第三章 初めてのデート
土曜日の正午十二時、僕はもう大学の正門前で待っていた。
待ち合わせの時間まで、まだ丸二時間もあるというのに、寮で落ち着いていることなど到底できなかったのだ。リュックの中身を何度も確認する。折り畳み傘(天気予報は晴れだったけれど)、ティッシュ、予備の充電器、ミネラルウォーター一本、そして――一番悩んだもの――七海がデビューした頃の写真集だ。
昨夜、魔が差したように箱の底から引っ張り出したこの秘蔵の一冊。サインをお願いしようかとも思ったが、まだ彼女をアイドルとしてしか見ていないと思われたらどうしよう、と躊躇した。結局、リュックの一番底に隠して持ってきた。
「さすがに気合い入りすぎか……」
百回目になる独り言を呟きながら、無意識にスマホの縁を指でなぞる。画面が点灯し、ロック画面の壁紙には七海が去年のコンサートで使われた宣伝写真が表示されていた――今見ると、この選択は完全に愚かだったとしか言いようがない。もし彼女に見られたら……。
「健太?」
後ろから聞き覚えのない女性の声がした。振り返ると、茶色のカラーコンタクトを入れ、前髪をぱっつんにした女の子が数歩先に立っていた。シンプルな水色のワンピースに、ベージュのキャンバス地のショルダーバッグを提げている。まるで普通の女子大生にしか見えない。
あの目――瞳の色が変わっても、依然として星のように輝くあの目――でなければ、僕はきっと気づかなかっただろう。
「な……七海?」
声が喉に詰まった。
その女の子――七海は、人差し指を唇に当てて「しーっ」とジェスチャーをし、それから小走りで僕のそばにやってきた。「どうかな?」と声を潜めてくるりと回る。「私の変装、結構いけてるでしょ?」
いけてるどころではない。近くで見ると、特殊なメイクで顔の輪郭まで少し変えているし、鼻筋のそばにあった小さなそばかすも巧妙に隠されている。だが、何よりも僕を驚かせたのは、彼女全体の雰囲気の変化だった――ステージ上の鋭さはなく、インタビューで見せるような営業スマイルもない。ただ、溌溂としていて、少し照れ屋な普通の女の子がそこにいた。
「全然わからない」と正直に答える。「声まで……」
「これね」と七海はいたずらっぽくウィンクする。「アイドルの必須科目の一つだよ。声質を変えたり、イントネーションを調整したり、握手会ではファンのタイプに合わせて五種類の話し方を使い分けたりね」
そう言う彼女の口調には、少しの誇りと、そして僕には読み取れない複雑な感情が混じっていた。僕は突然気づいた。月夜七海という存在は、彼女にとって、もしかしたら精巧に仕立てられた豪華な衣装のようなものだったのかもしれない――美しくても、重い。
「行こうか?」七海は腕時計を見る。「映画は二時二十分からだけど、先に何か食べたいな。この辺でおすすめのお店ある?」
「えっと、駅の向かいに美味しいカレー屋さんがあって……」と僕は思わず口にしてから、数日前に彼女がほとんど手をつけていなかったカレーライスを思い出した。「あの、もしカレーが苦手なら……」
「カレー、好きだよ」と七海は僕の言葉を遮り、口元を少し緩める。「ただ、あの日は緊張しすぎて、食欲がなかったんだ。今日は違う」少し間を置いて、声のトーンを落とす。「今日は、友達と一緒だから」
友達。その言葉が再び僕の心を温めた。
僕たちは肩を並べて駅に向かう。ちょうどいい距離感を保ちながら。七海は歩く時、無意識にうつむきがちで、時々顔を上げて方向を確認する。その度に前髪がふわりと揺れる。これはステージ上で胸を張って立つ月夜七海とは全く違う姿だった。
「あのさ……」僕は勇気を出して話しかける。「こうやって外に出て、本当にバレないの?」
七海は首を振る。「アイドル業界って、移り変わりが早いの。三ヶ月も露出がなければ、ほとんどの人は顔を覚えてないよ」そう言う彼女の口調は穏やかだったけれど、僕には少しの寂しさが感じられた。「それに、私が脱退する時、会社は大々的に発表しなかったから、ファンの中にはまだ活動停止を知らない人も多いんだ」
どう返事をしていいかわからなかった。慰めるべきか?でも彼女は慰めを必要としているようには見えない。話題を変えるか?それも不自然すぎる。
「これでいいんだ」と七海が突然言った。僕の心を読んだかのように。「やっと、普通の自分に戻れる。ほら、あそこ――」彼女は道の向かい側を指差す。手をつないで歩くカップルがいた。「ああやって街をぶらぶらしたり、盗撮を心配したり、常に完璧なイメージを保ったりしなくてもいい……それが、私が望んでいた生活なんだ」
彼女の視線はそのカップルを追いかけ、人混みに消えるまで見つめていた。木漏れ日が彼女の顔にまだらな光を落とす。その瞬間、僕は無性に彼女の手を握りたくなった――ファンがアイドルを崇拝する気持ちではなく、一人の男の子が一人の女の子に対して抱く、最も本能的な衝動だった。
カレー屋さんに入り、七海は一番辛いポークカツカレーを注文した。
「本当に大丈夫?」と僕は思わず聞く。「ここの特辛、本当に……」
「なめないでよ」と七海はいたずらっぽくウィンクする。「私、辛いもの好きの人気アイドル……あ、言っちゃった」慌てて周囲を見回し、誰も自分たちに気づいていないことを確認して、ほっと息をついた。
料理を待つ間、七海はバッグから小さな薬箱を取り出し、錠剤を二粒、水で飲み込んだ。
「ビタミン」と僕の視線に気づいて説明した。「五年間アイドルをやってた時の職業病。胃が弱くて、免疫力も低いんだ」苦笑しながら薬箱をしまう。「華やかな世界の代償、かな」
店員がカレーを運んできた。七海は待ちきれない様子で大きなスプーン一杯を口に運ぶ。辛さが襲ってきた瞬間、彼女の目はすぐに潤み、頬が真っ赤になった。
「から……い……」手を扇ぎながらも、彼女はなんとか飲み込む。「でも、美味しい!」
辛さで涙目になりながらも嬉しそうな彼女の姿を見て、僕は思わず笑ってしまった。こんな七海は、どんなポスターのイメージよりも生き生きとしていて可愛らしかった。
「何笑ってるのよ!」七海はわざと怒ったふりをして、自分も笑い出した。「早く食べなよ、映画始まっちゃう」
映画館の照明が落ちた時、僕は手に汗を握るほど緊張していた。これはロマンチックな恋愛映画ではなく、ホラー映画だった――七海がどうしても見たいと言ったのだ。「アイドルイメージには合わないタイプだから」と、今まで映画館でホラーを見たことがないらしい。
「ホラー、苦手?」上映前に七海が小声で聞いてきた。
「ま、まあ大丈夫かな」僕は実はすごく苦手だったけれど、彼女の前で認めるわけにはいかなかった。
僕の強がりは全く意味がなかったと証明された。最初のジャンプスケアが出た時、僕は危うく椅子から飛び上がりそうになった。そして七海――何万人もの観客の前でも落ち着いていた月夜七海――は、直接悲鳴を上げて、僕の腕を掴んだ。
「びっくりしたー!」と彼女は小声で叫び、指が僕の袖を強く握りしめる。
僕の脳は一瞬フリーズした。七海の手――コンサートで無数のファンが触れることを切望したあの手――が、今、僕の腕を掴んでいる。薄いシャツの布越しに、彼女の掌の温度と、わずかな震えを感じることができた。
「で、出ようか?」と僕はどもりながら尋ねた。
「やだ!」七海は首を振るが、目はスクリーンに釘付けだ。「せっかくお金払ったのに……」
その後の九十分間、僕の意識は完全に映画から離れていた。七海は時々緊張して僕を掴み、時々怖がって目を覆い、時々ストーリーの展開に小さな悲鳴を上げる。触れるたびに、電流が全身を駆け巡るようだった。
映画が終わり、照明がついた時、七海は夢から覚めたように僕の腕を離した。「ごめんね」と照れくさそうに髪を直す。「なんか、入り込みすぎちゃったみたいで……」
「大丈夫」僕の腕にはまだ彼女が握った感触が残っていた。「実は……僕も結構怖かったから」
七海は一瞬固まり、それから笑い出した。「じゃあ、私たちお似合いだね!」そう言ってから、その言葉の曖昧さに気づいたのか、慌てて付け加える。「その、ホラー初心者同士として、ね……」
映画館を出ると、空は突然暗くなっていた。駅の近くまで来た時、大粒の雨が降り出した。
「また雨だ!」七海は嘆く。「傘持ってない……」
「持ってるよ」僕は慌ててリュックから折り畳み傘を取り出す。「でも……」
言い終わる前に、突風が吹き、傘が手から吹き飛ばされそうになった。雨は一瞬で強くなり、土砂降りになった。僕たちは近くのコンビニの軒下に逃げ込んだが、狭いスペースでは斜めに打ち付ける雨を完全に避けることはできなかった。
「しばらく待つしかないね」僕はどんどん暗くなる空を見て言った。「この雨、すぐには止みそうにない」
七海は答えなかった。彼女を見ると、道の向かいにあるCDショップを見つめている。ショーウィンドウには、月夜七海が去年リリースしたシングルのポスターがまだ貼ってあった。
「あれ……私の最後のシングル」七海は声を潜め、目がぼんやりしている。「レコーディングの日、高熱を出して、声の調子がすごく悪かったんだけど、プロデューサーは延期してもいいって言ったのに、私は録り終えるって譲らなかったんだ」苦笑する。「結果、グループ史上最低の売上だったけど」
雨で彼女の前髪が濡れ、額に張り付いている。それを払ってあげたいと思ったが、迂闊に手を出す勇気はなかった。
「知ってる?」七海は話を続けた。目はまだそのポスターを見つめている。「私、『完璧』って言われるのが一番嫌いだったの。完璧なんて存在しない。あれはただ、会社が作り上げた偽物。本当の私は……病気もするし、間違いも犯すし、ホラー映画は怖いし、辛いものを食べると涙が出るし……」
彼女の声はどんどん小さくなり、ほとんど雨音に掻き消されていた。稲妻が空を走り、すぐに雷鳴が轟いた。七海は無意識に僕のそばに少し寄り添った。
「でも、そんな君の方が……」言葉を選びながら言う。「もっと、本物。もっと……近づきたいって思わせる」
七海は顔を上げ、潤んだ目で僕をまっすぐ見つめた。雨粒が傘の縁から滴り落ち、僕たちの間の地面に小さな水しぶきを上げている。
「ありがとう」と彼女は最後に小声で言った。口元が少し緩んでいる。「たぶん、今まで言われた中で一番嬉しい褒め言葉」
僕たちは雨の中を歩き続けた。距離はさっきより少し縮まったように感じられた。女子寮の下まで来た時、七海は僕に振り返った。「土曜日、約束忘れないでね」
「忘れないよ」と僕は請け合った。
七海は少し躊躇してから、突然一歩前に出て、軽く僕を抱きしめた。「今日はありがとう……色々なこと」
僕が反応する間もなく、彼女は寮の中に駆け込んでいった。僕は雨の中に立ち尽くし、心臓が胸から飛び出しそうなほど速く脈打っていた。傘は片側に傾き、雨水が頭にかかるが、冷たさは感じなかった――全身の血が沸騰しているかのようだった。
寮に戻る途中、僕は今日の出来事を何度も頭の中で再生した。七海の笑顔、話す時の声のトーン、あの突然の抱擁……スマホの振動で思考が中断された。七海からの新しいメッセージだ。
【From:七海】
【今日は助けてくれてありがとう。PS:健太が描いてくれた応援ボード、すごく素敵だったよ。一つ、ずっと大切にしてるんだ(^▽^)】
僕は画面を見つめ、口元が勝手に緩むのを止められなかった。彼女はまだ、あの応援ボードを覚えていてくれたんだ……。
【了解。七海もね。土曜日に。】とだけ返信するのがやっとだった。
ベッドに横になり、寝返りを打つ。この全てがあまりにも現実離れしていた――かつて僕が仰ぎ見ていたアイドルが、今、僕が雨に濡れていないか心配してくれ、映画に誘ってくれ、授業中に僕を助けてくれる……。
窓の外、雨は少しずつ弱まっていた。イヤホンを取り出し、あの『星の欠片』を再生する。七海の歌声が耳元に流れるが、今僕の脳裏に浮かぶのは、今日、太陽の下で微笑んでいた彼女の姿だった――ステージ上の完璧な月夜七海ではなく、小さなそばかすがあって、自然な表情をする姫野七海。
僕は突然気づいた。もしかしたら、自分はヴィルヘルムよりもっと複雑な感情を経験しているのかもしれない。でも、今回は、遠くから見上げるファンではなく、彼女のそばに立つことができる友達なのだ。
この認識は、僕を興奮させると同時に恐れさせた。興奮したのは、僕たちの距離が少しずつ縮まっていること。恐れたのは、この道の先に何が待っているのか、全く分からなかったことだ。