0‐(4)THE STUNT!
バイクが速度を上げると同時にキン、という金属音が響く。
「おい、警告無しに撃ってきたぞ! 俺を仲間にしたいんじゃなかったのか!?」
「神たちと同じ考えのようね」
「仲間にならないなら殺そうってか? まだお誘い受けてないんだけど……」
「私たちが、彼らの存在を分かってて逃げてるってばれたのよ」
「そういうことか……」
何で? という言葉を飲み込み、ハンドルを右に切って弾を避ける。
また銃声が響く。
バリンと音がして、右のバックミラーが割れた。
「あいつら本気で殺す気だな」
「そんなこと分かりきってるじゃない!」
「これ見ろよ」
七瀬に渡したのはバックミラーにめり込んだ弾だった。まだ熱を帯びている。
「それ、ロシア製の7.62ミリ弾だ。それが装填できるロシアの拳銃っていえば、『トカレフTT-33』しかない。殺傷能力が高くて危険な拳銃なんだよ。」
「それもアメリカで覚えた知識?」
「そういうこと、でも大丈夫だ。拳銃は凄くても使っているやつが下手だからな」
周りの車もいつの間にか姿を消していた。
「適当に撃ってれば当たるサブマシンガンとか持ってくれば良かったのにねえ」
少し余裕になってきた荒波はこの状況か楽しみつつあった。アメリカでのことがやっと役に立つと思った。が……
「―――――――ねえ、ワゴン車のボンネットが開いて、大きい筒が出てきたんだけど」
「筒だと!? ちょっと待て七瀬、教えてくれ。その筒の銃身は一つか?」
「違うわ、六つはあるわよ。アレ何? マシンガンなの?」
周りを見渡すと、右側は海。左側は山を削ったコンクリートの壁。逃げ場なし……。
車の上の人影が笑いながらトリガーを引く。
「それはガトリング砲だああああ!!」
荒波の叫び声は銃声によってかき消された。
ダダダダダッという軽快な音と共に雨のように弾丸が降り注ぐ。
荒波はその中を猛スピードで走り抜けた。
バイク1台にガトリング砲なんて、子供のケンカに釘バットで乱入するようなものだ。
バイクの後を追うようにコンクリートに穴が空く。
(なるほど、逃げ場が無くなる道に入るまで奥の手は隠して置いた訳ね、これは本格的にやばくなってきた)
「くそっ、ちょっと傾くぞ!」
二人の行く先には右急カーブが見えていた。
時速は今100キロぐらいだろうか。当然、スピードを落とさなければ普通に曲がれない。普通には……。
「ちょっと速度落とさないの? ぶつかるわよ!?」
「しっかり捕まってろよ!」
荒波はカーブにさしかかると同時に、これでもかと言うほどハンドルをきる。
「だあああああああああ!!」
二人を乗せたバイクは尋常じゃない角度でカーブを曲がっていた。その角度、およそ45度。遠心力で頭が吹っ飛びそうだった。
なんとかカーブを曲がりきる。
「へっどうよ!」
「殺す気? 私の足と道路の間、3センチもなかったわよ」
「大丈夫だ、追っ手は車だからな。このスピードで曲がれるわけがない」
質問と違う答えをする荒波は勝ち誇ったようにスピードを下げ、後ろを向いた。
そこには曲がりきれなかった車がひっくり返っている……と思っていた。
ギャギャギャッ!。
荒波は驚愕する。
追っ手はワゴン車の左タイヤをコンクリートの壁に乗り上げさせた体勢でカーブを曲がっていた。つまり、右タイヤは道路、左タイヤは壁につけ二人と同じ体勢を作り出していた。
もっと簡単にいうと、曲がれてしまったのだ。
「あいつら、しつこすぎるだろ!」
どんどんアメリカの映画のようになっていた。
素早く速度を上げ、距離を取る。だが、ガトリング砲の射程からは逃れることはできなかった。
「くっそ、やばいぞ七瀬、ここからまっすぐな道が続いてる。うぐっ、いつまでも避け続けられないぞ!」
既に何発かはバイクに当たったりヘルメットを擦ったりしていた。蜂の巣になるのも時間の問題だ。
「このままじゃ持たない、何とかならないか?」
「私が何とかするわ、まっすぐな道が続いてるなら姿勢も安定する。しっかり運転するのよ」
「大船に乗った気でいろ!」
七瀬は車に向き直り、そして……。
「我が中に流れる灼熱の炎、形状は盾―――――――」
七瀬の肩から腕にそって炎が流れ、最後は手の中に…
「どんな弾も通さない強固な盾となれ!―――――――」
握りしめた手から灯りが漏れる。
「―――――――『防護火炎』!」
七瀬の右手の先かの炎が盾を形作る。盾は当たった弾を燃やし尽くしていった。
「間に合って良かったわ」
「そうだな、あと何分持ちこたえられる?」
「バイクがどれくらい直進していられるかによるけど、目的地が近いから大丈夫よ、次に見える脇道に入って!」
追っ手はいっこうにあきらめる気配が無い。弾もいつ切れるかも分からない状況だった。
「これはさっさと安全な道に入った方が良いな!」
ハンドルを握力の最大で握りしめる。
「七瀬、直進は終わりだ。早くつかまれ!」
「もうそろそろよ、崖の手前だから。」
「崖っ! じゃあどうにかなるかもな」
又カーブが迫る。
「……あとは俺に任せとけよ……」
「う、うん……」
つぶやいただけなのに、凄く重みがある。この人に任せれば本当にうまくいくんじゃないか、そう感じる言葉だった。
荒波は道の向こうに立ち入り禁止の立て札が見えた。そしてその手前には小さいが確かに道がある。
「七瀬、ちょっとした離れ技だ! しっかり捕まってないと振り落とされるぞ!」
腰に腕の力がかかったのを確認した荒波は賭にでた。今しかできない賭だった。
荒波は海沿いの道を崖に向かって突き進む。減速は一切しなかった。
まるで脇道なんかないように。
バイクは脇道に差し掛かり、通り過ぎるかに見えた。
「はあああああああああ!!」
荒波はありったけの力を込めハンドルを脇道に向ける。それと同時に前に全体重を乗せ、地面を蹴った。
後輪が浮く。浮いた後輪は捻られた前輪と直線になるように勢いのまま回る。
前輪を軸にする。これが100キロものスピードを出しながら相手に脇道の存在を隠し通す方法だった。
成功するかは荒波にも判断がつかなかったが、これにはもう一つのねらい目があった。
荒波はブレーキを使わなかった理由の一つは減速をすると追いつかれてしまうから。
そしてもう一つは、相手を倒すため。
あれほどの重量の車が、100キロのスピードで急ブレーキを掛けても50メートル近くは止まれない。
荒波のもう一つの目的が、相手に崖があることを悟られないことだった。
目の前を走り去る車の上からは、もう笑った顔は消えていた。
「悪いな」
車はエンジンの音だけを残し、崖の向こうに消えた……。
◆◆
「七瀬、バイク限界だ。動かない。」
銃弾を受けていろんな場所が壊れてるし、前輪のタイヤはすり減ってパンクしていた。
「そんなことより怪我はないの荒波君? 大丈夫?」
ヘルメットを取ると中に入れていた髪が解放される。汗のせいで湿った髪は首元から離れない。
「全然だ、ただ少し……疲れたよ」
手近な木の根元に座り込む。
荒波の黒い瞳からは光が少なくなっていた。
「ごめんね、私がもっと先に能力を使ってれば……」
「七瀬は悪くないよ。良く分からないけどバイクの上じゃ姿勢が安定しないんだろ、使って足手まといになるよりは良かったんだ。七瀬の判断は正しいよ」
少し行き過ぎるくらい励ました。今は心配して欲しくなかった。
「さてどうするんだ、安全地帯は遠いのか?」
「あと300メートルくらい歩ければ私は入れる」
道の先は木々と暗闇のおかげでよく見えない。どんな安全地帯なんだろう。
「でも荒波君は入れないわ、一種の結界が張ってあって長老が認めないとその結界は通れないのよ」
「その長老とやらは呼べないのか?」
「もともと予定の時刻を大幅に過ぎているし、携帯はやられたのよ」
七瀬の赤い携帯は弾がめり込んでいた。
「じゃあ野宿だな!」
「えっ、野宿!? ……まあ朝になれば長老も来ると思うけど」
「今日は寒くも暑くもない、追っ手は退けたし動物も出ないだろう、心配することなんか無い!」
「あんまりこっち来ないでよ!」
「1歩も歩けないほど疲れた俺が変なこと出来るわけ無いだろ、というかそういう趣味じゃない」
「もう! おやすみ!」
七瀬はさっさとそっぽを向いて寝てしまった。
「―――――――たくっ……痛み増してきたんだ。そっちまで行けるはず無いだろ」
荒波はゆっくりジャンバーから左腕を引き抜く。
「痛っつ……意外にひどかったんだな、擦っただけだと思ったのに……」
◆◆
七瀬の寝息が聞こえる。
(もう寝たかな)
Tシャツは左の二の腕が赤く染まっていた。弾は体内にないようだったがガトリング砲の弾は予想以上に荒波を苦しめていた。
荒波はTシャツの右袖を歯で破り、左腕を縛った。これでこれ以上血が流れることはない。
次に指先から水を出し傷口に掛けて血を洗い流す。
「うあ、ぐっ……」
七瀬にこれ以上悔やませない、そのため故の行動だった。
七瀬には今日助けてもらった。つまらない学校生活から解き放ってくれた。これだけ感謝出来ることをしてもらったのに、この傷を見せたら自分を攻めるだろう。
七瀬だって初めて乗ったバイクの上で能力を使うのは無理があった。
それに弾が当たったのは自分の不注意も原因だ。七瀬は悪くない、そう思い隠し通していたわけだ。
今度は下からTシャツを破り、傷口に当てる。
今はこの程度しかできなかった。
(はあ、格好つけるんじゃなかったかな)
寄りかかっていた木から上半身が右に倒れた。
痛みが荒波を蝕んでいく。
そのまま荒波の意識は薄れていった……。
◆◆
枝や葉からの木漏れ日が目を差す。
「う、うん?」
荒波は朝の光を感じ取って体を起こした。
昨日、あのまま寝て(気絶?)しまったらしい。まだ昨日に木に寄りかかっていた。
ふと荒波は木とは違う感触を左手に感じた。
まだ半分寝ぼけた頭でコレは何かと考え、まだ重いまぶたで確認する。
そこには荒波に寄り添うようにして七瀬が寝ていた。
「……おわあああ! ――――――っん」
悲鳴を上げてから、自分の口を塞ぐ。
今起きられてはまずい。
落ち着いてきたところで状況の分析を始める。すなわち、なぜ七瀬がここに寝ているかだ。
昨日七瀬は少なくとも4メートルくらい離れていた。寝相が悪くてもここまではこれないだろう。
自分の意志で隣に来るのは七瀬の気持ちを考えれば絶対にあり得ない。
「矛盾してる……」
だが、荒波はもう一つの重要な矛盾を見つけた。
(なんで、左腕に包帯が巻いてあるんだ?)
荒波は昨夜、傷口に布を当てたまま気を失ったのだ。しかも、包帯なんか持っていない。
答えはすぐ分かった。
「そうか、あの時起きてたのか……ありがとう七瀬」
七瀬の指先からは左手と同じ、ツンとした臭い。ポーチからはビンや包帯がはみ出していた。
(余計なお世話だったかな?)
気を遣ったつもりが、逆に迷惑を掛けてしまった。七瀬の方が一枚上手だったのだ。
荒波は自分のジャンバーをそっと掛けてやる。
(こうしてみると綺麗な顔だよな)
いつのまにか七瀬の寝顔をずっと見てしまってた。
荒波と同じアジア系の肌。髪の毛は軽いパーマなのか顔の輪郭にそって伸びている。
自然と笑いがこぼれてしまう顔だった。
もう、彼女は他人ではない。