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第11話 栃木県日光市 3

第11話 栃木県日光市 3


 やつらの襲撃を免れ九死に一生を得た生徒たちは、こぞってメインゲートから園内へ逃げ込んでいた。

 東武ワールドスクエア内に逃げ込んだ生存者を率いる者は無く、誰ひとり冷静な判断などできない状態で、てんでんばらばらに散っている。

 その大半が山崎裕香やまざき ひろか藤野由比ふじの ゆひ住吉太一すみよし たいちら二年A組のメンバーであり、他にもB組のバスから逃げ延びた者が数名。C組に至っては衝突の衝撃で負傷者が多数おり、そのほとんどが逃げる間も無くやつらの餌食となっていた。D組のバスは未だに到着していない。


 裕香と由比は手を取り合って、メインゲート近くのガラス張りのレストランに身を隠していた。

 表からは悲鳴や絶叫が絶えず響いてくる。


 「何なのあれ?噛みついていたよね。どうなってるのここの人たち……」


 外の喧騒けんそうはどこへやら、レストラン内は静まり返っていた。

 屋内に逃げ込んでも二人の震えは止まらない。

 裕香も頭が混乱していて、何がどうなっているのか、これからどうすべきなのかまったくわからない状態であった。


 取りあえずカウンター近くの水に手に伸ばす。


 「やめておいたほうがいいいよ裕香。ここの人たちが一斉におかしくなるなんて……なんかの病気なんじゃないかな」


 裕香の手が停まる。

 こんなことが誰かの意思で行われているとは到底思えない。何かの病気が蔓延して暴動が起こっているのならつじつまは合う。

 感染源は水?

 いや、空気感染かもしれない。

 この匂いも関係あるのだろうか。だとすればマスクを持たない自分たちでは免れるすべは無い。


 カラン!


 表のドアが開いた。


 二人が身構える。

 肩を震わせ、荒い息を吐いている坊主頭の学生が立っていた。

 野球部でないことは確かだ。

 服装はセーラ服だったからだ。

 年明けに頭を丸めたアイドルが謝罪会見を行い、その姿が可愛いということになって、それ以来女の子の間でも坊主頭が流行した。だが、A組にはいない。B組には数人いたはずだ。


 「B組の田中萌たなか もえじゃない」


 由比はよく知っているようだったが、裕香は何度か見かけた程度だ。

 体育会系の部活に所属していたらだいたいは友人だ。文科系の部活か、帰宅部か。


 「大丈夫?こっちにおいでよ」


 裕香が優しく声をかけたが返事はない。

 こちらをずっと睨みつけたまま立ち尽くしていた。

 と、背後のガラス窓の向こうで走る人の姿が見えた。制服姿の女の子。その後を三人の男が転げるように追っていた。

 田中はその光景を見て、特に何か言い残すわけでもなくドアを開いて外に姿を消した。


 「噂じゃ、かなり変わった子らしいよ」


 裕香はその後ろ姿を見送りながら由比の言葉にうなずいた。


 店内へ入るドアすべてに鍵をかった。


 トイレ、厨房、従業員控室と隠れるところは幾つもあるが、裕香は店内の片隅の外からは見えにくい場所に陣取り腰を下ろした。もしやつらが突入してきたら反対のドアから逃げられる。部屋に籠ると逃げ場を失う恐れがあった。

 カバンの中からペットボトルの水を取り出し、二人で分けると、つかぬ間の平穏に涙がこぼれた。


 一時間ほど経過すると外を走り過ぎていく人はいなくなった。

 みんな園内の奥へと逃げ隠れているのだろう。メインゲートから近すぎるここには誰も入ってはこない。


 「大樹くん、大丈夫かな」


 由比が漏らす。

 確かにD組のバスがどうなったのか気になる。ここに到着できたのであろうか。仮にできてもバスの外に出ることは不可能に近いはずだ。


 「そうだ、お店の中の電話を使えば連絡が取れるんじゃない」


 裕香の提案に由比が笑顔で答える。

 二人は早速厨房へと向かい、受話器を取った。

 東京の家族も気になるが、まずは由比が大樹に電話をかけてみる。


 「ダメ……混雑していて繋がらないみたい」


 替わって裕香が自宅にかけてみたがこちらも繋がらない。

 警察にも消防にも繋がらなかった。

 スマートフォンか携帯電話があればインターネットから情報が引き出せるのだが、二人の物はバスの荷台の中だ。

 裕香はバスに取りに行くことも考えたが、あまりに危険すぎる。

 せめて住吉たちと合流できればとも思うが、彼らがどこへ行ったのか調べる手立てもない。


 時折、ガラスの向こうを彷徨い歩くやつらの姿を目撃したが、このレストランに侵入しようとする素振はまったくない。


 やがて日が暮れ、夜となり、真っ暗な中を不安と恐怖に包まれながらも二人は寄り添って眠りについた。


 翌日、空腹で目を覚ました二人は厨房を物色することにした。


 ビンジュースが幾つもあり口にする。

 自然と元気が湧いてくるのがわかった。

 そばやうどんが大量にあったが水を使わなければ調理ができない。仕方なく冷蔵庫にあった豆腐でおなかを満たした。


 「裕香、これからどうする?」


 「考えてみたんだけど、やっぱりみんなと連絡を取り合って一致団結する必要があると思う」


 「どうやって?外はあの変になった連中がうようよしてるんだよ。電話も繋がらないし」


 「でも、どうしてこの建物の中に入ってこようとしないんだろう」


 「わかんないわよそんなこと」


 由比の昂ぶりを察して裕香は微笑んだ。


 「大丈夫。落ち着いて由比。きっと助けは来るから」


 「けど……住吉が日本中で起こってるって言ってたよね。東京もこんな感じだったらどうする」


 「あんまり物事を悪い方に考えるのやめよう。何かいい手段がないか一緒に考えようよ。」


 その言葉に由比もようやく頷いた。


 由比はどちらかというとマイナス思考だ。大樹に告白するときも上手くいかないことばかり考えていた。背中を強烈に押してあげたのは裕香だった。おかげで交際がスタートし、由比は幸せを掴んだ。それ以来、裕香のアドバイスには素直に従うようになっている。


 異変に気付いたのはその日の昼を過ぎた頃だった。


 外をうろつく人間の中に制服姿の中学生が混じり始めたのだ。

 首筋からは血を流し、顔の皮膚は剥がれ落ちている者が多い。中には手足がもげているのもいた。痛みを堪えている様子も無くただフラフラと彷徨っていた。


 「感染したんだ」


 由比が力強くそう断言した。

 噛まれると感染するのか……。

 空気感染であればとっくに自分たちも感染しているはずである。ということは、噛まれなければ問題ないということなのか。


 「あれ、涼子じゃない。そうでしょ。涼子よ!」


 由比が叫んだ。

 店の前を無気力に歩む女の子。

 黒い長髪、お気に入りで自慢していた茶のブーツ。

 仲良しだったA組の友人の姿。


 「助けに行こう。ここに入れて治療しようよ。ねえ、裕香、あんたさっき言ってたよね。みんなと一致団結してって」


 「落ち着いてよ由比。そう言ったけど……」


 それはあくまで生きているまともな人間の話だ。

 普通に考えてあの傷で立ち歩けるはずがない。


 「もういいよ裕香!」


 由比が裕香の制止を振り切り、ドアへ向かった。

 鍵を開け、ドアを開いて涼子に呼びかける。

 涼子は食いちぎられ半分白骨化したような顔を由比に向けた。


 「笑った……」


 裕香は涼子の笑顔をはっきりと見てそう呟いた。


 涼子の口が大きく開き、頬骨が見える。そこから歓喜の声が上がった。狂ったような声。


 「涼子早く!早くこっちへ!」


 由比はその異変に気づいていないのか、しきりに涼子に手招きしている。


 裕香がスタートをきったのと、涼子がスタートをきったのはほぼ同時だった。 互いに全力疾走。

 裕香の方がドアに近い。

 気づくと周囲のやつらも一斉に由比の方に駆けはじめていた。


 「由比危ない!!」


 間一髪、裕香が先に由比のもとに着き、力強く室内に引き戻した。

 一瞬の差で涼子は目標を失いそのままガラスに衝突し、破片をまき散らしながら反動で道に転がった。

 由比は声も出せずにその光景を見ているだけ。

 間髪入れずに他のやつらがガラスを突き破って室内に侵入してくる。


 裕香は由比の手を引き奥へと駆けた。

 厨房には裏口の玄関がある。

 二十人以上が唸り声を発しながらその後を追った。おそらく直線であればすぐに追いつかれていたであろう。

 裕香は厨房に置いてあったカバンと袋をひったくるとドアの鍵を開き、外へ。 慌ててドアを閉める。


 不幸中の幸いは、さっきの衝突音で周辺のやつらがこぞって店内に侵入したことだろう。辺りにはうろつく人の姿はない。

 息を殺しながら二人はモニュメントのある園内中心部へと進んでいった。


 血まみれの道を這うようにして進むと、また小さなレストランを発見した。


 周辺にはやつらの姿が見える。

 まだ気づかれていない。

 エジプトゾーンのピラミッドの物陰に隠れた。


 「裕香、あれ見てよ」


 由比が指さす方向には犠牲者の遺体が横たわっていた。

 女の子。

 ほぼ裸に近い状態だ。

 ストッキングだけは履いている。


 「理恵、じゃない?」


 首に何かで切られたような傷がある。

 表情はまったくの別人のように見えたが、スタイルや髪型と見ていくにつれ記憶と一致した。確かに小沢理恵だ。学年でも指折りの美人。その面影はまるでない。


 「おい、早く来い!!こっちだ」


 男子の声がした。

 目前の店のドアが開き誰かが手招きしている。

 二人は駆けた。目を瞑って全力で走る。腐った匂いを間近で感じた。誰かに触られた感触もあった。


 「よし、入れ!!早く!!」


 ドアの閉まる音。

 振り向くと由比も無事に室内に入ることができていた。


 「向こうで音がしたから見張っていたんだ。よくここまで無事に来られたな」


 声の主は住吉だった。

 他にも野球部が六名いる。


 ドンドン!!


 ドアに凄まじい勢いでぶつかる音と唸り声。


 「まずいよ、やつらが突入してくる」


 さっき同じ目にあったばかりだ。

 裕香は住吉にそう告げるが、ここにいるメンバーは誰も驚かない。ニヤニヤ笑っているばかり。


 「大丈夫。静かにしていればやつらはそのうちいなくなるさ」


 店の窓はすべてカーテンが下ろされていて、外から中を垣間見ることはできない状態になっていた。さっきのガラス張りの店と違い頑丈そうである。


 やつらはドアに体当たりをしばらく繰り返していたが、住吉の言う通り、やがてあきらめたのか静かになった。


 裕香はほっとして床に腰を下ろした。


 ふと目をやると女の子の制服が乱暴に投げ捨ててある。下着も落ちていた。制服には名札が……。


 小沢理恵……。


 首を切られて転がっていた遺体の服がなぜここにあるのだろうか。


 そう、どんな状況でも人間同士の戦いはあるのだ。


 それが人間だった。




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