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第14話 命灯

第14話 命灯


 任務遂行者カラー坂本陽輔さかもと ようすけは夜通しホテル内を彷徨い久門翔子ひさかど しょうこを探したが、彼女を連れ去った桂剛志かつら つよし沖田春香おきた はるかの尻尾を掴むことができずにおりました。


 どこの階の廊下にも感染者が徘徊しており思うように前には進めません。

 客室だけで百六十一もあるので、しらみつぶしにするにしてもひとりでは時間がかかります。

 また、抗ウイルス薬の効果があり症状を辛うじで抑えることができていましたが、感染しているのは間違いないのです。

 時折意識が定かではなくなり、フラフラと勝手に歩みを進めている自分を発見したりします。

 自我以外の意思が自分の身体を支配し始めていました。思うように身体を動かすことができず、感染者たちを蹴り飛ばしながら進むことができないのです。


 皮肉なことに感染を抑えている抗ウイルス薬の中に埋め込まれていたGPSのセンサーが、坂本の所在を逐一桂らに教えているのだから捕まえられないのも無理はありません。

 坂本が近づくに合わせて居所を変えているはずですから。

 まさにどうどうめぐりでございました。


 五階露天風呂の脱衣室で別れた標的ターゲットである高橋守たかはし まもるの姿も見かけることはありませんでした。


 焦燥感に駆られる坂本をよそに時間だけが刻々と過ぎていきます。


 二千十六年九月二十九日午後三時。


 坂本はついに覚悟を決めて最後の手を打ちました。


 最上階に爆薬を仕掛け、それに点火したのです。


 十階は激しい爆発音とともに火に包まれました。


 炙り出す作戦でした。


 十階から九階へ火の手が進むにつれて坂本の捜索の範囲は狭まっていきます。

 発見するのが先か、このホテルが焼け落ちるのが先か、まさに最終手段でございました。


 度重なる感染者の襲撃に出会い、坂本の身体は文字通りボロボロです。

 噛み千切られた箇所は数知れず……。

 おびただしい血をまき散らしながら進んでおりました。


 坂本の血が感染者の血だからなのでしょうか、幸いなことにやつらを引き寄せる力は弱いものでした。それでも体臭からはまだ人間のものが残っており、やつらに出会えばその都度襲撃されたのです。


 重たい身体を引きずるように三階フロアを探索していた時です。


 感染者の群れと遭遇しました。

 正確に言うと、生存者の集団に襲いかかっている感染者の群れでございます。

 廊下の隅に追いやられた十数名の集団の中には若い男が数名、前線に立っています。

 奥には女性の姿もありました。

 驚いたことに子どももいます。

 坂本はこれほどの数の生存者がまだ生き残っていたことに驚きを覚えました。


 その全員が懸命にやつらの突進を手持ちの椅子やモップの棒などで防いでいるのです。

 襲いかかっている感染者は六人。

 歓喜の声をあげながら手あたり次第全身で衝突を繰り返しています。

 生存者たちは押しまくられていて、遠目からでも全滅の憂き目にあっていることは火を見るよりも明らかでした。

 歓声を聞いて他のフロアからも感染者たちが駆けつけつつあります。


 ガン!!ガン!!ガン!!


 鳴り響いた銃声とともに後頭部を正確に撃ち抜かれた感染者六人が地に倒れました。

 一瞬の静寂の後、今度は生存者たちから歓声があがったのです。

 得物えものを捨てて飛び上がって喜んでいる者の姿もありました。


 「安心するな!!こいつらに銃など効果はない。すぐに立ち上がって襲ってくるぞ。早くここを立ち去れ!!」


 坂本の怒声。


 先頭にいた割腹の良い男が流れる汗をぬぐいながら、


 「恩にきる。俺の名前は駒田光こまた ひかるだ。あんたの名前は?」


 「こんな時に名乗り合ってどうする。早くしろ!」


 言っている矢先に地面に伏せていた感染者たちが身震いしながら立ち上がろうとしております。


 なぜか駒田はじっと坂本を見つめて動こうとしません。


 坂本が焦れました。


 「坂本だ。坂本陽輔だ」


 舌打ちして名乗りを上げると、駒田が微笑みを浮かべながら何度も頷いた。


 「そうか、あんたが坂本さんか。見事に任務遂行果たしたそうだの」


 「お前も任務遂行者カラーか……」


 「カラー・パープル。標的ターゲットの戦闘能力を確認するのが俺の使命だ。今、標的ターゲットはどこにいる?」


 生存者たちから悲鳴があがりました。

 目をつむり額から血を流しながら感染者たちがよろよろと立ち上がったのです。


 「二階に俺の部屋がある。そこに逃げ込もう!!」


 集団の中の若い男がそう言って走り出しました。

 途端にみんながそれに続きます。


 その時、坂本は足から崩れるようにして地面に両手をつきました。

 めまいと吐き気に同時に襲われ、手足がしびれたように動かないのです。

 呼吸ができませんでした。


 駒田はそんな坂本を抱きかかえて最後部を走り始めたのでございます。


 階段を下りていった先頭から悲鳴。


 二階のフロアでやつらと鉢合わせになったようです。

 後方からもやつらが迫りつつあります。

 完全に挟み撃ちにあった形になりました。


 「あすみ、あすみはどこだ!」


 駒田が呼ぶと、女性がひとり、子どもの手を引いて寄ってきました。

 女性は三十ぐらいの年齢で、女の子は三歳くらいでしょうか。大きな目をして利発そうな表情をしている子です。


 「あーちゃん、ほら、パパよ」


 「おお、山岡さんありがとう。さあ、あすみ、パパのところにおいで」


 駒田はそう言うと抱えていた坂本を床に下ろし、替わりに女の子を抱きかかえました。

 坂本は薄らぐ意識の中で駒田の口元を見ます。

 声は聞こえなかったが口元から何を話しているのはわかりました。読唇術、そのくらいの訓練は積んでおります。


 (カラー・インディゴ、アクセスしろ。六頭の熊たちを再度解放しろ)


 階段から感染者二人が猛然と駆け上がってきました。

 踊り場で立ちすくんでいる集団から悲鳴があがります。

 それもすぐに銃声にかき消されました。

 ぼやける視界のなかでも坂本の銃弾は確実に感染者たちの頭を撃ち抜いていたのです。頭を撃てば、殺すことができなくとも一時的な足かせはできます。


 (カラー・インディゴ、二階だ。二階を掃討しろ)


 駒田は依然、抱きかかえた子どもに何か耳打ちをしております。


 坂本がようやく息絶え絶えに立ち上がりました。

 壁にもたれかかるようにして二階へと進みます。

 集団の殿しんがりの男たちは組み立てたパイプイスを盾にして必死に上から襲ってくる感染者たちの攻撃を防いでいました。

 もちろん長くは持ちそうにありません。


 坂本はひとり前へ進み駆けあがってくる感染者を銃撃していきます。

 立て続けに四人が頭を撃ち抜かれて階段を転がり落ちていきました。

 しかし、それを踏みつけ新手が歓声を上げて向かってくるのです。


 「しつこいやつらだ……慌てなくてもじきに俺もお前たちのお仲間だぞ……」


 坂本のつぶやきに合わせて銃声が鳴ります。

 しかし転がり落ちたやつらもむくむくと立ち上がってくるので、きりがありません。


 「あと三発か……」


 坂本は冷静に銃弾の数を数えておりました。

 階段の下に九人はいます。

 もはや打つ手はありません。やれることといったら生きたまま食われる前に自分の頭を吹き飛ばすくらいでございます。

 駆け上がってきた感染者のひとりが坂本の太ももに噛みつきます。

 激痛にこらえながらも強烈なひじ打ちを食らわすと、そいつは階段の下まで転がっていきました。


 坂本は観念してその場に座り込みます。


 と、眼下に何か大きな黒い影が飛び込んできました。


 フロアいっぱいの体積をもつその影は巨大な熊でした。


 (冗談だろ……こんな巨大な熊がいるものか……)


 坂本はついに幻覚症状まで出てきたのかと自らの身体を呪いましたが、カラー・インディゴにコントロールされているこの巨大な熊は現実に存在しているのです。

 立ち上がった感染者を頭から噛み砕いて残った肉体の一部を壁に叩きつけます。前足で床に転がっている感染者の頭を踏み潰し、突進して感染者を天井まではね飛ばしました。

 九人いた感染者たちはわずかな間に全滅し、その肉片が辺り一面に散らばっております。

 その巨大な熊は飛び散った感染者の血を舐めながら視線を左右に動かし、絶えず獲物を探しているようでございました。


 やがて階段上の坂本と目が合います。


 (感染者しか食わない熊か。ならば感染している俺は獲物のうちってところだな……)


 兵士として強者に倒されて死ぬのであれば本望です。

 頭のおかしくなった感染者に喰われるよりよっぽどましでございました。


 熊は深い目をしておりました。


 随分と長い時間目を合わせていたように思えます。


 坂本は熊と何かを語り合ったような気もしました。


 おそらく朦朧もうろうとした坂本の意識が夢の狭間を見せていたのかもしれません。


 熊は襲ってきませんでした。


 なぜか悲しい目でいつまでも坂本を見ていたのです。


 操られるもの同士の共感だったのでしょうか……。


 坂本の意識はここでプツリと途切れます。



 再び目覚めたとき、軍事作戦レインボーは最終局面を迎えておりました。


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