2章 層雲峡脱出編 第1話
はじめに
私、山岡朝洋が住む北海道の旭川市も随分と雪深くなったものでございます。
例年であれば除雪車がせわしなく行き交い排雪していくのですが、今年ばかりは重機の音などまるで聞こえず静かなものです。
三月下旬ともなればこの雪も融けだし、北の国にも遅い春が訪れます。
その頃には車を走らすこともできるでしょう。もう間もなくの辛抱でございます。それまでは雪をかじってでも生き延びて、妻と二人この自宅を脱出する予定です。この体力と気力が続くことを願っております。
そうですね。その前に私たちがどうやって層雲峡を脱出し、ここまで辿り着いたのかをお伝えしておかなければなりません。
時を「あの日」二千十六年九月二十六日に戻してお話していきましょう。
みなさんの今後の行動のヒントになれば幸いでございます。
2章 層雲峡脱出編
第1話
私、山岡朝洋と妻のアヤコは二泊三日の休暇をとり、旭川市から車で一時間ほどの場所にある温泉街「層雲峡」に来ておりました。
事件が起こったのはその最終日にあたる九月二十六日の早朝でございます。
私と妻はひょんなことから高橋守という大学生から頼まれ、五階の露天風呂に石和麻由希さんを捜索することになりました。
八階の宿泊部屋を出て数時間の間でしたが、それは酷い経験をしたものです。
この内容につきましては以前に掲示板に記しております。そちらをご覧になられてからここから先の話を読んでいただければと思います。
石和さんは五階の脱衣室でやつらに襲われ亡くなりました。
私たちも命からがら部屋に辿り着き、ただひたすら心身の疲れを癒すため眠りについたのでございます。部屋に備え付の電話のケーブルをぬき、携帯電話の電源を切って……。
目を覚ましたのは九月二十六日の午後十時ぐらいだったでしょうか。横で眠る妻は布団に潜り込んでまだ夢の中でした。
私はこれまでの出来事が夢かと疑いました。たちの悪い夢かと。
暗闇の中、部屋を見渡すとダンボールが置いてあります。中には私自身でかき集めた食料が入っておりました。自販機で購入した水のペットボトルもあります。
スマートフォンの電源を入れ画面を開くと、LINEには高橋からのメッセージが三十八件残されておりました。
私が愕然として頭を抱えたのも無理からぬ話でございます。
全てが現実に起こった事だったのです。そして私たちはその渦中に未だ取り残されているのでございます。
幸いな事と言えば、この数時間の体験が大きな経験値となっていることぐらいでしょうか。
原因の解明とはいかないまでも事態に対する情報も入手できておりました。
そしてこの部屋に数日は籠城できる食料と水があります。
サイレンと場内アナウンスに怯えてこの部屋に閉じこもっていたらこうはいかなかったはずです。そう考えれば高橋に感謝しなければならないかもしれません。もちろん直接それを伝える気などこれっぽっちもありはしませんが。
窓から外を眺めると、夜のとばりの中、層雲峡の山がひっそりとそびえております。実に静かなものでございます。我々人類にとって大きな境となった日でしたが、自然は自然のままでございました。夜は夜。山は山なのです。
私は大きく息を吐いてこれからのことを思いました。
そうすると沖田春香の言葉が脳裏をよぎります。彼は最後にこう言っていました。
「ここに逃げ隠れるのは五日がリミットです。五日後には軍が動き、ここは火の海になります」と。
彼の言葉が真実であるのならば、私たちはあと四日間の中でここから脱出する算段をつけねばならないことになります。
私は沖田との出会いを天使との邂逅だと信じておりましたから彼の言葉を疑うべくもございません。
そう考えていくと私がこの四日間ですべきことは自ずと決まって参ります。
やつらの襲撃に怯えながらも脱出の準備を進めていかねばなりません。
私たちの武器は「知恵」と「情報」でございます。それらをいかに駆使し、ゴールを目指していくためには順繰り筋道を立てていく必要があります。
これは数学の証明問題を解くときとまるで同じ手順です。
結論から考えていくと絶対的に必要な仮定が見えてくるはずなのです。
あとは真実に近い仮定をいくつ持っているのか、それらを組み立てれば解法は導けるはずでございます。
まず、やらねばならないことは次の二つに大きく絞られます。
① この八階から一階に下りること。
② 一階から駐車場の車に辿り着くこと。
この二つを満たすためには、やつらをいかに回避するかでございます。
肉弾戦で「戦う」という選択肢はありません。
実際にやつらの動きを垣間見るに一対一であっても私に勝ち目は無いでしょう。
仮に倒せたとしても私は大きな傷を負っているはずです。
沖田春香の話によれば、かっちゃかかれても噛まれても感染するとのことでしたから、「戦闘」は結論を導く仮定としては不適でございます。
肝心なのは「遭遇しない」ことなのです。
いかにやつらの目に触れずに事を運ぶかが大切です。
その前提のもと作戦を組み立てていく必要があります。
私はそっと襖を開き玄関口に立ちました。そして耳をそばだててみます。
「うー……うー……」
やつらの低い唸り声が聞こえて参ります。
廊下を彷徨うのは一人二人ではきかないかもしれません。
沖田春香は実に効果的にやつらを陽動しておりましたが、私には窓から外に出て離れた部屋に飛び移っていく芸当など無理な話でしたし、そのために生命線となるスマートフォンを失うこともできません。
廊下からの脱出は不可能だと思われます。
となると、出口は窓になります。
ここから一階まで進むしか方法は他に無いのです。
この部屋の窓の下はホテルの裏庭になっております。やつらは、おそらくかなりの数がそこにいるはずです。
外に下りるのではなく、外を伝って真下の一階の部屋に潜り込む手段が必要です。
また、行動を移していくにあたっては周辺の情報を入手しておくことも忘れてはいけません。
高橋と連絡を取り合えば、ホテルの反対側の状況は把握できます。
駐車場内がどうなっているのかもわかるのです。
高橋でなくても他の宿泊客でも構いません。
これは高橋同様の作戦で何とかなるはずでございます。徹底的に各部屋に内線を鳴らせば誰かに繋がることでしょう。そうすればこのホテルにどのくらいの生存者がいるのかも把握できます。
もともと日曜の夜ということで宿泊客は少ない状況でしたから、やつらの歯牙を免れた人たちとなるとごく少数のはずです。
従業員がどのくらい働いていたのかはわかりませんが、何人かは生き残って隠れているはずでございます。その人たちと連携を取れれば脱出の可能性は高まるのです。
夜が明ければまずここから着手することになりそうです。
結論を導くためにはまだ、仮定が少なすぎました。
情報の収集が急務でございます。
何も知らない状態でしたら無謀な行動にも移せたのでしょうが、あれだけの経験をした後でしたので何事にも慎重にならざるを得ません。もうビギナーズラックに頼ることなどできないのです。
薄氷を踏む冒険になることはやむを得ないとしても、それはどこまでも理に沿った行動であらねば脱出は成功しないと覚悟しておりました。
混乱と恐怖に震える日々が続こうとも、やらねばならないことはやらねばならないのです。
私は日々生徒たちにこう語っております。
「やりたいことは、やらねばならないことの後にしなさい」と。
泣き叫ぶことも絶望に暮れることも後なのでございます。祈ることさえも……。
ふと、妻の歯ぎしりが聞こえてきました。
外に音が漏れないか心配になりましたが、外の動きに変化はございません。この音量であれば問題無いようでした。
暗闇のなかで布団からはみ出した妻の寝顔を見て、私は強く決心したのでございます。
妻を連れ、必ず生きてここを脱出する!と。
どのような人生においても決断に困難は付き物でございます。
人間は希望と努力でその困難を打破し、目的を達成してきたのです。
不可能を可能にしてきたのです。
私の場合、難しい問題ほど燃えるのはどうも数学に対してだけではなかったようでございます。
この続きはまた次回とさせていただきます。
それでは一度失礼させていただきます。




