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1 トキ



 日の光に朱色が混ざり始めたのに気づき、トキはようやく顔を上げた。


(もう、夕方か)


 時刻という概念はなくとも太陽の動きで一日の流れは分かる。最初は不便だと思っていたはずが、いつの間にか時計のない生活にトキは慣れてしまっていた。

 部屋に付いている小さな丸い明かり取りの窓は頑丈で開けられもしない。外の空気を伝えることはないが、外は随分冷え込んでいることだろう。

 ちょうど黒い雲の下に沈みゆく太陽を見つけて、今日はここまでにすることにトキは決めた。


 パチ、とトキは手元のそろばんを弾いてたまを揃えると、ペンのインクを拭って机の上に置いた。それから書き込んでいた帳簿を部屋の片隅にある箱に入れる。

 箱といっても鋼鉄でできた頑丈な箱だ。大きくはないが蓋を持ち上げるにも少し力がいる。今までの帳簿が新しいもの順に収められているのを確認してから蓋を閉め、トキは最後に鍵をかけた。


 こうしてしまえば、金属でできた箱は立派な金庫になる。貴重な金属の塊を売らずに強請ったのはトキだ。帳簿は厳重に保管せねばならない。そう強く主張してトキが自分のものにしてしまったのだ。

 貴族の宝箱とはほど遠い見た目はその重量もあって盗まれにくい。もちろん盗もうと思えば鍵なんて関係なく盗めてしまえる者たちをトキは知っているが、それは考慮に入れなくてもいいだろう。


 なんといってもトキがいるこの仕事場を兼ねた自室は、かの有名な空の盗賊団『ファルシオン』の飛空艇スカイ・シップの中にあるのだから。




 空の盗賊団『ファルシオン』という名を知らぬ者はいない。


 あまり地上に降りないトキにはよく分からぬことなのだが、どうやらその名はどの国にも、どの大陸にも轟いているらしい。そのほとんどが悪名であるが、市井の中には義賊として慕っている者も多いという。


 その話を仲間から聞いたとき、どこが義賊だ。とトキは思った。幸いにも話をした仲間も周りにいた他の仲間もみな顔を歪めたトキを見て「だよなぁ!」と笑ったので、真偽はともかく義賊のくだりは笑い話しだったらしい。

 どうせここの連中にとっては他者の評価などどうでもよく、義賊と呼ばれるような善行など欠片もおこなった覚えはないのだから、野蛮で賤しい盗人どもと罵られる方が百倍マシだとさえ思っている。


 トキは別になりたくて盗賊になった訳ではないが、悪事の一端を担いでいることに関して後ろめたさは感じなかった。むしろ思いのほか天職かもしれないとさえ考えていた。

 トキは盗賊としては全く役に立たない。というか足手まとい以下の存在だ。剣やナイフといった武器は一切扱えないし、身軽な訳でも足が速い訳でもない、むしろ鈍くさい方だとトキは思っている。鍵開けや錠前外しといった技術もなければ、飛空艇を操る技術もない。

 料理や洗濯といったことは手伝えるが、正直未だに慣れてなかった。料理に至っては慣れる前に調理場から追い出されたので、もう一生できないかもしれない。


 トキができることは多くはなかった。

 最初は言葉が不自由だったこともあり、いつ追い出されるかとばかり思っていたトキだったが、ひょんなことからトキが盗賊団の一員として始めた仕事は会計だった。

 数なら計算できる。そう考えて真っ先に数値の記録の仕方を覚えたトキは、盗品を売った額や団員たちの生活費などを計算し記録に付け始めた。今ではある程度言葉も覚え、盗品の目録や闇市との交渉の記録も詳細につけることができるようになった。

 つまるところ、トキは盗賊とはいえ花形ではなく裏方。会計係という事務員なのである。




 机の上に置きっぱなしだったペンとインク壺を片付けると、トキはそろばんを腰の後ろに仕舞い込んだ。かちゃりと小さく鳴って、そろばんは裾の長いフードの中に隠れてしまう。トキにとって唯一の装備である。

 あまり大きくないそれは、トキが会計を始めた時に仲間に手伝ってもらいながら自作したものだった。

 小さな木の実と紐で作ったそろばんを見た仲間たちは一体何に使うのかと不思議な顔をしていたが、トキには電卓の代わりに必要なものだったのだ。



 そろそろ夕食の時間だ。

 食事自体はもう出来上がっているだろうが、トキはあえて他の仲間より遅く食堂へ行く。

 飛空艇の内部は広いが、大部屋はないので必然的に食堂のスペースが限られるのだ。酒を飲みながら騒ぎ立てる仲間は、毎日毎日飽きもせずに楽しそうだなおい、とは思うがその輪に入りたいとは思わない。というか断固拒否する。

 そのため酒も飲み終わり騒ぎもひと段落しかけたころに行くのが常なのだ。


(少し早いが、今日はもう行くか)


 トキが部屋を出ようとした時、背後から腹に響くような鳴き声が聞こえてきた。思わずトキが肩を揺らして振り向くと、窓の向こうに異様な姿をした鳥とも獣ともつかないものが飛空艇の横を並んで飛んでいた。


 魔獣――と呼ばれる生物だ。


 明確な種別はないらしく、個々によって大きく姿も違うという。通常の獣と大きく違うのは知能と凶暴性が格段に高いという点だ。

 今、飛空艇の横を併走しているのは、鷹のような翼にライオンと犬をごたごたに混ぜて全体的に醜くしたような姿をしている。

 トキにはどことなくグリフォンと呼ばれる架空の生き物を連想させたが、それはあくまで架空の生き物だ。いや、そもそもグリフォンは鷲だったかもしれない。頭も鳥形だった気もするし犬は混じっていない。必要のない知識だったのでトキはあまりよく知らないし、魔獣を目にする今でもどうでも良いと思っている。


 やがてグリフォンもどきの魔獣は窓から見えなくなった。

 当たり前だ。いくら魔獣が凶悪なまでの飛行速度を持っていようと、このファルシオンの飛空艇は世界最速を誇る。飛行機ほどではなくとも、似たり寄ったりのスピードだとトキは思っている。

 魔獣といえども生物の枠の中では決して追えまい。


 魔獣を見かける機会は多くはないが、決してない訳ではない。

 盗賊団での生活やその他様々なことに慣れたと思うトキでさえ、魔獣を見ると落ち着かない気持ちになる。その度にトキは思うのだ。


 やはりここは異世界なのだな、と。 



ファンタジーを書きたい衝動を抑えられず、衝動的にやってしまいました……。後悔はしてますが反省はしてません。

自分としては息抜き・気分転換として書いてますが、暇つぶしに楽しんでいただけたら幸いです。

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