【続】どうも、婚約者より優先される病弱な幼馴染です。~疑惑を晴らすつもりが、もっと逃げ場のない状況になりました~
どうも、婚約者より優先された病弱な幼馴染です。の続編です。
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※シリーズからも飛べます
どうも。
婚約者より優先された幼馴染です。
……と、一件落着したはずだった。
はずだったのだが、世の中の噂というものは、きれいに終わった話ほどきれいには広まらないらしい。
こちらとしては大変不本意である。
なにしろ、ヴィクトルの婚約者リリアとの誤解はすでに解けている。あの日以降、リリアは友人として見舞いに来てくれるようになったし、ヴィクトルも以前よりは説明をしようという努力くらいは見せている。
くらいは、である。
完璧ではない。
そこは期待していない。
ただ、問題は外野だった。
「――続いての噂はこちら! “騎士団長ヴィクトル、病弱な美貌の幼馴染を婚約者より優先!?”」
部屋の隅に置かれた魔法ラジオから、やたら張り切った声が響いた。
ルークは無言で顔を覆った。
どうしてまだやっているのだろう、この話。
しかも少し盛られている。
“病弱”はともかく、“美貌”はそっとしておいてほしい。そこを拾われると話がややこしくなる。
「まあ」
向かいでお茶を飲んでいたリリアが、困ったように目を瞬く。
「まだ続いておりましたのね」
「続いているみたいだね……」
気の抜けた声で返すと、ラジオの向こうでは司会者がたいへん楽しそうに続けていた。
「婚約者という正式な相手がありながら、毎日のように“ルー”と呼ぶ相手のもとへ通う騎士団長! これはもう、誰が聞いても怪しい!」
怪しくない。
まったく怪しくない。
ただ世話焼きの幼馴染が距離感を間違えていただけである。
「しかも目撃証言によると、お見舞いは日に何度も! 熱を測る! 食事を運ぶ! 甘い声で“無理するなよ、ルー”!」
「ちょっとちょっと、詳しすぎじゃない?」
そのとき、ばたんと扉が開いた。
「くだらん!」
ものすごく機嫌の悪い声とともに入ってきたのは、噂の張本人――騎士団長ヴィクトルである。
今日はいつも以上に眉間の皺が深い。
どうやら、途中から聞いていたらしい。
「くだらんにも程がある! 誰だこんなものを流しているのは!」
「魔法ラジオの人気番組らしいよ」
「私の親友と婚約者を、何を勝手に――」
「ヴィクトル様」
リリアがやわらかく呼ぶと、ヴィクトルははっとしたように言葉を切った。
「私は大丈夫ですわ」
「大丈夫ではない」
即答だった。
「リリアは、つらいとき無理をするから心配だ」
それは同意。浮気されたと勘違いした時も、思いつめて自分の部屋に来たくらいだ。
この状況は、あまりよろしくない。
「それじゃ、止めに行く?」
何気ない顔でそう言うと、ヴィクトルは即座に頷いた。
「ああ」
迷いが一切ない。
さすが騎士団長。決断が速い。
そしてだいたい、その速さでろくでもない方向へ突っ込む。
ルークはそっと微笑んだ。
「じゃあ、行こうか」
「ルーク様?」
リリアが少し首を傾げる。
その目が、なんとなく嫌な予感を含んでいた。
***
王都の中心街にある魔法ラジオ局は、たいへんにぎやかだった。
入口には見物人が集まり、窓の向こうには忙しそうに走り回る局員の姿が見える。人気番組の生放送中らしく、正面の看板には金文字で番組名まで掲げられていた。
『昼下がりのきらめき噂箱』
かわいらしい名前とは真逆で、やっていることは他人の恋路を引っかき回すことである。名前詐欺に近い。
「ここですのね」
リリアが静かに見上げる。
「ああ」
ヴィクトルの声は低い。
低いが、もう止めても無駄だとわかる低さだった。
これは完全に本気で怒っているときのやつである。
局へ入った瞬間、若い局員が目を丸くした。
「えっ、き、騎士団長様!?」
「責任者を呼べ」
ヴィクトルの一言で、空気が変わる。
おお、怖い怖い。
ほどなくして、番組司会らしい、派手な服装の男が奥から飛んできた。
「こ、これは騎士団長様! 本日はどのような――」
「今すぐ、我々の噂を流すのを止めろ」
ヴィクトルがぴしゃりと言い放つ。
司会者は目をぱちぱちさせ、それから愛想笑いを浮かべた。
「いやあ、ですがこれは大変人気のあるコーナーでして」
「止めろと言っている」
「し、しかしですね、視聴者のみなさまもたいへん興味を――」
「それ以上くだらないことを言うなら、こちらも遠慮しない」
司会者が黙った。
うん、わかる。今のヴィクトル、かなり怖い。
ただ、その怖さにもめげないのが、こういう業界の人間なのだろう。
司会者はひきつった笑顔のまま、ちらりとリリアとルークを見た。
「で、ですが……その……実際、噂になっておりますし? 騎士団長がリリア様より優先している方がいるとか」
リリアの名前が出た瞬間、完全に頭へ血が上ったらしい。
「俺の大事なリリアを愚弄するな!」
局員たちが一斉に振り返る。
机の上の送信水晶が、やけにきらきらして見えた。
「私が愛しているのはリリアだけだ!」
ヴィクトルの声が、局内に響き渡った。
司会者がひっと息を呑み、局員たちの顔色が変わる。
リリアは固まった。
ルークはなるべく真面目な顔を保つのに少し苦労した。
「彼女は俺の女神だ! くだらない噂で、彼女の名を汚すな!」
静寂。
見事な静寂だった。
ヴィクトルだけが息を荒くして立っている。完全に言い切った顔である。
たいへん立派だった。
そして、数秒後。
送信水晶の強すぎる光と、局員たちの青ざめた顔を見て、ヴィクトルの目がゆっくり見開かれた。
「……待て」
低い声だった。
「なぜ、送信水晶が動いている」
局員たちが凍りつく。
司会者が後ずさる。
リリアはそっと顔を伏せた。耳まで赤い。
ルークは静かに天井を見上げた。
「なぜだ」
今度はさっきより低い。
とても低い。
大変機嫌が悪い。
しかし、いまさらである。
すでに全世界へ向けて、騎士団長ヴィクトルの激重告白は放送済みだ。
***
翌日。
王都はもちろん、地方の町や辺境の村にまで、ひとつの噂が一気に広まった。
騎士団長ヴィクトルは浮気などしていない。
その代わり――婚約者リリアに、とんでもなく一途である。
というか、ものすごく愛している。
ものすごく、である。
もはや誰も、ルークとの浮気疑惑など口にしなくなった。
代わりに広まったのは、
「騎士団長、婚約者へ公開告白」
「全世界に向けて愛を叫ぶ」
「婚約者を女神呼び」
などという、たいへん別方向に恥ずかしい評判だった。
「……消えたね、浮気の噂」
ベッドの上でそう言うと、向かいに座ったリリアは真っ赤な顔のまま頷いた。
「ええ……ええ、消えましたわね……」
消えた。
完璧に消えた。
代償は大きかったが。
その隣で、ヴィクトルが無言で額を押さえている。
今日の騎士団長は朝からずっとこんな調子だ。顔を上げるたびに誰かと目が合い、次の瞬間に生温かい微笑みを向けられるのだという。
大変だなあ、と他人事のように思う。
「まさか、放送中だったとは……」
ヴィクトルが低く呟く。
「局の連中も顔面蒼白だったな……」
「でも、誤解は解けただろう?」
「別の誤解が生まれた」
「誤解ではありませんけど」
リリアがそっと俯く。
まだ赤い。
「……俺はしばらく外を歩きたくない」
「私もですわ……」
リリアも小さく続ける。
「皆さま、にこにこしながら見てまいりますもの」
「それはまあ、そうだろうね」
何しろ全世界へ向けて、あれだけ堂々と愛を叫んだのである。
そりゃ見る。
そりゃ微笑む。
たぶんしばらくは続く。
「……ルー」
ヴィクトルがじろりと睨んできた。
「何だ、その顔は」
「何って?」
「お前、なんかちょっと笑ってないか」
「気のせいだよ」
「気のせいではありませんわね」
リリアまで乗ってくる。
だが、その声音にも笑いが混じっている。
やっぱりこの二人は、こうして並んでいるのがいちばんしっくりくる。
恥ずかしがって、困って、それでもちゃんと幸せそうで。
うん。悪くない。
やがてヴィクトルが席を立ち、薬のことや休養のことをひと通り言い残してから、先に部屋を出ていった。
その背を見送ってから、リリアはそっとこちらへ身を寄せる。
「ルーク様」
気配をひそめる仕草が妙にこっそりしていて、思わずルークも声を潜めた。
「何?」
リリアは赤い顔のまま、小さく囁いた。
「……送信水晶」
「うん」
「あれ、ルーク様でしょう?」
一瞬だけ間が空く。
それから、ルークはにっこり笑った。
「さて、何のことかな」
「やっぱり」
リリアは呆れたように言ったくせに、口元は少し笑っていた。
「ヴィクトル様は、まったく気づいていらっしゃらないみたいですけれど」
「そこがあいつらしいよね」
「本当に」
二人で顔を見合わせて、こらえきれずに小さく笑う。
「でも」
リリアはそっと目を伏せた。
「……嬉しい気持ちもありました」
その声があまりに素直で、ルークは少しだけ目を細めた。
「ですから……今回だけは、内緒にしておいて差し上げます」
リリアは満足そうに笑った。
ああ、なるほど。
やっぱりこの人とは、うまくやっていけそうだ。
***
どうも。
婚約者より優先された幼馴染です。
浮気の噂は消えました。
その代わり、騎士団長が婚約者をめちゃくちゃ愛していることが全世界に伝わりました。
なお、その原因については、たぶん一生ヴィクトルに知られない方が平和だと思います。
みなさまの応援のおかげで、続編を書くことができました。ありがとうございました!
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「異世界転生おばあちゃん ~王子を孫扱いしていたらなぜか溺愛されています~」連載中です。
人生80年の知恵と図太さで異世界を無双していくおばあちゃん(見た目は少女)のすれ違いラブコメディです。




