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第四章 見舞い


日曜日の朝七時、僕はもう女子寮の下に立っていた。


スマホに残された七海の最後のメッセージは、午前二時に送られたものだ。「熱が38.5度まで上がった……辛い」。僕はそのメッセージをまる三時間見つめ続け、空が白み始めた頃、ついに決心した――彼女に会いに行こう。


手に持ったポリ袋の中には、解熱剤、スポーツドリンク、インスタントのおかゆ、そしてみかんがいくつか入っていた――僕の限られた常識からすれば、これらは風邪の時に必要なもののはずだ。寮の入り口前を何度も行ったり来たりしながら、こんなに早く電話していいものかと躊躇していた。


「もしもし、そこの男子学生さん!」寮の管理人の声に、僕は危うく袋を落としそうになった。「女子寮は午前十時にならないと訪問者は入れないのよ、規則を知らないの?」


「す、すみません!」慌ててお辞儀をする。「でも、友達が病気で、ちょっと物を届けに来ただけで……」


管理人の大柄な女性は目を細めて僕を品定めした。視線は僕の手に持った袋と、真っ赤になった僕の顔の間を行ったり来たりする。「彼女さん?」と突然聞かれた。


「い、いえ!違います……」僕の否定はあまりにも早く、そして必死すぎたため、かえって怪しく聞こえた。「ただの……普通の友達です」


「ふん」管理人は鼻から息を吐き出した。「名前は?部屋番号は?聞いてあげるわ」


「姫野七海さん、302号室です」と僕は小声で答えた。心臓が狂ったように脈打っている。


管理人は内線電話を手に取り、短い会話の後、受話器を置いた。「待ってなさいって。すぐ降りてくるって言ってるわよ」管理人は意味深な視線を僕によこした。「若い子、嘘は良くないわよ。普通の友達がこんな朝早く薬を届けに来る?」


どう答えていいかわからず、僕は自分の靴の先を見つめるしかなかった。数分後、寮のエレベーターのドアが開き、七海が出てきた――もし、あのふらふらした姿を「歩く」と呼べるなら、だが。


彼女はオーバーサイズのグレーのパーカーにピンクのスウェットパンツを履いていて、髪はぐしゃぐしゃに歪んだお団子にまとめられ、鼻の先は赤く、目は熱のせいで潤んでいた。僕を見ると、かろうじて微笑みを作り、それから突然くしゃみをした。


「どうして来たの……」七海の声は、ほとんど聞き取れないほどかすれていた。


僕は慌てて駆け寄り、袋を彼女に手渡す。「メッセージで熱が出たって言ってたから、僕……ちょっと心配で」


七海は袋を受け取り、中身をめくって見ていく。その表情は次第に和らいでいった。「ありがとう……」と小声で言い、それからまたくしゃみをした。「でも、私今本当に……ひどい格好で……」


「そんなことない!」と僕は思わず口にした。「そんな君も……可愛いよ」言い終わった瞬間、舌を噛み切りたいと思った――なんて軽薄なことを言っているんだ!


七海は固まり、それから突然笑い出した。だが、その笑い声はすぐに咳に変わった。「げほっげほっ……病気の私を可愛いって言ったの、君が初めてだよ」咳で出た涙を目尻から拭いながら言う。「あの……上がってく?ルームメイト、週末に帰省してるから」


僕の脳は一瞬で真っ白になった。女子寮に入る?七海の部屋に?僕たち二人きりで?


「い、いや、不便じゃないかな……」と僕はどもりながら言い、同時に管理人の鋭い視線に気づいた。


「大丈夫、もう登録したから」七海はまたくしゃみをした。「それに……お湯沸かしてくれる人が必要かも……」


こうして、僕は人生で初めて女子寮に足を踏み入れた。エレベーターの中で、七海は隅に寄りかかり、目を閉じていた。呼吸は少し重そうだ。僕は彼女から一番遠い場所に立っていたが、それでも彼女から発せられる熱を感じることができた。


「大丈夫?」と僕はそっと尋ねた。


「うん……」七海はわずかに目を開ける。「ただ、頭がすごく痛くて……喉も痛い……」


302号室のドアには、手描きの可愛らしいポスターが貼ってあった。月と星の絵が描かれている――これは間違いなく七海の手描きだろう。ドアを開けると、目の前の光景に僕は驚愕した。


これは僕が想像していたアイドルの寮とは全く違った。椅子やベッドの上には服が積み上げられ、机の上には化粧品や教科書、お菓子の袋が散乱している。部屋の隅には、まだ開けていない宅配便の箱がいくつか置いてあった。唯一整頓されていたのは小さな本棚で、文学書とアルバムが数冊きちんと並んでいた。


「ごめん、ちょっと散らかってて……」七海は弱々しく微笑み、ベッドの上の下着を慌てて布団の下に押し込んだ。僕の顔は一瞬で真っ赤になった。


「ここに座って」七海は椅子を片付け、自分はベッドに丸くなり、布団にくるまって、ぐしゃぐしゃの頭だけを出した。


僕はそっと椅子に座り、どこを見ていいか分からなかった。七海のベッドの頭上には、一枚の写真が貼ってあった――幼い彼女がステージの上に立っていて、周りには誰もいない。輝くような笑顔だが、どこか孤独に見えた。


「あれ、私の初舞台」僕の視線に気づいて、七海が説明した。「十歳、子供の才能コンテスト。『小さな星の願い』を歌って、一位になったんだ」


「そんなに小さい頃からパフォーマンスしてたの?」


「うん」七海は布団を鼻の下まで引き上げた。「ママはピアノの先生で、パパは……私が五歳の時に出て行ったの。ママは全ての希望を私に託したんだ」彼女の声は布団の中でくぐもっている。「四歳から、毎日放課後はピアノ、声楽、ダンスのレッスン……友達もいなくて、遊ぶ時間もなかった」


何を言えばいいか分からず、僕は黙って袋からスポーツドリンクを取り出し、蓋を開けて彼女に渡した。七海はそれを受け取り、少しずつ飲んだ。


「健太は?」と彼女が突然尋ねた。「健太の子供の頃はどんなだった?」


「普通だったよ」僕はインスタントのおかゆを取り出し、どうやって温めるか調べ始めた。「父は会社員で、母は専業主婦。小さい頃は絵を描くのが好きだったけど、才能がなくて、諦めたんだ」


「嘘」七海が突然言った。「健太が描いてくれた応援ボード、すごく素敵だったよ」


僕は手が震え、危うくおかゆをひっくり返しそうになった。七海が、あの細部まで覚えていてくれたなんて。


「あれは……ただ適当に描いただけだよ……」


「違う」七海の声はかすれていたけれど、珍しく頑固な響きがあった。「構図も色彩感覚もプロみたいだった。私……あの『星の欠片』の応援ボード、ずっと大切にしてるんだ。私のコレクションケースに入れてる」


僕の心臓は一瞬止まった。七海は僕を覚えていてくれただけでなく、僕が描いた応援ボードを宝物にしてくれている?


「お、お湯を沸かしてくる」突然込み上げてきた感情を隠すために、僕は慌てて立ち上がったが、うっかり床にあった小さな箱を蹴ってしまった。中身が床に散らばった――錠剤、体温計、喉飴……そして小さな薬瓶がいくつか。


僕は慌てて拾い集めたが、そのうちの一つに「ゾルピデム」と書かれたラベルが貼ってあるのを見つけた――それは睡眠薬だ。その隣には、抗うつ薬の瓶もあった。


七海は突然ベッドから飛び降りて、僕の手から薬瓶をひったくった。「それ……君が思ってるのとは違う!」彼女の声はパニックを含んでいた。「ただ……時々ツアーの後、時差ボケを調整するために……」


「大丈夫だよ」と僕はそっと言い、ゆっくりと立ち上がった。「説明しなくていい」


七海は薬瓶を強く握りしめ、指の関節が白くなっていた。僕たちの間に、奇妙な沈黙が満ちた。


「アイドル業界って……」彼女はついに口を開いた。声はほとんど聞こえない。「見た目ほど華やかじゃない。プレッシャーが……すごく大きかった」


アイドルの自殺に関するニュースを思い出し、胸が締め付けられた。目の前の七海は、ステージ上で輝いていたスターではなく、あまりにも多くの期待を背負った一人の普通の女の子だった。


「今は、これら飲まなくていいの?」と僕は探るように尋ねた。


七海は首を振り、薬瓶を箱に戻した。「脱退してから、ずっと良くなった。ただ……時々、まだ眠れないことがある」


僕はうなずき、お湯を沸かすために振り返った。七海の狭い寮のキッチンで、僕は不器用に湯を沸かし、インスタントのおかゆを作った。湯気の立つお椀を持って部屋に戻ると、七海は再びベッドに丸くなり、目は半分閉じていた。


「何か食べてから寝なよ」僕はベッドの横の椅子に座り、おかゆを彼女に手渡した。


七海はかろうじて起き上がり、お椀を受け取り、少しずつ飲んだ。部屋には、スプーンがお椀に当たる音と、七海の小さな呼吸音だけが響いていた。


「両親は、君が今ここにいること知ってるの?」と僕は思わず尋ねた。


七海の手が止まった。「ママは……私が脱退したこと知らない。一年休学して、体調を整えてるだけだと思ってる」苦笑する。「会社が手配した海外研修だって、嘘ついてる」


「どうして本当のことを言わないの?」


「君は、東大を諦めて、学費が二万以上の普通の私立大学に行ったこと、両親に言う?」七海は僕に問い返した。その声には、僕が今まで聞いたことのない苦しみが含まれていた。


僕は言葉を失った。七海も僕と同じように、何かから逃げているのだ。


「僕のパパは……」僕は少し躊躇してから、やはり話すことにした。「今でも、僕が早稲田にいると思ってる」


七海は驚いて僕を見上げ、それから突然笑い出した。だが、その笑い声はすぐに咳に変わった。「げほっげほっ……私たち、本当に……嘘つきだね」


「少なくとも、お互いには正直だ」と僕は微笑んで言った。


七海の表情が和らいだ。「うん……この感じ、すごくいい。完璧を装ったり、キャラを維持したりしなくていい……」彼女のまぶたが重くなり始めた。「ただ……自分自身でいられる……」


「少し寝なよ」僕は彼女の手からほとんど空になったお椀を受け取った。「薬はベッドの頭に置いておくから、二時間後にもう一度飲むの忘れないで」


七海はうなずき、ゆっくりと布団の中に滑り込んだ。僕は立ち上がって部屋を出ようとしたが、彼女にそっと服の裾を引っ張られた。


「もう少し……一緒にいてくれる?」彼女の声は眠そうで、そして気づかれにくい懇願を含んでいた。「ただ……私が眠るまで……」


僕の心は一瞬で溶けた。「いいよ」僕は再び座った。「ここにいるから」


七海は満足そうに目を閉じ、呼吸が次第に規則正しくなった。カーテンの隙間から差し込む太陽の光が、彼女の顔に降り注ぐ。僕は今までこんなに近くで彼女を観察したことはなかった――メイクをしていない七海、まつげが顔に小さな影を落とし、鼻筋のそばのそばかすがはっきりと見え、口元はわずかに上向きで、良い夢を見ているようだった。


この瞬間、僕は奇跡を目撃していることに気づいた――月夜七海の無防備な寝顔、これはどれほどのファンが夢見た光景だろう。だが不思議なことに、僕の心に込み上げてきたのは、ファンがアイドルに抱く独占欲ではなく、彼女を守りたいという優しい衝動だった。


三十分ほど経ち、七海が完全に眠りについたことを確認した僕は、そっと部屋を出ようとした。だが、彼女が突然寝返りを打ち、布団が半分滑り落ちた。僕は少し躊躇してから、そっと布団を直してあげた。その身をかがめた瞬間、七海が突然目を開けた。


僕たちの距離は、彼女のまつげを数えられるほど近かった。七海の目は熱のせいでいつも以上に輝いていて、眠たげな朦朧とした光を帯びていた。彼女の呼吸が僕の頬にかかり、かすかにみかんの香りがした――僕が持ってきたみかんだ。さっききっと一つこっそり食べたのだろう。


「健太……」彼女はそっと僕の名前を呼んだ。声は羽のように柔らかい。


僕の心臓は胸から飛び出しそうだった。時間は止まったかのようで、世界には七海の潤んだ目と、わずかに開いた唇だけが存在していた。


そして――七海はまたくしゃみをした。


魔法は一瞬で破られた。僕は慌てて身を起こし、七海も照れくさそうに布団で鼻を覆った。「ごめん……」と彼女はくぐもった声で言った。


「だ、大丈夫!」僕の声は八度高くなっていた。「君は……君はゆっくり休んで。また後で見に来るから!」


そう言って、僕はほとんど七海の部屋から逃げ出した。廊下で、僕は壁に寄りかかり、激しい心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸した。さっきの瞬間……七海は何かを……いや、きっと僕の考えすぎだ。彼女は熱で朦朧としていただけだ。


自分の寮に戻り、ベッドに横になって天井を見つめる。脳裏には今日の出来事が何度も再生される。七海の散らかった部屋、子供の頃の話をする時の寂しそうな表情、あの薬瓶、そして……最後に、ほとんど起こりかけたあの瞬間。


スマホの振動で思考が中断された。七海からのメッセージだ。


【今日は看病してくれてありがとう。PS:健太、上着忘れてるよ。】


僕はすぐに、昨日彼女に貸した上着をまだ取り戻していないことに気づいた。返信しようとした時、もう一つメッセージが入ってきた。


【明日、また見に来てくれる?お礼に、お粥作ってあげるね(^^)】


僕はその笑顔の絵文字をまる一分間見つめ続けた。胸に温かいものが込み上げてくる。素早く返信した。


【もちろん。何か他に持って行くものある?】


七海の返信は早かった。


【健太が来てくれるだけで十分だよ。】


僕はスマホを抱きしめてベッドの上で一回転した。まるで飴をもらった子供のように。窓の外、太陽の光が眩しいほど明るい。僕は突然気づいた。自分は何か奇妙な変化を経験しているのかもしれない――月夜七海のファンから、姫野七海の……何に?友達?それとも……もっと特別な存在に?


この考えは、僕を興奮させると同時に恐れさせた。興奮したのは、僕たちの距離が、お互いの呼吸を聞けるほど近くなっていること。恐れたのは、この道が僕たちをどこへ連れて行くのか、全く分からなかったことだ。


寝る前に、僕は魔が差したように机の引き出しからスケッチブックを取り出し、記憶を頼りに今日の七海を描き始めた――乱れた髪、熱で潤んだ目、布団にくるまって小さな頭だけを出している姿。描いているうちに、口元が自然と緩んだ。


こんな七海は、僕だけの秘密だ。

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