第8話
維新の巻 第8話
「これから知床五湖を探索します。必ず妻はそこにいるはずです」
私、山岡朝洋とマシガニオの二番隊長・陸奥忠信、新政府の壬生狼・朱雀の三名が動き出したのは、F一年五月三十日の夜半でございました。
それぞれが武器を補充し、新たな決意を胸に、夜空より深い闇の樹海の中へ進んでいきます。
辺りが眩い光と爆音に包まれたのは、小屋を離れて二十分程歩いてからのことでございました。
突然夜が明けて朝を迎えたような錯覚を覚えました。
そして雷鳴のような響きと身体を震わす地響き。
「な、なにが起こった・・・これは爆撃の音だぞ・・・」
金髪の陸奥が筋骨隆々とした身体を地面に伏せながらそう言いました。
朱雀も辺りの様子を窺いながら身を潜めます。
もちろん私も事態を飲み込めてなどいませんでした。
戦闘ヘリが三台、目前の湖付近にミサイルを撃ち込んで旋回します。
焦げた匂いと爆風。
無数の火の粉が天空を赤く照らします。
ヘリからだけでなく、どこからか飛んできたミサイルに被弾し木々や土が爆音とともに大きく舞い上がりました。
「新政府の攻撃ですよ」
背後でそんな声がしたかと思うと、私の身体にピッタリと寄り添うように銃口を突き付けてきた者がおりました。
私は左腕を肩からロックされ、金縛りにあったように動きがとれませんでした。
「魏延……」
陸奥の言葉で、私はこの男がもと十番隊隊長の西郷成宏であることを知りました。
以前、同じ部隊に所属している斎藤勘次郎からは、用意周到で勇猛果敢、副リーダー坂本祥子の信任が最も厚い兵士だと聞いたことがあります。
そして新政府に内通し、坂本の身柄を誘拐した裏切り者。
反骨の相を持っていることで、大久保崇広からは三国志に登場する「魏延」と呼称された男。
「この知床の地にはゾンビを狩る獣が凄まじい数放たれています。ここはゾンビも侵入者も数日もたずに命を落とす魔界です。だから新政府は警護の兵を配置することなく安心していました。だが、ここ何日間かで状況は一変しました。獣たちは遠隔操作ができなくなり、ゾンビたちの群れの侵入を許した。潜入してきた敵軍の兵士も長期間生き残っている。現状が危機的なものであると認識した新政府は強引に力で封じ込めようとしています。知床半島全域を射程範囲に持つ迎撃ミサイルと戦闘ヘリ。この自然を消滅させてでも危険分子を抹殺するつもりですね。おそらくは一個師団の投入も辞さない構えです」
低く落ち着いた口調でございました。
焦りも逸りもない、どっしりとして相手に安心感を与える響き。
私は爆撃の閃光の中、傍に立つ西郷を見ました。
身長は百七十cmほど、身体はややふくよかですが、その佇まいは幾多の戦場を渡り歩てきたという迫力を感じさせます。
髪は短髪で、顔は丸め。眉は太く、目鼻もはっきりとしておりました。
歳は二十五くらいなのでしょうか、想像よりも若かったことに驚きました。
「連れ戻しに来たのか」
陸奥の問いに対し、西郷はゆっくりと首を振ります。そして優しく微笑み、
「お手伝いにきたのです。戦力は多いほどいいはずですから」
それを聞いて陸奥が詰め寄ります。
「坂本の召使いがどういうつもりだ?お前は政府の犬だろうが」
「心外ですね陸奥さん。私が新政府の犬だったら、こんな場所に補給基地など用意していませんよ。それに私は坂本さんの召使いでもない。それを言うなら斎藤さんでしょ。坂本さんの指示だったら風呂の中までついていく男です。私は頼りにされているだけで、私の方が依存しているわけではありません。そもそも私の内応は見せかけのものですよ。フェイクです。地下への入口を確認するためのダミーです。そんなことぐらい睦さんは承知の上だと思っていましたが……過大評価だったでしょうか。他部隊の連中は案外機転が回らないのが多いみたいですね」
「……悪かったな、頭が回らなくて!!あっちこっちに尻尾を振る犬よりかは遥かにましだ!!」
怒りに満ちた陸奥の怒号。
「陸奥さんと埒の無い会話を続けている暇なんてありませんよ。このままでは、知床に集まったゾンビたちは燃え尽きてしまいます。大久保さんのゾンビ攻めなんていう突拍子も無い夢物語はさておき、まあ、それを実現するためにはあまりに高いハードルが多すぎる気がしますがね……。どちらにせよ、ここからゾンビがいなくなってしまうのはこちら側の戦力ダウンです。上手く誘導してばらけさせるしかありません」
「お前が笛でも吹いて案内でもするか?」
話を最後まで聞くことなく、陸奥がすかさず横やりを入れます。
「それが可能ならばいくらでも吹きますよ。普通の人間には無理な話です。ここはニオの腕の見せ所でしょ?山岡さんって言いましたか、さあ、時間がありませんよ。迅速に行動に移りましょう。時は金成です」
「ええ。そのつもりです。ですが私は西郷さんの期待するニオではなく、昼型なんです……」
「聞いています。特別な昼型だとね。レインボーのNO.六六六の生き残りでしょ。あなたは日本中から注目されていますよ。あそこは精鋭と可能性の高い被験者たちだけが集められた実験地区でしたからね」
「え!?」
私の驚きとは対照的に、西郷の表情は好奇心に満ち溢れておりました。
私たちは周囲を警戒しながら火柱のあがる湖畔を目指しました。
爆音とともに銃声も激しく聞こえて参りました。
「坂本が裏切りものの岡田の首を獲ったようだが、他にも数人いたんだろ?」
身をかがみながら前進する陸奥がしきりに西郷に声をかけます。どうやら以前は親交が深い間柄だったようです。
西郷は陸奥以上に辺りに気を配りながら、
「獣使いは全員消しましたよ」
「そんな雑魚に興味は無い。『青面獣』だよ。あいつはどうした?」
「桂さんのことですか?」
桂……桂剛志……あの運命の日、二千十六年九月二十六日の層雲峡で、沖田春香と行動を共にしていた東南アジア風の男です。
今は沖田と袂を分かって新政府にいると聞きました。
「そうだ。お前たちにはやつは倒せまい。どうした?」
「決めつけますね。見くびりすぎなんじゃないですか?」
「違うのか?倒せたのか?」
「まあ……そうですがね……。撒くのが精いっぱいで、お陰で数日苦労しました」
「やつは必ずここにいる。やつを倒せなければ先には進めないだろう」
「でしょうね」
目前は火の海になっておりました。
「クソ!邪魔くさいヘリだな。とりあえずあれを撃ち落とせられれば進軍も楽なんだが」
陸奥が舌打ちしながらそう言うと、また西郷が答えて、
「大丈夫です。あれはそのうち落ちますから」
「……なぜわかる?」
「それより見てください。獣たちの死骸です」
突如、地面に横たわる動物の遺骸が多くなって参りました。
狼や鹿、狐や狸……どれも爆撃で傷を負って力尽きたものばかりでございました。
「近いですよ」
西郷が息を飲んでそう言葉を続けました。
動物たちに交じって、ゾンビたちの肉片も多く見られるようになってきました。やはりどれも爆撃の跡が見られます。
「な、なんだこれは……」
陸奥の呻くような声。
同じく西郷と私、寡黙な朱雀までが目の前の光景に圧倒されて知らず知らずのうちに驚愕の声を漏らしておりました。
「これが巣か……いや、種子か……」
西郷の言葉に私ははっとします。
湖の畔にそれはひっそりと置かれておりました。
高さ二m、幅三mはあろう緑に光る球体。
それを覆うようにして何百のゾンビが群がっておりました。
数匹の巨大な熊がさらにそれを覆うように取り囲んでいます。
その傍には燃える動物とゾンビの遺体。何百という数が燃えております。
「種子を守っているんです。獣たちとゾンビたちが手を組んで……。その身を犠牲にして……信じられません……勝先生の話は本当だった……」
西郷が呆気にとられて独り言のようにそう呟いておりました。
私は確信しておりました。
この緑の球体の中に私の妻がいることを。
最後の戦いの時が迫っておりました。
申し訳ありません。
今日はもう時間が無いようです。
この話の続きは、次回にさせていただきます
 




