破獄屋稼業
〈有難きちりめんざこや飯にする 涙次〉
【ⅰ】
もぐら國王こと杉下要藏が、「カンテラ一燈齋事務所」にふらり、訪問してきてゐた。手土産は特にないが、カネを納めに來たのである。
國王、最近は怪盗としての仕事はとんと泣かず飛ばずだ。と云ふのも、懇意にしてゐた故買屋が検挙されてしまひ、さりとて現ナマの仕事は危ない橋。と云ふ譯で、「脱獄手傳ひ〼」、「破獄屋」稼業に手を染めてゐる。業界では一匹狼の彼だが、需要はかなりなものだ。職業的犯罪者、と云ふ職業を持つた者ら、國王のトンネルを牢獄で心待ちにしてゐる者も多かつた。
國王は兼ねてからカンテラたちと話を詰めてゐたのだが、望月螢一なる男 -この男は競馬に関する詐欺の常習犯で、業界も長い。何度目かの検挙で、次捕まれば網走が待つているだらう、と囁かれてゐた- を脱獄させる為、カンテラの助力を仰いでゐたのだ。
「某月某日、悦美さんの作つたハンバーグを頂きに、見參。もぐら國王」なんとも悪戲めいた犯行豫告を、國王はマスコミ各社にばら撒いた。その甲斐(?)あつて、テレビクルーやら警官隊やらは、カンテラ事務所の警護に氣を取られ、よもやその間に、國王が脱獄扶助の働きをしてゐる、とは思ひもよらない。
【ⅱ】
カンテラ「今回なんにもせずにカネ、入つたな」テオ「國王つて奴は、本当に人を食つたつて云ふか何て云ふか」カ「今頃、某監獄で、誰にも邪魔されず仕事をしてるんだらう」テ「捕まる、つて可能性は?」カ「まづないよ」
望月の牢、「個室」なのだが、それが却つて看守サイドには仇となつた(筈だ)。「筈だ」と云ふのは、實は國王、この仕事、しくじるのである。トンネルが望月の独居房に繋がつた。と、望月はぐつたりとうな垂れてゐる...ダイイング・メッセージは「わにがわ」。全身の血を拔かれての失血死であつた。
【ⅲ】
「失敗してしまつたよ、カンテラさん」何事もなく、当て外れのマスコミ各社、警官隊(東京都西部方面警邏特捜隊・「その他」班)が退けると、國王神田川までトンネルを掘り、そこから「事務所」にやつて來た。「あんたのせゐぢやないさ。鰐革男 -この男、しつこく俺たちを追つて、何度も蘇生する魔界の住人なのだが- が出てきたんぢや、事態は俺ら一味向けに変貌したつて譯よ」「俺もこの儘ぢや氣が濟まないんで、カネ追加するから、望月のカタキを取つて貰ひたい」「分かつた。だがこの件、あんたの協力なしには、だうにも立ち行かなさゝうだ」「協力なら、惜しまんよ」「オーケイ。話は決まつた」
テオ「また鰐革、ですか。しつこいね、あやつも」カン「何せ東京制覇を旗印にしてるからねえ」じろ「で、鰐革と、その望月つて詐欺師の接點は?」カン「それはテオに任せる」テ「ラジャー」カ「じろさんと俺は、國王の身邊警護だな。当分は」じ「ラジャー」
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〈この荒れにぢんはりと効けめかり時 涙次〉
【ⅳ】
テ「望月には、韓国釜山のカジノでいかさま賭博やつて、検挙された前歴がありますねえ」カ「さう云や鰐革つて韓国から來たんだつけ」テ「まあ奴らが接触を持つたとしたら、韓国での事、と考へるのが手つ取り早い」こゝ迄黙つて聞いてゐた國王、徐ろに「望月のヤサを、覗いてみやう。俺に、暫くは任せて慾しい」カ「分かつた」
望月の棲み家は、意外にも割とつゝましやかな、ワンルームマンションの一室だつた。管理人に、望月が死んだ旨を傳へ、鼻藥を利かせると、直ぐにオートロックは解除された。ぐるり見回し、國王はまづ金目の物を持參の頭陀袋に放り込んだ。それから、(かう云ふところは流石プロで)「釜山」とマジックで書かれてゐるCD-Rを見付け-「これ、だな」
CD-Rはテオがパスワード破りをして、中身を改めた。だうやら、鰐革男の口利きで、望月はカジノに潜入したらしい事が、分かつた。「まあ望月は、鰐革の體のいゝ金づるだつたつて事、かな」
【ⅴ】
鰐革男は、くしやみを連發した。「だうやら、この一件、につくきカンテラたちが関與してきたやうだな」鰐革のくしやみは、割と信頼出來る、警報なのだ。噂をされると、直ぐにくしやみが出る。
「さて、吸血モンスターよ。次はもぐら國王だ。望月のやうには簡單には行かぬ。氣を引き締めて取り掛かれ」吸血モンスター、何やらバグパイプを思はせる見掛けの妖魔だ。望月を失血死させたのも、鰐革が操る、この吸血モンスターなのだつた。
朱那、キャバクラ勤めを終へ、朝帰り。今日は何となく、國王にも抱かれたくない... 地上にある、彼女のアパートの部屋に帰つた。と、小包み、かなりの大きさの、が届いてゐる。開けやうとしたその瞬間-「おっと、いけねえぜ」じろさんが張つてゐたのだ。「この小包み、【魔】の臭ひがぷんぷんする」「此井先生、ウチの國王がいつも」じろさん、朱那を遮り、「まあ話は後ほど。取り敢へず私に、この郵送物、預けてくださらんか?」
小包みの箱の中には、吸血モンスターが入つてゐた事は、云ふを俟たない。カンテラが太刀を拔いて、ぐつさりと刺殺した。「さて、最終決戦だな」
【ⅵ】
カンテラは「修法」を使つて「秘術・煉獄空間」を展開した。そこにのこのこと、鰐革男、現れた。鰐「カンテラよ、こゝがお前の地獄の一丁目、だ」カ「それはお前にそつくり返すよ」鰐革は、指の先から何やらきらきら輝く光線を發した。カンテラの手が凍りつく。鰐「だうだ、俺さまにも秘術はあるんだぜ」カ「なんのこれしき」カンテラの躰は、紅蓮の焔に包まれた。「俺が火焔のスピリットである事を、忘れて貰つちや困るぜ」鰐「む!(瞑目する)」
カンテラは大刀をすらりと拔き放つた。「覺悟は出來たやうだな。しええええええいつ!!」
【ⅶ】
やうやく、愁眉を開いて、もぐら國王、「いや今回も、世話になつたなあ。何から何まで」。じろ「その分、巨額の謝礼を貰つた。いゝ客筋だよ、あんたは」カ「ま、用件も濟んだし、一杯行かうか」國王、カンテラ、じろさん、悦美、杵塚- で揃つて酒場に向かふ。杵塚はプライヴェートの一味も、ヴィディオキャメラに収めてゐるのだ。由香梨、テオは留守番。
明け方、「もぐら御殿」に帰つた國王。朱那が來てゐる。「やあねえ、酔つ払ひ」「まあさう云ふな。だうやら俺にも友だちつてのが出來たみたいだよ」「ふうん」
これにて一卷の終はり。
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〈もぐらもち地の温みとやら宰領し今日も穴掘るそれもまた生 平手みき〉
お仕舞ひ。