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三郎が携帯で呼んだ警察は、すぐに到着した。パトカー数十台に、警官数百人。もう既に、異常な事態になっていた。
廊下に出て、その様子を窓から見届けた三郎は、再びエレベーターに隠れた。エレベーターにいれば、いつどんな事態に陥っても、素早く移動できるからだ。
するとそのとき、エレベーターの扉の向こうで、廊下を足踏みする音が聞こえた。大勢の人間が移動する音である。何だ? 奴らが移動するのか……? ……いや。武装集団は、もっと多い人数だったはずだ。それなら、誰だ……?
しかし、そんなことよりももっと危険なことが起こった。扉の向こうで、
「エレベーターに誰かいるか、調べてみるからな」
「おう。誰かいたら、即刻殺すんだぞ」
という声が聞こえたのだ。そして、足音がこちらに近づいてきた。
……ヤバイ! そう本能的に感じ取った三郎は、エレベーターの1階ボタンを連打した。だが、こんなときに限ってエレベーターが故障したのか、テロリストがわざとエレベーターを使えなくさせたのか、エレベーターが動く気配は、全くなかった。
……クソ!! どうする!? このままじゃヤツと、鉢合わせになるぞ! そうなったら――終わりだ。武装している人間に、丸腰の人間が勝てるわけがない。だが、今の三郎にはその選択肢しかなかった。その“ありえない”勝負に賭けなければならない。
やがて、エレベーターのドアが開いた。ドアの向こうには、屈強な体つきをした、ボディービルダーのような男が立っていた。もちろん、体中を武装している。
相手も、人がいるとは考えていなかったようで、一瞬、困惑の表情を見せた。
――今だッ!!
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!!」
「!?」
三郎はいきなり、相手の腰を狙って、突っ込んでいった。油断していた相手は、吹っ飛ばされて、転がりながら、廊下の壁に激突した。
だが、相手は戦闘のプロ。しゃがんだまま三郎の腰の下に滑り込むと、下から素早く起き上がり、強烈なアッパーカットを食らわせた。三郎の体が浮き、そのまま、エレベーターの中へ転がり込んで、エレベーターの硬い床に、頭をしこたま打ち付けた。三郎の目の前を、チカチカと星がいくつも舞う。相手も、三郎を狙って、エレベーターの中に突っ込んだ。
相手は腰からナイフを取り出そうとしたが、三郎がそれを抑える。もみ合いになり、三郎はボタン部分の方へ追いやられた。そして、うっかり背中が当たってしまったのか、エレベーターのドアは閉まり、降下を始めた。1階のランプが点灯している。目的地は、1階である。
三郎は、相手の手をガードしたまま、素早くボタン部分からドア側に移動すると、相手の手を振り払って、相手の下へ滑り込んだ。
「!?」
そして、突然三郎が消えて狼狽している相手の足に、手を引っ掛けて転ばせる。油断していた相手は、エレベーターの壁に頭を打ちつける。その隙に三郎は、エレベーターのドアをこじ開けた。もちろん、エレベーターから脱出するためである。
「脱出させるわけにはいくかっ!!」
相手は、なりふり構わず、いきなり三郎に突っ込んできた。だが、そのときにはもう、三郎はエレベーターの天井に手を掛け、よじ登り始めているところだった。素早く上体を乗せ、下半身も乗せると、三郎は安堵の息を吐いた。
だが、そう安心してもいられなかった。今度は相手は、下から天井を機関銃で撃ってきたのだ。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッッッ!!!」
狂ったように叫びながら、連射してくる。三郎は素早く貫通してくる銃弾を交わし続けるが、天井の壁は穴だらけになり、脆くなって、天井の壁が抜け落ちた。そして、三郎も再びエレベーター内に落ちてしまった。
「くっ……!!!」
死を覚悟した、そのときだった。
三郎は、何を思ったか、相手の足にタックルを食らわせた。
「うおっ!?」
いきなりのタックルで不安定な体形になった相手を、素早くドア側まで押し付け、移動させると、相手の顔を、いきなりドアの向こうに突き出した。
「えっ!!? えっ!!?」
予想外の出来事に狼狽する彼の頭の下に、コンクリートの壁が迫っていた。
「うギャあアあぁあアァあアああっッッ!!!!!!!!」
断末魔の叫び声を上げると、彼はコンクリートの壁に後頭部を強打し、その弾みでエレベーター外に放り出された。
彼の死体は空中を彷徨った後、地上20mの高さから落下し、床に全身を強打して、グチャリと潰れたのだった。
「ハア……ハア……ハア……」
相手との肉弾戦を終えたばかりの三郎は、降下するエレベーター内に、座り込んだ。電子表示は、間もなく1階に到着することを示していた。