はじまり
今日は、大楽庭高校の入学式。柄井翔也はまだ着慣れていない制服をまとって、緊張した面持ちでじっと座っていた。
ここ大楽庭高校は全校生徒二千人を軽く越す、県下でも最大のマンモス校として名が知られており、高校としては圧倒的な広さを誇る敷地をふんだんに使い、充実した設備が整えられている。
まず、正門を入ってバス停留所などがある広場を抜けると、W棟という校舎が見え、その奥に、X棟、Y棟、Z棟の順で同じような校舎が、俯瞰して見ると丁度「W」型になるように建てられている。その「W」の棒が重なっているところはそのまま校舎が結合されて繋がっており、開いている部分にも棒の中間部分にも渡り廊下が架かっているので、校舎間の移動はさして苦ではない──というのが、この学校側の説明だった。そして、その「W」の底部にα棟という特別教室が詰め込まれた五階建ての校舎が並行して建っており、その付近に申し訳程度に全校の設備を管理する管理棟が設置されている。
クラスは学年あたりアルファベットでA~Tまで二十クラスあり、四つの校舎に五クラスずつ、一階は一年生、二階は二年生、三階は三年生といったように振り分けられる。一クラス四十人なので、一学年八百人、全校生徒二千四百人となるのだ。
少なくとも現時点でも、八百人の生徒とそれ以上の保護者がこの体育館に居るはずなのだが、それでも体育館は窮屈に感じない。この大体育館と呼ばれる場所は、全校生徒も軽々と飲み込めるだけ大きく作ってあるのだ。柄井は中学校の時のそれを思い浮かべて、嫌というほど自分が高校に来ていることを認識させられた。
入学式は一人ひとりの点呼が終わったところだ。やがて校長の話が始まる。
なかなか陽気な人である。大雑把に要約すると、高校生活は長いようで短いので頑張りなさい、というような内容でその話は終わった。
司会の先生が進行をする。
「次に、生徒会長の言葉。由利姫翠さん、お願いします」
そんな紹介の後、彼女はすっと壇上に上がった。
列の前方が女子、後方が男子という風に並んでいるので、どうしても翔也が居る場所は壇上から遠い。しかし、しっかりと彼女から溢れるオーラというものは感じられた。
──彼女が噂の、二年連続で生徒会長を続けているという、並々でないカリスマを持った人物らしい。
大楽庭学園は文化祭直後に選挙を行うらしいのだが、その際、一年生でも二年生でも役柄に捕らわれず、帰宅部員だろうが全国大会常連の部活に所属していようが自由に立候補できるようになっているとのこと。大規模な学校なので自然、立候補者数も多くなるはずだが、それらを抑えて二回連続当選するというのは、どう考えても尋常ではない。
だが、この体育館を大きく感じさせない由利の存在感を目の当たりにして、並外れた偉業も何故か安易に納得されてしまうような心地がした。
その相貌をよく見ておきたかったが、いかんせん遠い。しかし、なかなか端麗であることは分かった。その風貌も選挙の時、味方になったのだろうか。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。会長の由利姫翠と言います」
由利がスピーチを始める。大人びた声だった。大人数の前に立つのは慣れているようで、校長にも劣らぬ調子で話を進めていく。堅苦しくなく、といっても浮かれているわけでもない、中庸な語り口で聞きやすかった。
「あと、これから部活動の勧誘が始まると思いますが、猛烈な勧誘にもへこたれないでくださいね。皆、死ぬ気で勧誘してくるので、本命の部活に入りそこねた、ということがないように……。私からは以上です」
五分程度の話だった。由利は颯爽と壇上から降りていく。翔也は、その姿が視界から消えて行くことを惜しく思った。もう、この学校で出会うことがないような気がしたからだ。
──そんな彼の心情とは関係なしに、式は淡々と進んでいく。
その間、翔也はぼんやりと前方を見つめていた。PTA会長の顔を覚えようとしていうわけでも、校歌斉唱の時前に立っている先生の指揮に忠実になろうとしているわけでも無い。
自分よりも前に座っているであろう、一人の少女を心配していたのだ──




