#1 20:1
「……これからも我々、大桐建設一同は、創立当時に掲げた経営理念に基づきながら、発展、そして邁進していこうという所存でございます。これからも大桐建設を、末長くよろしくお願いします!」
大桐建設社長、大桐光のスピーチが終わると、途端に大拍手が巻き起こった。スタンディング・オベーションし始める者も現れ、次第にそれは、「大桐社長! 大桐社長!」という、大合唱に変わっていった。
2014年5月31日――午後8時。
ここ、大桐建設本社ビル20階パーティー会場では、創立50周年記念パーティーが行われていた。
大桐建設は、50周年の歴史を誇る、世界的にも有名な建設会社だった。各地に支店を持ち、その収入は、総合で年間5兆とも言われていた。
関係者同士の交流が始まった。みな、楽しそうに談笑しながら、酒を酌み交わし、取引を進めている。そんな中で、高級スーツを着こなし、サングラスを掛けたある男は、壁にもたれかかって、パーティーの様子をサングラス越しに窺っていた。
しばらくすると男は、見えないように腰に巻いたベルトから、トランシーバーのような物を取り出した。そして、こっそりと口に当てると、静かに口を開いた。
「準備OKです。いつでも突入できます」
返事は、すぐに返ってきた。冷静だが凄みのある声で、まるで政治家を思わせるような、威厳のある声だった。
『こちらもOKだ。それでは、作戦を開始する』
そう聞こえたきり、トランシーバーからは、何も聞こえなくなった。男は、壁にもたれたまま、パーティーの様子を見て、薄笑いを浮かべた。
……バカどもめ。すぐに、俺たちの力を見せつけてやる。
「……と、そこで彼は言った! 『そんなことをしても、天国の奥さんは、喜ばれませんよ』ってね。くぅ~っ、痺れる~ッ!!」
「え゛。僕、そんなこと言いましたっけ……?」
「言ったじゃないですか~、嫌だなあ、尾田さん、自分が言った名ゼリフくらい、覚えといて下さいよ~」
その頃、尾田三郎と谷町五朗は、中央辺りのテーブルで、関係者たちと談笑していた。
尾田三郎は、この町で探偵事務所を営んでいる、私立探偵だった。31歳、独身。実は、この町きっての名探偵なのだが、谷町五朗以外、そのことを知らなかった。なぜなら、三郎の解決した事件が、全て谷町五朗の手柄になっているからだった。
谷町五朗は、この町の警察の名警部として有名な、中年男だった。鼻の下にはチョビひげを生やし、いつも洒落た帽子を被っていた。なぜ、こんな一見冴えない風貌の男が、名警部として有名かというと、実は、尾田三郎の1番最初に解決した事件が、マスコミに勘違いされ、谷町警部の手柄として放送されてしまったからだった。それ以来、谷町警部は、事件に困ると、すぐに三郎の事務所を訪ねてくるようになった。三郎にとっては、良き事件提供者で、よきパートナー――相棒という存在であった。
「では、私たちはこれで」
「それでは、おやすみなさい」
そう言うと、三郎と谷町警部は、その場を離れた。時計を見ると、もう午後11時半を回っていた。普段なら、とっくに就寝している時間である。
「ふあ~ぁ……それでは、私は帰って寝ることにします。尾田さんは?」
「僕もそうしましょう。大事な仕事が残ってるんでね……」
そう言って、パーティー会場の重い扉を開け、三郎と谷町警部は廊下に出た。そして、また歩き始めようとしたそのとき、谷町警部が急に立ち止まった。
「……あ!」
「どうしました? 何か、“刑事のカン”ってヤツですか?」
「いえ、そんなもんじゃありません。ただ、ちょっとトイレ……」
「あ~、そうですか。でも、この近くだったら、会場の中にしか、トイレありませんよ」
と言って、三郎は今さっき自分たちが出てきた扉を示した。谷町警部は、すぐさま扉を開け、中に駆け込んでいった。
「すぐ戻ります!」
「全く、しょうがない人だな……」
三郎は壁にもたれかかって、谷町警部を待つことにした。
――すると、そのとき。
突然の銃撃音に、三郎の混沌とした意識は完全に覚醒した。次いで、鋭い悲鳴。すぐに、それが、会場の中から聞こえてきたものだと分かった。
三郎は直後に、重い扉を引いた。中では――
中の光景に、三郎は絶句した。機関銃を持った武装集団に、パーティーに来ていた関係者が、全員拘束されていた。その中に、谷町警部はいなかった。
三郎は、素早く扉を押して、元に戻した。心臓が、バクバクと高鳴る。――テロリストか!? ふとそんな言葉が胸をよぎった。そうだ。そうとしか考えられない。
――パーティー会場を、テロリストが占拠……? 一体、何が目的だ? 金か? それとも、テロリストがよく使う言葉――「平和」か? 「革命」か……?
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。早く行動しなければ、人質は殺されてしまうかもしれない。金が目的の場合、約束が思い通りにいかなかった場合、腹いせで殺す可能性が高い。平和や革命主義の場合は、もっと危険だ。そいつらには、人を殺しているという実感が全くない。それか、人を殺すことこそが革命だと信じているのだ。
幸い、三郎は、テロリストたちに見つかってはいなかった。三郎は素早く、近くにあったエレベーターに身を潜めると、すぐさま携帯電話を取り出した。




