第12話
維新の巻 第12話
大久保崇広
この時代の志士たちのなかで頭ひとつ抜きん出ていたのが、マシガニオの軍師格である大久保崇広であろう。
陰湿な性格で、平気で仲間を使い捨てる冷酷な老人、というのが一般に定着しているイメージであり、実際にそれを覆すような述懐も事実も公表されてはいない。
その通りの男だったに違いない。
しかし、この男ほど日本の将来を危惧し、具体的な展望を持って革新に努めた志士もいないということも事実である。
大久保は元政治家である。
それも日本屈指の権力と人脈を有する大物政治家であった。
それまで首都として栄えてきた東京を未練なく切り捨て、北海道の知床に遷都した権力者たちを「二十八部衆」と呼ぶが、大久保はその一派の中心人物である。
大久保なくして「百万人の国家」建設は実現できなかっただろうと言われている。
そんな重要人物がなぜ新政府の役職に就かずにマシガニオへと鞍替えしたのか。
大久保を語るときに避けては通れないのが「地球改善化計画」である。
「地球改善化計画」はG8の先進国が中心になって推進してきた国際的な活動であることは周知の事実であるが、その実は現在に語り継がれているような希望と夢に溢れたプロジェクトとは程遠いものであった。
地球上の人口が増え続けることや、BRICSなどの成長著しい国々の台頭、それに伴う環境の劣悪化に歯止めをかけることを目標に提唱されたもので、G8の先進国からの一方的な強制力に過ぎない。
当然ながらCOP21などのアメリカの提案、つまりCO2の削減などを含めた大気汚染・環境問題の改善などは建前だけの話で、有効な結果はまるで導くことができなかった。
G8には強い危機感があった。このままでは資源力・経済力でも新興国に追い抜かれ、完全に世界のリーダーシップを失ってしまう。
そして同時に人間が暮らしていける環境は壊れていき、地球の寿命は加速的に短くなっていくだろう。
現状を打破する起死回生の一手は、「核攻撃」も辞さないという強い姿勢をもって計画遂行に努めるということであった。
各国の人口を百万人までに制限すること。
これが地球延命の効果的な措置であったのだが、もちろんそんな話に耳を傾ける国などほとんどない。
自国の国民の大部分を何らかの形で処理しなければならないのだ。
領土の大部分を捨てることにもなる。
いくら将来のためと言っても納得して首を縦に振るはずがない。
それでもG8は強固に推し進めていく。
核攻撃は諸刃の剣であり、双方に甚大な被害をもたらすのだから誰もその強制力を信用しなかった。
しかし、ゾンビ化するウイルスが世界中に蔓延するにあたり、展開が激変した。
核の放射能汚染を除去できる環境が整ったのである。
これで核戦争で受けるダメージは半減される。
世界中の国々で自国民の大半がウイルスに感染し、人口が激減し、話がさらに円滑に進められるようになった。
「地球改善化計画」を推し進めていくには、このウイルス発生は渡りに船だったことになる。
ウイルス蔓延は人為的なものであり、G8が画策したバイオテロだという見方もあながち見当はずれとは言えないだろう。
計画に対し真っ向から反対し、妨害しようとした国は核による先制攻撃を受けて滅んでいたという話もある。
そして、「地球改善計画」=人類初の核戦争、という矛盾した結果をもたらした。
日本はG8の一角を担っている。
否応なしに計画に巻き込まれた。
G8の中の力関係からすると日本の発言権など無いに等しい。
よって政府は世論に公表することもなく、遷都計画を極秘裏に敢行。
ウイルスがまき散らされる以前から周到に準備を進め、憲法を改正し、国防軍を組織した。
国としてはこの避けては通れないウイルス蔓延の事態から何かしらの突破口を見出そうとして、国防軍を触媒にして軍事作戦レインボーを実行する。
大いなる犠牲のもとで日本は独自の対処法を編み出した。
大久保はこれまでの話のすべてに係わっている。
政治の裏、日本の裏側を知り尽くしていると言っても過言では無い。
理不尽さを感じながらも大久保は、ここまでは精力的に賛同してきた。
あくまでここまでは、である。
大久保の政治的な思惑が大きく変化したのは、G8の中で強力な権力を握っていたトップ国が条約を破っていたことを知ってからである。
百万人規模の都市を二十以上意図的に残していたのだ。これは完全に裏切り行為であり、同志である日本を侮るものであった。
憤慨した新政府は抗議をしたが、後の祭り。
むしろその挑発的な抗議文を逆手にとられて脅される始末だった。
核ミサイルを保有しない日本には抗う力などない。
新政府樹立から半年あまりで、大国の属領のような扱いを受けるようになってしまった。
生真面目に計画を推進した日本には兵力も無い。
他国と一戦交えるような戦力を持てない状態だったのである。
大久保は口から血を流すほど歯を食いしばり悔しんだ。
無念であると叫んだ。
新政府の弱腰外交がさらに続くに至って、大久保はついに政府からの脱退を決意した。
このままでは日本は亡びる。強い危機感に背を押されてのことであった。
中央を離れた大久保が目標と定めたものが二つある。
一つは他国に屈しない国造り。
だが人口は百万人規模となり、資源もなく、核ミサイルの開発もできない状態では実に難儀な問題であった。
大久保が目を付けたのは日本の旧国土に広く生息しているゾンビたちである。 一億以上のゾンビたちをコントロールできるようになれば巨大な兵力を確保することができ、尚且つ地球上で活動する何十億というゾンビを扇動し他国を滅ぼす最強の力を有することになる。
核ミサイル以上の脅威となるはずだった。
もう一つの目標は強国の言いなりとなって大人しく収まっている現政府の打倒である。
そして新しい日本を再生する。
その断固たる決意と指針に強く惹かれて集まってきた人間は多数いた。
当時軍部の最高幹部であった沖田勝郎や桂剛志、ゾンビ研究の第一人者で軍事作戦レインボーの企画者である勝和博、新政府に暗殺集団として飼われていた壬生狼の筆頭である高杉聖子などの面々であった。
なかでも沖田勝郎は軍部の最高幹部という職を辞して、独立組織「マシガニオ」を結成。外の世界の生存者たちを救済し兵員を増強する一方で、ゾンビの操縦方法について探ることとなる。
新国家の建設後、沖田は姓を九鬼に改め大久保の意思を継いで強兵の道を辿っていった。
大久保が希望の灯としていたのは、軍事作戦レインボーNO.六六六地区で発生した「ニオ化」である。
八千百二十八箇所の実験地区のなかでもこのNO.六六六には精鋭を結集していた。
各カラー(任務遂行者)には最も優れた者を配置していたし、被験者もすべての可能性を考慮し選りすぐりを選別していた。
年齢や性別だけではない。
精神状態や健康状態、遺伝子レベルまで分析し、勝の掲げる理に適ったものだけを集めたのである。
それは抗ウイルス薬の完成以上の期待と野望を秘めていた。
実験地区内はすべての期間、隅々まで記録され、映像はリアルタイムで研究所本部に送られていた。
カラーレッドの功績により高橋守という男の「ニオ化」に成功したときには研究所内に詰めていた六百人の職員は歓喜した。
これで政府首脳陣も満足する結果を得ることができたのだが、所長の勝はそこでさらなる可能性を思い描いていた。
原因は不明だが、当時の研究によるとウイルスの抗体らしきものを持つ人間は日本の総人口の0.000125%だと考えられており、その数は約二万人である。
つまり八千百二十八人に一人は抗体らしきものを持っていたということになる。
その大多数は新首都である知床に国民として囲い込まれる予定であったが、一部は実験のためレインボーの被験者として本人たちの知らぬ間に実験地区に送り込まれていた。
勝の研究から導き出された予想は、この抗体らしきものを持っている人間だけにニオ化が可能であり、条件次第ではさらなる進化も見込まれるというものであった。
抗体らしきものは個人差があり、プラス極とマイナス極それぞれの強弱がある。
高橋守はプラス極の強い被験者であった。
対して山岡夫婦は揃ってマイナス極が強い被験者である。
プラス極とマイナス極で強く引合うかと思っていたが、実際はその逆で強烈な反発力が生まれることがわかった。
この両極をバランス良く維持できれば完全体としてのニオが誕生する。
ニオの定義は「人格を人間時代のまま有していて、肉体はゾンビ化している」状態を指す。
完全体のニオはゾンビには無い繁殖能力を持ち、広域のゾンビたちを引きつけるホルモンを分泌する。
あくまでも勝の仮説ではあるが……。
問題は両極をバランス良く保有する人間が一億六千万人すべてを検査しても見つからなかったことであった。
つまり存在しないのである。
貴重な人材を使用して人体実験を繰り返してきたが、時間と資源の浪費で終わった。
しかし、レインボーの実験中に驚くべき変化が見られた。
高橋守と山岡夫婦が接触を繰り返すことで、マイナス極の強かった夫婦が次第にわずかではあるがプラス極の電流を強めてきたのだ。
NO.六六六地区を脱出した夫婦に軍部は高橋守の腕をプレゼントし、旭川市の自宅に帰宅した夫婦を厳重に警戒し、その状況の推移をつぶさに分析した。
自宅には事前に数十台の小型カメラを設置。
体温や脈拍などを常に監視できるよう設備を整えた。
このことは軍部の上層部、特に大久保の息のかかった人間しか知らぬことである。
大久保らの思惑以上の絶好のタイミングで山岡夫婦は高橋守の腕を食し、ニオ化する。
このときの山岡夫婦の電極は未だにマイナス極が強い状態であったが、腕を食すことで両極のバランスがピッタリと保たれた。
変異当初は「昼型」と呼ばれる不完全体であったが、時間が経過するごとに完全体へと成長していくことが肉眼でも見て取れたという。
やがてゾンビたちを引き寄せるホルモンを分泌するようになり、生殖活動も期待できるようになった。
唯一の誤算は夫婦は半人前の状態で、互いに接触していないと完全体を維持できないということである。
「さて、人間どもの巣に降りていくとするかの。先陣は西郷成宏、陸奥忠信、斎藤勘次郎。中軍はわしと坂本翔子、山岡夫婦とヒコじゃ。殿に沖田春香、朱雀。抜け道は狭く、大人二人がようやくすれ違える程度。だが三㎞も進めば地下都市の中央部に出ることができる。おそらく敵の備えは手薄じゃろう。先陣は到着次第、中央制御室を制圧。殿は追ってくるゾンビや獣たちを上手く防ぎながら前進する。いくら倒しても追撃の手は緩まないじゃろう。執拗な波状攻撃がどこまでも続くことになる。しかし中軍が襲撃されることは何としても回避しなければならぬ。鍵は山岡夫婦じゃ。これを守らねばゾンビ攻めの計画は水泡に帰す」
大久保がいつになく声を張って叱咤激励をした。
ここが正念場であると腹をくくった様子であった。
ゾンビを誘導し、新政府を倒す。このことだけを考えてここまであらゆる手を打ってきたのである。
悲願成就は目前であった。
しかし、この三㎞の道のりはかつてないほどの修羅場となり、さながら地獄図の様相を呈することとなる。




