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第8話 カラー・イエロー

第8話 カラー・イエロー


 坂本陽輔さかもと ようすけは七階の客室で、離ればなれになっていた久門翔子ひさかど しょうこと再会することができました。同時に沖田春香おきた はるかという少年と元同僚の桂剛志かつら つよしとも合流しすることになったのです。


 「これが抗ウイルス薬か……」


 坂本は沖田から渡された小さなカプセル入りの薬を不安げに眺めます。

 それ以上に翔子が泣きそうな表情で坂本を見つめていました。


 窓際で銃の手入れを始めた桂は、視線をこちらに送ることも無くぶっきらぼうに、


 「嫌なら飲まなければいい。お前も知っているように僅かな傷口からも百%の確率で感染する最悪のウイルスだ。放っておけば必ずお前は死ぬ」


 それを聞いて翔子が怒りの眼差しで桂を睨みつけます。


 沖田は髪を掻きながら、


 「まさか任務遂行者カラーに投与することになろうとは考えてもいませんでしたよ……。効果は個人差があるそうですが、まあ、日本の医学を結集して創り上げた薬ですし、期待しましょう」


 「これでお前の任務は終了か?」


 坂本の言葉に沖田は首を振り、


 「いえ。どこまで効果があったのか確認する必要があります。その傷口からの感染であれば薬無しだと二、三日経過した時点で完全に末期症状になるはずです。抑制力がどこまでもつのか拝見させていただきます」


 「好きにすればいい」


 そう言うと坂本はカプセルを飲み込みました。


 休憩もかね、しばらくの時が流れました。


 「そうか、沖田将補のご子息か……」


 桂から話を聞き坂本は頷きます。なるほど目や口元はそっくりでございました。

 そして、このNO.六六六地点が最も力を注いでいる実験地区であることを再度認識したのです。将補自らのひとり息子を投入しているのですから。尋常な力の入れ方ではありません。


 「それで、桂、お前の任務は何だ?」


 「しつこい男だな。言ったはずだぞ、俺はここの後片づけだ」


 「それは後軍の役目だろう」


 「フン。どちらにしてもお前の任務の進行次第だ」


 それを聞いて坂本は眉をひそめました。


 「どういうことだ?俺の任務を知っているのか?他の五人の任務もか?」


 「ああ。俺の任務の特色上、七人全員の任務のつながりは聞いている。だが誰が任務遂行者カラーなのかまでは知らない。現状でわかっているのは俺を含め、お前と春香だけだ。他の四人は今頃このホテルのどこかで息を潜めているんだろう」


 「お前のように俺の任務遂行を待ってか?」


 桂は一瞬何かを言いたそうな顔をしましたが、首を振って、


 「この作戦の中心は坂本、お前だ。お前の任務が成功するかにかかっている。他のメンバーの任務はおまけのようなものだ。それは重々承知の上で引き受けたんだろう?」


 「沖田将補がわざわざ直接ここに送り届けてくれたからな。期待の大きさは理解しているつもりだ。それにしてもクソ任務だがな」


 「気持ちはわかる。しかしな、お前と同じ任務を帯びた者が今の日本中に何千といる。それぞれが特筆すべき能力を有しているのだろうが、科学者たちの一致した意見ではその成功率は八千百二十八分の一だそうだ」


 「宝くじを当てるよりかははるかに高い確率さ。戦場で銃弾を浴びる確率よりもな」


 「その薬が効く確率とどっちが高いかな。まあどちらにしてもお前の任務が成功しなければ他のメンバーの多くが犬死ってことになる」


 「あいにくだが俺は致命的なミスを犯した……。このザマだ。期待に応えられず申し訳ない」


 坂本が苦々しげに投げ捨てるようにそう言いました。


 「まったくだ。当てがはずれたな。最悪、自分自身を被験者にするつもりだったろうが、その傷ではもう無理だ。他を探すしかないぞ。なんだったらあの娘でいくか?」


 それを聞いて坂本の目に殺気が籠りました。

 桂が舌打ちすると坂本は詰め寄り、


 「あの子はお前らに託す。頼めるか?」


 「さあな。子守りの相手が増えるだけで構わんが、向こうが了承するか?」


 視線の先では翔子が沖田と何かを言い争っておりました。街角でよく見る若者たちの戯れの景色。


 「関係ない」


 坂本がそう言い切りました。



 坂本の話を聞いて翔子は当然のように激昂しました。

 真っ赤な顔をして反論します。


 「私はお兄ちゃんと一緒にいるわ」


 「いいか。お前も外の様子を見ただろう?お前を連れてでは俺は自由に動き回れない」


 「手伝うわ。何でも言って。何でもやる」


 坂本はうんざりした表情で、


 「これはプロの仕事なんだ。お前のようなガキの出る幕は無い」


 翔子が何か言い返そうとしたのを押し黙らせるように、


 「お前はここにいろ。この人たちといれば安心だ。俺は駄目だ。じきに発症する」


 「そんな……」


 「その前にやらなければならないことをやり遂げる」


 そう言って坂本はドアの前に立ちました。


 「たかが数時間の付き合いだったがな……お前には楽しませてもらったよ」


 「お兄ちゃん!!」


 静かにドアが開きました。


 「いいか、生き残れよ」


 音も無くドアが閉められました。

 そこにはもう坂本の姿はありませんでした。



 坂本には果たさねばならない使命があります。

 まずは生き残りを探すことが先決でした。

 感染が広がってまだ数時間。潜んで難を逃れている人間はいくらでもいるはずです。

 しかし時間が経つに従ってその数は劇的に減っていきます。

 当初の見通しではさほど慌てる必要も無かったのですが、傷を負って感染した以上は数日の日和見ひよりみなど許されません。


 受けた任務カラーは命に代えても遂行しなければならない。それができて初めて自分の名誉は回復するのです。どうせ死ぬのならば国のために戦った戦士として散りたい。それが坂本の願いでした。


 坂本は気配を消しながら廊下を抜けて非常階段へ、そのまま下層へと向かっていきます。


 (これはひどい……)


 二階はバイキング用のレストランや料亭などのお店が多く軒を連ねておりました。

 廊下は床や壁が鮮血で真っ赤です。

 何かを踏みつけてしまい足元を確認すると、もぎ取られた指が何本も床に散らばっているのを発見しました。

 肉片の付いた髪も至る所に落ちています。

 懐かしい戦場の匂いとともに激しい異臭が鼻をつきました。


 坂本は用心しながら先へ進みます。

 開放されたレストランの入り口から受付を通り店内へ。

 低い唸り声は八方から聞こえてきますが、感染者の姿は見えません。


 照明はほとんどが消されており、わずかに灯っている光を頼りに店内を捜索していきます。

 暗闇の中を何かがうごめく気配は感じます。

 坂本は近くにあった食事用のナイフを手にしました。

 そして、広い客席ではなく厨房へと向かいます。

 生存者がいるのならばこちらでしょう。


 と、店員らしい制服を纏った年配の男性が目前に現れました。

 暗闇で表情までは読み取れません。

 ただ、正常な人間でないことは確かです。

 歩き方、声でわかります。


 坂本はすっと間合いを詰めると正確に心臓にナイフを突き立てました。

 手ごたえはありましたが、相手は倒れることすらないのです。

 坂本は瞬時に男の背後にまわり両出で首を捻りました。


 グキ


 骨の折れる音。

 顔を横にした格好で男は膝をつきました。


 (こいつらは、どうあっても死なないのか……)


 男は首の折れた状態で、ゆっくり立ち上がり坂本に向き合いました。


 「おい、こっちだ。早くこっちに来い!」


 暗闇の奥から人間の声。

 その声に反応して辺りが一斉にどよめきたちます。

 少なくともやつらは二十人は周囲にいます。


 坂本は目前の男を上段蹴りで倒すと、一気に駆けました。

 声のする方から眩しい光が見えます。


 「グワオー!!」


 坂本の背後でやつらの唸り声が聞こえます。

 力強く走る無数の足音。


 「早く来い!追いつかれるぞ!!」


 白い制服を着た男がこちらを手招きしています。

 厨房の一番奥の部屋のようです。


 「閉めろ!」


 坂本が室内に入った瞬間にドアが勢いよく閉められました。

 そこに容赦なくぶつかってくるやつらの衝突音。

 しかしドアはかなり厚くビクともしません。


 「よくあんな中から来られたな……怪我はないのか?」


 その服装からこの厨房で働いている従業員だということがわかりました。

 奥にもう一人。

 こちらは女性のようでした。


 「私は料理長の橋本というもんだ。あんたは?」


 「坂本だ。ここの宿泊客だ」


 「そうか、客か……それは運が悪かったな……外は、外はどうなっている?」


 「ここと同じだよ。生き残った人間はみんな隠れて避難しているところだ」


 「そうか……」


 室内には大型の冷蔵庫があります。持久戦にはもってこいの場所でした。やや狭いがここで十分時間を稼げます。

 女性のほうも従業員のようでした。短いスカートから白い脚がすっと伸び、スタイルはモデル並み、目はきりっとしていてどことなく中華風です。


 明らかにこちらを敵視した表情で、


 「坂本様、でしたでしょうか。何の用件でここに?」


 「避難だよ。ここには食料もある。籠城するには最適だろう」


 「わざわざやつらが徘徊はいかいしている中を通って避難をしに来たんですか?」


 「命からがらな」


 坂本が流すようにそう答えると、女性はさらに詰め寄り、坂本の耳元に唇を近づけ、


 「あなた任務遂行者カラーね……」


 坂本は黙秘しました。

 女性はさらに言葉を続け、


 「私の名はよ。任務カラーはイエロー。邪魔はしないでちょうだい」


 「そうか……俺はレッドだ」


 それを聞いて李はジロリと坂本の顔を見ました。

 そしてフッと微笑み、


 「そう、あなたが……。私はあなたの保険。あなたが任務を失敗した時に備えて、補充できる人間を一人確保し守り続けるのが私の任務。この生存者は私が押さえている。横取りはナシよ。いいわね、スーパーヒーローさん」


 いつの間にか夜は明け、朝が訪れておりました。


 坂本の生存者捜索は休まず続くことになるのです。



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