表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7の逆襲  作者: 悠介
第1部 占拠
11/11

#10 1+1

「……おい。今、何か物音がしなかったか?」

 カール・ゴドノフは、澄田洵すみだじゅんを肘でつついた。

 ――20階人質部屋。谷町警部らがいるのとは、反対の部屋である。

ゴドノフらはテロリストの中で、人質の見張り役を任されていた。

 隣に立っていた澄田は、すぐに振り向いた。

「……確かにしたな。廊下からだろうか?」

「気になるな。見てみようか」

 ドアノブに手をかけるゴドノフを、澄田が止める。

「やめとけよ。俺らは、あくまで人質の見張りだぜ」

「……だが、緊急事態には動いていいと、ボスが言っただろう」

 澄田はしばらく考えてから、「それもそうだな」と呟いた。

 ゴドノフは、そっとドアを開けた。その瞬間、ゴドノフの両目は見開かれた。

「……!!」

「何だ、どうかしたのか?」

 澄田の声は、ゴドノフには届かなかった。澄田は強引にドアからゴドノフを引き剥がすと、自分もドアと壁の隙間から、廊下の様子を覗いた。

 そこで目にしたのは、壁で気絶した谷口昌三の姿だった。

「えっ!!!?」

 澄田は素っ頓狂な声を上げた。

 これはまさか――ボスが言っていた、“お邪魔虫”の仕業ではないのか!?

 澄田は、ドアを開け放った。そして、ドアから廊下に出て、周りを見回す。だが、人影らしきものは見えない。

 その次の瞬間、澄田は、背後から誰かに口を押さえられて、座り込まされた。

 ――“お邪魔虫”だっ!!!

 そう直感した澄田は、その手を強く噛んだ。

「ぁ痛゛ッ!!!」

 その手が、澄田の口から離れた。澄田はその瞬間、

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 と大声を上げた。

「バカッ、やめろ!!」

 背後の“お邪魔虫”は焦ったような声を上げた。だが、もう遅かった。大声に気がついたテロリストたちが、部屋から続々と出てきた。澄田を拘束している“お邪魔虫”――三郎の姿を発見すると、三郎と澄田の周りを完全包囲した。

 その隙に、澄田は三郎の手から脱走すると、テロリストたちに加わった。

「……余計なことしてくれやがって……」

 じりじりと間を詰めるテロリストたち。三郎は後ずさりしようとしたが、壁際なので、そうはいかない。

「……まあいいか」

 三郎は、ニヤリと笑った。

「1人ずつ倒す、手間が省ける」

 そう三郎が言い放った瞬間、テロリストの1人が「かかれーッ!!」と叫んだ。それを合図に、テロリストたちが三郎に突進してきた。

 三郎は、テロリストたちに逆に突進すると、床を蹴ってジャンプし、突っ走るテロリストたちの背中に乗って、包囲から脱出した。

 テロリストのうちの5人が、猛突進してくる。三郎はテロリストたちと衝突する寸前、テロリストたちの下に潜り込んで、足を引っ掛けた。

「ぐあ!!」

 転んだテロリスト5人は、窓ガラスを突き破って、ビル20階分の高さから転落した。

 残り6人!!

 三郎はジャンプすると、向かってきた3人に向かって、回し蹴りを食らわせた。だが、そのキックは宙を舞った。キックを予測していた3人は、しゃがんで避けたのだ。

「くっ!!」

 予想外の出来事に対応しきれなかった三郎は、着地を失敗して、床に倒れこんだ。テロリスト6人が、ここぞとばかりに押し寄せてくる。

 三郎は、自分のすぐ上にいた2人の頭を掴んだ。

「えっ?」

 その2人からは、素っ頓狂な声。三郎は渾身の力で、その2人の頭をぶつけた。2人は、残りのテロリストたちに倒れこむ。2人の体重でバランスを崩したテロリストたちは、仰向けに倒れた。

 テロリスト2人が、すぐに起き上がってきた。

「しぶとい奴らだな!!」

 三郎は歯ぎしりをして、拳を握り締めた。そして、その拳に自分の息を吐きかけると、1人の頬に一撃をお見舞いした。その瞬間、そいつの頭からメリメリという音がしたかと思うと、もう1人に向かって吹っ飛び、2人まとめて壁に倒れこんだ。

 残り、2人!!

 起き上がってきた2人は、三郎と向かい合った。

 ……しばしの沈黙。

 その沈黙を破ったのは、テロリストの1人だった。いきなり猛突進してくると、「うおおおおっ」という叫び声とともに、ドロップキックを三郎に食らわせた。

 避ける三郎。だが、それがテロリストの狙いだった。三郎の背後に回ったテロリストは、三郎を羽交い絞めにし、身動きがとれなくした。

「いけ!! 将太!!」

 背後のテロリスト――黒野満くろのみつるが、もう1人のテロリスト――宮城将太に声をかけた。

 宮城は一瞬迷う素振りを見せた。

「どうしたんだ!! 早くしろ!!」

 黒野が怒鳴る。その言葉を合図に、宮城は突っ込んできた。三郎の前で止まると、腕を大きく振りかぶって、拳を三郎の頬に――

「家族がいるのか?」

 ――宮城の拳は、三郎の頬2センチのところで止まった。宮城は、俯いていた顔を上げて、三郎の方を見た。三郎は、宮城の顔を真剣な眼差しで見つめていた。

「さっきの迷う素振り――あれは、家族がいるからだ。そうだろ?」

「う、うるせえッ!!」

 宮城は、もう一度振りかぶって殴ろうとする。だが、三郎は拳が迫っても、表情ひとつ変えない。その頬に拳が激突しようとしたとき――

 チャリン

 どこかで、鈴を転がすような音が聞こえた。

 ――え?

 びっくりして後ずさると、もう一度、チャリン、という音が耳に飛び込んできた。

 ――その音は、宮城のズボンのポケットの中から鳴っていた。

 何だ?

 宮城は、自分のポケットに手を入れて、ゴソゴソと探った。

 チャリン

 そのとき、自分の指先が、冷たい感触に触れた。

 それをポケットから取り出す。それは、鉄でできた、ネックレスだった。

 それを見た途端、数時間前の会話が、鮮明に蘇ってきた。


 そっとふすまを開けると、曜子ようこの優しい寝顔があった。いつも通り、寝相は悪い。枕と布団を蹴飛ばして、スーパーマンが空を飛んでいるような格好で眠っている。

――一体、何の夢を見てるんだ?

宮城はフッと微笑んで、襖を閉めた。

「行ってきます」

 いつものようにそう言って、宮城はドアを開けた。

 自宅のアパートの玄関。木でできた壁には、ところどころヒビが入っていた。

 ドアの外――都会の空は晴れ、満天の星空が宙を舞っている。

 宮城はこれから、仲間に合流しに行くところだった。言うまでもなく、テロリストの仲間である。妻と子供は警備員の仕事に出かけると思っている。

「いってらっしゃい……あ、ちょっと待って」

 見送っていた妻の恭子きょうこが、ハッとした表情になって、奥のリビングに駆けていった。

 一体何だろう?

 恭子は、すぐに戻ってきた。手には、ネックレスを握っている。

「はい、あなた」

 恭子は、宮城にネックレスを差し出した。

「これを……俺に?」

「うん。曜子と、お金を貯めて買ったの。今日、給料日でしょ? お仕事頑張って、って意味で……」

 言葉が出なかった。嬉しくて嬉しくて、言葉にできなかったのだ。

「あ……あり、がとう」

 不器用な宮城は、ぶっきらぼうにそう言って、ネックレスを受け取った。そして、それをポケットに突っ込んだ。本当はすぐに首に付けたかったが、ちょっと恥ずかしかったのだ。恭子はそれを気にも留めず、優しい微笑みを浮かべ、

「行ってらっしゃい」

 と言ったのだった。


 全てを思い出した瞬間、涙がこぼれ出た。涙が止まらない。宮城は、床にうずくまって、声を上げて泣いた。

 俺は、何をしようとしていたんだ。こんなにも俺を愛してくれる人が、こんなに身近にいたんだ。そのことに、初めて気がついたのだ。

 三郎は、フッと微笑んで、言った。

「気がついたのか?」

 宮城は、涙と鼻水でグシャグシャになった顔を上げた。三郎は、優しく笑っていた。

「こっちへ来い。俺はお前の味方だ」

 その言葉で、宮城は動かされた。フラフラと起き上がると、三郎の手を握った。三郎と宮城は、お互いの手を固く握り締めた。

「おい!! ヨケーなことしてんじゃねーよ!!」

 三郎を羽交い絞めにしていた黒野が、そう叫び、三郎を開放した。そして、血走った目で、三郎と宮城に向かって拳を振り上げた。

「……ヨケーなこと? おい、テメェ」

 三郎は、黒野のパンチを、するりと避けた。そして、俯いていた顔を上げた。その顔は、今まで見たこともないような、鬼の形相になっていた。

「家族の愛を――」

 三郎は怯んだ黒野の頬に、強烈なパンチを叩き込んだ。

「ぶふぉっ!!!」

 黒野がフラフラと舞う。その瞬間、宮城が、拳を振り上げた。

「ナメるんじゃねえっ!!!」

 強烈なアッパーカットを食らった黒野のアゴはガクガクと揺れ、泡を吹いて気絶したのだった。

 三郎と宮城はしばらく見つめ合っていたが、ニヤリと笑い、お互いの手をガッチリと組んだのだった。だが、宮城はハッとした。

「おい!! 早く人質を解放しねえと!」

「ああ、そうだったな」

 三郎と宮城は、手分けして、2つの部屋から人質を連れ出した。

「皆さん、僕に着いてきてください!! 僕らは味方です!!」

 人質たちは、三郎の言葉に、歓喜の声を上げた。そして、三郎たちは歩き出す。希望に満ちた足取りで――

 エレベーターには一度に全員が乗れないので、階段で1階に到着する。

「出口はもうすぐそこです!!」

 エレベーターホールで、安堵の声を漏らす人質たち。

 ――だが、その安心を、1人の男が打ち崩した。

「待て……お前、お邪魔虫、だろう」

 その鋭い声は、三郎の耳に鮮明に届いた。三郎は振り向く。そこにいたのは――テロリストの最後の1人――井上公太だった。

「……野郎。まだ残ってやがったか」

 井上を睨みつける三郎。人質たちが、悲鳴を上げる。井上はその様子を見ながら、無表情のまま言った。

「最後の決闘だ……。お前が勝ったら全員解放。俺が勝ったら全員虐殺……。さあ――ゲームの始まりだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ