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砂漠の嵐-22:こぼれた勝利

爆炎を上げるT-80Uの残骸が、イワノフの網膜に焼き付いた。彼の脳裏に、あの車両に乗っていた乗員たちの顔が鮮明に蘇る。まだ20代の、希望に満ちた若者たち。アフガニスタンの泥濘と絶望の中でも、決して弱音を吐かず、上官であるイワノフを信じてついてきた、誠実で勇猛な部下たちだった。彼らは、生きて故郷の土を踏むはずだった。


「……許さん」


イワノフの喉の奥から、溶岩のような低い呻きが漏れた。


「また殺したな。俺の同胞を……!」


兄を奪い、そして今また、息子のような部下たちを奪った。西側の傲慢な技術と、それを操る薄汚いヤンキーども。イワノフの瞳孔が開き、その双眸は理性の光を失い、どす黒い狂気に染まった。だが、その狂気とは裏腹に、彼の指揮官としての判断と声は、凍てつくように冷え切っていた。


『第3小隊、射線確保』


イワノフは、右翼の砂丘を登りきった自車を、敵集団の真横に向けた。ハンス・シュルツが空からの「希望」と、正面の敵に目を奪われ、意識を集中しているその死角。M1エイブラムスの、複合装甲が施されていない脆弱な車体側面と後部が、月の光の下で無防備に晒されている。


『全車、即時砲撃開始。ミサイルを惜しむな』


イワノフは、何の抑揚もなく告げた。


『あのクズどもを、鉄屑に還せ』


号令と同時、稜線が一斉に火を噴いた。T-80Uの砲身から放たれる対戦車ミサイル「レフレークス」。そして、随伴する機械化歩兵たちが構えた携帯式対戦車ミサイル「メチス」と「コンクールス」。数十発の成形炸薬弾頭が、赤い尾を引きながら、逃げ場のない死の網となって米軍大隊の側面に殺到する。


ドォォォォォォン――!!!


大気が震えるほどの連鎖爆発。側面を直撃されたM1エイブラムスが、次々と炎に包まれる。


米軍が誇る生存性向上システム——弾薬庫が誘爆した際に、天井のパネルを吹き飛ばして爆風を外部へ逃がし、乗員を守る「ブローオフ・パネル」。だが、そんな安全装置など、この過剰なまでの飽和攻撃の前には無意味だった。


一発ではない。二発、三発のミサイルが同時に着弾する。装甲を貫通したメタルジェットは、弾薬庫だけでなく、燃料タンク、エンジン、そして乗員区画を同時に焼き尽くす。逃がすべき圧力と熱量が、構造上の許容量を瞬時に超え、車内で暴れまわる。


耳をつんざくような破壊音とともに一両、また一両。60トンの鋼鉄の巨体が、内側からの爆発的膨張に耐えきれず、破裂した。その凄まじい圧力は、数十トンの砲塔を車体から引きちぎり、高く、高く夜空へと打ち上げた。かつてT-80Uが晒した無残な死に様と同じ光景が、今度は米軍の最強戦車の上で再現される。巨大な砲塔が、まるで子供が癇癪を起こして投げ捨てたおもちゃのように宙を舞い、砂漠に突き刺さる。


「これが、戦争だ」


イワノフは、モニターの中で燃え上がる鉄の墓標を見つめながら、冷たく呟いた。そこには、慈悲も、騎士道もなかった。あるのは、ただ圧倒的な火力による、一方的な虐殺だけだった。




世界が、裏返った。

ハンス・シュルツは、自分が夜空を飛んでいることに気づいた。 直後、背中からコンクリートのように硬く締まった砂の大地に叩きつけられる衝撃。 肺の中の空気がすべて強制的に絞り出され、意識が白く明滅する。


「ぐ、あ……っ」


激痛。 右足が、ありえない方向に曲がっている。肋骨も数本いっているだろう。 だが、生きている。


皮肉な話だった。 彼が部下を鼓舞するために、そして指揮を執るためにハッチを開け放ち、身を乗り出していたこと。 その無謀な行為だけが、彼を鋼鉄の棺桶から弾き出し、車内を走った致死的な爆圧と熱風の直撃から遠ざけたのだ。 だが、それは神の慈悲などではなかった。 生き残った彼に、地獄を特等席で見せつけるための、悪魔の仕打ちだった。


「う、あ……あぁ……」


シュルツは、霞む視界で、つい数秒前まで自分が乗っていた愛車を見上げた。 砲塔側面を食い破られたM1エイブラムスは、ハッチというハッチから、バーナーのように青白い猛烈な炎を噴き上げていた。 装甲板が高熱で歪み、車内の積載物が溶解していく。


そして、鼻をつく、あの臭い。 オイルと火薬の臭いに混じって漂ってくる、独特の甘く、脂っこい悪臭。


(部下が……)


砲手も、装填手も、操縦手も。 彼を信じて戦った若者たちが、今、あの鉄の中で炭化していく。 シュルツは嘔吐した。胃液と血が砂に吸い込まれる。


彼は、震える腕で上体を起こし、戦場を見渡した。 そこには、もはや「軍隊」は存在しなかった。 あるのは、屠殺場だ。


「やめろ……もう……」


M60パットンが、次々と爆発四散していく。 パニックに陥り、背中を見せて逃げようとした旧式戦車たち。その薄いエンジンルームの装甲など、ソビエトの最新兵器の前では紙同然だった。 そして、頼みの綱だったM1エイブラムスたちも。 側面を突かれ、足を止められ、無慈悲な集中砲火を浴びて、次々と砂漠を照らす松明たいまつに変えられていく。


刈り取られている。 戦争ですらない。これは、一方的な収穫だ。


足元に転がっていたハンディ無線機から、ノイズ混じりの絶叫が漏れた。 逃走を図っていたM60、ハンマー小隊からの通信だ。


『こちらハンマー3! 全速後退! 逃げろ、後ろに回り込まれてる!  ……ひ、光が! ミサイルだ! 来るッ、避けろォォォ!』


ドォン、というくぐもった爆発音。 通信機からは、炎に巻かれた男の、最期の怨嗟の声だけが響いた。


『……熱い……畜生……アパッチは……空は、まだか……!』


プツリ、とノイズが途切れた。 あと数分。 そう、あとたった数分なのだ。


地平線の彼方からは、かすかに、本当に微かにだが、空気を叩く重いローター音が聞こえ始めている。 最強の攻撃ヘリ部隊、AH-64アパッチが、彼らを救うために全速力で空を駆けてきている。 だが、その数分が。 この砂漠では、永遠よりも遠い。


シュルツは、涙と煤で汚れた顔で、砂漠の夜空を見上げた。 騎兵隊は来る。 だが、彼らが到着する頃には、ここには守るべき羊など一匹も残っていないだろう。 あるのは、黒焦げのスクラップと、仕事を終えて満足げに闇へ消えていく、鋼鉄の狼たちの足跡だけだ。


「遅すぎる……」


シュルツは、絶望に染まった瞳を閉じ、砂の上に力なく崩れ落ちた。 砂漠の嵐が吹き荒れる荒野に、敗者の慟哭だけが吸い込まれていった。


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