1‐(6) 鋼鉄のホールドアップ
荒波は鉄で出来た通路に無造作に詰まれた荷物の後ろにいた。まだ警備兵の足音が聞こえる。
風投資が良くないのか、気温は高いままだ。昼間は初夏の快晴だったため、日が西の空に消えても熱が建物に残っているのだ。
『トランクはこの廃工場に運ばれた後、3階の部屋に運ばれたようです。誘導するので確保をお願いします』
「分かった」
『まずそちらの現在位置を教えてください』
「入り口から50m先の階段を上がり、二番目の角を左に、次の角も左に曲がりました。40m前に〝中央通路C〟との表記を確認したので今はそこだと思われます。」
荒波は考える素振りを見せず、文章を読むようなスピードで言った。
『……凄い正確さですね。こちらの予測とピタッリじゃないですか。何で分かったんですか……?』
予想外に怪訝な声を上げられてしまった。。やはり誰でもそう思うのだろうか。通っていた学校でもこの記憶力がばれたとたん化け物扱いだったのを思い出す。
「……すみません、気持ち悪いですよね。俺はこれしか特技が無くて……これからはそちらの指示に」
荒波が喋り終わらないうちに、天知の慌てた声が遮った。
『え、ええええ!? あの、その、こちらこそすみません。別に荒波さんの能力に納得いかないわけでは無く、というか特技なら他にもあるじゃないですか。噂は耳にしています。能力覚醒初日で人防の追っ手を返り討ちにして、剣術もの上達も最速だったらしいじゃないですか! ってあれ? 話題がずれてました? で、でも……みんな荒波さんに期待してると思いますよ!』
天知はこう言ってくれるが現実はそう甘くない。八岐大蛇の力を受け付いているというだけで嫌な目で見る人もいた中、二週間で見せた荒波の実力のせいで、同年代のTSOや他の部署の同年代から妬まれているのだ。
城下町の人達よりも城の中の人間の方が的が多い気がするのはどういうものだろうかと思っていた。
だからはっきり言って天知の様な人は貴重だった。そうなると通信機越しではなく面と向かって合ってみたい気もする。だがそんな悠長な考え事もしてられない。
『あの……』
「なんだ?」
今は1本道を進んでいるなので誘導は必要ないはずだ。
(とすると臨時の連絡か何か?)
しかし予想外に、謝られた。
『ホント、先ほどはすみませんでした。』
「――――――ッ!?」
何事かと思ったが、先ほどの勘違いのことを謝罪しているらしい。
「いえいえ、別にそんな気にしないでください。記憶力くらいしか特技がないもので」
さっきのやり取りを聞いていたら、たぶん90%くらいの人は、荒波は悪くないと思ってくれるだろうが、そんな理屈はどうでもいい。
10分ほど前に司令部の男達から抜け出した天知に、散々謝られたのだ。急にまた恥ずかしくなったののだろうか。どちらにしても忠実というか堅気というか彼女らしかった。
忘れているかも知れないが、今は潜入中なのだ(存在はばれているが)。今だって荒波は古い自販機の後ろに隠れて、横目で兵の動きを探っている。
『トランクは、その角を右に曲がって突き当たりの部屋に保管されています。それから……』
「それから……何?」
『それから、トランクの中身の情報は閲覧しないでとのご命令です』
「え、……何故? ……まあ良いです」
『お願いします』
「了解」
だいたいの徘徊兵は針沢の相手、警備兵も無力化してきたのでこの辺りに兵はいない――――――はずだったが忘れていた。
角を曲がろうとしたときに、扉の前の見張りに気がついた。慌てて体を引き戻す。そして目だけを出して、改めて確認した。
「扉の前に5人の見張りを視認。武装はアサルトライフル。指示を」
『分かりました。扉に通じる道には遮蔽物がないため、前方から一気に突っ込んで無効化してください。アサルトライフルなら超至近距離での戦闘が有利です』
「了解」
『急いでください。トランクに掛かっていたセキュリティがもうほとんど無効化されています』
天知の告知が終わると同時に荒波は通路に飛び出した。当然、兵達もそれを観ていただろう。
遮蔽ぶつどころか壁にも凹みの一つもないこの道を突っ切るには、どうしても小銃の砲火を浴びなくてはならない。そんなことは承知済みだ。
姿勢を低くし、迫ってくる数多の弾を『アイテール・シエル』で防ぐ。
狭い通路では無意味に左右には動かない方が良い。アサルトライフルの撃った弾など標的に全て当たるわけではない。半分は逸れる。しかも兵達は突然のことで、誰一人としてスコープを除いていない。
3秒で距離を詰め、『アイテール・シエル』を手放し相手の視界から消えるように真上に飛ぶ。
一人目は右膝、着地して二人目を回転蹴りで無効化する。そこで荒波に一瞬間が出るが、兵は銃は構えても引き金を引かない。
それもそのはず。兵達は跳弾を恐れていたのだ。
こんな至近距離でアサルトライフルを発砲すれば貫通は避けられない。そして貫通すれば壁や天井に当たって、自分か仲間に当たるかも知れない。そんな確率の低いことを一時考えてしまった。
荒波もここを警備しているくらいだから、それくらいは考えるだろうと踏んでいたのだが的中ようだった。
次の瞬間、3人目をあごの下から拳を入れ、首を掴んで4人目のほうにそのまま投げた。
グシャ、と音がしたことから骨の一本でも折れただろうが、命を脅かすほどの速度では投げていない。
そして最後。5人目は簡単に気絶はさせない。
跳弾を考える必要が無くなったためか、アサルトライフルを標的に向ける。だが当に荒波は行動に入っていた。
右足を振り上げてアサルトライフルを下から蹴り上げ、その勢いのまま体ごと空中で回転する。反動で後ろに兵が倒れる。
蹴り上げられた衝撃から立ち直ったころには、荒波のM1911があごの下に当てられていた。
「ど、どうなってやがる……おまえなんなんだ?」
兵が苦し紛れに尋ねてきた。血の気が引いているのが分かる。
「黙れ、カードキーは?」
「し、知らない……」
荒波は、ドスのきかせた声と怪物のような顔で鼻先の顔を睨む。
引きつった顔の兵が、唾を飲み込む音がした。恐怖の色が見える。もう一押しだと荒波は思った。
荒波も出来るだけ人は殺めたくない。目の前の男もカードキーを出さなければ殺してしまうかも知れないのだ。どんなに勝手な言い分でも奪う命は少ない方が良い。
だからこれはシラをきり通させないための言葉だった。
「殺すぞ。さっさと言え。」
M1911の銃口をドライバーのようにねじ込ませる。
「う、内ポケット……」
「サンキュー」
相手の首筋に鋭い手刀を入れる。
「か、怪物だ……」
荒波は既に気を失っている兵に目を向けた。聞こえに後分かっているからこそ、その一言を口にした。
「そうだよ。俺は怪物なんだ……」
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