1‐(2)愛剣との出逢い
ティリスミナリア町の中で店が集結しているのは5、6、11、12番地区。これらの地区はいつ来ても人の姿が絶えない、活気のあるところだ。
そのほかの地区にも店はあるが、武器屋や防具屋、宿屋なんかはここらじゃないと見掛けなかった。
(針沢にでも電話するか)
相談したら良いこと教えてくれるかも? と思い携帯を取り出すがそのとき、聞き覚えのある声が精肉店から聞こえてきた。
「ちょっと、5番地区では豚バラ肉もっと安いわよ! 200円負けなさいよ!」
指を二本立てて、値切りの構えをする晴菜だった。
おまえは大阪のばあちゃんか? と思いつつ荒波は声を掛ける。
「よお、晴菜。値切ってんのか?」
「あれ? 荒波じゃん。こんなとこで逢うなんて奇遇だねえ」
顔はこちらを振り向いているが、精肉店の兄ちゃんには指を見せつけたまま引き下がらない。
「ねえ、聞いてよ! この肉屋が……!」
急に話をやめ、なにかを思いついたかと思うと、
「この人、模擬剣術戦闘の決勝戦の相手を1分で倒したんだ☆ 知ってるでしょ?」
「な!? ――――――っ」
いきなりの紹介の仕方に一瞬言葉を失う。
(まさか……脅す気か!?)
自分の名誉のため、思いっきり晴菜を睨む。
「おい、おまえ! ……あ」
だが、思わぬところにまで被害が出た。
荒波の睨んだ先――――――晴菜の延長線上には平和を愛する肉屋の兄ちゃんが立っていた。そして……
「……負けさせて頂きます!」
兄ちゃんは超ビビった様子で肉を包み始めてしまった。
(俺は全く敵意が無いんだけど……)
「あ、あの……」
「は、はい!では300円負け―――――――」
「いや、そういうわけでは……」
このあとも会話が成り立つことはなかった。
◆◆
「俺を脅しに使うな!!」
精肉店に声が届かない距離まで移動した荒波はずっと言いたかったことを口にする。
本当はあのお兄さんにも謝りたかったのだが、精一杯の営業スマイルで見送ってくれるのを見てしまったため何も言えなかった。
「いやあ、荒波の噂はこんなところまで来ているのか。ホント凄いねえ」
「おい、人の話を聞け。あの兄ちゃん怖がってたろ!」
「荒波の睨みのせいじゃん」
日頃顔が女っぽいと言われ嫌がっていたが、睨んで怖がられる顔もいい気はしない。
「晴菜が俺の第一印象を勝手に決めたんだろうが! 商店街中に噂されたらどうするんだよ!」
「大丈夫よ。私の夕食は確保できたから。」
「おまえに夕食なんか聞いてねええええ!!」
「私の得意料理は―――――――」
「わざとだろおおおお!!」
(よし、ちょっと落ち着こう。こんなに『!マーク』ばっかり使ってたら脳の血管がぶち切れる)
「今日は買い物?」
話題を変える荒波。
「ん? ああそんな感じ」
「荒波君は剣や銃のことばっかりって火蓮が怒ってたよ」
「なんだ知ってたのか……七瀬に謝っといてくれる?」
「自分でやりなさい、七瀬はきっと……やっぱ何でもない!」
(今は七瀬の気持ちは教えない方が良いわね、鈍感で助かったわあ)
余計なことを言ったら燃やされるような気がして、晴菜は少し安心していた。
「あのさ晴菜、この辺に武器屋ない? 知ってると思うけど長剣が必要なんだよ」
「私は良いけど……怒らない?」
「誰が?」
即答。
本当に分からないらしい。少しは気に掛けろと言わんばかりの顔も荒波には通じなかった。
「すぐ近くの武器屋に新商品が入荷したらしいわよ。知らなかった?」
「すぐ近くって、5番地区のか?」
「は? ホントにすぐ近くにあるじゃない!」
「すぐ近くう?」
付いてこいと手を引かれたのでしぶしぶついて行ってみる。荒波が通ってきた道を逆戻りしてるようだった。
しばらくすると座り込んでいた噴水が見えてきた。
裏道でもあるのかと思ったら、晴菜はよく知っている店の前で足を止めた。
「ここよ」
「はあ!? 『ミーハン』じゃん!」
『ミーハン』というのは荒波がティリスミナリアに来た初日に訪れた鍛冶屋だった。ここの頭、松原さんにひどく気に入られた荒波はたまに顔を出していたが。
「って、確かにここでは長剣は作ってるかも知れないけど売ってないだろ」
「まあ、確かに鍛冶屋の方が目立ってるけど……」
また晴菜が手招きをするため右隣の路地に入る。
路地には小さい出店が出ていたが、『ミーハン』の建物からも看板が出ていた。そこには……
「武器屋ミーハン!? ここ武器屋もやってるのか?」
「ガハハハ! 知らなかったのか荒波。うちは武器屋もやってるんだ!」
店から出てきたのは、いつも工房でハンマーを持っている松原だった。今日は店番なのかいつもとは服装が違う。
「松原さん! 教えてくれても良かったじゃないですか!」
「いやあ、分かってると思ってたよ。せっかく来たんだから商品見てけよ」
荒波は松原の大柄な腕で店内へと連れ込まれた。
店内に入ってみると、意外と広い上従業員もたくさんいた。
品揃えも豊富で、荒波が行った他の地区の武器屋より多かった。
「俺はここの店長もしてるってわけだ。ガハハハ!!」
「じゃあ、遠慮無く見させていただきます」
「ゆっくりしてけよ!」
笑顔が絶えない松原は笑いながら店の奥に入っていった。
荒波は様々な剣を手に取り、刃を見たり振ったりしてみた。
「うっわ、何これ? どうやって使うのよ?」
いつ入ってきたのか晴菜が荒波のすぐ横で新入荷の棚を見ていた。
自分と共に戦う相棒を捜している荒波にとっては結構邪魔に感じたのだった。
「ジャマダ……」
「え? ちょっとここまで連れてきたのに邪魔はないでしょ!」
「だから、それはジャマダハルっていう剣の一種だ」
「……ジャ、ジャマダハル?」
「そう、主に北インドで使われていた物で別名ブンディ・ダガー。切ることより刺すことを意識した作りになってる。また――――――」
荒波は自分の長剣をチェックしながらも機械のようにスラスラと説明していく。文章そのものを暗記しているかのようだった。
「ふむふむ、凄いわねえ。そこまで説明してくれると質問も何もないわよ。荒波って頭良いじゃん」
荒波としては説明すれば少し静にしてくれるかな? 程度だったが、予想以上に晴菜に褒めてもらえた。
「そんな知識どこで覚えたの? ここに来てまだ二週間でしょ?」
「来る前だよ。3年前にテレビで紹介してたのをそのまま言っただけで全然凄くないよ」
「3年前? それを一字一句間違わずに何で覚えてられるのよ」
「……何でだろ? 考えたこともなかった」
「なるほど、あの子が惹かれる訳だ」
「松原さん、ここにあるので在庫全部?」
案の定、また荒波は聞いてなかった。
「荒波! 良い物がある。ちょっと来い」
松原が店の奥から顔を出す。
「あ、はい!」
荒波は松原について行って店の奥に姿を消した。
◆◆
店の奥は鍛冶場と繋がっていた。
若い人達が金属を打っているいつもどうりの光景がそこにはあった。
松原はそこの端の襖を開ける。
「荒波、おまえは長剣が欲しいんだろ? さっき俺が仕上げたばっかりのが奥にある」
松原に示された方を見る。
畳の奥、木の飾り棚の上に一振りの剣が掛けられていた。
「これは?」
「分類は長剣。銘は――――――『アイテール・シエル』」