第2話
維新の巻 第2話
樹齢千年を遥かに超える巨木は、列挙に暇がないほどでございます。
植物は人間よりも長く生きることができるという証明です。
日本国家が誕生する以前から現在まで生き続けている樹木も珍しくはないのかもしれません。
ただ黙って人間の文化、その移り変わりを見守っていたことでしょう。
ゾンビが「動ける植物」だということを理解するのに抵抗する人間も多いですが、以前から移動可能な植物は存在しております。
微生物として有名な「ミドリムシ」でございます。
動き回る力を持ちながら、自らエネルギーを発生することのできる「葉緑体」の力を有しているこの生物は、まさに「奇跡の種」でございました。
まあ、ミドリムシは人間を食いませんがね。
数千年の寿命を持ち、且つ地球の大気を浄化し、最悪の害虫を駆除することのできるゾンビの誕生はまさに「救世主」誕生と呼ぶに相応しいものだったのかもしれません。
もちろん、世界はより進化を求めていくわけでございますが……。
そうでした。
F一年五月二十一日について語るお約束でございました。
あれは……政府転覆を狙う我々「マシガニオ」の一行が、あてども無くオホーツク海に面した知床半島の岩壁を彷徨っていたときのことでございます。
彷徨っていた理由でございますか?
地下に造られた首都への入口を探索し続けていたのです。
フレペの滝、ですか?
ええ、残念ながらあそこは罠でございましたよ。
落差百メートルの断崖絶壁をようやく下へ降りると待ち受けていたのは、五頭の羆でございました。馬鹿でかい冬眠穴が幾つも口を開いており、あっという間にそこに人間を引きずり込むのです。
兵士たちのほとんどがここで命を落としました。
逃げ場は海しかありませんでした。
海に逃れた者は待ち構えたシャチの餌食となりました。
マシガニオの部隊長を担っていた沖田春香、陸奥忠信はやはり相当な強さでございました。
それぞれが四百kgはある巨大な羆を一頭ずつ仕留めたのです。
沖田は日本刀、陸奥はマグナム弾を使用しておりました。
どちらも一騎当千の武者ぶりでございました。
特に沖田は武術に円熟味を増しており、鶴が舞うように羆と対峙しておりました。
途中で合流していた十番隊隊長の斎藤勘次郎も実に巧みな射撃術を心得ており、右腕に大きな負傷を負うものの羆一頭を撃退していたと記憶しております。
私ですか?
私は夜の闇の中、妻の手を取り、海岸を転ぶように逃げました。
唯一のご老体である大久保崇広も同じように逃げ回っていたと思います。
「ここは一端退け!!海に近寄るな、シャチに襲われるぞ!!海岸に沿って逃げるんじゃ!!」
という大久保翁の叫び声が何度も耳に飛び込んできました。
要ははめられたのでございます。
随分と安易に侵入口に到着したものですから怪しいとは感じていました。
さすがの「今孔明」もまんまと敵の策略にかかったものだと、必死で逃げながら内心で嘲弄していたものです。
狭い海岸を岸壁にもたれながら進んでいくのですが、暗闇のせいでなかなか思うように足を運ぶことができません。
悲鳴が聞こえると、懐中電灯の光の下、海から飛び込んできた五mはありそうなシャチに誰かが咥えられ、血しぶきと共に真っ黒な海に消えていきました。
この潜入失敗の裏には謀がありました。
実は敵の術中にはまったのではなく、これも大久保翁の手の内であったことを知ったのは、しばらく経ってからのことでございました。
敵を騙すにはまずは味方から……まさにあの御仁のためにある言葉でございます。
残った兵は数名。
そこから日々、断崖にある幾つもの洞窟の探索が始まりました。
荒波によって岩盤がえぐられてできるこの洞窟をアイヌの民は「クンネポール(黒い洞窟)」と呼んでおりました。
何十日という時間を費やしましたが、地下の首都に続く入口は容易には見つかりませんでした。
そんなある日のこと。
周辺の斥候に出ていた斎藤が、大久保翁にこう報告してきたのです。
「もの凄い数のゾンビたちが群れを成して、こちらに進んでいます。それを追うようにして獣たちも迫ってきています」
この時の大久保翁の喜びに満ちた顔といったらありませんでした。
まさに満面の笑みでございました。
報告していた斎藤が驚いて言い直したほどです。
何度同じ事を報告しても大久保翁の反応は同じでございました。
なぜなら、それが彼の意図するところであり、その時間稼ぎのために私たちは洞窟の探索を続けていたのです。
もちろん私たちが知る由もありませんでしたが……。
百を超える狼の群れに襲撃されたのはこの日の晩でございます。
沖田こそ手傷を負いませんでしたが、陸奥は危なく喉笛を噛み切られる寸前。 斎藤は右腕、左足を負傷。大久保翁も数か所噛まれ、危機的な状況をサルの「ヒコ」に救われております。
私と妻も数回追い詰められましたが、ここは捕虜の少女に救われました。
彼女は新政府のお抱え暗殺集団の一員で、沖田に破れて囚われの身となりましたが、妻には随分と懐いておりました。
「壬生狼」と呼ばれて、殺戮マシーンと化していると聞いておりましたが、案外と情にほだされやすい性分も持っていたようでございます。
ちなみに彼女の名前は「朱雀」といいました。
両手に手錠をはめられながらそれでもなお、ナイフを握って狼たちと攻防を続けます。灰色の狼が朱雀とすれ違うごとに鮮血が舞い、眠ったように狼は地面に倒れました。
恐るべき手練れでございました。
十匹以上の犠牲を出した時点で狼たちは一端退きました。
執念深い狼のことです。
必ず近いうちに再度襲撃してくるはずです。
我々は洞窟のひとつに陣を張り、狼たちを待ち伏せし、撃退することを決心しました。
ここに至って、すでに大久保翁、陸奥、斎藤が戦闘不能の状態。
沖田はやむなく朱雀の手錠をはずし、最強タッグを組んで、洞窟入口で敵を待ちます。
申し訳ありません。
今日はもう時間が無いようです。
この話の続きは、次回にさせていただきます。




