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第十三章 星と海の響き合い


ブルーノートでの公演が終わって一週間後、七海は東京のあるインディーズレコード会社から正式なオファーを受け取った。


その日の早朝、僕が音楽教室のドアを開けると、七海がノートパソコンの前でぼんやりとしていた。画面にはメールのページが開かれている。陽の光がブラインドの隙間から彼女の顔に差し込み、縞模様の光と影の破片となって、彼女の表情を明暗まだらに切り取っていた。


「どうしたんだ?」僕は温かいココアを彼女の手元に置いた。


七海は夢から覚めたように顔を上げた。「ルナ・レコードから契約の話が来たの」彼女はパソコンを僕の方に向けた。「三年契約で、毎年ミニアルバムを一枚、創作の自由は完全に保証されるって……」


僕は画面に近づき、そのメールを注意深く読んだ。条件は確かに破格だった――アイドル条項はなく、音楽スタイルにも制限はなく、さらには彼女が大学の学業を続けることも許可されていた。だが、最も驚いたのは最後の一条だった。プロデューサーの欄には、はっきりと「ジャン=リュック・マルタン」と書かれていたのだ。


「ジャン=リュック?彼はニューヨークにいるんじゃなかったのか?」


「先月、ルナに引き抜かれたんだって」七海は唇を噛みしめた。「彼が会社を説得して、このオファーを私に出してくれたの……デモの招待状も添えて」


彼女が添付ファイルを開くと、ピアノの前奏がすぐに流れ出した。これは全く新しい曲で、旋律にはジャン=リュック特有のジャズスタイルと、日本の伝統的な音階が融合していた。さらに驚くべきことに、曲の途中には大きな空白が設けられていた――明らかに、もう一つの声のために用意されたものだった。


「コラボレーションしたいってことか?」僕は驚いて尋ねた。


七海は頷いた。「彼が言うには……私の声がこの曲に魂を吹き込むことができるって」


彼女の指が無意識にテーブルの上を叩き、そのリズムはデモのドラムのビートと完璧に一致していた。僕はその仕草をよく知っていた――七海が音楽に心を動かされる時、体はいつも意識よりも先に反応するのだ。


「契約したいかい?」僕は小声で尋ねた。


七海はパソコンを閉じ、長く息を吐き出した。「分からないわ」彼女は窓の外に目を向けた。「先週の公演は成功したけど、あんな小さな会場と正式なリリースは全く別物だから……」


陽の光が彼女のまつ毛の上で跳ね、僕は彼女の目の下に薄いクマがあるのに気づいた。ブルーノートでの公演以来、七海はずっとこのような興奮と不安が入り混じった状態だった――携帯電話が鳴るたびに驚いた子鹿のようになり、メールを確認する前には必ず三回深呼吸をしていた。


「ねえ」僕はしゃがみ込み、彼女と視線を合わせた。「私たちが初めて屋上で話した時のこと、覚えてる?」


七海の眼差しが和らいだ。「あなたが緊張して舌を噛みそうになったことね」


「あの時、君は普通の大学生活を体験したいって言った」僕は彼女の手を握った。「でも今は、もしかしたら別の可能性を見つけたのかもしれないよ?」


七海の指が僕の手のひらでかすかに震えた。「怖い……」


「何が怖いんだ?」


「またあの完璧なアイドルの檻に閉じ込められるのが怖い」彼女の声は羽のように軽かった。「それに……私たちの関係が変わっちゃうのも」


その言葉は僕たちの間に重くのしかかった。僕は彼女の懸念を理解していた――一度契約すれば、七海は再び世間の注目を浴びることになり、僕たちの関係は無数の詮索と評価に晒されることになるだろう。


「七海」僕は彼女の顔を両手で包み込んだ。「君がどんな選択をしようと、僕たちの関係は変わらない。もし君が舞台を望むなら、それを征服すればいい。もし静かな生活を望むなら、僕たちは音楽教室で歌を書き続ければいい」僕は少し間を置き、「でも、怖いからって本当に欲しいものを諦めちゃだめだよ」


七海の目が潤んだ。彼女は突然立ち上がり、僕をピアノの方へ引っ張っていった。「一曲弾いて聴かせて」


「僕が?」僕は目を丸くした。「僕が弾けるのは『きらきら星』だけだって知ってるだろ……」


「『きらきら星』でいいわ」七海は頑固に僕をピアノの椅子に押し付けた。「今すぐ」


僕は仕方なく指を鍵盤の上に置き、辿々しくこの童謡を弾き始めた。間違いだらけで、リズムもめちゃくちゃ、まさに音楽への冒涜だった。七海はそばに立ち、口元をかすかに綻ばせていた。


「止めて」彼女は突然僕の肩を押さえた。「今度は私が弾くから聴いてて」


彼女は僕の隣に座り、その指が優雅に鍵盤の上に置かれた。同じ『きらきら星』が、彼女の指の下では全く新しい生命を吹き込まれたようだった――和音は豊かになり、リズムは軽快になり、さらには即興の変奏まで加わっていた。


「違いが分かった?」彼女は小声で尋ねた。


僕は頷いた。「プロとアマチュアの天と地ほどの差だよ」


「違うわ」七海は首を横に振った。「情熱よ」彼女の指がそっと鍵盤を撫でた。「私がピアノを弾いている時、あなたが漫画を描いている時のような集中力を感じるの……あの、時間の流れを忘れるほどの喜びをね」


僕は呆然とした。七海は続けた。「私が契約したいのは、名声や成功のためじゃないの。それは……」彼女は適切な言葉を探した。「あなたが漫画を描いている時に止められない、あの感じ。音楽は私にとって、そういう存在なのよ」


陽の光がピアノの漆塗りの表面を流れ、僕たちのぼんやりとした姿を映し出していた。二つの影は肩を並べ、まるで最初からこうして一緒に座る運命だったかのようだった。


「じゃあ、契約しよう」僕は言った。「僕はいつだって君の最初の聴衆でいるよ」


七海は僕の方を向き、その目は驚くほど輝いていた。「本当に?たとえこれからツアーやインタビュー、世間の注目があったとしても……」


「たとえそうだとしても」僕は力強く繰り返した。「『平行線』の歌詞を覚えてる?世界が私たちをどんな方向へ押しやったとしても……」


七海は僕の言葉に続けた。「……私は必ず、あなたのそばへ戻る道を見つけ出すわ」彼女は僕の肩に寄りかかった。「でも……一つ条件があるの」


「何?」


「私に漫画の描き方を教えて」七海はいたずらっぽく瞬きをした。「万が一、いつか私が歌を書けなくなったら、漫画家に転身できるようにね」


僕は大声で笑った。「そしたら音楽界の損失は計り知れないな」


七海もつられて笑い、その笑い声は風鈴のように軽やかだった。だがすぐに、彼女の表情は再び真剣になった。「それと、もう一つ……ジャン=リュックが来月にはレコーディングスタジオに入りたいって。でも、その頃は……」


「卒業式だ」僕はすぐに彼女の懸念を理解した。


大学四年間が間もなく終わろうとしていた。僕の『守護星』第二巻は「年間最優秀青年漫画賞」にノミネートされたばかりで、七海は大学院の合格通知を受け取っていた――もっとも、彼女は今、入学を延期しなければならないかもしれないが。


「行っておいで」僕は彼女の鼻を軽くつねった。「卒業式は毎年あるけど、ジャン=リュックとコラボレーションする機会はそうそうないよ」


七海は顔をしかめた。「でも、あなたの学士服姿を見たいのに……」


「じゃあ、今着て見せてあげるよ」僕は立ち上がり、大げさなポーズをとった。「見て、未来の著名な漫画家、田中健太学士だよ!」


七海はぷっと吹き出し、楽譜を僕に投げつけた。「馬鹿!」


楽譜が床一面に散らばり、僕たちは同時にしゃがんでそれを拾った。七海は突然僕の手首を掴んだ。「健太……ありがとう」


「何を?」


「ありがとう……」彼女の声はほとんど聞こえないくらい小さかった。「私たちが初めて会った日から、ずっと本当の私だけを見てくれて」


僕は身をかがめて彼女の額にそっとキスをした。これ以上言葉は必要なかった――このシンプルな仕草が、僕の全ての答えを含んでいた。


契約調印式は三日後、ルナ・レコードの会議室で行われた。僕は「特別ゲスト」として隅に座り、七海が契約書に「姫野七海」と三文字をサインするのを見ていた。ペン先が紙と擦れるサラサラという音が、静かな部屋に異常なほどはっきりと響き渡り、まるで一つの時代の終わりと始まりを告げているかのようだった。


ジャン=リュックはビデオ通話でその一部始終を見守っていた。このフランスの音楽家はトレードマークの小さな口ひげを生やし、英語には強いアクセントがあった。「Enfin! やっとこの日が来たか!」彼は大げさに自分の指先にキスをした。「七海ちゃん、来週から君をいじめ……いや、創作活動を始めるよ!」


七海は流暢なフランス語で応じ、会議室は驚きの声に包まれた。僕はその時初めて、彼女が幼い頃に母親に付いて五年もフランス語を習っていたことを知った――また一つ、アイドル生活に埋もれていた才能だった。


会社のビルを出る時、七海は契約書のコピーをしっかりと握りしめ、指の関節が白くなっていた。初夏の陽の光が容赦なく僕たちに降り注ぎ、彼女の横顔を金色の縁取りで照らしていた。


「どんな気分?未来のシンガーソングライターさん」僕はからかった。


七海は深呼吸をした。「崖っぷちに立っているみたい……」彼女は少し間を置き、「でも今回は、落ちるのが怖くないわ」


彼女は契約書を慎重にバッグにしまい、そして別のポケットから二枚の切符を取り出した。「今から、逃げましょう」


「これは……」


「横浜行きの夜行列車よ」七海の目はキラキラと輝いていた。「今夜だけ、私たち二人きり。レコーディングスタジオ地獄が始まる前に……私に少し思い出を残させて」


僕は切符を受け取った。そこには見慣れた便名が印刷されていた――まさに僕たちが初めて出会った、あの路線だった。


夜の帳が下りる頃、僕たちはまるで学校を抜け出してきた子供のように電車に忍び込んだ。七海は野球帽とマスクをしていたが、その目には隠しきれない笑みが浮かんでいた。車内は人が少なく、僕たちは最後列の席を選んだ。


「一年前みたいね」七海は僕の肩に寄りかかり、小声で言った。


電車はゆっくりと動き出し、窓の外の街の灯りが次第に明るくなっていった。僕はあの雨の夜、あの遅刻しそうになった朝、そして僕たちの人生を変えたあの偶然の出会いを思い出していた。


「あの時の君……」僕は思わず尋ねた。「本当に僕のこと、覚えてたのか?握手会で」


七海は顔を上げ、いたずらっぽい眼差しを向けた。「覚えてたわよ。いつも列の真ん中に立ってて、応援ボードもすごく丁寧に描いてて……」彼女は突然声を潜めた。「それに、唯一、私の目を見ようとしなかったファンだったわ」


僕の耳が熱くなった。「それは……」


「それは何?」七海は近づき、その息が僕の顔にかかった。


「君があまりにも眩しかったからだよ」僕は正直に認めた。「まるで太陽を直視するみたいに」


七海は一瞬言葉を失い、それからクスクスと笑い出した。「じゃあ、今は?」


「今は……」僕は彼女の顔を両手で包み込んだ。「君は僕だけの小さな恒星だよ。十分に温かくて、でも僕を焼き尽くしたりはしない」


七海の目が夜の闇の中でキラキラと輝いた。彼女はそっと僕の唇にキスをした。電車がちょうど灯りのない区間を走り抜け、僕たちを束の間の暗闇に包み込んだ。


横浜の夜は思ったよりも賑やかだった。僕たちは人の流れに沿って駅を出て、あてもなくぶらぶらと歩いた。潮風が塩辛い湿った匂いを運んできて、遠くの観覧車のイルミネーションが水面に映り込み、無数の流れる星屑となっていた。


「あそこへ行こう!」七海は突然、海辺の小さな野外ステージを指さした。そこには十数人が集まっており、どうやら即興の音楽イベントのようだった。


僕たちが近づくと、一人のストリートミュージシャンがちょうど演奏を終えたところだった。司会者が周りを見回し、その視線が突然七海に止まった。「次は……あれ?こちらのお嬢さん、どこかでお見かけしたような!」


七海は無意識に僕の後ろへ隠れようとしたが、もう遅かった。数人の観客が彼女に気づき、ひそひそ話がさざ波のように広がっていった。


「一曲どうぞ!」司会者が熱心に誘った。「何でもいいですから!」


七海は僕の腕を強く掴み、その爪がほとんど肉に食い込むほどだった。僕が彼女の代わりに断ろうとしたその時、彼女が突然手を離したのを感じた。


「一曲だけね」七海は小声で言い、そしてステージへ歩み寄った。


伴奏もなく、マイクもなく、七海は簡素なステージの上に立ち、深呼吸をして、『星のかけら』をアカペラで歌い始めた――あの、彼女の人生を変えた歌を。だが、アイドル時代のバージョンとは全く異なり、彼女はテンポを落とし、技巧を簡略化し、一つ一つの言葉に感情を込めていた。


潮風が彼女の声を遠くまで運び、さらに十数人が引き寄せられてきた。最後の音符が夜空に消えると、四方八方から拍手が沸き起こった。


「もう一曲!」誰かが叫んだ。


七海は首を横に振り、微笑んで僕のそばへ戻ってきた。「一曲だけって言ったでしょ」彼女は僕の手を取り、「行きましょう」


僕たちは次第に集まってくる人垣から逃げ出し、海沿いの小道を走り、呼び声が聞こえなくなるまで止まらなかった。七海は息を切らしながら手すりに寄りかかり、その目は驚くほど輝いていた。


「どんな気分?」僕は尋ねた。


「自由よ」七海は空を見上げ、星空を見つめた。「原来……舞台に立つって、こんなに自由なことだったのね」


月明かりが彼女の横顔の輪郭をなぞり、僕は思わず指先でそっとそれを辿った――眉骨、鼻筋、唇……まるで、間もなく遠くへ旅立つ人の顔を記憶に刻み込むかのように。


「どうしたの?」七海は僕の気持ちに気づいた。


「ただ考えてたんだ……」僕は小声で言った。「次に君の歌を聴くのは、人でいっぱいのコンサート会場かもしれないなって」


七海は振り返り、両手で僕の顔を包み込んだ。「でも、私が最初に誰の前で歌う勇気を取り戻したのか、私は永遠に覚えているわ」


波の音が遠くから近づいてきては、また次第に遠ざかっていった。遠くでは、観覧車が依然としてゆっくりと回転し、色とりどりの光の斑点を僕たちに投げかけていた。このありふれた夏の夜、星空と大海の間で、僕たちは静かに抱き合い、まるで時間がそこで止まってしまったかのようだった。


帰りの電車の中で、七海は僕の肩に寄りかかって眠っていた。僕はそっと体勢を整え、彼女がもっと心地よく眠れるようにした。窓の外の景色は猛スピードで後退し、まるで僕たちが間もなく別れを告げる学生時代そのもののようだった。


スマートフォンが震え、ジャン=リュックからのメッセージが表示された。【来週の月曜日からレコーディング開始だ!喉の準備はいいかい、小さな星よ!】


僕は七海の疲れているながらも満足そうな寝顔を見つめ、そっと彼女の髪の先にキスをした。前途にどんな未来が待ち受けていようと、少なくともこの瞬間、僕たちは互いを、そして満天の星空を手にしていた。

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