない。かもしれない噂は彼らにとってはほぼ真実のようなものだ。正直、勘弁して欲しいがこの空気を壊すことは僕にはできない。反発するようなことをすれば余計に悪い噂が立つばかりだ。
クラスメイト達と話している達也に目を向けると、今は話しかけるなと言わんばかりに目をそらす。
僕は自分の席について、ようやく異常事態に気付いた。
消えろ、クズだとか悪口が僕の机に書かれていた。
僕は少し溜息をついて、鞄をおろし、清掃用具入れに入っている雑巾を取り出して机を拭いた。頑張って擦ったものの、完璧に落ちることはなかった。
とにかく朝のホームルームまでには目立たなくすることができたので、安心した。
昼食時になると僕は京本先輩の下へと向かった。
誰が何と言おうと、彼女と関わろうとすることをやめるつもりはない。
やりたいこと、したいことが滅多にできない僕にとって、京本先輩を知りたいというのは数少ないやりたいことの一つだ。それを邪魔されるのはひどく腹が立つ。
京本先輩のいる教室に着くと、前と同じように分厚い本を読んでいる先輩がいた。
「京本先輩!」
「……また君か」
小さくそう言っていた。
「お昼、一緒に食べませんか?」
「何度も言っているだろう。私には関わらない方がいい」
「関わらない方がいいと言われても僕は先輩と昼食を一緒にとりたいんです」
「何故だ?」
「親しくなりたい人と一緒に食事をしたいと思うのは変なことですか?」
「変ではない。でも……」
「それなら一緒に……ぃ!」
そこで、誰かに襟首を掴まれ、後ろに倒された。
そこに立っていたのは今朝、絡んできた人だった。
「……お前、くるいとは関わらない方がいいと言ったはずだが?」
「別に僕の勝手じゃないですか」
「不幸な目にあっても知らんぞ」
「そんなことない!」
彼は僕の言葉を無視した。
「聞いているんですか!」
僕の言葉に何の反応も示さなかった。
「くるい。もっと振る舞いを考えろ」
「わかっている」
彼はそう言うと教室から出て行く。
出入口の前に立ち止まると、振り返った。
「そこの。話がある。放課後、昇降口で待っていろ」
彼はそのまま立ち去った。
「京本先輩……」
「悪いがもう出て行ってくれないか? 今は誰とも話したくない」
「……わかりました」
僕は自分の教室に戻り、項垂れた。
そして、彼と京本先輩について考えていた。
彼と京本先輩との関係。因縁。
初めて会った時、京本先輩への怒りのようなものを感じたが、さっきの教室では諭すような、どちらかといえば心配していたように感じた。
真意を聞くために言われた通り放課後、昇降口で待った。
「お、お前か~。遠藤さんが呼んでいるのは」
朝、彼の取り巻きに居た人たちが話しかけてきた。
「何かようですか?」
「遠藤さんが呼んでる。こっちに付いてこい」
遠藤というのが誰か知らないが、おそらく彼のことを言っているのだろう。
そういえば、名前を聞くのを忘れていた。
仕方ないので、言われた通り付いていくことにした。
連れてこられたのは、人気の少ない校舎裏だった。
「あの、遠藤さんって人はどちらに?」
「あ、いねぇよ」
冷たく、怒りがこもった一言に感じた。ただの口の悪い不良などではなく、感情任せの強い怒り。
「なら、どうして……?」
少し怯えてしまって口がうまく回らない。
「どうして? お前がくるいと関わっているからだよ。お前はくるいがどんな奴でどんなことをしでかしたか知らねぇんだろ」
「確かに知りませんが、それとこれに何の関係があるんですか!?」
「大アリだよ! くるいが僅かでも幸せを感じるのは我慢ならねぇ……。とにかく、お前がくるいと関わるのをやめないって言うなら、殴ってでも蹴ってでも止める」
「……なんで、そこまで。僕は……」
ここで一言嘘を言えば、この場は逃れられる。けど、ここで逃げたらもう二度と京本先輩と話すことはできないかもしれない。もっと彼女を知りたい。彼女に何があるかは知らないが、それを彼ら何かを言われたからといってやめる気はない。ならば、ここは正直に堂々と宣言するしかない。
「僕は京本先輩のことを知りたい! 彼女からいろんなことを聞いてみたい! あなたたちには関係ないのですから、放っておいてください!」
「……ア?」
彼らの表情は怒りに満ち満ちていた。
拳が握り締められ、僕を殴るべく振りかざした。
しかし、その拳は止められた。
「おい、やめろ」
「え、遠藤さん」
遠藤さんと呼ばれる人によって。
「俺はこんなことがしたいわけじゃない。お前らはくるいに恨みがあるのはわかるが、それをほかの人間に当たるのはおかしいだろ」
「す、すみません」
「もういい。お前らは帰れ。俺はこいつと一対一で話したいんだ」
「わかりました。……遠藤さんはくるいに騙されているわけじゃないですよね?」
「あいつは騙すなんてことはできねぇよ。隠すだけだ」
「……それじゃあ、俺たちは帰ります」
遠藤さんの取り巻きは帰って行ったようだ。
僕はただ、彼らの成り行きを見届けるだけだった。そして、彼らの言葉から必死に京本先輩について知ろうとした。
「さて、お前は何て名前だっけ? その前に名乗ってなかったな。俺は二年D組の遠藤雅彦だ」
「……一年A組の須賀誠です」
「須賀。まずはお前に謝らないとな。すまん」
「えっと、何について謝っているんですか? 僕はさっき助けられただけだと思うんですけど」
「俺はあいつらのグループのリーダーをやっている。そのメンバーが須賀に手を出したんだ。謝るのは当然だろ」
「いえ、助けてもらったのは事実ですし」
なんか、この人思ったよりいい人なのかもしれない。
「そう言って貰えると助かる」
「それで、話って何ですか?」
少し仲良くなれそうではあったが、僕はこの人をよく知らない。京本先輩との関係をなぜか嫌がる。僕はまだこの人を信用できないし好きになることはできなさそうだ。
「話か。……俺はDRE研究会という学校非公認の部活で副部長をやっている」
「は?」
なぜか、急に身の上話をしてきた。勧誘でもする気なのだろうか。
「最後まで話を聞け。かつてはくるいもこのメンバーに入っていたんだよ」
ここで、さっき言っていたことに違和感があることに気づいた。違和感と言うより間違いだろうか。
「そういえば、副部長って言っていたのに自分がリーダーだって……」
「部長は今学校にいないからな。繰り上がって俺が務めるのは不思議じゃないだろ」
「部長は京本先輩ですか?」
「違う。この学校にはいないといっただろ」
「それじゃあ、誰なんですか?」
「篝美穂。俺の彼女で……くるいの親友だよ」
彼女と言った時、自慢話かと思ったがそういうことを言いたいわけではないことがよくわかった。
「……おい、須賀。俺の彼女って言った時、自慢話がくると思っただろ」
……この人、エスパーなんだろうか?
「なんでわかったって顔しているから言うが、俺が彼女というワードを使うと男子は大体そういう反応をするからわかってんだよ」
そういう目でよく見られるのか。ある意味かわいそうだ。……いや、そうでもないな。
「それで、学校にその彼女さんがいないのはどうしてなんですか?」
「赤目の病……KIVだよ」
その言葉が意味するところは隔離されているということだ。
現在ではKIVが感染していることがわかればすぐに隔離病棟に移される。隔離――監禁と言い換えてもいいかもしれない。
世の中にはKIVに感染していても、仕事や学業に勤しむことができるものがわずかながらにいるが、それはつまり特別な人だけだ。普通の人がKIVに感染すれば、残された道は理性が壊され人を殺すか、ほぼ監禁と言ってもいいような隔離病棟に入れられるだけだ。
「感染したきっかけは、一年前のこの学校で起こった感染者侵入事件だ」
この学校はかなり人が少ない。その理由は遠藤さんが話している、感染者侵入事件のせいだ。これにより死傷者二名、感染者五名を出した。結果、まだ感染者が残っているのではという懸念により入学を控えるまたは転校をする生徒が増えた。
KIVは自覚症状が出るのはある程度進行してからだが、潜伏期間はゼロに等しく感染すればすぐに瞳のふちが赤くなる。と言っても、感染してから一時間程度だが。
「その感染者は学校に侵入してきたときには既に理性を失っていた。そして、美穂とくるいの居たその教室にやってきた。そいつをくるいが倒したんだ」
京本先輩、すごいな……
「そして、くるいの周りにいた生徒がくるいを除いて全員KIVに感染した。その感染者の中には美穂がいた」
遠藤さんの語るその言葉にはやるせなさがあった。
実はいつぞや書いたリメイク作品だったりしますが別物です。
とりあえず、これからも読んでいただけると嬉しいです。
感想ください。お願いします。