第15話 終巻
4章 死霊所潜入編
煉獄の巻 第15話 終巻
お待たせいたしました。
やや話が前後してしまう部分をご容赦ください。
斜里町の道の駅に単身乗り込んだ私、山岡朝洋はそこで異様な光景を目の辺りに致しました。
廃墟と化した道の駅の屋内には十三体のゾンビが徘徊しておりました。
大人の男もおりましたし、女性も子どもも老人もおりました。
家族を構成しているかのような十三体でございました。
異様なのはその風体でございます。
一体誰が、何の目的で行ったのか、十三体すべてが、両目を潰され、両耳と鼻を削がれておりました。
なるほど、屋外の銃声や血の匂いの刺激を感知しなかったわけでございます。
一番異様に感じたのは、その密集具合です。
私は長いことやつらを観察し、分析しておりましたから、この異質さにすぐに気が付きました。
通常のゾンビたちは、それぞれが縄張りを持ち、ある一定の「距離感」というものを有しております。
誰かが自らの縄張りに入ってきた場合は、距離をとって移動していきます。
こうしてゾンビたちはその生息域を広げていったのでございます。
しかし、この狭い屋内にいるゾンビたちはまるで人肌が恋しいかのように身を寄せ合い、ぎゅうぎゅうに密集しているのです。
なぜなのでしょうか……。
ゾンビたちが中央に寄り合っているので、屋内には広いスペースが四隅にありました。
普通の人間であっても気づかれずに侵入することは容易であったと思います。
私は昼間はゾンビと同じ身体になる「昼型」でございますから、特に警戒することもなく、その異質な集団を横目に壁近くの机を探索し始めました。
数分後、奇妙な現象が起こりました。
視覚・聴覚・臭覚を失った集団が、なぜか私の方に寄ってくるのでございます。
それは火に惹きつけられる蛾の群れのように私の目には映りました。
私の勘違いかと別の場所に移動するのですが、やはりすり寄ってきます。
通常の低い唸り声ではなく、人間を見つけたときの高い歓声でもなく、
「ヒャー……ヒャー……」
と不気味な声をあげて迫って参ります。
駆け寄ってくるのではなく、ジリジリと迫ってくるのです。
距離が縮む度に私は居場所を大きく反対側に変えました。
やがて十三体の集団は互いに身を寄せ合いながら私の方に反転し、向かってきます。
実に気味が悪いのです。
私にはやつらを惹きつける何かがあるというのでしょうか。
不吉な予感に背中を押されながら、数ある机を探索し尽くしましたが、メッセージのようなものは見つかりません。
床にも天井にも壁にも……私の探し方が甘いせいなのか、何も発見できないのです。
やつらとの居場所の交換が七度ほど続いた後、私はさらに異質な光景を目にしました。
十三体のゾンビたちが全員口から緑の液体を垂らし、それをこちらに吐きかけてくるのでございます。
床にぶちまけられた液体の中には蛆虫のようなものが物凄い数で蠢いております。
私は観念し、外に飛び出しました。
大久保翁が頷きながら、ニンマリとして私を迎えたのでございます。
話を数時間後の車内に戻しましょう。
独立組織「マシガニオ」の軍師格である大久保崇広の語りはみなの心にどう伝わったのでございましょうか。
彼は「ゾンビ攻め」という前代未聞の戦術を実行し、新政府を滅ぼそうとしているのでございます。
二番隊隊長の陸奥忠信が口を開き、
「奇想天外っていうのはこのことだな……だいたい、ゾンビはこの知床の地にはほとんどいない。ゾンビを餌にする動物たちがうようよしているからな。まあ、仮にいたとしてもゾンビを指揮することなどできやしない。知床の入口を見つけたとしてもそこまでどうやって誘導する?囮を使うのか?何㎞も?土台無理な話だ。その前にゾンビに囲まれて進退がとれなくなる。ジジイの話は夢物語だよ」
確かにそうでございます。
しかし、そう思う一方で何かがひっかかるのでございます。
何か不吉な予感がどんどんと高まっていくのがはっきりとわかりました。
大久保翁には策があるのです。
やつらを誘き寄せ、そして思惑通りに動かす術を発見しているのです。
話を進めながらしきりにこちらの様子を窺う大久保翁を見ていて、その作戦の核心に私や妻が据えられていることもはっきりと感じ取れました。
私たちは「ゾンビ攻め」の計画遂行のために呼ばれたのです。
間違いありません。
しかし、なぜ……、これまで数度ゾンビたちと遭遇してきましたが、こちらに興味をもつような仕草はまったくありませんでした。
あの道の駅だけが特別でした。
感覚を失ったゾンビたち。
私に人間の血の匂いを遠くから嗅ぎ取る力がついてからのことでした。
何かが動き出しています。
私の知らない何か……。
大久保翁は知っているのです。
そしてそれを待っている。
「時に大久保さん。その作戦内容を祥子さんはご存じなんですか?彼女が容認するとはとても思えませんが」
そう沖田春香が問うと、大久保翁は何でもなさそうに、
「あの小娘が知っているわけがなかろう。あやつは単純に兄の救出だけを考えておる。まだ兄が生きていて、新政府の実験台にされていると思い込んでいるからの」
「生きてはいないんですか?」
沖田が悲しい目で尋ねます。
大久保翁は目を見開いて、
「それを聞くお主も相当なタヌキだな。あやつの兄にとどめをさしたのは沖田、お主だろうに。よくいけしゃあしゃあととぼけられるものじゃな。坂本陽輔の実験区にいたのはお主と桂じゃ。そして二人で関係者を殲滅した」
沖田は何も答えませんでした。
「桂?あの『青面獣』と呼ばれる桂剛志のことか?沖田、お前やつと一緒に行動したことがあるのか?」
陸奥が驚いて話に割って入りました。
「ええ。桂さんは父の部下でしたからね。もう随分と前の話ですよ。今では敵同士ですし」
「桂がマシガニオのリーダーの部下?じゃあ、なんで新政府にいるんだ?まさか、桂が内通者なのか?」
誰も何も答えませんでした。
数時間後、私たちは車を下り、オホーツク海に接した岩壁、「フレペの滝」に辿り着きました。
「十番隊をここで待つ。合流後、知床に潜入する」
大久保翁がそうみんなに伝えました。
「これで知床は、本当の死霊所となるのじゃ」
夕闇が迫っておりました。
鉛色にくすんだ海が激しく波立っております。
あらがい難い運命を感じながら、私と妻はいよいよ知床に潜入するのでございます。




