1‐(4) 進入
二週間と言いながら二ヶ月空けてしまいました!
すみませんでした。
瞬間移動門を出ると針沢が待っていた。
「早かったな」
「まあな、装備はほとんど持ってたから――――――ってその脇にあるものはまさか!」
「お! 分かるか? 荒波のバイクだ」
「おお、生き返ったか!」
久し振りの相棒との再会に感激する荒波。
二週間目の襲撃でタイヤはパンクしてエンジンは弾丸が突っ込んで動かなくなっていはずだが、目の前の青いバイクはピカピカの新車みたいだった。
だめになったパーツは取り替えてくれたらしい。
「城の支援部隊が精魂込めて直してくれたんだ。前より性能良いかもしれないぞ」
針沢は悪戯っぽい顔で笑いながらバイクを撫でる。
「今度お礼言わなきゃ」
「紹介してやるよ、この仕事が片付いたらな」
「ああ、頼むよ」
「目的と詳細を説明する。今日は人防(人類防衛連盟の略称)相手だ」
針沢はポーチから薄いケースを取り出した。丁度、端から白い物がはみ出していたので、荒波は何かの用紙かと思った。
「まず場所なんだが――――――」
針沢がケースから取り出したのは地図――――――ではなかった。
「あ、ipadかよ!」
「なんだ? 欲しいのか?」
「いや、雰囲気的にここは地図が出てくるのかと……」
ipadは今の人間界での人気商品だ。タッチスクリーンで動かす小型パソコンのような物と考えればいい。
だが、今までの雰囲気とはどうもかけ離れた物だったため荒波もビックリしてしまった。
戦いは剣や槍を持って行うのに、情報収集は電子機器を使う。
人間界での生活に慣れた荒波にとってはシュールな光景に見えた。
「便利なんだぞ。仕事の度に新しい情報が送られてきて」
「どこから送ってくれるんだよ?」
「……TSOを支えている人達? かな」
なんて表現したらいいのか分からない感じの受け答えだ。
「今日は持ち去られたこちらの機密情報を奪還しろという依頼だ」
針沢が指で画面を動かす。
「1時間前の監視カメラの映像だ。裏路地に設置されてた民間の物だから画像は荒いぞ」
針沢が映像を拡大する。
「なあ、コレどうやって手に入れたんだ?」
警察かなんから提供されたのかと持ったが。
「ま、いろいろ方法はあるんだ」
怪しげな顔でそう言われると、絶対に正しいやり方の結果ではない気がしてきた。
トランクを抱える老人が一人、その周りを三人の護衛兵が囲んでいた。
甲冑と荒い画像のせいで顔までは見えないが、こちらが味方だろう。
「この老人が持っているトランクの中にICチップが入っているらしい。問題は30秒後――――――」
荒波が画面に目を戻すと、一人の護衛槍を構えるところだった。必死に何かを注意しているところを観ると、敵襲みたいだ。
そのあとはあっという間だった。数十人の銃を持った奴が来て、老人が抱えていたトランクは簡単に奪い去られてしまった。
針沢はここで映像を終了させると、雰囲気どうりの口調で荒波に一言。
「俺とおまえでこいつを取り返す」
◆◆
「じゃあ、行くぞ荒波」
荒波の服の上からロングコートを着込む。このロングコートはTSOに入隊と同時に長老からもらったものだ。体をつつみこむ色は夜の闇のような黒。
二人はバイクに跨り、エンジンを掛ける。
ブルン、と威勢の良い声を上げ、再開を喜んでるようだ。
勢いよく加速した青いバイクは一気に海辺に出る。
二週間前はここを逆走してティリスミナリアに向かっていた。そう考えると荒波はなんだが遠い過去のような気がした。
機密情報が盗まれたのは輸送途中だったらしい。
人手が足りないティリスミナリアの軍は防衛にまわれる人数にも限りがある。底をまんまと突かれたわけだ。
「機密情報って何が書かれてるんだ?」
ふと疑問に思ったことを、後ろの針沢に問う。
「よく分からん。チップを奪還しろと言われただけだからな。ただ……」
「ただ?」
「荒波の『アイテール・シエル』について、何か分かるかも知れない」
「……なんでそんなこと」
「俺の予想だと盗まれたのには、こないだの焼き払われた村のデータも入っていたと思う。お偉いさん達が無性に機密にしたがっていたのも根拠の一つだけどな」
「でもそんな物盗んで、人防は利益あるのか? というかもう中身見られてるんじゃないか?」
「ああ、その点は大丈夫だ。何重にも暗号とセキュリティが組み込まれてる。いかに人防のコンピューターと技術者でもそう簡単には開けられない」
だが、荒波は安心しない。冷静な思考が答えを出す。
「……でも裏を返せば、時間があれば破られる、そういうことだろ?」
「言いにくいことをはっきり言うなあ。まあ利益があるかどうかは俺たちには関係ない。時間があったら聞いても良いぞ」
「答えてくれると良いけどな」
思わず笑いがこぼれる。
二週間の間に結ばれた友情は、確実に強くなっている。
たった二週間が荒波の人生を変えた。
この二週間を荒波生涯忘れないだろう。
時刻は6時を迎えようとしていた。横で太陽が海に吸い込まれるように沈む。
◆◆
荒波達が人防相手に戦うとき、絶対に気を付けなければいけないことが2つある。
1つ目は『新特殊庇護結界BB5/S』、通称防弾領域のことだ。
人間が使う拳銃や自動小銃を目の前にしても荒波達は立ち向かわなければいけない。そんな仲間達の命を最低限に守るために開発されたのが、『新特殊庇護結界BB5/S』だ。
予め、3センチ四方の小さな紙に組まれた術式から展開するため、持ち運びや使い勝手が良く『怪物の血縁』だけでなく『神の血縁』も使用している。
体の表面に展開すると防弾チョッキの様な役割を果たし、体に当たる弾丸を弾く。
しかしこれにも強度があり、何十発も続けて命中すると術式が破壊されてしまう。
強度は様々だが、強度が上がる事に重さが増し移動速度が鈍るため強力だから良いというわけではない。
そして二つ目は、これは人防だけに限らず人間界で戦う場合すべてに置いて気を付けなくてはならないことだ。
即ち、妖力の使用だ。
『怪物の血縁』、『神の血縁』は純粋な神や怪物と違い、妖力に限界があり、なくなると生命活動に支障が出る。
別次元で暮らしている場合は周りの空気に含まれる妖力を呼吸と共に吸収して確保しているが、人間界ではそうもいかない。
人間界の空気には妖力は全く含まれていないためだ。
別次元ではできた妖力を使った剣技も、人間界では使用を考えないと命取りになってしまう。
そのため、人間界での戦闘は単純な近接戦闘と銃撃戦を主にするのが基本となっていた。
「展開するぞ」
一通り注意事項を確認した荒波は我に返った。
二人は目的地の入り口近くで戦闘準備中。
防弾領域を展開し、二手に分かれて乗り込む。それが今回の段取りだ。
「俺は一番軽いのにしてくれ」
ポケットから二人分の防弾領域を取り出そうとした針沢の手が止まる。
「おいおい、確かに防弾領域は展開すると動きが鈍るけど、今日は安全第一の方が良いんじゃないか?」
「いや、俺も針沢と同じく軽めで良いよ。あんまり重めだと防御半端、攻撃半端になって逆にやられる危険性が出てくるからな」
どれだけ防弾に優れていたとしても、弾に当たり続けていたらいずれは破られる。
そんなことになるくらいなら、いっそ避け続ければいいのだ。荒波はそのことを言っていた。
針沢は数秒考え込んだが、「分かった」と了承しポケットから朱い紙を渡す。
そしてもう片方のポケットにも手を入れた。
「ほら、これ歯に付けろ! 通信機だ。小声でしゃべるだけで俺と通信できるから。受信機は耳な」
針沢の手には銀歯の様な物体が乗っている。怪しまれないため似せているのか、一目では通信機とは分らいだろう。
荒波はそれを奥歯に、受信機を耳の穴に入れた。
思ったほど居心地悪くはなく、チッという軌道音が鳴った。
「へえ、便利だな。こんなのどこで売ってんだよ?」
「TSOの潜入ミッションのために支援部隊が作ったオリジナル品だ。大事に扱えよ」
「じゃあ、いろんな人の声をまねられる蝶ネクタイとかサッカーボールが飛び出すベルトとかも欲しいな!」
「おまえ……支援部隊をなんだと思ってるんだ? 残念ながら、どっかの少年探偵の秘密道具は再現できないよ……」
「そうなのか? 支援って他にどんなことしてるんだよ」
「まあ、時季に分かるさ。作戦開始5分前だ――――――」
針沢がS&W M18を実体化させる。
1キロ近くある物を軽々と回し、顔の横でぴたりと止めた。
「あ、そうだ」
針沢が思い出したように、荒波に言った。
「ん?」
「途中で司令部から連絡はいるかも知れないから、そんときは従ってくれ」
「司令部? 何だよそれ」
「もう時間がないから。まあ……行くぞ!」
誤魔化す様に歩き出す針沢。
疑問はたくさんあったが、荒波としては目の前のことで精一杯だった。
◆◆
工場の入り口近くの開けた場所で、重装備の兵隊が入り口付近を見つめていた。
このアジトに超機密級の物が運び込まれた、兵達はそれだけしか聞いていなかった。
いつものように指定された場所を見張るだけ。侵入者には容赦なく銃弾を浴びせかけるためにここに立っているのだ。
だから、当然見知らぬ人間が入ってきたら身元を確認するまでもなく撃ち殺す。例え民間人でも見られたからには生かしてはおけない。
そんな兵士達でも引き金を引くのを躊躇してしまう人間とはいったいどんな奴だろうか。
黒いロングコートに黒の瞳、そして漆黒の長い髪。人目で美しい少女だと思ってしまう見た目――――――荒波万。
彼らはそんな人が悪意を持っているとはそのときは全く思わなかった。
……そしてもう一つ。これからすぐに、その細い腕に黒光りするものが握られるなんて本当に考えもしなかった。