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砂漠の嵐-23:死の顎門

「大隊長、連中の騎兵隊です」


副官の報告を聞くまでもなく、イワノフの耳は、砂漠の風を切り裂く独特の重いローター音を捉えていた。 地平線の彼方から、AH-64Aアパッチ攻撃ヘリコプターの編隊が、死神の鎌のようなシルエットを見せ始めていた。


「……ああ、聞こえている」


イワノフの声は、不思議なほど穏やかだった。 先ほどまでの、血管を焼き尽くすような復讐の熱は、嘘のように引いていた。 あるいは、視界の端、燃え盛るM1エイブラムスの残骸のそばで、折れた足を引きずりながら砂に這いつくばり、嘔吐している米軍大隊長らしき男の姿を見たからかもしれない。


徹底的に破壊され、絶望に塗れたその姿に、かつてパンジシール渓谷で敗走し、泥水をすすった自分自身の姿を重ねたのか。 奇妙な同情と、そしてどす黒い溜飲が下がる音が、彼の理性を急速に冷却していた。


「随伴歩兵大隊」


イワノフは無線機のスイッチを切り替えた。


「すまんが、盛大な『花火』を打ち上げてくれ。車両をまとめるまで、もう少し時間がかかる」

『了解』


短く、頼もしい返答。 砂漠の稜線に伏せていた機械化歩兵たちが、一斉に動いた。 彼らが背負っているのは、ただの筒ではない。 コロムナ機械製作設計局(KBM)が、9K38「イグラ」の改良型として極秘開発し、実戦データ収集のためにこの砂漠へ持ち込まれた、最新鋭の携帯式地対空ミサイルだ。


従来の赤外線誘導に加え、紫外線シーカーを併用することでフレア(欺瞞熱源)とエンジン排気を見分ける「二波長誘導ツーカラー方式」を採用した、空の殺し屋。

一方、上空。 米第101空挺師団、攻撃ヘリ大隊の先導機パイロットは、眼下の惨状に息を呑んでいた。


「おいおい、マジかよ……全滅じゃないか」


サーマル映像に映し出されるのは、無数の高温の残骸。生きているM1は数えるほどしかない。


「イラク軍の仕業か? 信じられん」

「油断したな、アンヴィル部隊の連中。だが、仇は取ってやる。掃討するぞ」


パイロットは、兵装システムのスイッチを入れた。 敵戦車は、まだ温かい。逃げる背中をヘルファイア・ミサイルで焼き払うのは、造作もない作業だ。 彼らは、自分たちが一方的な狩る側であると疑っていなかった。 だが、その慢心こそが、ヴィクトルとイワノフが待っていた「隙」だった。


発射プースク!』


砂漠の闇の中から、細い白煙が数本、鋭く立ち昇った。 それは、独立記念日の花火のように、夜空へ向かって一直線に伸びる。


「ミサイルランチ! 3時方向! 数は4……いや、6!」


警報音がコックピットに鳴り響く。 パイロットは反射的に操縦桿を引き、フレア・ディスペンサーを叩いた。 機体から無数のマグネシウム弾が射出され、高熱の華を咲かせる。 通常であれば、旧式のストレラ(SA-7)や初期型イグラは、この高熱源に吸い寄せられ、空しく空を切るはずだ。


「フレア展開! 回避する!」


機体を急旋回させる。 だが、次の瞬間、パイロットの目は信じられないものを見た。 迫りくるミサイルの光点は、散布されたフレアの熱源をまるで無視するかのように、正確に機体の排気口だけを見つめ続けていた。


「なっ……騙されな――!?」


ドォォォンッ!!


先頭のアパッチのエンジンナセルが、内側から弾け飛んだ。 ローターが吹き飛び、制御を失った機体がきりもみ状態で砂漠へと落下していく。


「一番機、被弾! メーデー、メーデー!」

「馬鹿な! フレアが効かないぞ! 新型だ!」


空の騎兵隊は、パニックに陥った。 安全圏からの射撃だと思っていた彼らは、突如として、自分たちが未知の最新兵器の射程内にいることを思い知らされたのだ。


地上では、イワノフがその光景を冷ややかに見上げていた。


「いいデータが取れたな」


アパッチ編隊は、慌てて高度を取り、射程外へと退避しようとしている。 彼らが態勢を立て直し、遠距離からの攻撃に切り替えるまで、数分の猶予が生まれた。 それだけで十分だ。


「ツングースカ中隊、砂丘の影で空を睨んでいろ。まだ撃つな」


イワノフは、後方の砂丘の窪地に隠蔽させている自走対空車両に命じた。 30mm機関砲とミサイルを複合したあの怪物は、本当の切り札だ。 もしアパッチが本気で突っ込んでくれば、あれで蜂の巣にする。だが今は、存在を隠したまま睨みを利かせるだけでいい。


「全車、撤収用意! スモークを焚け!  これ以上長居は無用だ。亡霊らしく、闇に消えるぞ」


T-80Uのガスタービンエンジンが再び咆哮を上げる。 燃え盛る米軍戦車の墓場を背に、ソビエトの精鋭たちは、安全地帯であるイラン国境へと続く闇の中へと、足早に姿を消し始めた。



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