第6話
維新の巻 第6話
運命が変わるということは、良いにつけ悪いにつけ、一瞬のことでございます。
一歩踏み込んだ行動……新しい出会い……そのひとつの要素だけで、これまで思いもかけなかったようなステージにあがることができるのです。
必要なのは自分の殻に閉じこもらずに失敗を恐れずチャレンジする勇気。
勇気。
命を持つ者だけの特許。
だから前に進むことができるのです。
だから世界は興味深く変わる。
命が尊く感じるのです。
そこには敵も味方も区別は無いのかもしれません。
皆が同じ方向を向いて全力を尽くしているのでございます。
希望という日の光だけから無限にも感じるエネルギーを発生することができるのです。
立ち止まらなければ
無視しなければ
想いをぶつければ
それは勇気。
必ず成長し、大きく、強く、輝くのでございます。
独立組織「マシガニオ」副リーダー坂本祥子は、知床五湖にて生き残った仲間たちと再会いたしました。
疑念をいだく仲間たちの視線に委縮することなどまるでなく、あらがい難い強い光を放つ瞳で真っ直ぐに仲間たちを見つめ返しておりました。
誰が口火を切るのか、互いに計っているようでなかなか斬り込んでいけないのは男たちの方でございます。
特に十番隊隊長の斎藤勘次郎は驚愕の表情を隠すこともせず、ただただじっと坂本を見つめております。
「魏延はどうした?縛を自ら解いてきたのか?」
二番隊隊長の陸奥忠信が、この空気に我慢できずに口を開きました。
坂本は何も答えません。
身体の線がくっきりとでる漆黒のキャットスーツが艶冶というより威厳をもって男たちの目には映っていたことだろうと思います。
「近くに休息できる小屋があります。武器弾薬もそこで補充できますからすぐに移りましょう。ここは危険です」
精悍な表情を崩さずに坂本がそう伝えました。
金髪にサングラス姿の陸奥が舌打ちしながら、
「だから、なぜお前がここにいるんだ?なぜ誘拐されたはずなのに武器弾薬を確保できているんだ?納得できなければここを動く気はない」
すると一番隊隊長の沖田春香が間に割って入って、
「とにかくここを離れるのが先決ですね。事情は後で伺いましょう。でないと、あの二千というゾンビたちと戦争しなければならなくなる。骨の折れる作業ですし、何より無駄ですよ。僕は嫌だな、そんな無益な殺生は」
「沖田。てめえは黙ってろ。事と次第によっちゃあ、俺はこの女を殺さなければならん」
そう言って陸奥がレボルバーの銃を抜き、その銃口を坂本に向けました。
どうやら非常事態用にマグナム弾を数発残していたようです。
「陸奥さん。ここで坂本さんを撃ち殺しても何の得もありませんよ」
沖田が苦笑して陸奥を制止しようとすると、坂本が一歩踏み込んで陸奥に近寄りました。
銃に臆する様子はまるで見られません。
そして挑戦的ともとれる発言を陸奥にぶつけました。
「陸奥さん。私も知りたいですね。もとヤクザの若頭だったあなたがなぜここにいるんです?」
「坂本・・・てめえ、なめてんのか!?」
陸奥のレボルバーの拳銃が坂本の眉間に当てられました。
それでも坂本の表情は一向に変わりません。
「私はどんな犠牲を払っても、新政府から完成した抗ウイルス薬を手に入れる。私はそのためだけにここにいるのです。何の志も無くここに立っているのはあなたでしょ?陸奥さん」
「なんだと……」
陸奥が引き金を弾こうとする寸前に、斎藤が手にしていたナイフを陸奥に突き付けました。
「斎藤、てめえも裏切るのか?」
思いつめた表情の斎藤は何も答えません。
「まあ、よい。武器を収めろ。わしが代わりに説明してやろう」
ボサボサの髪を掻きながら大久保崇広がそう言っても、陸奥も斎藤も武器を突き付けたままでございました。
大久保翁は仕方ないやつらだと言いたげな表情で、
「抗ウイルス薬がほぼ完成したという情報を得たのと、それが中国に運ばれるという情報を得たのは同時期じゃった。抗ウイルス薬はある一定の人物、一定の細胞にしか効果が無かった。坂本祥子の兄の坂本陽輔のことじゃ。それを万民に施すことができるようにするためには中国の力が必要になったわけじゃな。坂本陽輔もろとも船で中国に郵送する手はずになっておったんじゃ。一刻を要する事態じゃったが、わしらにはどうしようもできぬ。知床への潜入口がわからんからの。そこで、坂本祥子が最終手段に打って出たのじゃ。実験体として政府が喉から手が出るほど欲しがっていた坂本陽輔の妹、すなわち自分の身体を囮に使った。誘拐されることで知床への潜入口を発見するのが狙いじゃった。坂本祥子にとって抗ウイルス薬の奪取と兄の救出は同意義なんじゃよ」
「それがなぜここにいるんだ?ここが潜入口なのか?」
「いや。潜入口は随分昔にわかっておる」
「な、なんだと!?入口は判明していたのか!?」
「そうじゃ。しかし、潜入口がわかったところで、百万の敵に対しわしらに何ができる?わしらの目的を達成できるのは、ゾンビ攻めをし、首都を攪乱した状況の中だけじゃ。だからわしは待っておる。千載一遇の機会というものをの」
それを聞いて、陸奥が低く呻きました。
「この知床五湖で受粉が始まってしまったら、もはやゾンビ攻めは不可能なんじゃないんですか?」
沖田がそう尋ねると、大久保翁は、
「受粉のできる環境は整ったが、これでは受粉はできぬ。決定的なものが不足しておる。そしてその唯一の隙が、わしらにとっての唯一の希望となっておるのじゃ。しかし時間が無い。この機会を逃せば、わしらに勝つ見込みは無くなる。小屋に向かい、武器を取れ。悩んでいる暇などないのじゃ」
「ひとつだけ聞かせろ。魏延は……西郷成宏はどうした……倒したのか?」
呻くような陸奥の問いに対し、坂本が、
「小屋にいます。彼はマシガニオの重要な戦力ですから」
きっぱりと言い放ちました。
「では、魏延は敵のスパイではないのか……」
「そうじゃ。これは時間をかけて練った作戦じゃよ」
大久保翁が可笑しそうに笑いました。
斎藤が血走った目で大久保翁に迫り、
「魏延に反骨の相があると周囲に広めたのは意図的だったのですか?それで内通してくる矛先を絞った。同時進行で十面方向からの進軍を展開し、こちらに注目させる。十番隊までの精鋭は実は囮。本命は敵に渡った坂本さんと魏延。なるほど、私たちはそのために死力を尽くし、そのために仲間たちは死んでいったのですね」
「そうじゃよ。死にもの狂いで戦えばこそ、敵もわしらを本軍と見るのじゃ。見事、敵の目を欺くことができたのは、死力を尽くして散った仲間たちあればこそ。彼らは決して犬死ではない。建国のためにその命を投げ打った勇者じゃ」
「それを信用しろと?ここまで俺たちの目も欺いてきたジジイなど信用できるか!」
そう言って陸奥が首を振りました。
「では、首実検にてご確認を……」
坂本が地面に置いていた大きなバックを開き、その中から球体のような物を取り出しました。
男の首でございました。
切れ長の目が薄く閉じられております。
「岡田の首か!?岡田駿の……」
魏延こと西郷と共に離反した天才狙撃手の首でございました。
坂本はその首を丁寧に扱い、またカバンの内に戻します。
まるで自分の愛しいひとを抱きしめるような仕草でございました。
「岡田だけは本気で離反していたというのか?」
また陸奥が呻くと、坂本は、
「私と西郷の離反を真のものと思わせるための術でした。彼のお陰で西郷へのマークは弱まったのです」
陸奥がまた忌々しく舌打ちすると、高らかにこう宣言いたしました。
「いいかジジイ、小屋へ進んだらすべてを話せ。今後、何か隠し事しやがったら撃ち殺す!それと、俺はただ戦いたくてここにいるわけじゃねえ。組の若いもんが先陣きって死んでいったその忘れ形見、まあ、ガキたちを養うためだ。あいつらのため、あいつらが安全に暮らす世界を取り戻すために俺はここにいる。いいか、そのことを忘れるな!てめえらの捨て駒になるためにここにいるんじゃねえ」
陸奥の必死の叫びは、なぜか私の心に響きました。
真実を語る人間の言葉は、聞いている人間の心に必ず伝わるのです。
私は両腕に手錠をかけられ、坂本に強引に引きずられるように進みながら、陸奥という男のことが好きになっておりました。
本音で語ることのできる人間。
この時代には稀な存在だったと記憶しております。
このときの自分はまだ、最後の切り札が私自身であることなどまるで考えもしておりませんでした。
申し訳ありません。
今日はもう時間が無いようです。
この話の続きは、次回にさせていただきます。




