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第10話

4章 死霊所しれとこ潜入編


煉獄れんごくの巻 第10話


 お待たせいたしました。

 私、山岡朝洋やまおか ともひろと妻は、独立組織「マシガニオ」副リーダー坂本祥子さかもと しょうこと合流すべく網走あばしりにある「網走監獄」を訪れていました。

 しかし、新政府に内通した「魏延ぎえん」こと西郷成宏さいごう しげひろに坂本は連れ去られ、代わって陣頭指揮を執る大久保崇広おおくぼ たかひろ一行と共にその跡を追うことになったのでございます。


 「さて、それでは二手に分かれるとするかの。一方は網走市街地を探索しつつウトロに向かう。もう一方は斜里しゃりを探索しつつウトロに向かう」


 大久保翁は歩みを緩めることも無くそう指示を出しました。

 

 夜の闇が薄れ始め、空が明るくなってきておりました。

 間もなく日が昇る時刻でございました。


 兵士のひとりが立ち止まって、


 「寡兵かへいを更に分けるのですか?各個撃滅していくのがあちらのねらいでは。分散するのは得策ではないと思われますが」


 大久保翁はふーっとため息をつきながら、


 「わしもそう考えるがな。しかし、こちらのメンバー構成を考えるとそうはいかんのじゃ」


 その一声で兵士たちが全員こちらを向き、睨みつけてきたのでございます。


 「こやつらは昼型デイタイムじゃ。猿とは共に行動はできん。以前の件もあるからの。全員がこやつらと行動を共にしておると全滅の危険もある」


 大久保翁は困惑した口調で話を続けますが、その表情はさも楽しげでございました。

 

 兵士たちの憎しみに満ち、炯々(けいけい)とした眼光に晒されて私は胸の詰まる思いでございました。


 兵士のひとりがまた口を開きます。


 「であれば、こいつらだけを別行動にするべきです」


 要は見捨てるという意味です。

 確かに私たちは行軍には足手まといもいいところです。


 「と、みなが言っておるが、どうじゃ?」


 そう大久保翁が私に聞いてきました。


 なんとも意地の悪い詰問でございます。

 ここで見捨てられれば私と妻は野垂れ死にするより他にありません。

 かと言ってお荷物と分っていて連れて行ってくれと懇願するのも何か腑に落ちません。

 元来、マシガニオに合流してほしいとお願いしてきたのは、副リーダーの坂本祥子なのです。事態が急変したからと言って、その話を反故ほごにされるのは合点がいかぬ話でございます。

 こうなると私たちが土下座でもしない限り、彼らとの共同作業は承認してはくれぬことでしょう。

 同等の立場であった私たちとマシガニオの関係が一転、私たちは彼らに奴隷のように顎で使われることになるのです。


 「ん?どうなんじゃ?」


 それがわかっているだけに、大久保翁は愉快で仕方がないといった表情で私に詰め寄るのでございます。

 私は答えに窮しました。

 どう答えても私と妻の対場は今よりずっと悪いものになるからです。


 「好きにしろし!!」


 妻が大きな声でそう答えました。

 傍にいた斎藤勘次郎さいとう かんじろうの肩にのる猿の「ヒコ」がびっくりした顔で妻を見つめます。

 妻は一歩も退かぬ覚悟で大久保翁に対峙しておりました。


 「フ、アハハハ……さすがは信玄公誕生の地の女子だの。まあよい。お主らにはお主らの活躍の場もあろうて。よし、斎藤は十番隊をこのまま引き継げ。兵は三名。それに猿じゃ。網走市街地を探索後、車をみつけてウトロに直行せよ。合流は十二時間後じゃ。こちらは遊撃隊としてわしが率いる。兵は二名。それにニオが二匹」


 「匹!?」


 妻がそれを聞いてまた噛みつこうといたしましたが、斎藤が間に立ちなだめます。


 「フン。こちらはすぐに動ける車を探し出し、斜里まで直行。この地を探索後ウトロへ向かう。合流は日没後じゃから猿とニオが鉢合わせになっても問題はない。よいか」


 兵士全員が低く太い声で、

「ラジャー」

と応えました。


 私たちは徒歩で網走監獄を出た後、二手に別れました。


 向かう先の道路には乗り捨てられた車が大量に放置されており、その大半がゾンビの手で窓を叩き割られておりました。


 食い尽くされたのであろう遺体が白骨化しております。


 動ける車もあったのでしょうが、とてもこの渋滞の中を通過することはできません。

 私たちはそんな車の間を縫うようにして進みました。


 「もし、ゾンビに遭遇した場合どうするんですか?私と妻はやつらを素通りできますが、こんな状態ではみなさんはとても逃げられないでしょう」


 私がそう兵士のひとりに尋ねてみると、その兵士はこちらを向くこともなく、


 「この銃がある」


 「銃……ですか。しかし……」


 とても銃ごときでやつらを足止めできるとは思えません。

 すると私の心の内を読んだのか、


 「この銃は対ゾンビ用に改良されたものだ。銃弾に除草剤のようなものが詰まっている。それがゾンビの体内で飛び散れば一定時間やつらの動きを遅くすることができる」


 「除草剤……」


 確かにゾンビは植物に近い構造を持っていると聞いておりました。光合成すら行っているのでございます。だとすれば除草剤も効果的なゾンビの対処法に違いありません。


 「一定時間とはどれほどなのでしょうか?」


 私が質問を続けると、その兵士は面倒臭そうに、


 「五分程度だ。活性化し始めたらまた撃てばいい。五分あれば亀でも逃げられるだろうが。それとも自分の身体で試してみるか?」

 

 私は唸りながら兵士の傍を離れました。


 五分のアドバンテージはかなり大きいものがございます。

 ゾンビの数にもよりますが、まず回避することができます。

 大久保翁はさておき、兵士たちがまるで不安なく進んでいくのも頷けます。

 昨年の九月二十六日の発生当時にこの手段を用いていれば、感染はここまで広がらなかったかもしれません。


 車を拾うまでの二時間、何度かゾンビに遭遇する機会がありました。


 兵士たちは的確に襲ってくるゾンビたちを撃ち、その都度余裕を持ってその場を離れることができました。

 周辺に生息するゾンビの数が極端に少なかったことも味方しました。


 大久保翁は銃を持つこともなく、また特にこれといった命令を下すこともありません。


 二名の兵士は常時上手に連携をとり、効率よくゾンビを撃退していきます。


 私はその姿を見てさらに唸りました。


 見事にゾンビたちに対応しているのでございます。


 人間の環境適応能力の高さに私は驚きと感銘を受けました。


 彼らにとってゾンビはもはや脅威ではないのでございます。


 人類はこれまで様々な困難を乗り越えてきましたが、ゾンビという災害もまた対処しえる対象になったのでございます。

 

 この感動はいち早く皆様にお伝えしたくて仕方ありませんでした。



 車を拾って乗り込んでからは道路もすいており、なんとも快適な行軍となりました。


 窓の外を見れば、モクレン科のキタコブシが白く大きな花を咲かせておりました。


 春でございました。


 色のない早春の森に春の訪れを知らせてくれております。


 希望溢れる春。


 私は心からそれを感じることができたのでございます。


 

 乗り込んだ車中では、私たち夫婦に何か異変があればすぐにでも対処できるよう、兵士たちが銃口を向けておりましたが、私の心は晴れ晴れしておりました。



 「他部隊と交信ができました。報告します。羅臼らうす方面に展開していました三番隊、四番隊、六番隊、七番隊が全滅」


 兵士の口調に緊張と不安が感じられます。

 大久保翁はまるで関心が無い様子で、


 「そうか」


 と一言だけ応えました。


 「羅臼方面の主力部隊、一番隊が矛先を斜里に変更して現在潜入中」


 「一番隊……ほう。沖田か……あの小僧も気づきおったか。この先で合流だの」


 「はい。なお、網走方面に展開していました二番隊が音信不通。五番隊、八番隊、九番隊が全滅。以上です」


 「構わん。一番隊と十番隊が残っておれば計画は遂行できる。魏延の件は先に沖田に伝えておけ。あやつらならば坂本を奪取できるかもしれん」


 「了解しました」


 沖田。


 私はその名をはっきりと耳にいたしました。


 あの層雲峡そううんきょうでの出来事がまるで昨日のことのように脳裏をよぎります。

 当時はまるで事態が呑み込めず、右往左往していた私たち夫婦を導いてくれた天使。

 そうです。下の名も思い出しました。


 沖田春香おきた はるか


 一番隊を率いているのが彼であることを、この時私は確信しておりました。


 そしてまた再会できることを。


 それでは、この続きは私の命が続いた場合に更新させていただきます。


 失礼致します。




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