コーヒー
喫茶店で働く私。
何もない本当に普通の喫茶店。
サイフォンでコーヒーを淹れて
「どうぞ」とお客さんに出す。
サイフォンで淹れるコーヒーはその中に世界がある。
一つ一つの動作が美味しいと言わせるコーヒーを作る。
フラスコからロートへ水は動き、コーヒーの味と香りを携えて再びフラスコへ帰ってくる。
何の脚色もされていない水も素敵だけど、
何ともいえない味と香りをプラスされて帰ってくるこの水はもっと素敵。
そしてそれをお客さんに出す時、
お客さんが「おいしい」といってくれた時
私はとっても幸せな気持ちになれる。
何だか私の世界を肯定してもらえたような
そんな気持ち。
こんな喫茶店の店主が旦那になったのは、もうどれ位前に事だろうか。
この店の客で、店の雰囲気とコーヒーが気に入って毎日のように通った。
レポートや資料つくりなんかもみんなこの店でやってた。
わざわざノートパソコンを持ち込んだりして。
毎日毎日通って、気が付いたら店主に告白されてた。
10以上も年上。
でも、迷った覚えはない。
こんな店の雰囲気がつくれるのなら・・・
そんな人となら上手くやっていけるような気がして。
実際結婚して5年。何だかんだとケンカはあるものの仲が良い方だと思う。
2年かけて同じ味のコーヒーが淹れられるように仕込んでもらった。
私もコーヒーを淹れてみたかった。
ふんわり漂ってくる香ばしい香り、最後には綺麗に山形になるコーヒー豆。
初めて綺麗にできた時は本当に嬉しかった。
今ではこれは私の仕事。
というかそれ以外はほとんどメニューがない。
うちのメニューは
コーヒー、ミルク
以上。
紅茶やらジュースなんてものは一切ない。
コーヒーは一応こだわっているが、他の喫茶店と大差ないのかもしれない。
ただ、なんとなく美味しい。
ほっとする。
安心する。
この店はそんな評判を常に頂いていて、口コミのみで広まった奇特な店なのだ。
最近旦那は店にあんまり顔を出さなくなった。
「もう、この店は俺の店じゃなくなった」
とか言って。
確かに私が入ってからは旦那がしていた店の雰囲気とは微妙に違ってきた。
私が来てから、花を置き、トイレの空気も何だか前とは違うようになっている。
他にも細かい部分で、何だか違う。
旦那はそれが気に入らない。
自分のテリトリーに入られるのが気に食わないのかもしれない。
彼から告白されたけれど、この店に入れと言われてはいない。
私が勝手に入ってきたのだ。
そして、私はきっと勝手にこの店を彼に色から私の色に染め替えてきた。
きっとここら辺が原因なのだろう。
いつの間にかケンカが絶えないようになっていった。
どっちからともなく言い争いが始まって、
時には暴力にまで発展した。
些細な事。
本当にケンカの原因は些細な事なのかもしれない。
でも、何だか許せなくてついつい怒鳴り散らしてしまう。
その頃から店に客が来なくなった。
旦那が「ほら見ろ」と言わんばかりの顔で私をみる。
悔しくて躍起になればなるほどお客は逃げるかのように去って行った。
もう、ここは落ち着く店じゃなくなったのかもしれない。
店員がモヤモヤしているような店じゃ、お客さんはきっともう、和めなくなってしまったんだ。
1年間位、旦那と喋らなかった。
話せばケンカになるから。
家庭内別居。
まさかじぶんがこんな事になるなんて思いもしなかった。
虫唾が走る。
旦那の顔を見ると。
一緒にいる事さえイヤになる。
同じ空気を吸っていると思うだけで息を止めたくなった。
そんな生活をよくも1年も続けられたと思う。
こんな生活をしていても、コーヒーを淹れる時だけは心が穏やかになった。
コーヒーを淹れている時だけ、私の心に平穏が訪れる。
イラつく時ほど私はコーヒーを淹れた。
誰に淹れるでもない。
何となく淹れた。
旦那が1年位経った時から、また店に顔を出すようになってきた。
何となく私が淹れたコーヒーを何となく旦那が飲む。
何も入れずにブラックで、のんびりと。
何を話すわけでもない。
私がゆっくり淹れたコーヒーを
旦那がゆっくりと飲み干す。
そこには無言の会話が成り立っていたんだと思う。
離れかけた心が、徐々に近づいていくような気がした。
「たまには俺が淹れる」
と突然言い出したのはそんな無言の会話が始まってどれ位経ってからだろうか。
そんなに短くない時間が過ぎた頃、旦那が急に口走った。
徐々に・・・
本当に少しずつ私と旦那の間に会話が戻ってきた。
それと共にお客さんも戻ってきた。
昔どおりの店というわけではないけど
昔の店みたいな雰囲気はもう作れないけれど
今は私がしていた時の店の雰囲気ともまた違う
新しい雰囲気が店に漂う。
長く掛かってしまったけど二人で作った雰囲気。
どっちか片一方では作り得ない雰囲気。
その雰囲気の中今日も私はコーヒーを淹れる
サイフォンの中に旦那との二人の世界を思い描いて。
つたない文章、最後まで読んで下さりありがとうございます。
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