第14話
4章 死霊所潜入編
煉獄の巻 第14話
お待たせいたしました。
やや話が前後してしまう部分をご容赦ください。
旧国道三三四号線。
斜里町市街地からウトロに続く一本道です。
一台の小型バスが無人の荒野を走るが如く進んでいきます。
車内には独立組織「マシガニオ」の隊長のひとり陸奥忠信率いる二番隊。同じく一番隊隊長の沖田春香、大久保崇広、私の妻、そして私、山岡朝洋。
さらに捕虜の少女が両手首に手錠をはめられ座っております。
「で?この少女が知床潜入のルートを知ってるってことか?」
金髪にサングラスの陸奥がそう言うと、大久保翁が、
「知っていたところで何も語るまい。新政府の暗殺集団、壬生狼のメンバーは決して口をわらん。尋問したところで時間の無駄じゃ」
そのボサボサの髪を右手で掻きながらそう答えました。
「じゃあジジイどうすんだ。知床半島の先端まであてもなくドライブでもするつもりか?」
「スパイからの交信を待つより他にあるまい」
「だいたいな、ジジイ。この地下の連中のなかに本当にスパイするやつなんているのか?百万人の国民はがっちり管理されているって話だ。おかしな行動をしていれば簡単にみつかっちまう。いくらジジイが新政府樹立の立役者『二十八部衆』のリーダー格だったとはいえ、安住の地の住民で今更クーデターを起こそうとする物好きなんているわけがない」
陸奥の話に頷いて聞いているのは部下の三人だけです。
「ではお主はなぜこの作戦に参加する気になった?」
大久保翁が眼鏡の奥で眼光を光らせながら尋ねました。
「ああ?ジジイの話なんざ馬鹿正直に信じるかよ。どうせ裏では用意周到に別案を進めているんだろ?ジジイが動くってことは余程確信があったんだろうが。俺はそれにのったんだ。何を企んでる?そろそろ喋ってもいいんじゃないのか?」
「フン。野生の勘か……。沖田はどうじゃ?お主はなぜこっちに合流してきた?」
すると静かに座っていた沖田春香が、
「陸奥さんと同じかな……。僕にはまるで確信がないけど」
それを聞くとまた大久保翁は鼻で笑いました。
「いかにも。知床には内通者はおらん。いたにはいたが、全員がこの壬生狼に殺された。実際はこちらにはまったく関係の無い人間まで二百人は殺されたらしい。やつらはグレーゾーンの連中まで徹底的に皆殺しにしたのじゃ」
車内がシーンと静まり返りました。
と、クククという笑い声。
手錠をはめられている少女のものでございました。
黒い髪は肩まで。細い腕には蛇のような刺青。肌は透き通るように白く。唇は薄い桃色。
「何が可笑しい?」
兵士のひとりが強い口調で少女に詰め寄りました。
その髪を強引に引っ張り、顔を上げさせます。
大きな黒い目が私の目と合いました。
「何とか言え!!この死神が!!」
少女の腹部に膝蹴りを入れると、少女は苦しそうにガラスにもたれかかりました。
それでもなお笑顔は続いております。
「やめておけ」
陸奥がそう指示を出し、兵士を座らせます。
「なんじゃ。お前もわしの仲間を殺したのか?」
大久保翁がそう尋ねると、少女はさらに大きな笑い声を発し、
「二百人?何もわかってないね。あんたの仕掛けの犠牲者は千人を下らない。その多くが事態も呑み込めない女、子供さ。死神の称号はあんたにくれてやるよ」
それを聞くと今度は陸奥も笑い出し、
「なんだジジイ。どこに行っても嫌われものだな」
「なるほど。それで坂本さんを引っ張らせたわけですか……」
沖田が納得したという表情で呟きました。陸奥が、
「引っ張らせた?どういうことだ?坂本は魏延の裏切りで誘拐されたんだろ?違うのか……わざと誘拐させたのか……そこから知床の入口を見つける算段か」
「志願したのはあの小娘じゃ。新政府はあいつの身体を喉から手が出るほど欲しがっていたからの」
「チッ!じゃあ、羅臼方面からの進軍は囮か」
「あくまでも十面埋伏の計の延長線上じゃよ。本命だけでは勘付かれる恐れがあるからの」
「新政府の内通もフェイクか……ジジイらしい姑息な策だ」
「いや。新政府の内通は確かにある。それがなければこの策は成功せぬ」
「なに?まだ言うのか。全員殺されたとさっきジジイが言ったばかりだろう」
そう吠えて陸奥が力任せにバスの席を横殴りにすると、シートが音をたててクの字に曲がりました。
「まさか……内通者というのは……」
沖田がはっと気づいて大久保翁の顔を見ます。
沖田のその顔はまるでゾンビに相対する時のものと同様のものでございました。
「知床こそが監獄じゃ。自由のきかない密閉された空間。人類が生き延びるには他に手段が無かった……。あそこにはプライベートなどない。権利など何も主張できない。安住の地を得る代わりに全てを捧げねばならないのじゃ。誰かが言っておった……ここは死霊所だと……人間は尊厳を捨てると本当の生など得られない。最先端の科学を結集し、英知を集めた結果が、監獄じゃよ……ゾンビに怯え、外に生きる人間に怯え、隣人に怯え、疑心暗鬼の坩堝と化しておる。あれは国家などと呼ぶべきものではない。断じて日本政府だとは認められん」
大久保翁がいつにない熱弁を振るいながら演説しておりました。
誰もが白けきった心持で耳を傾けておりました。
意味がよくわかりません。
「大久保さんの目的は何なのです?抗ウイルス薬の奪取などきれいごとなんでしょ?」
沖田だけが涼しげな表情で問います。
「フン。生意気に人の心を見透かしおるな。そうじゃ。薬などという物には興味はない。榎本明広を元首に添えたあの腐れ政府を倒さねば、日本という国は亡びる」
大久保翁が立ち上がってそう叫びました。
「なんだ、この期に及んで今更、国の話か。どうでもいいだろうが、そんなことは」
陸奥がそう横やりを入れると、大久保翁は真っ赤になって、
「そんなこととはなんじゃ!!人間は国なくして存続できぬのじゃ。歴史がそれを証明しておる。人類の永続のためには国が必要じゃ。組織が必要なのじゃ。だが、今の政府には国家繁栄の志はない。ただ生き延びただけ、生き残るだけ、それがわしは許せぬ。『Fの御一新』の際にわしが現政府とたもとを分かったのはそれが原因じゃ」
「で?ジジイは知床の潜入口を見つけてどうしたいんだ?爆薬でもぶちこむか?」
陸奥がそう言って笑い出します。
「そんな生半可なことはしないわい。もっと効果的な手段を用いる」
「ほお。核ミサイルでも手に入れたか?」
ここで大久保翁はドサリと席に座り。
「古来より籠城に対し、力攻めの他には、火攻め、水攻めとあったが、今回、わしは人類史上初の戦術を用いることにしたのじゃ」
全員が大久保翁を凝視します。
大久保翁はやや間をおいて、
「ゾンビ攻めじゃ」
そう言い放ちました。
「そして新たな国を創立する」
生き死にばかりに翻弄されていたこの時代に、大久保翁はまた随分と高尚な志をもっていたと思います。
国を創る……。
突拍子もないお話でございました。
最後に大久保翁はこう付け加えました。
「これがあのゾンビたちの最も効果的な対処法じゃ」
ゾンビを知床の都に大量に放ち、国を亡ぼす……悪魔のような算段でもございました。
それでは、この続きは私の命が続いた場合に更新させていただきます。
失礼致します。
 




