1‐(5) トランク奪還
荒波の進入に驚いている黒服の男達に向けて、右手の黒い物体M1911の引き金を立て続きに絞る。
10人の警備員。
いや、アサルトライフルを装備しているところからして兵士に近い存在だ。
乾いた音が響き、一番近くの黒髭が倒れる。
しかし他の兵達が状況を理解するにはちょうど良かったはずだ。
兵達は本能的に悟ったことだろう。荒波の目的が『襲撃』だということ、そして攻撃しなければこちらが危ないと。
すぐさま陣形が組まれ、10の銃口から荒波に向けて5.56ミリの鉄の塊が発射される。
伏せるヒマもないほど高速で迫ってくる弾。荒波はそれを人間離れした動体視力で捉えた。
そして、同じく人間離れした反射神経で右手の『アイテール・シエル』を回す。
剣先からオレンジの光が出るたびに弾がたたき落とされ、鉄くずと成していく。荒波の思考と反射の融合、そしてこの銀色の剣だからこそできる芸当。
「な……なんなんだ!?」
驚愕の声を漏らしたのは、どんな戦場でも慌てないよう訓練されているはずの兵士達。ヘルメット越しでもその顔が分かるくらいだ。
無理もない。
突然、民間人が絶対に来ないような所に黒髪の女の子に見える子が入り込み、しかも致命傷になりそうな弾丸を全て剣1本で防ぐという狂気じみた行動をやってのけたのだ。
ほんの一瞬の出来事とはいえ、隙ができてしまう。
荒波はそのわずかな時間で近くの柱に身を投げだし、隠れる。
「っは! ……やっぱ実戦は厳しいな」
軽く息を弾ませながら実弾との対決を思い出す。しかしもたついてもいられない。
「回り込め!」
指揮官の大声でどたどたと重い足音が聞こえた。弾倉を入れ替える音もする。
だが荒波の思考も負けずに動いていた。
一時で敵の場所を把握し柱から飛び出す。
兵士達は引き金に力を掛けたが、既に荒波は速度を上げて弾丸に当たることはない。
人間の集団と単独で戦う場合、勝利の鍵はスピードだ。
相手の動体視力で正確に捉えられないほどのスピードで走り、死角から一気に敵に突撃する。それが出来なければ無数の弾丸に一瞬にして殺されてしまう。
しかし、人間にだって限界はある。目で見てその情報を脳に送り、そこから指先に命令を出すまで早くても0.2秒ほど掛かる。その間に弾丸の狙いから逸れられる速度を出せればたいていは当たらない。
荒波は高速で移動し、兵士達の後ろを取る。そしてそこから相手に向かって、走り出した。
「!?」
またもや驚きの色が走った。銃口に向かって正面から突っ込まれたからだ。
だがその行動だけでも、荒波に時間を与えてしまう。
荒波は距離を詰めながらもM1911を撃ちまくる。弾丸は右端の兵から順番にを貫いた。あちらから飛んでくる弾丸は、『アイテール・シエル』を使い防いでいった。
1㎜の狂いもない軌道で剣を動かし、的確に弾丸を弾く様は兵士達には怪物に見えただろう。
「てめえ!」
10人いた兵が半分ほどに減ったとき、真後ろにいた指揮官がアサルトライフルのスコープに目を付け、走り出した。。防戦一方だと思っていた荒波もコレには慌てた。完全に背中を向けていたからだ。
大きく丸い目が荒波を睨む。もう距離は3mも無い。
(やばい、こんな至近距離で撃たれたら……)
考える余裕はない。
指揮官の指が引き金に掛かる刹那、荒波は攻撃に転じた。
逆手に持っていた『アイテール・シエル』を順手に持ち直す。振り向きざまに姿勢を低くし、一気に懐に潜り込んだ。
ズバアアァァン!!
防弾チョッキを切断し、その下の物全てを切り裂いた様な音がした。
流血が飛ぶ。
今まで、荒波の攻撃は拳銃メインで剣は防御に回していたが、それは中距離での戦闘の場合だ。それよりも近く、近距離戦闘の場合は逆に拳銃で牽制しながら、攻撃は剣がメインなるのは考えてみれば当たり前のことだ。
中距離は銃で前に、剣で近距離。
剣と銃の二刀流。
それは様々な場所で、様々な能力を持つ種族との戦闘を想定し編み出された流派だった。
数分後。
残りの兵士達は荒波の手によって戦闘不能にされていた。指揮官を秒殺されて逃げ腰になっている敵を倒せないほど荒波も柔ではない。
しかし、兵の逃げ腰の原因ともいえる指揮官の秒殺も半分は紛れのような物であった。
もしあの時回避行動を取ったり、少しでも別の方法で攻撃していたら荒波は間違いなく蜂の巣状態であった。
なので余裕綽々の顔をしていても内心は、
(やっべ、マジ危ないと思ったわ! きゃー!!)
だが油を売っているヒマはない。荒波は表から進入した針沢に連絡を取る。
この工場からトランクを奪還するにあたって、針沢は囮の役だった。兵をほとんど引きつけてくれる針沢はどんな戦闘してるんだろうか、と少し気になっている。
「こっちは警備兵を無効化した。そっちはどうだ?」
『ザッ……そうか無事か。そのまま奥に行ってくれ。トランクの場所は後から連絡する』
「ん? 場所が分かっているならもうちょっと詳しく教えてくれないか?」
『悪いな。今ちょっと取り込んでてな。それに場所は俺も知らない。たぶん後から連絡してくれると思う。今きっと解析してる。じゃな!』
「お、おい!」
言いたいことだけ喋って切られた。
背後から銃声が聞こえていたので、戦闘中だったのかも知れないがあれくらいでやられる奴とも思えないので心配はしなかった。
針沢との連絡から10分後、警備の目を避けるために姿勢を低くしていたときにその通信は耳に入った。
『そちら荒波さんですか? 応答願います』
この場に合わない落ち着いた女性の声だった。荒波は思わず大声を上げそうになった口に手を置く。
「えーっと……君誰?」
あまり考えもせず口に出したのはたった4音の素っ気ない問い。こちらが自分を知っている前提で話しかけているのなら、気を悪くしてしまうだろう。
案の定高い声で、
『え? 私のこと知らない!? 司令部の天知霙ですよ。』
フルネームで名前を紹介されたが、もちろん荒波は天知なんて女の子は知らない。この二週間、ティリスミナリアの中で初対面の人に何人も知り合ったため、その中の一人だろうか。
『針沢さんから何も聞いてないんですか? 司令部からの情報は荒波さんに繋げと言われたんですけど……』
そんな困った声を出されても荒波はどうにも出来ない。通信機の向こうではきっと可愛い顔して悩んでいるのだろう。そんなことを考えていると、突然、作戦前の針沢の一言が耳に浮かんだ。
―――――「途中で司令部から連絡はいるかも知れないから、そんときは従ってくれ」
「もしかして司令部!?」
またもや大声を上げてしまい、口を塞ぐ。警備兵に見つからないか本気で心配になった。
『だからそう言っているじゃないですか……』
そう言われ、ため息をつかれてしまう。だが先ほどだって針沢は司令部なんて一言も発してくれなかった。否は針沢にもあるはずと荒波は思った。
少し往生際が悪いが言い訳をしてみる。
「すみませんでした。針沢から詳しく聞かされていなかったんで、その……名前も初耳でした」
いかにも言い訳っぽい弁解しかできなかった。これでは相手に怒られるも当然だ。
しかし天知は
『え!? 針沢さん言ってなかったんですか? あ、こちらこそ申し訳ありません。荒波さんにはあたるつもりは無かったんですが。いえ、悪いのはすべて針沢さんですので……』
彼女は初対面の相手にとても気を遣うらしく、これでは針沢が100%悪いことになってしまう。荒波はなんだか針沢に悪い気がしてきた。心の中で懺悔する。
『あのぅ、解析した情報をお話ししてよろしいでしょうか?』
荒波が原因だというのに、話を切り出すのに自分が悪いように区切る。なんだか変におだてられているような気分で歯痒かった。
「あ、別に気にしないでください。針沢も忙しくて大変だったんですよ。それでトランクはどこにあるのか分かったんですか?」
このままではどこまでも控えめな態度で接してきそうだったので、荒波の方から軽めな感じで話を持っていく。狙いどうり天知は真剣に、落ち着いて話し始めてくれた。
荒波は今度こそ一字一句見逃さないように耳を傾けた。