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正倫か不倫か  作者: 他人
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変化



彼は最近、はっきりとした実感を持っている。


戻ろうと思えば戻れる、という感覚が消えた。


戻る努力をすればどうにかなる、という希望が消えた。


壊れた、というより――

終わった、という感触に近い。


それは劇的な出来事のせいではない。


大きな喧嘩があったわけでもない。


決定的な裏切りがあったわけでもない。


ただ、ある日ふと、


「この人と、老後の自分を想像できない」


と思った。


それだけだった。


その瞬間、世界は静かに変わった。


音を立てず、しかし確実に。



彼は気づいてしまった。


自分はもう、


関係を良くしたいと思っていない。


修復したいとも、


取り戻したいとも、


願っていない。


「どう終わらせるか」しか考えていない。


それは冷酷な感情ではなかった。


むしろ、とても疲れ切った感情だった。



かつての彼は、


関係とは“耐えるもの”だと思っていた。


続けること自体が価値で、


壊さないことが誠実で、


我慢は愛の一形態だと信じていた。


だが今は違う。


続いているだけの関係は、


生きているとは言えない。


呼吸していない関係は、


もはや関係ではない。



彼は、妻を憎んでいない。


嫌いになったわけでもない。


だからこそ厄介だった。


嫌いになれたなら、簡単だった。


怒りに変換できたなら、楽だった。


だが残っているのは、


諦めに近い静けさだ。


この静けさは、


もう恋愛感情の入る余地を残していない。



彼は理解している。


自分が変わったのだと。


妻が変わったというより、


自分の許容量が変わったのだと。


以前は受け入れられたことが、


今は受け入れられない。


以前は飲み込めたことが、


今は飲み込めない。


それは成長かもしれないし、


ただの老化かもしれない。


どちらでもいい。


重要なのは、


戻れないという事実だ。



彼は自分を責める。


もっと早く話せばよかった。


もっと嫌だと言えばよかった。


もっと対等でいればよかった。


だが同時に思う。


当時の自分には、


それができなかった。


できない人間が、


できない選択をしていただけだ。


それを「過ち」と呼ぶなら、


人間のほとんどは過ちの集合体だ。



彼は今、初めて


「一人でも立てる」


という感覚を持っている。


強がりではない。


虚勢でもない。


誰かにしがみつかなくても、


呼吸ができる。


この感覚を知ってしまった以上、


依存を前提にした関係には戻れない。



彼はまだ、


離婚という言葉を口にしていない。


だが心の中では、


もう通過してしまっている。


書類の問題ではない。


手続きの問題でもない。


内的離婚は、すでに終わっている。



彼は理解している。


これから先、


誰かが傷つく。


妻も、


子供も、


自分も。


全員が無傷で済む選択肢は存在しない。


だが、


今のまま時間を流す選択は、


最も多くの人の時間を消費する。


彼はそれを選べなくなった。



彼は、もう


「いい夫」になろうとしていない。


「悪者にならない自分」になろうとしていない。


ただ、


嘘をつかない人間でいようとしている。


それだけだ。




彼は思う。


これは裏切りだろうか。


そうかもしれない。


だが同時に、


初めての誠実さでもある。



彼はもう、


戻る物語の中にはいない。


まだ、行き先は見えない。


だが、


引き返す道だけは、消えた。


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